ロジカリスト(白)

巫夏希

2日目A 土生月火の場合(後編)

 一階の食堂はひどく静かだった。ほとんどの人間が揃ってはいるものの、皆静かに本を読んでいたり、ぼーっとしていたりと自分の世界を没頭していた。変わっている。
 とりあえず僕とケイリーは隣同士に座る。いろいろあるけれど、やっぱり彼女の隣が落ち着くというのもある。

「……もうしばらくお待ちください。まだ、土生様が来ておりません故」

 執事さん曰く、まだ土生さんが来ていないらしい。昨日のリコーダーの人だ。あの感じじゃ起きるのも大変なのかな……。

「おかしいですね……。さっき、『ちょっと用事があるから先に行ってて』的なことを言われたので先に来たんですが」

 付き添い人の産土明さんはそんなことを言っていた。ちょっと子供っぽい顔と声は実際幾つなのか解りづらい。にしても、その発言を聞くからして、今付き添いらしからぬ発言をしたような気がするのは気のせいか。普通、付き添いの人間ってのは行動を共にしないのだろうか? はたまた、仮にその人間からついてくるなと言われても先ずは理由を訊ねないだろうか? そういうところが、気になって仕方がない。

「……だからって時間がかかりすぎだ。もう朝食の時間から何分経過したと思っている」

 そう言ったのは一二三廿日ひふみはつかさんだ。見た目は十二歳、そして実年齢も十二歳の彼女だが天才数学者として、数学界に革命を起こしている……らしい。僕は新聞とかあまり読まないから、実際にそうなのかはしらない。大半が本人か、もしくはケイリーからの知識の受け売りだ。
 一二三さんは土生さんと親友の関係にあるらしい。幼稚園の頃から……正確には『ニュートン・ユニバーシティ』、物理学者アイザック・ニュートンを作り上げることを目的とした学校法人のことだ、そこからの仲らしい。
 ニュートン・ユニバーシティはIQ144以上の七歳未満の人間ならば入学を許可しているという、特殊な学校である。しかし学校とはいえ、学校特有の長時間の授業は存在せず、あるプログラムのもと一年間を過ごすスタイルとなっている。そのプログラムは一人一人割り振られており、それはすべて校長が決めているらしい。
 入文永登いれぶんえいと
 弱冠十七歳にして錬金術における基幹原理のミスを指摘、さらにアイザック・ニュートンが生前考えていたとされる錬金術と魔術の融合にも成功させた。……即ち、すごい人間だってことだ。今のところさわりしか話してないが、それでもすごい。

「……ただ、魔術がほんとにあるのかは証明されてないけどね。錬金術を魔術と言い張っているってことも有り得るし、現に生前のニュートンは魔術は錬金術の応用に過ぎないってことを自らの著書で言ってたくらいだ」
「そんな話聞いたことないぞ。だってアイザック・ニュートンは哲学者で近代物理史は彼から始まったって歴史的にも証明されている。……つまり、錬金術なんて関係ないんじゃないか?」
「そんなわけないよ。ニュートンは錬金術師としても活躍している。一番の活躍は水銀を発見したことだ」

 そんなこと知らなかった。なるほど、そうだったのか。
 ……おっと、忘れていた。
 一二三さんが気付いたら居なかった。ということは、今土生さんの部屋にむかったということだろうか。土生さんの部屋は一階の奥にあるから、僕の目の前にある廊下を通らなくちゃ進むことはできない。つまり、今いる人間がここを誰も通らないことを証人としている。つまりは、彼らが全てここを通る人間との膠着状態になっていることを指している。
 一二三さんが戻ってくるまで皆が歓談をすることとした。歓談といっても、僕から聞けばツマラナイ歓談ではある。

「だからさぁ、神の存在証明はオイラーやキルヒャーもやっているんだ。僕らだって新しい存在証明を作れるはずなんだよ」
「だけど、それはどうなんだろうね? カミサマってもんが居るのならば、世の中に苦しんでいる人なんて居ないと思うけど」
「馬鹿だな、予定説があるだろ? カルヴァン派が説いた話だ。カミが試練を与えるから苦しいんだ、ってやつ」

 戸塚さんと、ケイリーが神の存在証明について話をしていた。
 神の存在証明ってものはひどく難しく、かつ論理証明のテーマとして用いられているから様々の個別な思考を持つ人間がその証明をしていった。

「実際には予定説は反対しているキリスト宗派が多い」
「だけど、資本主義にはそれが取り込まれているんだ。ドイツの経済学者、マックス・ヴェーバーだって言ってるよ。予定説では金銭を目的とする労働はカミに背くと言われていたから、それによりカミに従っていれば金銭が入り豊かになる。それが結果として資本主義の労働へと繋がっていったってのも書いている」
「……まあ、そうなんだけどね」

 返す余地がないのか、ケイリーは黙ってしまっていた。戸塚さんは話すのに飽きたのかスマートフォンを弄りイヤホンを耳に当て音楽を聞き出した。再び部屋は静かになった。
 部屋は静かになっても、ここに流れる独特の……なんて言うんだろう……オーラという単語が近いかもしれない、ともかくそんな感じの何かが僕はあまり好きじゃない。

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