ロジカリスト(白)
1日目B 司源道の場合(前編)
部屋は小さい質素な作りだった。
小さいイスが二つと古風なテレビが一つ。それに、ベッドが一つ。
なんでダブルベッドなのかな? 古風なテレビはアンティークな外装だけど中身は最新のプラズマテレビだと思う。最近はそういうのが流行っているし、この屋敷の雰囲気的にアンティークっぽいそれがいいと思うし。
「エヴァン、ご飯っていつごろ?」
「あと三十分位って言ってたかな。でもそれまでは暇だよなあ」
僕がそれを言う前にケイリーはあるものを取り出した。縦横八マスに区切られた市松模様の正方形の盤。それが将棋盤と解るまでには数秒の時間を要した。にしても将棋か。確かにこれくらいの時間を潰すには最高のゲームだ。それに頭も使う。西洋ではチェスを『西洋将棋』と呼ぶほどに将棋のバリエーションは幅広い。
「じゃー角飛車落ちにする?」
「いくら僕が将棋に弱いからってそれはいいのかい?」
「んー、解んない」
「……負けても知らないよ」
僕の言葉をあまり気にも止めずにケイリーは将棋の駒を並べ始める。彼女は角と飛車を除いて。僕はすべての駒、だ。
まず、彼女は歩を前へ動かした。その動かし方からすれば、香車を動かしたいのだろう。やり方は大体は把握できる。だが、彼女は普通でないことは僕にだってわかる。即ち、それは彼女が99%劣勢でもそれから勝利へと導くことが可能である、ということだ。
僕はそれを見て――ケイリーが嫌な顔をしたからもしかしたら僕は笑っていたのかもしれない。彼女は笑顔を好まないから。自分はよく笑うくせに――角の右斜め前にある歩を前へと動かす。
それからは僕が圧倒的に勝っていた。桂馬も失い、香車も失い、銀将も金将もそれぞれ一つずつ失った。彼女に残っているのは――六つの歩(成金含む)と金将、銀将、王将が一つずつ、だ。普通ならばこれからの逆転は考えられない。
だが――彼女なら有り得る話だった。
彼女はまず、唯一手に入れた歩を打ち込み――飛車を奪われた。まさかそんな場所に置かれるとは、気付きもしなかった。
そして、さらにその飛車を利用して自らの駒と飛車に退路を絶たれた金将を奪い取った。まずい、これはますますまずい状況になってきた。
さらにその金将を使って、桂馬を奪い取る。
「……これは、まずいな」
「そうかな、まだまだ君が勝てるチャンスは充分に有りそうだけど」
この感じは完全に勝利を確信している――僕は悟った。だが、これからどう逆転すればいいんだろうか。
うーむ、とりあえずここに桂馬を動かして……と。
「王手」
「……はい、逆王手」
「えっ」
……これは予想外だった。
確かに王手だった。横は桂馬で塞がれていて、金将が前に控えている。金将を取ればいいのかもしれないが、そこに飛車が控えている。完全に、終わりだった。
「……終わりだね」
「そうだね」
時計を見た。ちょうどさっきから三十分程過ぎただろうか。――タイミングよく、さっきの執事さんがノックを数回挟んで入ってきた。
「神凪沙織様、お食事の時間でございます。さきほどの部屋で行います。なお、今回の食事は司源道様によるものでございますので、是非お楽しみください。付き添いの方もどうぞ」
まるでおまけのような言われようだ。おまけなのは仕方ないことだけど。
ケイリーは将棋盤をそのままにして出かけていった。片付けるのがめんどくさいのは昔からだ。まあ、食事が終わってから片付ければいいだろう。
「エヴァン、いこうよー」
わかったよ、と呟いて僕はケイリーと一緒に部屋を出た。
急いで向かったんだけど、どうやら僕らが最後だったらしく、ほかの人間は先に席に着いていた。皆さん、よっぽどお腹がすいていたようで。
「本日は司源道様によるものです。メニューはコース形式になっておりまして、まず食前酒として、アップル・ブランデーをお召し上がりください」
その言葉のすぐ後に他の執事さんによって手際よく僕らを含めたすべての人間の前に置かれたワイングラスに黄金色の液体を流し込む。これが恐らくアップル・ブランデーと呼ばれるものだ。アップル・ブランデーといえば林檎を原料とした蒸留酒で、フランスのノルマンディー地方ではよく『カルヴァドス』などと言われて大別されることもあるが、それもアップル・ブランデーの一種だったりする。それを言わないところからして、このアップル・ブランデーはカルヴァドスではないのかな。
こうして、僕らを除いたすべての人間にアップル・ブランデーが注がれた時だった。
「おや……そういえば神凪様とお連れの方は確か未成年とお受けしました。代わりに林檎のシャンメリーをご用意しましたが、そちらをお持ちしましょう」
そう言って即座に執事さんは林檎のシャンメリーを注ぎ始める。シャンメリーとは、簡単に言えばシャンパンに似せたノンアルコール飲料のことで、クリスマスとかにも子供用に戦隊ヒーローやマスコットをラベルに描いて販売しているケースだって見受けられる。要は炭酸飲料なんだけど、僕は炭酸あまり好きじゃないんだよね。でも飲まないと。社会的な意味も含めて。
「では、次に前菜をお持ちいたします」
そう言って出されたのはハムとチーズの盛り合わせ。まあ、妥当ではある。ブルーチーズが乗っていた。あまり僕は好きではないので、さり気無くケイリーのお皿に載せておいた。彼女はそれがすきだからね。
小さいイスが二つと古風なテレビが一つ。それに、ベッドが一つ。
なんでダブルベッドなのかな? 古風なテレビはアンティークな外装だけど中身は最新のプラズマテレビだと思う。最近はそういうのが流行っているし、この屋敷の雰囲気的にアンティークっぽいそれがいいと思うし。
「エヴァン、ご飯っていつごろ?」
「あと三十分位って言ってたかな。でもそれまでは暇だよなあ」
僕がそれを言う前にケイリーはあるものを取り出した。縦横八マスに区切られた市松模様の正方形の盤。それが将棋盤と解るまでには数秒の時間を要した。にしても将棋か。確かにこれくらいの時間を潰すには最高のゲームだ。それに頭も使う。西洋ではチェスを『西洋将棋』と呼ぶほどに将棋のバリエーションは幅広い。
「じゃー角飛車落ちにする?」
「いくら僕が将棋に弱いからってそれはいいのかい?」
「んー、解んない」
「……負けても知らないよ」
僕の言葉をあまり気にも止めずにケイリーは将棋の駒を並べ始める。彼女は角と飛車を除いて。僕はすべての駒、だ。
まず、彼女は歩を前へ動かした。その動かし方からすれば、香車を動かしたいのだろう。やり方は大体は把握できる。だが、彼女は普通でないことは僕にだってわかる。即ち、それは彼女が99%劣勢でもそれから勝利へと導くことが可能である、ということだ。
僕はそれを見て――ケイリーが嫌な顔をしたからもしかしたら僕は笑っていたのかもしれない。彼女は笑顔を好まないから。自分はよく笑うくせに――角の右斜め前にある歩を前へと動かす。
それからは僕が圧倒的に勝っていた。桂馬も失い、香車も失い、銀将も金将もそれぞれ一つずつ失った。彼女に残っているのは――六つの歩(成金含む)と金将、銀将、王将が一つずつ、だ。普通ならばこれからの逆転は考えられない。
だが――彼女なら有り得る話だった。
彼女はまず、唯一手に入れた歩を打ち込み――飛車を奪われた。まさかそんな場所に置かれるとは、気付きもしなかった。
そして、さらにその飛車を利用して自らの駒と飛車に退路を絶たれた金将を奪い取った。まずい、これはますますまずい状況になってきた。
さらにその金将を使って、桂馬を奪い取る。
「……これは、まずいな」
「そうかな、まだまだ君が勝てるチャンスは充分に有りそうだけど」
この感じは完全に勝利を確信している――僕は悟った。だが、これからどう逆転すればいいんだろうか。
うーむ、とりあえずここに桂馬を動かして……と。
「王手」
「……はい、逆王手」
「えっ」
……これは予想外だった。
確かに王手だった。横は桂馬で塞がれていて、金将が前に控えている。金将を取ればいいのかもしれないが、そこに飛車が控えている。完全に、終わりだった。
「……終わりだね」
「そうだね」
時計を見た。ちょうどさっきから三十分程過ぎただろうか。――タイミングよく、さっきの執事さんがノックを数回挟んで入ってきた。
「神凪沙織様、お食事の時間でございます。さきほどの部屋で行います。なお、今回の食事は司源道様によるものでございますので、是非お楽しみください。付き添いの方もどうぞ」
まるでおまけのような言われようだ。おまけなのは仕方ないことだけど。
ケイリーは将棋盤をそのままにして出かけていった。片付けるのがめんどくさいのは昔からだ。まあ、食事が終わってから片付ければいいだろう。
「エヴァン、いこうよー」
わかったよ、と呟いて僕はケイリーと一緒に部屋を出た。
急いで向かったんだけど、どうやら僕らが最後だったらしく、ほかの人間は先に席に着いていた。皆さん、よっぽどお腹がすいていたようで。
「本日は司源道様によるものです。メニューはコース形式になっておりまして、まず食前酒として、アップル・ブランデーをお召し上がりください」
その言葉のすぐ後に他の執事さんによって手際よく僕らを含めたすべての人間の前に置かれたワイングラスに黄金色の液体を流し込む。これが恐らくアップル・ブランデーと呼ばれるものだ。アップル・ブランデーといえば林檎を原料とした蒸留酒で、フランスのノルマンディー地方ではよく『カルヴァドス』などと言われて大別されることもあるが、それもアップル・ブランデーの一種だったりする。それを言わないところからして、このアップル・ブランデーはカルヴァドスではないのかな。
こうして、僕らを除いたすべての人間にアップル・ブランデーが注がれた時だった。
「おや……そういえば神凪様とお連れの方は確か未成年とお受けしました。代わりに林檎のシャンメリーをご用意しましたが、そちらをお持ちしましょう」
そう言って即座に執事さんは林檎のシャンメリーを注ぎ始める。シャンメリーとは、簡単に言えばシャンパンに似せたノンアルコール飲料のことで、クリスマスとかにも子供用に戦隊ヒーローやマスコットをラベルに描いて販売しているケースだって見受けられる。要は炭酸飲料なんだけど、僕は炭酸あまり好きじゃないんだよね。でも飲まないと。社会的な意味も含めて。
「では、次に前菜をお持ちいたします」
そう言って出されたのはハムとチーズの盛り合わせ。まあ、妥当ではある。ブルーチーズが乗っていた。あまり僕は好きではないので、さり気無くケイリーのお皿に載せておいた。彼女はそれがすきだからね。
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