朧月夜に蓮華と愛
18.言葉にはしないけど。
一日はとても早く、また一週間も早い。その上一ヶ月もまた早い。
のほほんと過ごすうちに何の進展もないまま、早くも一月が終わろうとしている平日の夜。成実がもう日課のように神社を訪れた。
まだまだ朝晩の冷え込みはなかなかのもので、寒がりの成実はマフラーをぐるぐる巻きつけながら境内で声をかけた。いつもの狐に会うために。
呼ぶだけで、ほわり、と温かく嬉しくなるその名前を二度ほど声にすると、白い光がこれもまた主を思い出させるようにふんわりと優しく形を造っていく。瞬く間に現れた白い狐、蓮太郎が成実を見て穏やかに微笑んだ。
「成実さん、こんばんは」
「こんばんは」
白銀の髪に金色の瞳。そしていつもの優しい笑顔に会社での疲れも癒されると、成実はいつも思う。が、二週間振りに見たその姿に少しばかり違和感を覚えた。仕事が忙しくて会わなかったからだろうか。いやそれにしても、なんか……。
「蓮太郎?」
「なんですか?」
呼びかけに蓮太郎はにこにこと、それは嬉しそうに微笑んでいる。成実に会えて嬉しくて仕方ないと、顔どころか尻尾をぶんぶん振って表しているのに、それに成実が気付かないのはもうお約束と化している。
「なんか……背、伸びた?」
見上げるほどの身長の蓮太郎に、成実はぽかんとした様子で言う。もともと小柄な成実からすれば蓮太郎も朧も背が高い。なのに今日はいつも以上に感じる。いやいやいくら狐でもそんな簡単に背が伸びたりするはずないよね。きっと、髪型のせいかもしれない。そう思って、成実は優しい瞳の上に視線を持ち上げる。
そこに見える蓮太郎の柔らかそうな白銀の髪が、今までなら結ったりせずに流れるままに下ろされていたのだが、今日は頭のてっぺんに結い上げていて、しかし朧のように無造作ではなくきっちりと飾り房や珠などがあり、何本か細く三つ編みをしていたり、とても華やかに見える。
そんな、珍しげに自分を見てくる成実の視線があまりにもきょとんとしているのが、蓮太郎にはまた可愛いやら面白いやらで、白い頬に笑みが浮かぶ。
「背は伸びてませんけど、でも髪型はいつもと違いますもんね」
「うん。綺麗だよ」
「そうですか? ありがとうございます」
綺麗な所作で頭を下げた蓮太郎に、成実は半ばぽーっと見とれてしまう。日本古来の白い装束にそんな髪型の蓮太郎なんて綺麗じゃないはずがないじゃない。と、思わずため息まで零れてしまいそうだった。月夜が白い狐に幽玄の雰囲気を纏わせているせいもあるのかもしれないけど、それを引いても今日の蓮太郎は綺麗に見えた。
「でも、なんで? なんかあるの?」
「僕と朧も、そろそろ格があがる時期なので、ちゃんとしとかんとと思って」
「かく……?」
そういえば以前涼子が何か言っていたような気はするが、涼子もあまり詳しいことは分からないからと言っていたことがあった。蓮太郎と朧は「野狐」だとかなんだとか。それが今度は何になるのだろう。
思ったことをそのまま口にした成実に、蓮太郎は朗らかに答えた。
「天狐です」
「なに、それ?」
「えっと。千年生きた狐が呼ばれる呼び名みたいなものでしょうか」
「せんねん……」
せんねん。センネン…………千年。千年!?
頭の中に漢字が浮かび意味を理解すると、成実の目が落ちそうなほど見開かれて蓮太郎を凝視する。それに蓮太郎はなんだろうと首をかしげた。
千年って、今何年なの? 今から千年も前って、何年生まれなの!? ってか長生きだと思ってたけど、そんな前から生きてるの蓮太郎たちってッ!!
もう頭の中がぐるぐるしてきて、成実は言葉も出せないように黙り込んだ。目をぱちぱちと瞬き、懸命に考えようとしても思考も止まるはそりゃ! とじぶんでツッコんでしまうような有り様だ。
そんなことを思ううち、この目の前の不思議な存在をまじまじと見つめて、なんだか今更ながらに不思議な気持ちになってくる。最初こそ驚いていたのに今ではすっかり当たり前にいる存在で、まして自分の中で大切な存在にもなってしまっている。
    でもよく考えなくても蓮太郎は、いや朧もだが、自分たちとは住む世界も違って寿命も違う。それはどうしようもないことで、たとえサクラでも解決できない。成実と蓮太郎の間の、動かすことができない事実だ。蓮太郎自身は自分が生きてきた時間でもあり、周りの狐たちも同じように時間を過ごしてきたことだから、極当たり前のことかもしれない。しかし成実にはとんでもなく衝撃的なことだった。
「成実さん? どうかしました?」
あまりにも呆けている成実に、蓮太郎は心配そうに声をかける。それに我に返った成実が慌ててひきつる頬に笑みを貼り付ける。
「なんでもないよ。……長生きだなって、びっくりしただけ」
上手く笑うつもりが、力ない笑いを零してしまった。思わず視線を下げた成実に、蓮太郎は、こちらも力なく悲しそうに笑みを湛えた。自分と住む世界が違うと思うのは何も成実だけではないからだ。
狐の中で格とは大事なものだ。自分の力が増すし、何よりも跡継ぎの蓮太郎には周りからも信頼されるように、格はなくてはならないものだし。
でも、こうして成実の前に立つときは、蓮太郎というだけの存在でいられるような気がする。初めて会った時はあんなに驚いて自分を見ていた成実が、時間をかけることで少しづつ馴染んでくれて笑ってくれて、涼子以外で分け隔てなく接してくれたことが嬉しかった。慌てんぼうなところものんきなところも、朧とあれだけ言い合いができるところも、明るいこところも怖がりなところも、いつの間にか蓮太郎の中で愛情を持って溶け合ってきた。今こうしてなんでもない会話をすることが何よりも楽しい。
だからこれ以上望んではいけない。成実が笑ってくれている間は、これで充分だと思わないといけない。
自分ではひっくり返ったって成実さんには似合わない。その証拠に、今成実さんびっくりして困ってるみたいやし。
金色の瞳が視界の端に成実を捉えて、小さくため息を落とした。
「すみません……」
「え?」
ぽつりと謝った蓮太郎に成実が視線を上げる。それからしょげ返ったようにうな垂れている蓮太郎を見て、ぎょっとしてしまった。
「なんで謝るの?」
「いえ……」
「蓮太郎何もしてないよ?」
「はい……」
「さっきの話のこと? びっくりはしたけど、謝ることじゃないじゃない」
悲しんでしまったのは私が勝手にしてしまったことだし蓮太郎のせいじゃない。言葉にはしないが成実はにっこりと笑って蓮太郎を見上げた。冷たい風にふわりと踊った蓮太郎の髪が柔らかく月光を弾くのが綺麗だった。
「成実さん」
「なぁに?」
「いえ……なんでもないです」
成実を瞳に映して、蓮太郎は一瞬何かを言おうとしたが、一瞬の沈黙の後いつものように微笑んだ。
「なに?」
「いいえ。ほんまに何でもありません。ありがとうございます」
優しい形をした蓮太郎の唇が穏やかに笑みを滲ませる。それから成実の髪を優しく撫でて、風で肩を滑り落ちたマフラーを直してやる。
「風邪ひかんといて下さいね。今夜もまた寒いみたいですから」
「う、うん……ありがと……」
蓮太郎の手がマフラーを整えてくれるときに不意に頬に触れてきて、油断していたものだから成実が恥ずかしくてぽっと頬を赤らめた。掠めただけなのに、それでも蓮太郎の体温が浸透してくるように温かく感じた。
そのまましばらくなんでもない会話をしていた二人を、姿は確認できないがどこかから見つめてくる視線があった。金色の瞳を忌々しげに歪めて、それは成実が幸せそうに笑っているのを見つめていた。
のほほんと過ごすうちに何の進展もないまま、早くも一月が終わろうとしている平日の夜。成実がもう日課のように神社を訪れた。
まだまだ朝晩の冷え込みはなかなかのもので、寒がりの成実はマフラーをぐるぐる巻きつけながら境内で声をかけた。いつもの狐に会うために。
呼ぶだけで、ほわり、と温かく嬉しくなるその名前を二度ほど声にすると、白い光がこれもまた主を思い出させるようにふんわりと優しく形を造っていく。瞬く間に現れた白い狐、蓮太郎が成実を見て穏やかに微笑んだ。
「成実さん、こんばんは」
「こんばんは」
白銀の髪に金色の瞳。そしていつもの優しい笑顔に会社での疲れも癒されると、成実はいつも思う。が、二週間振りに見たその姿に少しばかり違和感を覚えた。仕事が忙しくて会わなかったからだろうか。いやそれにしても、なんか……。
「蓮太郎?」
「なんですか?」
呼びかけに蓮太郎はにこにこと、それは嬉しそうに微笑んでいる。成実に会えて嬉しくて仕方ないと、顔どころか尻尾をぶんぶん振って表しているのに、それに成実が気付かないのはもうお約束と化している。
「なんか……背、伸びた?」
見上げるほどの身長の蓮太郎に、成実はぽかんとした様子で言う。もともと小柄な成実からすれば蓮太郎も朧も背が高い。なのに今日はいつも以上に感じる。いやいやいくら狐でもそんな簡単に背が伸びたりするはずないよね。きっと、髪型のせいかもしれない。そう思って、成実は優しい瞳の上に視線を持ち上げる。
そこに見える蓮太郎の柔らかそうな白銀の髪が、今までなら結ったりせずに流れるままに下ろされていたのだが、今日は頭のてっぺんに結い上げていて、しかし朧のように無造作ではなくきっちりと飾り房や珠などがあり、何本か細く三つ編みをしていたり、とても華やかに見える。
そんな、珍しげに自分を見てくる成実の視線があまりにもきょとんとしているのが、蓮太郎にはまた可愛いやら面白いやらで、白い頬に笑みが浮かぶ。
「背は伸びてませんけど、でも髪型はいつもと違いますもんね」
「うん。綺麗だよ」
「そうですか? ありがとうございます」
綺麗な所作で頭を下げた蓮太郎に、成実は半ばぽーっと見とれてしまう。日本古来の白い装束にそんな髪型の蓮太郎なんて綺麗じゃないはずがないじゃない。と、思わずため息まで零れてしまいそうだった。月夜が白い狐に幽玄の雰囲気を纏わせているせいもあるのかもしれないけど、それを引いても今日の蓮太郎は綺麗に見えた。
「でも、なんで? なんかあるの?」
「僕と朧も、そろそろ格があがる時期なので、ちゃんとしとかんとと思って」
「かく……?」
そういえば以前涼子が何か言っていたような気はするが、涼子もあまり詳しいことは分からないからと言っていたことがあった。蓮太郎と朧は「野狐」だとかなんだとか。それが今度は何になるのだろう。
思ったことをそのまま口にした成実に、蓮太郎は朗らかに答えた。
「天狐です」
「なに、それ?」
「えっと。千年生きた狐が呼ばれる呼び名みたいなものでしょうか」
「せんねん……」
せんねん。センネン…………千年。千年!?
頭の中に漢字が浮かび意味を理解すると、成実の目が落ちそうなほど見開かれて蓮太郎を凝視する。それに蓮太郎はなんだろうと首をかしげた。
千年って、今何年なの? 今から千年も前って、何年生まれなの!? ってか長生きだと思ってたけど、そんな前から生きてるの蓮太郎たちってッ!!
もう頭の中がぐるぐるしてきて、成実は言葉も出せないように黙り込んだ。目をぱちぱちと瞬き、懸命に考えようとしても思考も止まるはそりゃ! とじぶんでツッコんでしまうような有り様だ。
そんなことを思ううち、この目の前の不思議な存在をまじまじと見つめて、なんだか今更ながらに不思議な気持ちになってくる。最初こそ驚いていたのに今ではすっかり当たり前にいる存在で、まして自分の中で大切な存在にもなってしまっている。
    でもよく考えなくても蓮太郎は、いや朧もだが、自分たちとは住む世界も違って寿命も違う。それはどうしようもないことで、たとえサクラでも解決できない。成実と蓮太郎の間の、動かすことができない事実だ。蓮太郎自身は自分が生きてきた時間でもあり、周りの狐たちも同じように時間を過ごしてきたことだから、極当たり前のことかもしれない。しかし成実にはとんでもなく衝撃的なことだった。
「成実さん? どうかしました?」
あまりにも呆けている成実に、蓮太郎は心配そうに声をかける。それに我に返った成実が慌ててひきつる頬に笑みを貼り付ける。
「なんでもないよ。……長生きだなって、びっくりしただけ」
上手く笑うつもりが、力ない笑いを零してしまった。思わず視線を下げた成実に、蓮太郎は、こちらも力なく悲しそうに笑みを湛えた。自分と住む世界が違うと思うのは何も成実だけではないからだ。
狐の中で格とは大事なものだ。自分の力が増すし、何よりも跡継ぎの蓮太郎には周りからも信頼されるように、格はなくてはならないものだし。
でも、こうして成実の前に立つときは、蓮太郎というだけの存在でいられるような気がする。初めて会った時はあんなに驚いて自分を見ていた成実が、時間をかけることで少しづつ馴染んでくれて笑ってくれて、涼子以外で分け隔てなく接してくれたことが嬉しかった。慌てんぼうなところものんきなところも、朧とあれだけ言い合いができるところも、明るいこところも怖がりなところも、いつの間にか蓮太郎の中で愛情を持って溶け合ってきた。今こうしてなんでもない会話をすることが何よりも楽しい。
だからこれ以上望んではいけない。成実が笑ってくれている間は、これで充分だと思わないといけない。
自分ではひっくり返ったって成実さんには似合わない。その証拠に、今成実さんびっくりして困ってるみたいやし。
金色の瞳が視界の端に成実を捉えて、小さくため息を落とした。
「すみません……」
「え?」
ぽつりと謝った蓮太郎に成実が視線を上げる。それからしょげ返ったようにうな垂れている蓮太郎を見て、ぎょっとしてしまった。
「なんで謝るの?」
「いえ……」
「蓮太郎何もしてないよ?」
「はい……」
「さっきの話のこと? びっくりはしたけど、謝ることじゃないじゃない」
悲しんでしまったのは私が勝手にしてしまったことだし蓮太郎のせいじゃない。言葉にはしないが成実はにっこりと笑って蓮太郎を見上げた。冷たい風にふわりと踊った蓮太郎の髪が柔らかく月光を弾くのが綺麗だった。
「成実さん」
「なぁに?」
「いえ……なんでもないです」
成実を瞳に映して、蓮太郎は一瞬何かを言おうとしたが、一瞬の沈黙の後いつものように微笑んだ。
「なに?」
「いいえ。ほんまに何でもありません。ありがとうございます」
優しい形をした蓮太郎の唇が穏やかに笑みを滲ませる。それから成実の髪を優しく撫でて、風で肩を滑り落ちたマフラーを直してやる。
「風邪ひかんといて下さいね。今夜もまた寒いみたいですから」
「う、うん……ありがと……」
蓮太郎の手がマフラーを整えてくれるときに不意に頬に触れてきて、油断していたものだから成実が恥ずかしくてぽっと頬を赤らめた。掠めただけなのに、それでも蓮太郎の体温が浸透してくるように温かく感じた。
そのまましばらくなんでもない会話をしていた二人を、姿は確認できないがどこかから見つめてくる視線があった。金色の瞳を忌々しげに歪めて、それは成実が幸せそうに笑っているのを見つめていた。
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