Sea Labyrinth Online

山外大河

7 決意と結果

「――殺せない」

 俺は俯いて拳を握りしめ、静かにそう呟いた。

「無理だ……殺せねえよ! 殺せるわけねえだろうが! 俺は一緒に狩りに行ったお前を友達だと思ってるし、だからこそ殺したくない!」

 だけど……それだけじゃない。

「第一……お前じゃない、知らない誰かでも……俺は殺せねえよ……人を殺すなんて……ただの高校生に出来るわけねえじゃねえか……」

 それが出来る奴が居れば……きっとソイツの心は歪んでいる。壊れている。
 たとえソレが自分や他の誰かを救う為だとしても……きっとそうだ。

「じゃあ……クリアを目指すの? 死んじゃうかもしれないのに……」

「……決心が付き次第な」

 それさえ付けば、きっと俺は生き残るために戦える。
 ……でもだ。
 本当に決心は付くのだろうか。
 自分が……他のログインしている何万のプレイヤーが助かる道を捨てたというのに……俺にもう一つの道を歩む勇気はあるのだろうか。
 ふと、リュークさんが消えてしまった時の事を思い出す。
 リュークさんは……死んだんだ。
 きっと攻略にでれば、もっとたくさんの人が死ぬ。もしかすると俺も死ぬ。
 本当に……俺はそんな状況下で戦えるのか?
 この選択で良かったのか? 勇気を振り絞るのは此処だったんじゃないか?
 もしかすると俺は……とんでもない選択ミスをしているんじゃないか?

 ……いや。

 きっと間違っていない筈だ。俺は間違っていない。間違ったことなんて一つもしていない。
 俺はそう自分に言い聞かせ、そして少しでも前向きに考えようと気持ちを切り替える。
 一つの選択肢を潰した者として……たとえ決心がつかなくても、今できる最善の手は打っておきたい。

「ユカ、ちょっといいか」

「……どうしたのかな」

「ユカは……匿名でシステムメッセージを流したりできるか?」

「うん……できるけど」

「分かった。じゃあコレをシステムメッセージで流してくれ」

 そうして、俺は今できる最善の手を口にする。

「SLOがデスゲームになった事。脱出するにはゲームをクリアするしかないこと。コレを流してくれ」

 コレが最善の手だ。
 これを聞いたプレイヤーがどんな反応をするかはさておき、まず今このSLOが置かれている状況。コレを把握することが、まずやらなくちゃいけない第一歩なんだ。

「パニックに……ならないかな」

「何もかもが不確定な今よりもよっぽど良い筈だ」

 俺がそう言うと、ユウは再びウインドウをいじり始める。
 そして暫くすると、システムメッセージが目の前に現れた。

『現在SLOはデスゲーム、及びログアウト不可となっております。脱出するには最上層を目指す必要があり、それ以外の方法。即ち外部からの救出の可能性は薄いです』

 実に淡々とした文章。
 だけどこの文章を呼んだ人達はどんな反応を見せるのだろうか。
 これを見て、自分の兄の死が確定してしまったチカは……どんな反応を見せるのだろうか。

「終わったよ、ユウキ君」

「うん、知ってる」

 知っているから……俺はその場に座り込んだ。
 しばらく此処に居たかった。
 ユカ以外の誰もいない……システムメッセージを見たプレイヤーが誰もいないこの空間に居たかった。
 自分の下した決断で……人が苦しむのはあまり見たくは無かった。
 しばらくして、隣にユカが座ってきて、こう言う。

「ごめんね、ユウキ君」

 小さな声で俺に謝罪する。

「なんであんなバグに気付かなかったんだろ……ソレさえ気付いて居れば、こんな結果にはならなかったのに……ユウキ君にあんな決断を迫らなくてもよかったのに……」

「あんまり自分を責めるなよ。確かにお前はバグを見逃したかもしれないけど、元を正せば、お前一人に管理を押しつけていたSLOの開発者が悪いと思う。第一、ミスなんて誰にだってあるんだ。ソレが大きいか小さいかの違いだけで、根本的な事自体は変わらないよ」

 俺は慰める様にそう言ってやった。
 だって……あまりにも可哀そうだった。
 背負っている物は、俺が下した決断どころの物じゃない。今このSLOが置かれている状況全てなんだから。
 俺でよければ……少しは助けになってあげたい。

「ありがと……ユウキ君は優しいね」

「そうかな」

「そうだよ」

 そう言われると……こんな状況でも照れるな。

「私ね……思うんだ」

 ユカはすっかり暗くなった空を見上げて言う。

「私があの時声を掛けたのが、ユウキ君達で良かった」

「そっか……」

 俺はなんと返せばいいか分からず、そう短く返した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 大体小一時間程あの場所に居ただろうか。
 静かな場所で、適当な話をし……ほんの少しだけど、俺達は今の状況に落ちついてきた。
 だけど……それはあくまで俺達の話だ。

「ぁ……」

 始まりの街の中心部に俺達二人は帰ってきたが、目に映った光景に思わずそんな声を漏らした。
 予想はしていた筈だ。だけど実際に目にすると、想像を軽く凌駕した。

 発狂する者が居た。
 泣きじゃくる者が居た。
 嘘だ嘘だと暗示を掛ける者も居た。

 ある程度落ち着いたプレイヤーも多くいる。だけどここまで精神状態に異常をきたした人間が居れば、っもう十分にパニック状態だった。

「やっぱり……酷いね」

「ああ」

 俺が決断した結果がコレだ。

「ユカ……さっきの話、分かってるな?」

「うん、分かってる」

 此処に来る途中、ユカも理解しているだろうけど、こう釘を指しておいた。
 絶対に自分がプログラムな事。自分を殺せば世界が戻る事。コレらを絶対に言わない約束だ。
 もし言ってしまえばどうなるかは……考えなくても分かる。

「それならいいよ」

 俺がそう返した時……俺の隣を走って横切るプレイヤーが居た。

「チカ……ッ!」

 ふらふらな感じで無我夢中に走っているのが分かった。
 きっとリュークさんの事で取り乱しているんだ。すぐに理解できた。
 理解できたからこそ、俺達はチカを追いかけようとする……しかしソレよりも早く。

「待って! チカちゃん!」

 俺達の隣を……ヨウスケが走り抜けていった。
 大体状況は把握した。
 錯乱したチカをヨウスケが何とかしようとしている。

「俺達も行こう、チカ!」

「……うん」

 俺達は今度こそヨウスケとチカを追う為、その場から走り出した。
  

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