《異世界の主人公共へ》
《最強生物進撃》
剣を向けていた長身の兵士の首を掴み、静脈に指を突き刺しある物を注入した。
指を抜くと苦しいのか、異物を注入されて苦しいのか、地面の上で滑稽にもがき苦しんでいた。
なんとなくひっくり返って起き上がることができずにいる虫を連想させる。
仲間の異常事態に恐怖を覚えたようだ。額からは汗が大量に流れ、息は荒々しく握る剣はカタカタと震えていた。その場にいた国民達も恐怖を感じ蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
正直、邪魔だったからちょうどいい。
恐怖から我に返った少し肥満体型の兵士が喚く。
「き、貴様!こんなことをしてタダで済むと思うのか?」
「そっくりそのまま返そう......俺の仲間と主に手を出して普通の死を得れると思うか?」
「どうゆう意味だ!」
「こうゆう意味ですが?」
ポタポタと液体を垂らす物体を肥満体型の兵士に見せると自分のあるはずの右腕に触れようとした。
だが、あるはずの場所にそれは無かった。
ニンマリと笑いかけ、俺は兵士に付いていた右腕を齧った。
「うん。脂っぽい」
「い...ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「苦しいか?安心しろ止血はしてやる。大量出血などと生温いもので死なれても面白くない」
右腕があった場所を抑え苦しむ兵士の傷口を魔法で焼いて塞いだ。横暴な止血方法のおかげで兵士は失神した。これぐらいの痛みに耐えられないようじゃ兵士として終わりだな。
残った右腕を平らげ残る細身の兵士を見据えた。
だが、気づけば腰を抜かし失禁していた。
おいおい。大の大人で兵士様がたったこれっぽっちの事で漏らすとは呆れるねぇ...どれだけ怯えようとも慈悲はない。
一歩近づくと小さな悲鳴をあげ許しを乞いた。
「い、命だけは!命だけは!」
「...そんなに命が惜しいか?」
「俺には家族がいるんだ!!頼む!見逃してくれ!」
「......いいだろう。俺達は何もしない」
「ほ、本当か!?」
「ああ、一切手を出さないよ。何が起ころうともな」
その言葉の真意を問う前に、鋭い痛みが兵士の左腕に走った。まるで何かに齧られた感触と腕を強く掴まれている感触。
恐る恐るその腕を見ると、先ほどまで地面でもがき苦しんでいた長身の兵士が自身の左腕を噛み千切っていた。
その顔からは生気を感じず目は死にどこか死臭も漂うその姿は......まさにゾンビであった。
「アアァァァ.....アアゥウァ!」
「お、おい!やめろ!!離せ!」
振り解こうと腕を動かすが勇者王の恩恵に縋っていた兵士はゾンビの腕力にも劣っていた。
それでもなお離そうと抵抗するが離れる気配はない。ゾンビはそれを嘲笑うかのようにゆっくりと腕を噛み千切り咀嚼しまた噛み千切り...それを繰り返した。
痛みに悶える顔は笑えて仕方がない。涙や鼻水は止まらず、下からも漏らしてしまいいろいろなものを垂れ流していた。
「た、たす...助け、て...!」
「なぜだ?」
思っていた答えと違ったようで愕然とした表情になり、兵士は必死に喚いた
「さっき言ったじゃないか!何もしないって!!」
「ああ、俺達は何もしてないだろう?お前はただ仲間に襲われてるだけだ。恨まれることでもしたんじゃないか?噛み千切られるなんて相当恨まれてるんだな」
「あ、悪魔...めぇ...!!」
面白いからこいつもゾンビにしておくか?しかし、それではこの光景が見れないしな。
ふむ...どうしようか。
「おいマッド。もうやめてくれ...」
エクリプスが苦しそうに拳を握っていた。指の間からは血が滲み出ていた。
ああ...そうか...そうだよな。例え、自分を見捨てた祖父の国だとしても生まれ育った街だ。故郷の人間が苦しむのは辛いか。
「すまん。やり過ぎた」
「いや...お前の怒りもわかる...本来なら私に止める資格はない。だが、頼む...この国の人間は苦しめないでくれ...!」
地に手をつき頭を深く垂れた。
いつもの俺なら滑稽だと笑っていたな。だけれど今のこいつの姿は笑うことができない。笑えるわけがない。
こいつは俺が求めていた勇者の資格を持ってる気がする。
自分の身を犠牲にしてでも誰かを守ろうとする強い意志と覚悟。そして、それを実行しようとする勇気。
今回の勇者は大丈夫そうだ。
「頭をあげろよエクリプス。お前は本当に勇者らしくないなぁ?」
「黙れバッグル...私は何があろうと勇者だ」
さっきまで自分を卑下してた奴とは思えないな。
「へぇ?強気になったな勇者エクリプス」
「茶化すな。早くそいつを解放してくれ」
「あいあいさ〜!」
ゾンビの首にもう一度指を突き刺し中にあるウイルスをすべて抜き取った。顔色はまだ優れないが先ほどの狂気染みた目ではなくなっていた。
襲われていた兵士はあまりの恐怖に失神している。
「さてと...今回は手を出す前に俺が攻撃をしたからやめたが、攻撃を仕掛けてくる奴には容赦しないんでよろしく」
「おい!」
「大丈夫だって今みたいなことはしない。痛めつけるだけだ」
それでも睨むエクリプスだが、これ以上は何を言っても無駄なことを悟り諦めた。
「...わかった。我慢しよう」
「うっし許可をもらったところで...バッグル。部下達に街の人間の安全を確保させろ」
「聞いたな貴様らぁぁ!!全力で守ってこぉぉぉい!!」
バッグルの掛け声に反応し部下達は皆街に散り散りになって行動を開始した。
俺の意図が読めないエクリプスは疑問を口にする。
「なぜ安全を?」
「用があるのは勇者王ただ一人。国民には手を出さないし、誰かさんのせいで出せないしな」
「おまえ...」
「それに治める国に国民がいないと意味ねえだろ?」
「ふっ...まあそうだな」
さぁてと...突撃するといたしますか。
城門に近づくと不思議な紋章が刻まれた扉があった。別に変哲も無い鉄製の扉だが、この紋章から嫌な感じがする。
エクリプスに聞いてみたが知らないようだ。
「これは私がお前達の拠点に赴く時にはなかった」
「じゃあ...警戒のための紋章ってところか...」
「ふーん」
何食わぬ顔で扉を開いた。
「おい!聞いていたか!?」
「何が起こるかわからないんだぞ!!」
「え?死ねるかもしれないじゃん」
「俺達を巻き込むんじゃぁない!!」
だが、警戒していた割には何も起こらなかった。中に入っても結界があるわけでもなく普通に入れる。どうゆうこと?
エクリプスも入ってみるが何も起こらない。もしかしたら子供達が悪戯したのかな。
安心してバッグルも中に入ろうと足を一歩踏み入れるとバチィィン!と後ろに数メートル弾かれた。
その光景には俺でさえ唖然とした。平然と入った俺達と違ってバッグルだけが弾かれた?どうゆうことだこれは?
起き上がったバッグルは少しふらふらと千鳥足になっていた。相当強力な結界が張られてるようだ。
「おーい!大丈夫か!」
「あ、ああ。ちょいと頭痛がするが大丈夫だ......」
「なぜお前にだけ結界が?」
「俺が聞きたいわぁぁぁ!!」
「...よし。バッグルお前はここで侵入者が来ないように守れ」
その言葉に不服そうな顔をする。
こいつも勇者王をぶん殴りたいのだろう。気持ちはわかるが...
「安心しろ結界を解いたらデッカい合図を送る。そしたら城の中で暴れていい。いいな?」
「...りょぉぉぉかいぃぃだぁぁぁ!!ここはぁ!まぁかぁせぇとぉけぇぇ!!」
雄叫びのような声をあげ、城門前で腕を組み仁王立ちするその姿は昔聞いた話に出た弁慶と言うものに似ている。
こいつ...実は前世が弁慶だったのかな?
「どうした?行くぞ」
すでに先に進んでいたエクリプスに続いて俺は城の奥へと歩みを進めた。
△▼△
ポタポタと天井から滲み出た水滴が下に溜まる水に落ちる音が響いている。
ここは勇者王がいる城の地下牢獄のさらに地下深くにある《懺悔の獄》
勇者王を侮辱した者、魔の者に加担した者。この二つに当てはまる者が囚われている。いわゆる死刑囚に等しい。
その中に混じるようにパンドラ達は投獄されていた。
魔王ということで厳重に鎖で縛られ、パンドラだけが別の牢屋に一人閉じ込められていた。
ずっと一人、拷問を受け全身に目を背けたくなるほどの傷ができていた。
意識も朦朧としている中、パンドラはポツリと呟いた。
「おにい......ちゃん...」
「あらら...勇者王ってのは酷いことするもんだ」
自分しかいないはずの牢屋で誰かの声が聞こえた。
「だ...れ......?」
「僕かい?僕は...君らで言う初代魔王さ」
「え...?」
「と、まあお話をする前に回復してあげる」
ブツブツと小さく詠唱を始め、呪文を唱えた。
「癒せ...ヒール!」
優しい光が包み込み、傷だらけの体を癒していく。完全に回復すると意識もはっきりし、パンドラは初代魔王に顔を向けた。
顔はフードで隠されているが体格は同じくらいであった。
「さて、次は鎖だね」
パチンと指を鳴らすと鎖に雷が落ち、鎖は砕け散った。
「これでよし!」
「あ、ありがとう...お姉ちゃん」
「...僕、男だよ?」
「え?でも声が...」
「うん...高いよね...凄く高いよね...女の子みたいな声だよね...」
初代魔王はいじけるように牢屋の角に足を抱いて座り込んだ。
「ご、ごめんなさい...!」
「う、ううん...気にしないで。それよりもここからの脱出だ」
「でも...あたし戦えないよ?」
「僕が守ってあげたいけど思念体の身だ。君をずっと守る力は残ってない」
「じゃあ...!」
スッ...
指をパンドラの額に当て初代魔王はニコッと笑う。指先に徐々に魔力が溜まり始めた。
その魔力は暖かく懐かしいとパンドラは思った。
「あの馬鹿と僕は本当に不思議な縁を持ってる。まさか僕の生まれ変わりを魔王にするなんてね」
「生まれ....変わり?」
「ふふふ...君のことさ。よし!これで大丈夫!」
指が離れるとパンドラの頭の中に大量の情報が流れた。呪文の使い方。魔力の操作。身のこなし。戦闘の知識。そして、初代魔王の知恵。その全てが頭の中に入れられた。
だが、人間の脳は多すぎる情報を一気に入れられれば一時的にショートする。
パンドラは頭痛に耐えるように頭を抱えた。
「う...!うう........」
「ごめん。流石に入れすぎた」
「だ、大丈夫...少し頭痛がするだけだから」
「ふむ...頭痛で済むということは前世の記憶を魂は覚えてたようだ......これもあいつの力というわけか...」
「あいつ...?」
「こっちの話さ。そろそろ行こうか?僕の言う通りに詠唱してみて」
「う、うん」
初代魔王に言われた通りにパンドラは詠唱を始めると、周りの空気が震えるほどの魔力が溜まっていく。
詠唱が終わりに近づけば近づくほどパンドラの体から発せられる魔力は上昇していく。
そして、詠唱が終わった。
「全てを壊せ!エクスプロージョン!!」
目の前に紅い魔法陣が現れると、中心にピキッとヒビが入る。そこから眩い光が漏れた。
「あ、まずい!急いで次の呪文を!」
「は、はい!」
魔法陣のヒビはどんどん広がり光も強くなっていく。
パンドラは急いで次の詠唱を始め、呪文を唱えた。
「出でよ!イージスの盾!!」
今度は白い魔法陣がパンドラの足元に現れ、体を丸々守ることができる巨大な盾が現れた。
盾の中心には女神を模した女性のレリーフが描かれていた。パンドラが盾に身を隠すと同時に赤い魔法陣は粉々に砕け散った。次の瞬間、眩い光が牢屋を覆い大気を揺るがす大爆発を起こした。
数秒...大気の揺れが収まるとパンドラは盾から魔法陣があった場所を覗いた。
大爆発の影響で自分のいた牢屋のみならず周りにあった牢屋すら破壊していた。
「こ、これって....」
「君の力だ。大丈夫ここの階には君しかいない。誰にも被害は出てないよ」
「よ、よかった...」
「さぁ!急いでここを抜けよう!」
「うん!」
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