New Testament

巫夏希

5

 庭園で話を聞いていたリニックは暫く質問することもなく、ただ聞き手に徹していた。大なる理由の一つには質問するにはあまりにも情報量が多すぎるからだ。

「さて……これでおおよそ半分から三分の二は話を終えたわけだが何かないかな? 何でもいい。質問でも感想でも構わないぞ。答えられる範囲ならば、何でも答えることが出来るからな」

「質問、と言われても……物事を整理するだけで大変ですよ」

 リニックが言うと、ガラムドは紅茶を一口啜って、答える。

「今話していることは、若干圧縮していたとはいえ、人生五回分の記憶を辿っていることになるからな」

 それほどの内容を単純にまとめることなど、容易ではない。

「……まぁ、質問を受け付ける時間など正直存在しないわけだから、質問には答えられないのだがね」

 そして、いつの間にかあったクッキーを手に取り、一口かじった。

 リニックもそれを見てクッキーが盛られたお皿に手を伸ばし、それを入手する。

「……クッキーを食べながらでよい。然れど話はまだ続く。だから聞くがいい。すれば凡てを理解するはずだ」

 そして再び、話は戻る――。


 ◇◇◇


 ガラムド暦2014年。

 ラドーム学院・錬金術クラスに二人の学生が入学した。

 メアリー・ホープキン、ルーシー・アドバリー両名は共に成績もよく、将来有望な錬金術師になる――そう注目されていた。特にメアリーの方は一度聞いたことはスポンジのように早く吸収する。

 まさに『天才』であり『鬼才』と称すべき存在――それが彼女だった。

 対してルーシーも天才であったが彼の場合はどちらかといえばメアリーとは異なり血の滲み出るほどの努力を続けた、いわば努力家であった。

 二人の天才が同時期に入り、奇しくも仲良くなっていった――これはラドームが考えた計画などではなく本当に偶然であったが、しかし彼にとってこれは好機でもあった。

 『予言の勇者』が来ると昔から予言されていた、その時期までの一年間、彼らをさらに鍛えることで優秀な錬金術師にしようと考えたのだ。無論これは本人には伝えずに、だ。

 かくしてラドームは『計画』を練り始めたのだった。


 作戦は至極単純なことだ。一年生のうちから戦闘に慣れさせること――たったこれだけで充分だった。

 とはいえ上手くやらねばそれ自体が失敗に終わってしまう。そのため計画の実行は慎重に慎重を重ねた。

 計画が実行された結果として、彼女たちは大きく成長した。肉体的にも若干ながらだが、最も成長したのは精神面であるし、それがある程度成長してなければ予言の勇者の従者になることすらできやしない。即ち、計画の殆どが無駄となる。

 旧校舎の幽霊騒動、大会でのワンツーフィニッシュ、ドラキュラハンターとの協力そして戦闘……彼女たちはラドームの考えた計画を上手くクリアしていった。

 しかし、問題もあった。それはメアリーの髪と目だ。赤目赤髪はあまり良い印象は受けない。

 そのため、メアリーが良い成績を取れば取るほど、それによるいじめが増大していった。ルーシーも何とかそれについて反抗しようとしたのだが、メアリーが「いじめられるのは私一人でいい」と言って、ルーシーの協力を拒んだ。

 そして、ついに起こってしまった。ラドームの計画の中で、唯一計画外だった出来事。

 彼女をいじめた側の一人であるアスラが守護霊との融合実験に失敗し、守護霊に身体を乗っ取られた。

 『彼』は実験室を炎で燃やし尽くした。そして自らを――こう名乗ったという。

 『僕の名前はバルト・イルファ。最強の魔法使いだ』と。


 ◇◇◇


「バルト・イルファは元からそういう存在では無かったということか……!」

 リニックはガラムドに訊ねる。対して、ガラムドはゆっくりと頷いた。

「ラドームは予言を信じた。だからそれに対する策を講じた。しかしそう簡単に世界の運命など一祈祷師如きに掌握出来るほど、甘くはない」

「力を貸す……などと言ったことは考えなかった、と?」

「私はカミサマだ。しかし、カミが一人の人間だけを贔屓するのは、少々意味が違うと思うのだよ。だから私はあくまでも傍観者としている」

 それがリニックには解らなかった。

 カミほどの力を手に入れれば普通は誰かを助けよう……普通は、普通ならば……とリニックはそう考える。

 しかし彼女は違った。カミであったとしても、その力を誰にも振るわなかったのである。

「ガラムド暦2015年」

 不意に、ガラムドが話を再開した。

「ついにこの年が来てしまった。いや、とうとう来てしまった――の方が正しいかもしれない。ともかく、ついにやって来たのは間違いなかった。予言の勇者がやって来るという、その年、です。あなたはどこか勘違いをしていると思うのですが……私は誰にも力を差し伸べていないなどと言っておりません」

 つまりそれはどういうことなのか、矛盾を孕んだその発言に、リニックは疑問を浮かべるほかなかった。

 ガラムドの話は続く。

「ガラムド暦2015年、これは歴史上もっとも有名な人間が姿を現す年だった。しかし、実際にはあまりにも神業すぎたその所業に、それの存在すら疑われることもあった。……とても悲しい存在だ。だって百年しか経っていない今ですらその時代は闇に葬られているのだから……」

「予言の勇者は、どのような人となりだったんですか?」

「人となり、と言えるほど私はその時代の彼を見ていないのだけれど」

 そう言って、ガラムドは話を再開する。


 ガラムド暦2015年。突然としてそれは姿を現した。

 しかしながら、それが突然現れたとしても人々がそう驚くものでもなかった。何故なら彼は『ごく自然な形でこの学校に来たように』人々の記憶をすり替えた。

 しかし、彼がやったわけではなかった。

 では、誰が?

 それは誰にも解らない。


「……え、本当に解らないんですか?」

「たしか彼が元々居た世界が何らかの危機に直面したらしい……というのは前任から聞いたことがあるけれど、それがどうして彼なのかは解らない」

 カミサマにも前任があるのか――リニックはふと思ったが、それは聞かないでおいた。それと質問と解答が若干ずれていることも、だ。

「予言の勇者である彼は予言の通り巨悪を倒した。そいつはあまりに普遍的で、あまりに普通で面白かった」

「そんな簡単に流していくものなのか?」

「だって、これくらいは幾らあなたが、この年を喪失の一年として隠されたとしても何らかの情報は得ているはずですからね。このあたりは割愛させてもらいます」

「何か気に入らないけれど、まぁいいです。続けてください」

 リニックの言葉を聞いて、ガラムドは小さく咳払いした。

「……さて、予言の勇者は予言の通りに世界を救った。それじゃあこれはハッピーエンドでしょうか?」

「少なくとも、それを聞いただけならばそう考えるのが道理だ」

「残念でした。正解はバッドエンドです、あくまでも『予言の勇者』に限った話ですけれど」

 その言葉はあまりにも予想外だった。

 何故なのか。予言の勇者は確かに世界を救った。でなければここに今この世界は存在していないのだから。

 にもかかわらず、彼は幸せではなかったという。

「……まぁ、これはあくまでも考え方に依ります。それから彼はまた別の時間軸に飛ばされ一人の少女を救います。そして少女から新たに名前を与えられ、子供も儲け、平和に過ごしていたはずだった」

 ――だった、ということは何かがあったのだ。

「彼は急に行方不明になった。何故かは解らない。彼しか知り得ないのだから……少なくとも、ついこないだまでは」

「どういうことだ?」

「オール・アイを知っているでしょう。この世界の凡てを見透かす目を持つという女です。あれが人間なのか否かというのはあなた自身で突き詰めてもらうとして……彼女が私にこう言ったのです」

「『なあガラムド。愛に狂った男は滑稽には思わないか?』――と。私はその意味が解らなかったのですが、つい最近になって漸く理解しましたよ、その言葉の真の意味を」

 そこまで聞いて、リニックの顔もみるみるうちに青ざめていく。

 どうやら彼も、漸くその事実に気が付いたらしい。

「あなたももう、気が付いたことでしょう。だから、勿体振らすこともなく言ってしまうこととしましょう。……あの『吸血鬼』と自らを称していたトワイライト、その正体は……ほかでもない、予言の勇者フル・ヤタクミその成れの果てです」

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