New Testament

巫夏希

4

 ガラムド暦172年。

 ガラムドは死んだ。そして、彼女を崇めるたくさんの人間により手厚く葬られた。

 彼女は旧時代、新時代と分け隔てなく接し、それによる格差は絶対に持たなかった。さらに相手からどんな扱いをされようとも仲良く努めた。

 彼女の葬式には世界の三分の二の人間が参列に訪れ、ラジオを通して全世界が彼女の死を悲しんだ。

 そして、彼女は『聖女』と呼ばれ、後にこの世界のカミサマと呼ばれるようになるのだが――またこれは別の話。

 ガラムド暦510年。

 彼女の血を受け継いだ八人の男女、彼らは誰もが聡明だった。世界はガラムド亡き後、リーダーを彼らにしてはどうかと進言したが、彼らのリーダーであるラドームはそれを断った。

 そしてそれから七年経った――ガラムド暦517年、九人目の血筋を持つ者が現れた。

 八人の血筋を持つ者たちは、ガラムド亡き後円満に過ごしていたかといえば、実はそうではない。

 彼女は八人全員に、それぞれ違ったことを学習させた。基礎こそ一緒だが、その上に載せる発展部分は八人とも違ったものとなった。

 結果として、八人の人間は四人づつに綺麗に別れることとなってしまったのだった。


 ◇◇◇


「あなたは子育てというものを勿論経験したことはないでしょうが、あれは本当に難しいものです。出来ることなら、いっそやり直したいくらいですね」

 ガラムドはそう言って小さくため息をついた。この少女、容姿こそ幼いあどけなさが残るものだったが、いざ中身を見れば全くの別物だ。

 いや、カミサマなのだから、それくらいの腹黒さも兼ね備えなくてはならないのかもしれない。リニックはそう自らに言い聞かせた。

「話が逸れてしまったな。未だ話は続くのだが、もう少しだけ聞いてくれ。もう少しで終わることだ。それはそう長くはない」

「……そうですか」

 そう言ってリニックは紅茶を一口啜った。紅茶は冷めていて、香りも何処と無く薄まっていた。

 それに気が付いたガラムドは「おや、」とわざとらしく呟き、指をパチンと弾いた。

 すると紅茶から湯気が再び出始め、香りも復活した。

「……すごいですね。やっぱり、魔法ですか?」

「いや。そんな単純なものではないよ。この世界は私のために存在する世界だ。即ち、私が望めばどんな望みだって叶う、それがこの空間だ。今私が『この世界を滅ぼせ』と強く念じるだけでこの世界を音もなく崩壊させることも可能だ。……まぁ、そうなれば私も君も消えてなくなるがね」

「消えてなくなるとは、つまり……」

「そのままの意味だよ。この世界に私も君も守られているに過ぎない。それはあまりにも強力過ぎるがこちらからは一回念じるだけで簡単に壊すことが出来る、薄膜みたいなものだ」

「薄膜……」

「さて、話を戻そう。ここからは君も気になるだろう『喪失の一年』……だったか、それに纏わる話になる」

 そして、リニックは再びその話に耳を傾ける。


 ◇◇◇


 ガラムド暦517年。

 ある農家に暮らす一人の少女が、ある夢を見た。

 何か巨大なものが天高く撃たれ、それがある場所に落ちて、凡てが粉々に砕け散る夢だった。最悪な夢だった。

 少女は直ぐにそれをハイダルクに提言した。しかし、そんなものは子供の戯言だとして、誰も相手にはしなかった。


 それから数日後のこと。

 それは一瞬の出来事だった。それは大きな爆発だった。

 北国スノーフォグはハイダルクから独立した後、予てより開発・研究してきた古代兵器をハイダルクに向けて発射(スノーフォグ側との解釈が異なるのだが、世界的には戦勝国であるハイダルクの証言が優先されている)、これにより多くの市民が犠牲になり、ハイダルクとスノーフォグの全面戦争に話が発展すると、さらに死者が出た。

 ハイダルクの王は戦争を決断し、その指揮をとっていたときのことだ。大臣が見つけてしまったのである。何を、と野暮なことを聞く必要もない。

 少女が書いた『夢』の話である。その話を見た大臣は一目でこれがこの戦争であったことに気が付いた。

 大臣は直ぐに王にこれを報告した。王は少女を呼び寄せるとともに少女にその夢について詳細を述べるよう訊ねた。

 少女曰く、大分前の夢だったはずなのに、彼女はそれを、まるで完璧に暗記しているかのように、すらすらと言った。王は聞いているうちに顔色が悪くなっていくのが、王の間にいる近衛兵にも見てとれた。

 凡ての話を聞き終え、王は決断した。この少女はカミサマの子である――と。

 こうして九人目の人間が生まれた。

 彼女の名前はリュージュ、といった。

 リュージュは元の八人が二つ分裂したもののなかで『祈祷師』の名を冠した。

 祈祷師とは、本来の意味から行けば人々のために祈る――そういう意味を持っていそうだが、この場合は少々意味が異なる。

 『祈る』ということは変わらないのだが、カミからの御告げを受ける役目も果たしている。

 御告げとはもはや宣言に近く、予言というよりかはもはや断言に近い。つまり祈祷師が得た御告げは殆ど現実となるのだ。

 そして後に『悲しみの弾雨』と呼ばれることとなったこれを予言したリュージュはみるみるうちに腕利きの祈祷師へと成長した。

 その後、『偉大なる戦い』から続く『セカンドインパクト』を的中させた彼女は一気にその地位を駆け上がっていった。

 それに一抹の不安を抱いていたのは当時最高の祈祷師と称されていたラドームだった。彼は容姿こそ老齢だが、もう普通の人間の十倍近い人生を過ごしていた。

 ラドームは表向きには意識していなかったが、矢張これほど迄に早く最高の地位まで登り詰めたリュージュを、意識しない方がおかしかった。

 数回だけ、彼はリュージュに会ったことがある。その時、彼はリュージュから溢れ出るオーラに近い何かに、恐怖すら覚えた。

 祈祷師がオーラを推し量るというのはよくあり、それにより自らが信じるべき人材を決める……といった場面も多々ある。

 しかし、彼女は違った。彼女のオーラには――『鬼』が宿っていたのだ。

 ラドームは悟った。この女は、この世の凡てを掌握しようとしている――と。

 しかし今はもう彼だけでは倒すことなど出来ようもなかった。

 唯一信じられた存在こそが、『予言の勇者』だった。

 祈祷師は未来を視ることが出来る。そして、祈祷師の多くが見た一つの存在。

 それが『予言の勇者』だった。予言の勇者はもう百年二百年では数えられないくらい昔から知れ渡っていることだった。

 リュージュはそれを恐れていたのかもしれなかった。さらに、彼女はそれに挑み、打ち砕こうとしていた。

 その第一歩が、悲しみの弾雨後の処理指揮としてリュージュがスノーフォグを統べたことだった。

 ラドームは王に問い詰めたが、王はもはやリュージュのオーラに了承することしか出来なかったというのだ。

 彼はその場で国を離れ、祈祷師の職を務めながらも、予言の勇者にふさわしい人間を選別するため、一つの教育機関を作り上げた。

 その名前はラドーム学院。後に彼が得意とする錬金術を主軸と置いた総合教育機関である。

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