New Testament
3
庭園ではリニックとガラムドが対峙していた。が、まだリニックには目の前にいる紅茶を優雅に飲んでいる少女がガラムドだとは思えなかった。
「……あの」
「どうした?」
「どうして……ここに連れて来られたんだ?」
リニックは、気になった疑問の一つをガラムドにぶつけた。何故彼がこの空間に居るのか、それは明らかにせねばならないことの一つだ。
対してガラムドは特に考える素振りも見せず、手に持っていたティーカップをソーサーの上に置いた。
「何処から話せばいいかな……一先ず、この世界がどうして出来ていったのか、それから話すべきなのかな」
「この世界?」
「正確には、私がこの世界を変える前から、今現在までの話だ。歴史の勉強だと思って、少し聞いてくれ」
そうして、ガラムドは話し始めた。それは、とても長いお話。世界がこうして構築されていくまでの、長い話だ。
◇◇◇
ガラムド暦前13年。
この世に生を受けたガラムドも人の子であった。汚れた世界の最初の希望、それが彼女だった。
彼女が初めて見た景色は瓦礫だった。彼女は旧時代の生き残り同士により生まれた子供だった。
旧時代の失われた技術の一つとして、『冷凍保存』が挙げられるが、その『冷凍保存』によって旧時代の人類は生存している。まだ種を残している、ということだ。
だとしたら彼らが目覚めた時代では、人間なんて居なかったはずである。
しかし実際にはそんなことなどなく、彼らが目覚めた世界でも人類は生きていて、彼らとは違う社会を過ごしていた。
ならば、一つ疑問が生じる。
――どうして住んでいた人類は人類として生きていられたのだろうか?
答えはそう難しいことではない。
人類は危機を乗り越えていたのである。それも、冷凍保存でなく他の方法で生き延びた種が居たのだった。
ガラムド暦前3年。
無事復興が進められてきたのだが、然れど旧時代の人間が生きていたことを世界に公表するわけにもいかなかった。
当時、その世界は旧時代のロストテクノロジーをどの国家も欲しがっていた。何か一つ手に入れば国交の上で有利になるためである。
だからこそ、旧時代の人間が居た当時の国家、ジャパニアは箝口令を敷きずっと旧時代の人間を匿ってきた。
力こそ凡てとなっていたこの世界、ロストテクノロジーを知る唯一の種族が生きていたことを知れば、それだけで争いと化す。それだけは避けなければならなかった。まだ生きていく人間が、この世界には居るのだから。
そうしてその箝口令は13年もの間続けられた。
◇◇◇
「……とまあ、ここまでが先ず、私が生まれてからの十三年の出来事だ。大分かいつまんで話を進めているがね」
ガラムドがずっと続けてきた話を聞いて、リニックはただ頷くことしか出来なかった。
一度もあったことのない存在であったが、リニックは自然と彼女を崇高なものと見ていた。神殿協会の木偶とは違う――リニックはそうも思っていた。
「そういえば」
と、ここでリニックは疑問を一つ訊ねた。
「……どうして僕の夢の中に姿を現したんですか?」
「それは未だ。私の話が凡て終わってから話すこととしましょう……」
そしてガラムドは話を再開した。
◇◇◇
ガラムド暦元年と俗に言われる年が近付いてきた頃には、ジャパニアが行ってきた箝口令も限界を迎えつつあった。
しかし、当事者たちはそのようなことを知る由もなく一時の平穏を楽しんでいた。
そんな中、あることが起きた。メタモルフォーズの『起源』ともいえる存在――オリジナルフォーズがジャパニアに侵攻したのだった。
それを仕掛けたのは神殿協会だった。彼らは『方舟』のあるジャパニアを儀式場として選出したのだ。
では、その儀式とは何なのか?
その儀式は――『人間を滅ぼす』ことだった。
神殿協会は『この世界は穢れてしまっている』として、自分たち以外の人間を排除する手段を考え付いた。それは当時でも現在でも万人に受け入れられるものではないだろうが、少なくとも神殿協会を信じる者たちもまたそれを信じていた。
しかし、結果としてオリジナルフォーズは倒されることとなり、その力の大半を失ったそれは強力な結界をもって封印されることとなった。
その後、その力に恐れ戦いた世界は神殿協会の解体を宣言。神殿協会は幾つかの小規模な団体に分割されることとなった。
その後、旧時代の人間たちは世界に知れ渡ることとなるが、生憎彼らが持つロストテクノロジーを狙う人間は居なかった。
先の戦いで主要な人間は皆武勲を手にすることとなった。中でも一番の武勲を手にしたのは刀一本でそれに立ち向かったカザマ・シュウイチという人間だった。
カザマ・シュウイチはガラムドの父親だった。剣の腕の良さは世界でも数えるくらいしかいないほどの人間なのだが、彼は記憶を失っていた。
何処で記憶を失ってしまったのかは解らない。だが、コノハ・アキホは彼を献身的に介護していた。
とはいえ、剣の腕は記憶を失おうとも錆びることはなかった。
戦いの後、旧時代の人間はシュウイチをリーダーとすることとしたが、シュウイチはそれを断り、代わりに魔法でサポートを行ったガラムドをリーダーとした。
シュウイチはガラムドの後見役としての地位こそあったものの、それを使うことなく、ただただ彼は自らの記憶と葛藤していた。
自分は一体何者なのだろうか? 自分はどうしてここに居るのだろうか? そんな疑問が押し寄せたことだろう。
しかしそれでも、彼の記憶が戻ることはなかった。
ガラムド暦8年。
カザマ・シュウイチが突如姿を消した。
◇◇◇
「どういうことだ……!?」
そう言ってリニックはテーブルを叩いた。
「どういうことだ、ってただそれだけのこと。何も変わりはしない、真実の一つ。世界は大いなる犠牲を払ったが、誰もそれに関心を示さなかった。……つい最近までは」
ここで、リニックは。
実の父親が行方不明となったことを唐突に話すガラムドに怒りさえ憶えていた。そのことに関してどうして悲しまないのか、苦しまないのか。
普通ならば、自ら話さなくてもいいのに。
「……これは、あくまでもこの世界の歴史について語っているまでの話です。あなたには、悲しんでもらう必要もまったくありません。何をしてもらう必要もありません。ただ、理解して欲しい……それだけなのです」
そして。
ガラムドは語りを再開した。
◇◇◇
それからガラムドはシュウイチを探した。一人で探そうとしたが、彼女は既に人を指揮する地位にまで登り詰めている。彼女一人でやるわけにはいかなかったのであった。
捜索隊も出された。魔法による捜索もあった。しかし彼が見つかることはなかった。
ガラムド暦61年。
コノハ・アキホが亡くなった。最後までシュウイチが戻ってくることを願っていた。ガラムドが黙祷を捧げた。
――きっと、探し出す。
彼女はそう固く決意した。
「……あの」
「どうした?」
「どうして……ここに連れて来られたんだ?」
リニックは、気になった疑問の一つをガラムドにぶつけた。何故彼がこの空間に居るのか、それは明らかにせねばならないことの一つだ。
対してガラムドは特に考える素振りも見せず、手に持っていたティーカップをソーサーの上に置いた。
「何処から話せばいいかな……一先ず、この世界がどうして出来ていったのか、それから話すべきなのかな」
「この世界?」
「正確には、私がこの世界を変える前から、今現在までの話だ。歴史の勉強だと思って、少し聞いてくれ」
そうして、ガラムドは話し始めた。それは、とても長いお話。世界がこうして構築されていくまでの、長い話だ。
◇◇◇
ガラムド暦前13年。
この世に生を受けたガラムドも人の子であった。汚れた世界の最初の希望、それが彼女だった。
彼女が初めて見た景色は瓦礫だった。彼女は旧時代の生き残り同士により生まれた子供だった。
旧時代の失われた技術の一つとして、『冷凍保存』が挙げられるが、その『冷凍保存』によって旧時代の人類は生存している。まだ種を残している、ということだ。
だとしたら彼らが目覚めた時代では、人間なんて居なかったはずである。
しかし実際にはそんなことなどなく、彼らが目覚めた世界でも人類は生きていて、彼らとは違う社会を過ごしていた。
ならば、一つ疑問が生じる。
――どうして住んでいた人類は人類として生きていられたのだろうか?
答えはそう難しいことではない。
人類は危機を乗り越えていたのである。それも、冷凍保存でなく他の方法で生き延びた種が居たのだった。
ガラムド暦前3年。
無事復興が進められてきたのだが、然れど旧時代の人間が生きていたことを世界に公表するわけにもいかなかった。
当時、その世界は旧時代のロストテクノロジーをどの国家も欲しがっていた。何か一つ手に入れば国交の上で有利になるためである。
だからこそ、旧時代の人間が居た当時の国家、ジャパニアは箝口令を敷きずっと旧時代の人間を匿ってきた。
力こそ凡てとなっていたこの世界、ロストテクノロジーを知る唯一の種族が生きていたことを知れば、それだけで争いと化す。それだけは避けなければならなかった。まだ生きていく人間が、この世界には居るのだから。
そうしてその箝口令は13年もの間続けられた。
◇◇◇
「……とまあ、ここまでが先ず、私が生まれてからの十三年の出来事だ。大分かいつまんで話を進めているがね」
ガラムドがずっと続けてきた話を聞いて、リニックはただ頷くことしか出来なかった。
一度もあったことのない存在であったが、リニックは自然と彼女を崇高なものと見ていた。神殿協会の木偶とは違う――リニックはそうも思っていた。
「そういえば」
と、ここでリニックは疑問を一つ訊ねた。
「……どうして僕の夢の中に姿を現したんですか?」
「それは未だ。私の話が凡て終わってから話すこととしましょう……」
そしてガラムドは話を再開した。
◇◇◇
ガラムド暦元年と俗に言われる年が近付いてきた頃には、ジャパニアが行ってきた箝口令も限界を迎えつつあった。
しかし、当事者たちはそのようなことを知る由もなく一時の平穏を楽しんでいた。
そんな中、あることが起きた。メタモルフォーズの『起源』ともいえる存在――オリジナルフォーズがジャパニアに侵攻したのだった。
それを仕掛けたのは神殿協会だった。彼らは『方舟』のあるジャパニアを儀式場として選出したのだ。
では、その儀式とは何なのか?
その儀式は――『人間を滅ぼす』ことだった。
神殿協会は『この世界は穢れてしまっている』として、自分たち以外の人間を排除する手段を考え付いた。それは当時でも現在でも万人に受け入れられるものではないだろうが、少なくとも神殿協会を信じる者たちもまたそれを信じていた。
しかし、結果としてオリジナルフォーズは倒されることとなり、その力の大半を失ったそれは強力な結界をもって封印されることとなった。
その後、その力に恐れ戦いた世界は神殿協会の解体を宣言。神殿協会は幾つかの小規模な団体に分割されることとなった。
その後、旧時代の人間たちは世界に知れ渡ることとなるが、生憎彼らが持つロストテクノロジーを狙う人間は居なかった。
先の戦いで主要な人間は皆武勲を手にすることとなった。中でも一番の武勲を手にしたのは刀一本でそれに立ち向かったカザマ・シュウイチという人間だった。
カザマ・シュウイチはガラムドの父親だった。剣の腕の良さは世界でも数えるくらいしかいないほどの人間なのだが、彼は記憶を失っていた。
何処で記憶を失ってしまったのかは解らない。だが、コノハ・アキホは彼を献身的に介護していた。
とはいえ、剣の腕は記憶を失おうとも錆びることはなかった。
戦いの後、旧時代の人間はシュウイチをリーダーとすることとしたが、シュウイチはそれを断り、代わりに魔法でサポートを行ったガラムドをリーダーとした。
シュウイチはガラムドの後見役としての地位こそあったものの、それを使うことなく、ただただ彼は自らの記憶と葛藤していた。
自分は一体何者なのだろうか? 自分はどうしてここに居るのだろうか? そんな疑問が押し寄せたことだろう。
しかしそれでも、彼の記憶が戻ることはなかった。
ガラムド暦8年。
カザマ・シュウイチが突如姿を消した。
◇◇◇
「どういうことだ……!?」
そう言ってリニックはテーブルを叩いた。
「どういうことだ、ってただそれだけのこと。何も変わりはしない、真実の一つ。世界は大いなる犠牲を払ったが、誰もそれに関心を示さなかった。……つい最近までは」
ここで、リニックは。
実の父親が行方不明となったことを唐突に話すガラムドに怒りさえ憶えていた。そのことに関してどうして悲しまないのか、苦しまないのか。
普通ならば、自ら話さなくてもいいのに。
「……これは、あくまでもこの世界の歴史について語っているまでの話です。あなたには、悲しんでもらう必要もまったくありません。何をしてもらう必要もありません。ただ、理解して欲しい……それだけなのです」
そして。
ガラムドは語りを再開した。
◇◇◇
それからガラムドはシュウイチを探した。一人で探そうとしたが、彼女は既に人を指揮する地位にまで登り詰めている。彼女一人でやるわけにはいかなかったのであった。
捜索隊も出された。魔法による捜索もあった。しかし彼が見つかることはなかった。
ガラムド暦61年。
コノハ・アキホが亡くなった。最後までシュウイチが戻ってくることを願っていた。ガラムドが黙祷を捧げた。
――きっと、探し出す。
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