New Testament
26
闇では今もなお会話が続いていた。とはいえ、この会話が始まったのはそう昔ではないため、この表現には少しばかりの誇張が混じっている。
「トワイライトに元々自由な権利を与えたのは君ではなかったか、オール・アイ」
「そうでしたかしら……あぁ、でもそう言われるとそのような気もしますが」
オール・アイと呼ばれた女性(と思われる声)はそう言った。その言葉の至るところに自信に満ち溢れている仕草を見せていた(闇は視界が便りにならない。聴覚のみが大事である)。
「オール・アイ……。君は確か『全見の眼』と呼ばれていたな。どうだね? その眼では何が見える?」
「そうですね。世界の要人の間抜け面があまりにも面白いですかね」
――と、流石にそんなことは答えなかったが、オール・アイは若干苛立っていた。自分の目的のためとはいえ、このような低俗な人間ばかりが揃う会議に出向くのは、彼女の本性には合わないからだ。
一先ずオール・アイはその質問について差し支えなく答えた。それを聞いて他の闇はただ小さく唸るだけだった。
「その眼でも見えないものがあるのか……つまらぬなぁ。『全見の眼』など、紛い物だったのではないか?」
「そりゃあ私も長く生き過ぎた。見えないものがあってもおかしくはない。確かに名前に偽りがあるやもしれないがね」
オール・アイは長く生き過ぎた。その『長く』というのがあまりにも形容し難い。千年という時間単位では表現出来ない。万年という時間単位でギリギリなんとか届く程だろうか。
その『長さ』は気が付けば噂が噂を呼んで、彼女が不老不死の存在であることも示唆されていた。
だが。
彼女はゆっくりと衰えていた。人間が衰えるスピードと比べればその差は計り知れない。
あまりにも衰えるスピードは小さいのだ。そのスピードは凡そ二千年で一年。人間の平均寿命が八十歳ほどだから、オール・アイの寿命は十六万年ほどだということだ。
どうしてそんな人間(そもそも彼女は人間なのだろうか?)が生まれてしまったのか、それは今となっては誰にも解らない。
しかし、彼女は寧ろ産んだ親に感謝していた。
このような力を手に入れたのは、もはやどれほど昔なのか忘れてしまっていたが、気が付けばこの力が使えていた。
そして――最近になって、その力に靄がかかり始めた。見えない時が訪れるようになったのだ。
彼女は一つの不吉な予想を立てる。
それは、彼女にとって考えたくなかったことだった。
彼女は死んでしまうから――その先の『事実になること』が見ることが出来ないのではないだろうか?
だとすれば、彼女がいつ死ぬのか調べるのは容易である。その最後に見えた影像からある程度予測できる。
そして、彼女は予測を開始した。
すると、意外とあっさりと見つかってしまったのだ。その時間こそが――。
「明日の十二時ちょうど……どうも嫌な時間だこと。私はそんな時間にあっさりと殺されてしまうのか?」
呟いたが、闇には聞こえなかった。
◇◇◇
その頃、リニックたちは路地裏でこれからの作戦会議を立てていた。
もう辺りは闇に沈みつつあった。そのため、この後も探索を続けるかそのまま明日まで待つかの選択を迫られていた。
「……明日になると、やはり発表会は見に行こうと思う。何を発表するのか解らないけれど、少なくとも母さんには逢える。そこで色々と質問するつもりだから」
「じゃあ、今日このまま続けたら?」
「ヒントがないからしらみ潰しに探すほかないね」
今日しらみ潰しに探すか。
それとも何らかの情報を知っているとみられるリニックの母親が言っていた発表会を傍聴するため、今日は休むべきか。
「僕だって急いでジークルーネを探しにいきたい。急いで彼女の無事を確認したいさ。……でも、ヒントが、手掛かりがないんだ」
リニックの言葉は真実だった。
だが、言葉を並べて逃げている――そんな風に思われても仕方ない立ち振舞いでもあった。
リニックも、彼自身も、そんな風に思われても仕方ないと考えていた。
誰も悪くないといえば嘘になるが、個人を責められもしない。
「……もう少しだけ探さない?」
レイビックの答えは、彼が予想していた通りだった。
「――でもね、これだけは言わせてもらうわ」
しかし。
正直言って、それから先は彼も予想していなかったことだった。
「自分だけが悪いとかそんな感情を抱いてはいけない。今回の事は誰もリニックを責められないわ、勿論私もね。だから挫けないで。私もその罪を半分背負っているのだから」
その言葉にリニックは何も言えなかった。『心ここに非ず』という感じだ。魂が抜けてしまい、人形にでもなったような、そんな感じに。
レイビックの話は続く。
「半分が辛いなら、三分の二、四分の三まで背負ってあげる。勿論甘えすぎは良くないし、お母さんキャラみたいな柄じゃあないけど、たまにはそういうので頼ってもいいんだからね」
今までリニックは、あまり人の手を借りようとしなかった。理由は、今まで自分でやって来れたから。身の回りのことは凡て自分一人で出来たから――だ。
だからといって、それが手助けを要らないなどといったそんな理由にする必要もない。
気付かないうちに彼は、自分から他を遠ざけてしまっていたのではないか。
時折、リニックはそんなことを考えていた。
だが――もうそんなことは決してない。
これからはレイビックが寄り添っていくのだと。
そう決めたのだ。
◇◇◇
そして。
彼女たちは。
一つの決断を下した――。
◇◇◇
フルたちがヤンバイト城にやって来て早二日が経過した。フルたちははじめての場所でどうすればいいのか解らないままだったが、二日もすればそんなことはもう関係なくなっていた。
「……二日経ったが、まったく出てくる気配がないな」
フルが呟くと、隣を歩くメアリーが小さく頷いた。
彼らはリュージュの命を盗むという賊を見つけるために城内を巡っているのだ。
ルーシーは一人王の間で待機していた。何があってもいいように草笛を持たせている。
草笛は遠い場所から吹くとその音色が聴こえるものだ。一キロ範囲ならば聴こえるというその音色は、聴く者を穏やかな気持ちにさせるため、獣が襲ってこないのだ。
「トワイライトに元々自由な権利を与えたのは君ではなかったか、オール・アイ」
「そうでしたかしら……あぁ、でもそう言われるとそのような気もしますが」
オール・アイと呼ばれた女性(と思われる声)はそう言った。その言葉の至るところに自信に満ち溢れている仕草を見せていた(闇は視界が便りにならない。聴覚のみが大事である)。
「オール・アイ……。君は確か『全見の眼』と呼ばれていたな。どうだね? その眼では何が見える?」
「そうですね。世界の要人の間抜け面があまりにも面白いですかね」
――と、流石にそんなことは答えなかったが、オール・アイは若干苛立っていた。自分の目的のためとはいえ、このような低俗な人間ばかりが揃う会議に出向くのは、彼女の本性には合わないからだ。
一先ずオール・アイはその質問について差し支えなく答えた。それを聞いて他の闇はただ小さく唸るだけだった。
「その眼でも見えないものがあるのか……つまらぬなぁ。『全見の眼』など、紛い物だったのではないか?」
「そりゃあ私も長く生き過ぎた。見えないものがあってもおかしくはない。確かに名前に偽りがあるやもしれないがね」
オール・アイは長く生き過ぎた。その『長く』というのがあまりにも形容し難い。千年という時間単位では表現出来ない。万年という時間単位でギリギリなんとか届く程だろうか。
その『長さ』は気が付けば噂が噂を呼んで、彼女が不老不死の存在であることも示唆されていた。
だが。
彼女はゆっくりと衰えていた。人間が衰えるスピードと比べればその差は計り知れない。
あまりにも衰えるスピードは小さいのだ。そのスピードは凡そ二千年で一年。人間の平均寿命が八十歳ほどだから、オール・アイの寿命は十六万年ほどだということだ。
どうしてそんな人間(そもそも彼女は人間なのだろうか?)が生まれてしまったのか、それは今となっては誰にも解らない。
しかし、彼女は寧ろ産んだ親に感謝していた。
このような力を手に入れたのは、もはやどれほど昔なのか忘れてしまっていたが、気が付けばこの力が使えていた。
そして――最近になって、その力に靄がかかり始めた。見えない時が訪れるようになったのだ。
彼女は一つの不吉な予想を立てる。
それは、彼女にとって考えたくなかったことだった。
彼女は死んでしまうから――その先の『事実になること』が見ることが出来ないのではないだろうか?
だとすれば、彼女がいつ死ぬのか調べるのは容易である。その最後に見えた影像からある程度予測できる。
そして、彼女は予測を開始した。
すると、意外とあっさりと見つかってしまったのだ。その時間こそが――。
「明日の十二時ちょうど……どうも嫌な時間だこと。私はそんな時間にあっさりと殺されてしまうのか?」
呟いたが、闇には聞こえなかった。
◇◇◇
その頃、リニックたちは路地裏でこれからの作戦会議を立てていた。
もう辺りは闇に沈みつつあった。そのため、この後も探索を続けるかそのまま明日まで待つかの選択を迫られていた。
「……明日になると、やはり発表会は見に行こうと思う。何を発表するのか解らないけれど、少なくとも母さんには逢える。そこで色々と質問するつもりだから」
「じゃあ、今日このまま続けたら?」
「ヒントがないからしらみ潰しに探すほかないね」
今日しらみ潰しに探すか。
それとも何らかの情報を知っているとみられるリニックの母親が言っていた発表会を傍聴するため、今日は休むべきか。
「僕だって急いでジークルーネを探しにいきたい。急いで彼女の無事を確認したいさ。……でも、ヒントが、手掛かりがないんだ」
リニックの言葉は真実だった。
だが、言葉を並べて逃げている――そんな風に思われても仕方ない立ち振舞いでもあった。
リニックも、彼自身も、そんな風に思われても仕方ないと考えていた。
誰も悪くないといえば嘘になるが、個人を責められもしない。
「……もう少しだけ探さない?」
レイビックの答えは、彼が予想していた通りだった。
「――でもね、これだけは言わせてもらうわ」
しかし。
正直言って、それから先は彼も予想していなかったことだった。
「自分だけが悪いとかそんな感情を抱いてはいけない。今回の事は誰もリニックを責められないわ、勿論私もね。だから挫けないで。私もその罪を半分背負っているのだから」
その言葉にリニックは何も言えなかった。『心ここに非ず』という感じだ。魂が抜けてしまい、人形にでもなったような、そんな感じに。
レイビックの話は続く。
「半分が辛いなら、三分の二、四分の三まで背負ってあげる。勿論甘えすぎは良くないし、お母さんキャラみたいな柄じゃあないけど、たまにはそういうので頼ってもいいんだからね」
今までリニックは、あまり人の手を借りようとしなかった。理由は、今まで自分でやって来れたから。身の回りのことは凡て自分一人で出来たから――だ。
だからといって、それが手助けを要らないなどといったそんな理由にする必要もない。
気付かないうちに彼は、自分から他を遠ざけてしまっていたのではないか。
時折、リニックはそんなことを考えていた。
だが――もうそんなことは決してない。
これからはレイビックが寄り添っていくのだと。
そう決めたのだ。
◇◇◇
そして。
彼女たちは。
一つの決断を下した――。
◇◇◇
フルたちがヤンバイト城にやって来て早二日が経過した。フルたちははじめての場所でどうすればいいのか解らないままだったが、二日もすればそんなことはもう関係なくなっていた。
「……二日経ったが、まったく出てくる気配がないな」
フルが呟くと、隣を歩くメアリーが小さく頷いた。
彼らはリュージュの命を盗むという賊を見つけるために城内を巡っているのだ。
ルーシーは一人王の間で待機していた。何があってもいいように草笛を持たせている。
草笛は遠い場所から吹くとその音色が聴こえるものだ。一キロ範囲ならば聴こえるというその音色は、聴く者を穏やかな気持ちにさせるため、獣が襲ってこないのだ。
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