New Testament

巫夏希

18

 マリアと少女は島の中央にある山の中へ入っていった。山は複雑にくり貫かれており、まさに天然の迷路といえた。

 その迷路を、少々は迷うことなく突き進む。まるで元々進む道が解っていたような、そんな感じまでする。

 右に曲がり、左に曲がり、上り、下り……そんな行動をどれくらい繰り返しただろうか。

 気が付けば、小さな扉の前に彼女たちは立っていた。

「ここは……」

 マリアが呟くと、少女はドアノブに手をかける。

「この先に広がっているのは絶望なのか、希望なのか、それは受け取るあなたが決めることです。さあ……その真実を、目を見開いてご覧なさい」

 そして――扉は開かれた。

 そこに広がっていたのは、ただのがらんどうだった。

 空間のみが広がっていた。

 そして、それを見て……ゆっくりと歩を進めた。

 小さく何かが軋む音がした。足場の方から聞こえたものじゃないと確認(正確には、そう思い込んだ)して、さらに進む。

 息を飲み込んで、ゆっくりと、しかし確りとその中を見ていた。

「……これは、人間?」

 そうして漸く、彼女には『それ』が視認出来た。

 そこにあったのは、人間の足だった。目だった。手だった。いや、それ以外にも様々なものがそれについていた。全身は鱗に覆われていて、突き刺したかのように様々なパーツがくっついている。

 鳥の羽根、魚の尾びれ、犬の尻尾……他にも見るだけでは、それが元々何の生き物だったのか解らないものまであった。

「これは……人間じゃあ、ない?」

「オリジナルフォーズというの。今のメタモルフォーズ……その祖先の頂点に立つ存在。それが、これ」

「眠っているようだけれど……?」

「それは、オリジナルフォーズが未だ起きるべき時間ではないからよ。あなたもこの島の自然を見たでしょう? あれは、オリジナルフォーズが眠りながらにして周りに吐き出しているエネルギーがあったからこそ、なのよ。二千年前、ガラムドはこれを封印した。だが、そんな長い時間も封印が耐えられるわけではない。『ある時間』になると、その封印は力が弱まる。……何だと思う?」

「クイズをしている暇はないんじゃあないの?」

 マリアの言葉に、少女は舌打ちする。

「……つまらないわね。じゃあ答えを言うと……『予言の勇者』がこの世界にやって来た、その瞬間なのよ」

 少女が言った言葉の意味を、マリアは直ぐには飲みこめられなかった。

 何故なら、その言葉の意味を馬鹿正直に考えたら、どうがんばっても一つの結論しか導かれないからだ。

「それじゃあ……世界を救う存在は、自らの到着で、その世界を脅かす要因を引き起こしたとでも言うの……!?」

 なんということだ。

 それじゃあ、勇者は。

 ただのまやかしにしか過ぎないのではないか。

「……あぁ、でも、勇者は勿論そんなことは知らない。だって勇者様だ。世界を救うためなら何をしてもいいというわけではない。凡てはシナリオ通りに進んでいた。それはいつからかは知らない。予言の勇者が来てからかもしれないし、この世界が出来てからかもしれないし、もしかしたら前の世界が滅ぶ前からかもしれない。……それについては、少々興味深い報告が上がっていたりする。オリジナルフォーズの体内から大量の放射能が検出されている。それが、『偉大なる戦い』以前からのものだとすれば……『世界は、核或いはそれに付属する放射能に汚染され、滅んだのではないか』。そんな一つの結論が、浮かび上がってくる」

「旧時代は放射能によって滅ぼされたというのはあくまでもその証拠からしか得ない、信頼性の低い説だ。だが、これは非常に興味深いし、考えさせられる。例えば、どうして魔法を、錬金術を使うことが出来るのか? とかも、これにかなり近い考えから解る。今の世界にいる人間は、放射能に汚染された世界で生きていくうちに身体に変化が訪れた。その変化というのが……魔法や錬金術、その行使だったとするならば、凡てが上手くいく。この世界の、本当の役割というのが」

 つまり人々は長く苦しい生活環境に対応するために、自らの形を変えていった――つまるところ、そういうことらしい。

「だが……だとしても、おかしくないか? そんな簡単にうまく行くのか? 失敗だって、勿論考えられるだろう?」

「その辺りは、未だ謎だと言われている場所さ。しかし、そんなことは関係ない。関係があるとするなら、そんなものは神のみぞ知るってやつだ」

 つまりは、少女にもそんなことは知り得なかったのである。

 マリアは小さくため息をつき、改めて少女に向き返った。

「ところで、どうして私にこれを見せてくれたの? ただ、世界は滅んでしまうということを見せて、気力を削がせたかったの?」

「そんなことをされては困る。削がれない、屈強な心を持っていると見込んでいるのだから」

「……バカにしてる?」

「そんなつもりは一切ない。寧ろこれはあなたにとって有意義な時間だったはず。だってあなたは本来ならばこの時間軸の世界に居るはずが、ないのだから」

 その言葉を聞いて、マリアは一瞬驚いたが、直ぐに顔を強張らせた。

「……知っていたのね」

「別に騙していた訳じゃない。だが、それを直ぐに言えば私がどうなるのか、正直なところ未知数だったからね……」

「どうして知っているの。過去のことならともかく未来のことが解る訳が…………!」

 マリアは少女の肩を掴み、少女の身体を前後に振らせた。

 それくらい視点を変えれば、見えるものも変わるし、好きになるものも変わるだろう。しかし、今は敢えてそんなことを疑問視しない。

 少女の目は、恐ろしいくらいに精巧に作られていた紛い物だった。しかも、片方だけではない。

「……あなたは」

 マリアが訊ねると、少女は顔を叛ける。

「私は目が良すぎたのよ。見えてはいけないものも、凡て見えた。その人の顔を見ただけで、過去・現在・未来凡てが解ったの。それはとてもいけないことだし、悪いことよ。だって、未来は見えても変えることは出来ないのだから」

「未来は見えても、それを教えることは出来ないの?」

「教えたとして、誰が信じるというの? 知らない人間から『あなたの未来はこうです』なんて聞かされて、聞く耳持つ人間がこの世界にどれだけ居るか?」

「……でも、私はあなたのことを信じている」

 それを聞いて、少女は話すのをやめた。

「あなたと会ったばかりで、至極烏滸がましいかもしれない。あなたと会ったばかりだから、あなたをそこまで深く知らない。だけれど、これだけは解る。『あなたは、嘘なんてついていない』ことに」

 少女の目からは、一筋の涙が頬を伝っていた。

「……どうして、そこまで信じ込めるの。他人を」

「なんでかなぁ……。やっぱり、いい人っぽく見えるからかも」

 マリアの言葉は曖昧な返事だったが、それでも少女の心に突き刺さるには充分だった。

 もう彼女の目からは涙が止まらなかった。それを見て、マリアは近付き、彼女を抱き寄せ、背中を丁寧に、かつゆっくりと撫でてあげた。

 ――そんなことをしながら、マリアは少女から言われたことを整理することにした。

 この世界にいるオリジナルフォーズと予言の勇者の因果関係について――それは今までマリアでも知り得なかった情報だった。

 しかし、これだと、執拗に予言の勇者を倒そうとしていたのは少しだけ疑問を孕んだこととなってしまう。

 予言の勇者を呼ぶことでそれが発動のキーとなる。ならば、予言の勇者が来たことは予測、または断言していたことになる。予言の勇者を倒そうとしたのも疑問に残るが、恐らくはもう用済みになったから……というのが理由なのだろう。

 だが、そうなれば、予言の勇者が来ることが何故わかったか? という疑問が残る。確か、言い伝えで来るとは言われていたが、それはあくまでも言い伝え。百パーセント信頼出来るソースがあったはずだ。

 ならば、そのソースは一体誰からのものだったのだろうか?

 若しくは予言の勇者がその時間に来るように、誰かが仕向けたのだろうか?

 ――と、そんなことを考えても、それは現時点では彼女の推論に過ぎない。

 だから、これを『推論』ではないとすれば――。

「……まだ、この時代で調べなきゃいけないことがあるようね」

 マリアの呟きは、少女には聞こえることはなかった。


 ◇◇◇


 シルバの乗った鉄道がスノーフォグの首都ヤンバイトに着いた頃には、日も大分落ちていた。

 ヤンバイト・ステーションは地下にホームがある。地上の喧騒を阻害する恐れがあるとスノーフォグ交通省が考えた結論だ。

 ステーションに列車が停止する。そして扉は開かれ、フルたちは列車から降りてきた。

 ステーションの内装を一言で示すならば、『豪華絢爛』という熟語が相応しい。等間隔に並べられた柱は、フルとルーシーが両手を広げて数珠繋ぎになって、漸く囲めるくらいの大きさだった。内装重視のためか、通気のための排気管は極力見えないようにしているらしい。

「すごいなぁ……」

 フルとルーシー、それにシルバはその景色に息を飲み、ずっと上を見つめていた。

 唯一、前を見て歩いているメアリーが振り返り、彼らを見て小さくため息をついた。

「子供じゃないんだからさぁ……」

 余談ではあるが、今ここに居る四人全員は十六歳だから、区分上は『子供』である。メアリーはそこまでとやかく言うつもりはない(言ってしまえば、彼女もフルたちと同じ子供であることが定義できるから、その言葉が矛盾なく使えなくなる)が、そういう光景を見ると、やはり目立ってしまうから、メアリーも恥ずかしいので、気にしてしまうのだった。

 ステーションの地上駅舎を出ると、彼らの目の前には一つの屋台があった。提灯がぶら下がっており、そこからは如何にも美味しそうな香りが漂ってくる。

「なぁ、メアリー。少しだけ食べていかないか? もう夕方だしさ」

 そう言ったフルの言葉を聞いて、メアリーは肩を竦める。

「さっき食べなかったっけ? 駅弁でお腹いっぱいにはならなかったの?」

「駅弁も美味かったんだがな。やはり美味そうな匂いを嗅ぐと、食べてみたいと思うものだ。そうだろ?」

 うーん、とメアリーは首を傾げる。あまり寄り道をするのは好ましくないが、かといってこんな時間から王城に向かうのは少々非常識な気もする。

 そして、彼女がその決断をしたのは、直ぐのことだった。

 屋台の暖簾を潜ると、坊主頭の気前の良さそうな男が出迎えた。ねじり鉢巻にその頭はどうもフィットし過ぎている。

「いらっしゃい! 注文は壁にかけてあるメニューを見てくれ!」

 その言葉を聞いて、それぞれ椅子に腰掛けたフルたちはメニューを観る。メニューを見た限り、そこは麺類を販売する屋台だった。

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