New Testament

巫夏希

17

 スログリア・ステーションにヤンバイト行きの折り返し車両がやって来たのは、彼らがヤンバイトまでの切符を購入して、駅弁を買って(ちなみにシルバの提案である)、それでもそれから二十分程経った時だった。

「意外と余裕あったな」

 ルーシーが言ったので、他の三人も頷く。フルとシルバ以外は鉄道に乗った事がない。だから、どれが常識でどれが非常識なのか、その線引きが彼女たちには曖昧となっている。

 やって来た車両に乗り込み、切符に書かれた席を探す。一つの車両に七十二席、これが六両あるから四百三十二席がこの一編成にあるということだ。

「ここよ、ここ」

 一足先に乗り込んでいたメアリーが手を振っている。どうやら彼らの座る座席は通路を挟んで一列のところだった。

 ルーシーとフルが進行方向右側、メアリーとシルバは進行方向左側の座席に座る。シルバは誰に言われるでもなく自然にその窓際の席についた。

 座席はやはり時代は時代であって、ある種古臭かった。とはいえ、何処か趣があり、奥ゆかしい雰囲気を醸し出していた。

 前方には足を置くための収納式となる台があった。早速フルとルーシーはそれを試していたが、メアリーは直ぐにはそれを試そうとは思わなかった。

 やはりそこは女性。恥じらいという気持ちもあったのだろう。それにフルが気が付いたからか、何も言わず、ただルーシーと会話を続け、彼女から少しでも意識を飛ばしていた。

 そしてそんなことをしている内に、風景がゆっくりと動き始めた。

「すごい……。ここまで揺れないんだね。確か鉄道のレールには繋ぎ目があるから、そこで揺れるって聞いたことがあるけれど」

「今が暖かい時期だからじゃないか? レールは鉄で出来ているし、だから温度依存性がある。それで金属が伸び縮みしてしまうんだよ。だから、寒くなればさらに繋ぎ目は大きくなるだろうさ」

「……ふぅん」

 ルーシーがその意味を理解しているのかはフルには解らないが、ふと向こうを見ると――メアリーが諦めたらしく、台に足を載せていた。

 自分の役目は一先ずここまでだ――そう心の中で呟いたフルは、窓に流れる風景を見始めることとした。


 ◇◇◇


 地図にない島というのは、普通に存在する。海を適当に進み、コンパスと地図を手に進めばあっという間だ。金塊を探したり石油を掘り当てるよりも、圧倒的に低い確率で見つけ出すことが出来るのだ。

 そして――その一つ。

 僅かに広がる砂浜以外は凡てが森林から為る、名前もない島がある。その島は外界に広がると言われる『世界の果てワールズエンド』に一番近い島だ。運が良ければ(或いは大多数の人間は『悪ければ』の方に入るのだろうが)、世界の果てを目視出来るのである。最高峰は島の真ん中に山頂だけ飛び出す岩山である。それだけ見ればはげ山にしか見えないのだが、実際にはその山に、もう一本も木々が生えることなどない。

 なぜ生えないのか――それを説明するには、余りにも時間が足らない。

 だから、この山は、今は木々が生えておらず、そしてこれからも生えてこない……ただ、それだけのことである。


 その島の、とある海岸。

 少女が二人立っていた。

 一人はマリア、もう一人は……『究極のメタモルフォーズ』と呼ばれる存在だ。

「ここは……何処なの?」

「ここは何処でもない。厳密に言えば、ハイダルクでもスノーフォグでも、そのどちらにも属さない『白領』と呼ばれるエリア……。だけれど、実際にはスノーフォグが実効支配している」

「この島の……中央、いや……地下から、とてつもないエネルギーを感じる」

 マリアは周りを歩いて、地面に触れてみる。すると、まるでそれが生きているように鼓動が伝わってきた。

「ここは、揺りかごなのよ」

 少女は、マリアの疑問にそう答えた。

「もう世界に出さないように、もう被害を受けないように……そういうために、カミサマが何とか封印して、この揺りかごを作り上げたのよ。それは有り余る生命力故にほぼ無限に生き続ける。だが、それが生きているだけで、世界に害は生まれ続ける。それは非常に不味い。そう考えた当時の人類は、その事を古文書として『決してそれを悪用してはならない。出来ることならば滅ぼしてしまった方がいい』と後の人類に遺した」

「だからここには人の気配が全くないのね」

 そう言ってマリアは辺りを見渡す。そこらに生えている草木は皆、初めて見たものか、若しくは図鑑で絶滅したと見たものばかりだった。

「そう。ここにあるのはみな……この世界には既にあるはずのないものばかりがある。それはこの島の気候が原因か、人間が教えを忠実に守ってきたか、そのどちらかは解らないけれども」

「けれど、今ここにある。ここにある限りは世界から絶滅なんてしていない」

 マリアの言葉に、少女はシニカルに微笑む。

 しかし、不思議とその笑顔には悪意がないように思えた。

「……まぁ、そんなことはいい。案内しよう、マリア・アドバリー」

「何処へ?」

 少女が言った言葉の意図が解らず、首を傾げるマリア。

 対して、少女はマリアと同じように首を傾げて、そのまま踵を返し、歩き始めた。

「歴史上最も残酷で残虐だった我儘な獣の元へ、だよ」

 少女の顔は、何処か悲しそうだった。


 ◇◇◇


 ASL。

 シュラス錬金術研究所は、かつては世界最高の錬金術研究機関だった。しかし、今は存在しない。七年前、急に解散してしまったのである。

 何故解散してしまったのか、それは今となっては誰にも解らない。

 解らないが、解散という事実は今も多くの人間の記憶に残っている。

 何故か?

 それは七年前、例年行っている研究報告会の生中継で起きた。軍事転用も可能となる携帯型コイルガンを発表、しかしシュラス・スインド代表は自らのこめかみに銃口をあて、そのまま引金を引き抜いた。研究報告会は世界同時に中継されていたため、視聴率を全世界の七割の人間がそのスプラッタ映像を見てしまったのだ。

 そして、その後遺されていた遺書により、ASLは解散となった。最後の数年間は、『錬金術にはもう伸びがない』等と発表し、錬金術からの解脱を考えていたが、長年錬金術を研究し続けてきたというのに、突然別の分野をやりはじめてもやっていける訳がないのであった。

「つまり……それがジークルーネの誘拐に関わっているってこと?」

 レイビックの問いに頷くリニック。かといって、リニックもそれを確証を持って言っている訳でもない。あくまでも状況証拠からみた推測である。

「もしかしたら……というだけだ。どんな可能性でも捨てきれないからな」

「確かに、考えられる可能性は凡て言葉にしてしまった方がいい。勿論の事かもしれないが」

 リニックの言葉に、小さくレイビックは頷く。二人は、一先ず朝食を取るために部屋を後にした。

 朝食はクロワッサンとスクランブルエッグ、それにホットミルクというシンプルな構成だった。リニックは先ずクロワッサンを頬張り、ホットミルクで胃の中へ流し込む。次にスクランブルエッグを一口頬張る。直ぐに口の中にバターの香りが広がった。そして、その食感がとてつもない。トロトロすぎて口の中にスクランブルエッグが残らないくらいだ。

 ものの数分もしない内にリニックたちは朝食を終え、店主に一泊分のお金(プラス、少々のチップ)を渡した。

「またご贔屓に」

「今日もあの部屋を使いたいんだが、大丈夫ですか?」

 リニックが訊ねると、店主は何度も何度も頷く。

「それじゃあ、出るときに鍵を預けてください。それで部屋のキープは完了ですので」

「解った」

 それを聞いて、店主は踵を返した。

 それを見て、リニックたちも立ち上がり、部屋へと戻っていった。


 ◇◇◇


 ジークルーネが目を覚ました時、そこは暗闇だった。何もない、黒だった。

 白でも赤でも緑でも青でも茶でも黄でも灰でもオレンジでも、ない。

 周りには、ただ黒が広がっていた。

 更に、彼女はこの場所の捜索を開始し――そこで漸く彼女が何も身に纏っていないことに気が付いた。

「何処よ……ここ」

 もし昨日のままならば、まだジークルーネはリニックたちとともに昨日宿泊した宿に居るはずだった。

 しかし、今はそんな場所ではない。何処なのか、全く想像がつかない場所だ。

『起きたかな、ジークルーネ・アドバリー。気分はどうだい?』

 ジークルーネがこの世界の散策を開始しようとしたそのときだった。直接脳内に、何者かの声が響いたのだった。

 そして、その声はジークルーネには聞いたことのある声だった。

「トワイライト……またあんたの仕業なのかしら」

『君達が計画に触れちゃあ少々不味いんだよ。だから、どんな方法でも全力で食い止めなくてはいけない。だから、だからこそ、今回は全力を使い、君たちを止める。もし、君たちが手を引いて普通に旅をするというなら、君を今すぐ解放するしメアリーだって元に戻してあげよう』

「……もし、『断る』等と言ったら?」

 ジークルーネの言葉に、トワイライトは乾いた笑いを溢す。

『すごいな。君はこんな状況でもそんなことを言えるのか。……そうだね、もしそんなことを言うのなら』

 トワイライトは息を整え、続けた。

『君のもつ魔法、錬金術の才能を……完膚なきまでに叩き潰してあげよう』

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