New Testament

巫夏希

15

 知恵の木の実が有限だとしても莫大なエネルギーがあるということは錬金術師の間でも有名なことだったので、そのエネルギーが『二千年もの間生きていられる程で、それでも枯渇しない』という量がどれほどのものなのか、理解は難くなかった。

「話を続けようか。彼らが手に入れたかったものはね、知識による支配だよ。誰も知り得ない知識を仕入れることで、信頼を手にする。そして、信頼というものの下で支配を行う。彼らは知識を知らないのだから、それを知る人間を崇め、奉る。至極簡単なことだ。まるで……何処かの国みたいだろう?」

「祈祷師による支配を……全世界に広げようというわけ……!」

 マリアの答えに、少女は首を横に振る。

「五十パーセントかな。残り半分は、小さな問題だよ。祈祷師サイドの思惑はまだ描かれていない」

「……今までのは誰のサイドだった?」

「詳しくは言えないけど、というか知らないから言えないだけなんだけれど、あるエゴイズム満点の組織……と思ってくれれば」

 少女の気持ち次第で話す情報も変わるということだろうか。マリアはそう言いたかったが、これ以上情報レベルを下げたくはないため、口をつぐむ。

「何を言おうとしたのかは知らないけれど、多分そちらの方が身のためだと思うよ。情報レベルを下げたら、あなたは真実へ辿り着けないだろうから」

「あなたは私に情報を渡したいのに、理不尽よね」

「しょうがないね。私としてはデータを凡てあなたに提供したいのだけれど、どうもそういうわけにもいかない。私は今、中途半端に力を持っている。そしてそれにはロックがかけられている。だから正確には情報レベルは自分で下げたのではなく、既に下げられたもの……だということだよ」

「じゃあ、そのロックを解除すれば……」

 少女は足を交わらせる。

「私が持っている凡ての情報をあなたに提供することが出来る。そういうわけ」

 そのときだった。

 部屋にノックの音が響いた。

 それを聞いて直ぐに、少女は跡形もなく消え去った。

「マリア、ちょっといい?」

 入ってきたのはマリアに様々な仕事を教えてくれているフロリアだった。

「は、はい、なんでしょう……?」

「明日の朝御飯の時間がいつもより一時間遅くなるから。あぁ、理由は特にないんだけれどね? リュージュ様のお身体が少し優れないようで、起床の時間を少し遅くするとのことだから、それだけを話しに来たのよ」

 それだけを言って、フロリアは部屋から出た。どうやら本当にそれだけのようだった。

 フロリアが出ていって、少ししたら、また先程のスローモーションで逆再生されたように、少女の身体が復元されていった。

「……ふぅ。まさかここまで早く感付かれるとは思いませんでしたね。マリア、私を信じていただけないですか? 手を握っていただきたいのです」

「手を?」

 唐突に言われて、マリアは動揺してしまう。

 言われるまま、マリアは少女の手を握る。

「いいですか。絶対に、絶対に放してはいけませんよ――」

 そして、マリアの視界が暗転した。


 ◇◇◇



 ガラムド暦2115年。

 リニックたちは幸科研に入れなかったため、再びウォードの区々を歩いていた。

「やはりどこからどう見ても閑散しているようにしか見えないんだよなぁ……」

「ここが星の最大の都市と言われても、まぁ素直には頷けないね」

 一先ず彼らは宿を探すこととした。はじめ、リリーからの提案で幸科研の休憩室で寝ても構わないなどと言われたが、流石に部外者が(許可を得たのは確かだが)施設を占有するのもなんだか頂けない気がしたので、リニックはそれを丁重に断った。

「しかし宿がここまで見つからないとなると……幸科研に逆戻りか? 今は入れてもらえるとは到底思えないが」

「いや……その必要は無さそうよ」

 そう言ってジークルーネはある一軒の建物を指差す。そこは普通の家よりも少々広く見え、入口の傍には『INN』と書かれた立て看板があった。

 リニックたちは迷わずその建物へと入った。建物の中はこじんまりとしていた。まずラウンジがあり、カウンターがあった。カウンターの右側には円形テーブルとその円に合わせて置かれた四脚の椅子がセットで幾つか置かれており、テーブルには白い布が敷かれてあった。どうやらそこは食堂のようだった。次にカウンターの左側を見ると階段があった。二階には最低でも二つ(建物の二階部分は廊下によって隔たれているが、此方からは二つのドアしか確認出来ない)の部屋があるようだった。

 カウンターに居た店主と思しき髭面の男はリニックたちを見るや否やカウンターを飛び出してリニックたちに近付いてきた。

「宿泊でしょうか」

「三人泊まれる部屋があるといいんだが」

 店主はリニックの言葉に営業スマイルと思われてもおかしくないような満面の笑みを浮かべた。

「当宿は場所こそ狭いですが由緒正しい宿となっております。私はもう八代目なので……まぁ、それくらいでしょうか。地下には温泉もございますし、ご要望でしたら男女別々のお部屋もご用意出来ます。その場合はどちらかが地下のお部屋となってしまいますが……」

「部屋は一つでいい。部屋は空いているのか?」

 レイビックが訊ねると店主は何度も何度も頷く。

「全七部屋のうち凡てが空室となっております。一泊二食付きでお一人様二千ムルとなります」

 破格の値段だった。別に宿が汚い雰囲気でもないし、サービスも(聞いた限りでは)かなり上の部類に入るだろう。なのに、二千ムル。ハイダルクにある一番安い宿屋でも三千ムル(寝るだけの、どちらかといえばビジネスホテルに近い)だから、それを考えると矢張安い。

 そして、リニックたちはそこで宿泊することを即決した。


 夜。

 リニックたちはカウンターの脇にあるレストランにて食事をしていた。

「食事代も込みで二千ムルとは、本当に恐れ入った感じだな……。アースだったらこんなこと有り得ないぞ」

「お客さん、アースの人かい?」

 店主がデザートとなるアイスクリームをそれぞれの前に置きながら、リニックの独り言に答えた。

 隠すこともないので、リニックはそれに頷く。

「私も昔はアースの人間でね……。色々あってここに来たのだけれど、ここに観光にでも来たのかい?」

「いや、どちらかというと……まぁ、そうですね」

 リニックが言葉を濁していたのを、しかしその後はっきりと店主の言葉に従ったのは、ジークルーネからの突き刺すような視線を感じたためである。

「私がアースから出ていったのは今から二十年ほど前だったか……。アースはあれからどうなったのだろうか?」

 二十年前といえば、まだ今みたく神殿協会の影響力が低い頃の話だ。その頃を知る者からすれば今のアースの状況を聞けばとてつもなく悲観的になることだろう。

 だが、それも時代の流れと割り切れればいいのかもしれない。しかしそれはあまりにも冷徹過ぎる。

 人間はどう感情を捨てようとも、どう機械的に振る舞おうとも、そんな感情は捨てきれないものだ。だから封印して、感情を外からコントロールしてやれば感情を捨てきったように見せかけるのも不可能ではないだろうが、そんな非人道的行為をする人間は、この世界が誕生してからは出てきてはいない。

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