New Testament
1
アース、『アンダーピース』アジト。
ヴァルトブルク・アドバリーという少女はアジトの通路を闊歩していた。
いつも遊んでくれるジークルーネとメアリーが居ないためか、今日の彼女は若干テンションが低い。とはいえ、大分慣れてはきたらしく、別れた数日はよく訳もなく泪を流していた。
要するにヴァルトブルクにとって、ジークルーネとメアリーは非常に大事な存在であるといえよう。
外を眺めると、雨が降っていた。雨はそれほど強いものではなかったが、雨が好きな彼女にとっては、正直なところ、「もっと降ってほしい!」という気持ちが昂っていることだろう。
彼女は、雨が好きだ。雨が降る前につんと匂うあの香り、あれが好きなのだという。あの泥臭い香りは、なんだか自然が失われていないことを実感させるから、らしい。
彼女は気分がよくなったのか、鼻歌を歌い出す。さらに廊下を歩いていく。
「ヴァルトブルク、今日はご機嫌だね。……あぁ、雨が降っているからか」
シルバ・ホークリッチという青年は、ヴァルトブルクにそう訊ねる。ヴァルトブルクはそれを聞いて、ブイサインをした。
「僕は逆に雨が好きじゃないんだけどね……。ほら、火炎魔法を使うとき空気が湿気ってたら威力の高いやつを出しづらいってもんだよ」
「だったら雷の魔法とか、別のやつを使えばいいのに」
「……それは、得意なのが火炎魔法の僕に言う嫌味ととっていいかな!?」
「あぁ……、ほんと男ってめんどい」
「挙句、今までのやり取りを僕のせいにされた……!?」
ヴァルトブルクとシルバの会話は周りから見れば痴話喧嘩にも思えた。
「……一先ず、このままで休戦と行かないか、ヴァルトブルク」
「そうね、そうしましょう」
そう言って二人は、並んで歩くこととした。
「そういえば、もうリニックさんの噂も殆ど騒がれなくなりましたね」
「居なくなれば、そりゃな。人の噂が永遠に続くなんて、そんなことは有り得ないさ。論理的に考えてみても、ね」
「まぁ、確かにそんなものなんでしょうが。けれども、噂が消えるのが少し早すぎるような……いいや。これはあくまでも子供の独り言なのです」
「自分で『子供』という子供は、そうは居ないよ」
シルバはシニカルに微笑む。それを見て、ヴァルトブルクは明らかに気分の悪そうな顔をした。
「どうした、気分が悪いなら自室のベッドに寝ていた方がいいんじゃないか?」
シルバは言うが、ヴァルトブルクは頬を膨らませるだけだった。
「……そんな怒らなくたって……。一先ず、警備は大事だからね。自分の身体は一番可愛いもんだ。傷付けちゃ、いけないよ」
「警備といったって……、そんなに来る人すら少ない場所なのに、侵入者だなんて直ぐにバレちゃうよ? みんな、顔見知りだって言うのに」
「だからこそだ。強い魔力の持ち主は簡単に人の姿を変えてしまう。それも一度見ただけじゃ解らない。しかし……、魔力の容量を見れば、そんなものは一発で解ってしまう。そうやって、変装魔法を見抜くにはやはりそれ相応の時間がかかってしまうけれどね」
そう言うと、突然ヴァルトブルクが立ち止まった。次いでシルバが立ち止まり、隣を見ると、そこはヴァルトブルクの部屋だった。
「それじゃ、バイバイ」
そう言ってヴァルトブルクは小さく右手を振り、部屋へと入っていく。シルバも彼女を見送るように手を振った。
シルバは元歩いていた通りに歩き出す。そして、ヴァルトブルクが言ったことを思い返して言った。
確かに、この場所に侵入者が入ることは考えられない。この場所は世界的に有名かといえばそうでもないし、有名な物があるかといえばそれもまた有り得ない。
だから、侵入者など考えられなかった。盗むべきものがないのに、侵入する人間など居るわけがない。
「戯言過ぎる、その言葉を僕は早々に信じることをやめた」
シルバは自嘲めいた言葉を呟き、さらに歩き出した。
◇◇◇
「……ここが……アースだと?」
一足先にアースに辿り着いたカーディナルはアースの風景に圧倒されていた。
彼女のアースに関する最後の記憶は百年前で止まっていたのだから、それと今を比べれば驚くべき変化であるだろう。
「一先ずここがどこだか調べなくてはなるまいな」
カーディナルは一先ず行動を開始した。遠くを見ると、霧に紛れて石壁が見える。カーディナルは知らなかったが、あれこそが、この世界の政治の中心であるハイダルク城だということは、まだ知らない。
「しかし、百年も経てば変わるものだ……。科学と魔法を融合させた世界……笑わせる。あくまで、魔法第一だ。科学は策を失敗させ、溺れたから世界を滅ぼした。そして、魔法第一の世界へとなっていった」
カーディナルは歩きながら、独りごちる。どうやら、カーディナルが乗ってきたあの機械はもう使わないらしい。
カーディナルは右手をそっと上に掲げて、手を挙げた。そしてカーディナルは一言呟く。
「――移動魔法、“サイト・スイッチ”」
カーディナルがそう言うと、直ぐに五メートル四方の透明な板が出現した。躊躇せず、カーディナルはそれに乗り込む。
そしてカーディナルは、前に真っ直ぐ手を伸ばした。すると、それを指標とするかのように、カーディナルを載せた透明な板は真っ直ぐ、動き出した。
それを見て、カーディナルはシニカルに微笑んだ。
◇◇◇
リニックたちについて語るには、少しばかり時間を遡らなくてはならないだろう。アキュアの空港に着いて、彼らは急いで整備場へ向かった。
整備場には何機ものロケットがあったのだが、そのどれもが整備が中途半端で終わらせられていたものだった。まるで、そのタイミングにおいて、人間が一瞬にして消えてしまったようだった。
「ダメだ。どれもこれも使えやしない。……やはり、ここに居た人間の大半は『ヒトではなかった』ということなのか……?」
「もしかしたらこの星は既に滅んでいて、それを幻覚魔法で『この星が栄えているかのように』見せていた……そうとしか考えられない」
リニックとジークルーネの会話は続く。
「だとしたら、この星は既に……『死んだ星』となっていた。だが、それを見られたくがないためにカーディナルが幻覚魔法を用いた……。だとしたら、カーディナルは相当な使い手だな。恐ろしいという畏怖の感情しか出てこない」
とはいったが。
実際にはそんな感情である余裕などなかった。先ずはどうやってこの星から脱出するか――それしか考えることが出来なかった。
「……そうだ! ジークルーネ、君が持っているその魔導書は、転移魔法は使えないのか!? それも、星を移動するくらい移動距離の長いやつは!」
リニックの言葉を聞いて、ジークルーネは急いで魔導書のページを捲っていく。
そして――、
「――見つけた!」
ジークルーネの言葉に、リニックとレイビックはそのページに目をやる。そのページには古代ルーファム語(と思われる言語というだけで、本当に正しいかは定かではない)で埋め尽くされていた。生憎、ジークルーネ以外にはそれがどう表されているのかは、まったく理解出来なかった。
「……何て読むのか解らないな。ジークルーネ、読んでくれないか」
リニックが言うと、ジークルーネは頷き、こう言った。
「転移魔法、“ワープ・ポート”」
ジークルーネがその言葉を言ってすぐ、リニックたち四人は何処かに――消えた。
次にリニックが記憶として熟知していたのは、至極見覚えのある光景だった。
そこは、何処かのホールのようだった。一先ずリニックは、辺りを見渡し、ここは何処なのか、ヒントを探していた。
ヴァルトブルク・アドバリーという少女はアジトの通路を闊歩していた。
いつも遊んでくれるジークルーネとメアリーが居ないためか、今日の彼女は若干テンションが低い。とはいえ、大分慣れてはきたらしく、別れた数日はよく訳もなく泪を流していた。
要するにヴァルトブルクにとって、ジークルーネとメアリーは非常に大事な存在であるといえよう。
外を眺めると、雨が降っていた。雨はそれほど強いものではなかったが、雨が好きな彼女にとっては、正直なところ、「もっと降ってほしい!」という気持ちが昂っていることだろう。
彼女は、雨が好きだ。雨が降る前につんと匂うあの香り、あれが好きなのだという。あの泥臭い香りは、なんだか自然が失われていないことを実感させるから、らしい。
彼女は気分がよくなったのか、鼻歌を歌い出す。さらに廊下を歩いていく。
「ヴァルトブルク、今日はご機嫌だね。……あぁ、雨が降っているからか」
シルバ・ホークリッチという青年は、ヴァルトブルクにそう訊ねる。ヴァルトブルクはそれを聞いて、ブイサインをした。
「僕は逆に雨が好きじゃないんだけどね……。ほら、火炎魔法を使うとき空気が湿気ってたら威力の高いやつを出しづらいってもんだよ」
「だったら雷の魔法とか、別のやつを使えばいいのに」
「……それは、得意なのが火炎魔法の僕に言う嫌味ととっていいかな!?」
「あぁ……、ほんと男ってめんどい」
「挙句、今までのやり取りを僕のせいにされた……!?」
ヴァルトブルクとシルバの会話は周りから見れば痴話喧嘩にも思えた。
「……一先ず、このままで休戦と行かないか、ヴァルトブルク」
「そうね、そうしましょう」
そう言って二人は、並んで歩くこととした。
「そういえば、もうリニックさんの噂も殆ど騒がれなくなりましたね」
「居なくなれば、そりゃな。人の噂が永遠に続くなんて、そんなことは有り得ないさ。論理的に考えてみても、ね」
「まぁ、確かにそんなものなんでしょうが。けれども、噂が消えるのが少し早すぎるような……いいや。これはあくまでも子供の独り言なのです」
「自分で『子供』という子供は、そうは居ないよ」
シルバはシニカルに微笑む。それを見て、ヴァルトブルクは明らかに気分の悪そうな顔をした。
「どうした、気分が悪いなら自室のベッドに寝ていた方がいいんじゃないか?」
シルバは言うが、ヴァルトブルクは頬を膨らませるだけだった。
「……そんな怒らなくたって……。一先ず、警備は大事だからね。自分の身体は一番可愛いもんだ。傷付けちゃ、いけないよ」
「警備といったって……、そんなに来る人すら少ない場所なのに、侵入者だなんて直ぐにバレちゃうよ? みんな、顔見知りだって言うのに」
「だからこそだ。強い魔力の持ち主は簡単に人の姿を変えてしまう。それも一度見ただけじゃ解らない。しかし……、魔力の容量を見れば、そんなものは一発で解ってしまう。そうやって、変装魔法を見抜くにはやはりそれ相応の時間がかかってしまうけれどね」
そう言うと、突然ヴァルトブルクが立ち止まった。次いでシルバが立ち止まり、隣を見ると、そこはヴァルトブルクの部屋だった。
「それじゃ、バイバイ」
そう言ってヴァルトブルクは小さく右手を振り、部屋へと入っていく。シルバも彼女を見送るように手を振った。
シルバは元歩いていた通りに歩き出す。そして、ヴァルトブルクが言ったことを思い返して言った。
確かに、この場所に侵入者が入ることは考えられない。この場所は世界的に有名かといえばそうでもないし、有名な物があるかといえばそれもまた有り得ない。
だから、侵入者など考えられなかった。盗むべきものがないのに、侵入する人間など居るわけがない。
「戯言過ぎる、その言葉を僕は早々に信じることをやめた」
シルバは自嘲めいた言葉を呟き、さらに歩き出した。
◇◇◇
「……ここが……アースだと?」
一足先にアースに辿り着いたカーディナルはアースの風景に圧倒されていた。
彼女のアースに関する最後の記憶は百年前で止まっていたのだから、それと今を比べれば驚くべき変化であるだろう。
「一先ずここがどこだか調べなくてはなるまいな」
カーディナルは一先ず行動を開始した。遠くを見ると、霧に紛れて石壁が見える。カーディナルは知らなかったが、あれこそが、この世界の政治の中心であるハイダルク城だということは、まだ知らない。
「しかし、百年も経てば変わるものだ……。科学と魔法を融合させた世界……笑わせる。あくまで、魔法第一だ。科学は策を失敗させ、溺れたから世界を滅ぼした。そして、魔法第一の世界へとなっていった」
カーディナルは歩きながら、独りごちる。どうやら、カーディナルが乗ってきたあの機械はもう使わないらしい。
カーディナルは右手をそっと上に掲げて、手を挙げた。そしてカーディナルは一言呟く。
「――移動魔法、“サイト・スイッチ”」
カーディナルがそう言うと、直ぐに五メートル四方の透明な板が出現した。躊躇せず、カーディナルはそれに乗り込む。
そしてカーディナルは、前に真っ直ぐ手を伸ばした。すると、それを指標とするかのように、カーディナルを載せた透明な板は真っ直ぐ、動き出した。
それを見て、カーディナルはシニカルに微笑んだ。
◇◇◇
リニックたちについて語るには、少しばかり時間を遡らなくてはならないだろう。アキュアの空港に着いて、彼らは急いで整備場へ向かった。
整備場には何機ものロケットがあったのだが、そのどれもが整備が中途半端で終わらせられていたものだった。まるで、そのタイミングにおいて、人間が一瞬にして消えてしまったようだった。
「ダメだ。どれもこれも使えやしない。……やはり、ここに居た人間の大半は『ヒトではなかった』ということなのか……?」
「もしかしたらこの星は既に滅んでいて、それを幻覚魔法で『この星が栄えているかのように』見せていた……そうとしか考えられない」
リニックとジークルーネの会話は続く。
「だとしたら、この星は既に……『死んだ星』となっていた。だが、それを見られたくがないためにカーディナルが幻覚魔法を用いた……。だとしたら、カーディナルは相当な使い手だな。恐ろしいという畏怖の感情しか出てこない」
とはいったが。
実際にはそんな感情である余裕などなかった。先ずはどうやってこの星から脱出するか――それしか考えることが出来なかった。
「……そうだ! ジークルーネ、君が持っているその魔導書は、転移魔法は使えないのか!? それも、星を移動するくらい移動距離の長いやつは!」
リニックの言葉を聞いて、ジークルーネは急いで魔導書のページを捲っていく。
そして――、
「――見つけた!」
ジークルーネの言葉に、リニックとレイビックはそのページに目をやる。そのページには古代ルーファム語(と思われる言語というだけで、本当に正しいかは定かではない)で埋め尽くされていた。生憎、ジークルーネ以外にはそれがどう表されているのかは、まったく理解出来なかった。
「……何て読むのか解らないな。ジークルーネ、読んでくれないか」
リニックが言うと、ジークルーネは頷き、こう言った。
「転移魔法、“ワープ・ポート”」
ジークルーネがその言葉を言ってすぐ、リニックたち四人は何処かに――消えた。
次にリニックが記憶として熟知していたのは、至極見覚えのある光景だった。
そこは、何処かのホールのようだった。一先ずリニックは、辺りを見渡し、ここは何処なのか、ヒントを探していた。
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