New Testament
12
先ず、それが『それ』であるとリニックが認識出来たのに恐ろしいほど時間がかかった。
何故か。
先ずそれが何も服を身に付けていなかったからである。否、正確にはそうと捉えられてもおかしくないほどに彼女の身体から服が無惨にも取り除かれていた。
そして、彼女の身体は透明な液体に包まれていた。どちらかといえば、液体は少しどろっと濁っていた。
彼女は眠っているようだったが、それは、理解の境地から考えると眠っているのではなく気絶しているようにも思えた。
そして、それはリニックたちにとって誰であるのか容易に理解出来た。
「メアリーさん……!」
リニックの言葉を聞いてもなお、メアリーは何も反応しなかった。
◇◇◇
その頃。何処かの場所。
その場所は高く真っ白い塔が幾つも聳え立っており、それらが守護するように円形に壁が出来ている。そこは居住区になっており、建物が所狭しと並べられていた。居住区の中心には小高い丘があり、塔が聳え立っていた。その塔は守護神のように幾つかある塔よりも高い。
そして、その塔――『ブルジュ・セントラル』の天辺にある屋上庭園にある四阿で、一人の青年が日記帳を見ていた。
それは古い日記帳だった。書かれている文字は国際的に共通語にもなっているルーファム語とは似ている言語であった。
「……『天地開闢』。古く、カミサマが行った行為。これによって天は生まれ大地は生まれた」
彼が開いているページには、大地が裂かれている絵が描かれていた。
「開闢には条件が必要……カミという存在……一つの世界を形成……その為の火種は……」
パタン、と。
青年は、本を閉じた。
「カミの血を引き継ぎし唯一の人間と、カミの力を持った生き物が交わって、生き物を造り上げる。その時に誕生した生き物こそが……、」
――この世界を変える『火種』になる
そうして、青年は椅子から立ち上がり、その場を後にした。
◇◇◇
結論から言って、メアリーは完全に精神を疲弊していた。
息をしているから、生きてはいるのだろう。しかし、それは見た目からして生きているとは思えなかった。
そして。
メアリーの身体から、まるで人の子供が産まれるように、何かが産み出された。
それは、卵だった。彼女はそれを産み出すのに苦痛はなかった。まるで、それを産み出すために彼女自身の身体が改造されたようだった。
卵、は普通の卵だった。しかしニワトリの卵よりかは大きく、ダチョウの卵よりかは幾分小さかった。
卵を拾うと、それはまるで生きているように脈打っていた。
「これは……いったいなんなんだ?」
「リニック、一先ずメアリーさんを何とかしなくちゃ……」
そう言って、レイビックは磔にされているメアリーの身体に触れた。メアリーの身体は、とても冷たかった。その原因は、ジェル状の液体だった。ジェル状の液体が身体全体にまとわりついており、その液体に体温を失われているのだろう。
メアリーを十字架から下ろして、リニックとレイビックは部屋から出た。部屋を出て、隣にある部屋から――彼女が元々着ていた色に近いワンピースを探したが、結局は見つからなかった――水色のワンピースを着せ、一先ずこのままにしておくことにした。
「……下着がないから、正直薄く見えちゃうよね」
「そんなこと言うから意識しちゃうだろうが……」
リニックとレイビックはそれぞれそういう会話を交わして、メアリーの腕を抱えた。
「メアリーさん、大丈夫ですか?」
リニックの言葉に、メアリーは漸く目を覚ました。
「よかった、目を覚ました……」
リニックが言うと、メアリーは小さく呟いた。
「あー…………あ?」
「まさか……、」
ここで漸く、彼は悟った。
メアリーがここで受けた所業は、彼女の精神を破壊させる程までに、残酷であったことを。
その頃、闇。
「……いやはや、まさかこうも簡単に『開闢』のチャンスを得ることになろうとはな」
「まったくだ。カミの血を引き継ぐ人間と、カミを交わらせ……新たなカミを造り上げる。誰がこれを考えたかは知らないが、有意義な活用が出来たよ」
そう。闇はこれを知っていたのだ。
だからこそ、闇はその時を待っている。
「古に伝わりし歴史書――『歴史新書』に書かれていたことは、ここ一万年以上、それに書かれていたことに沿って忠実に再現されている。……ならば、あと少しで『世界は変わる』」
その言葉に、一度闇は静まり返った。
――凡ては、この世界のために。
それが闇の目標でもあり信念でもあった。
◇◇◇
「一先ずどうするかなぁ……。合流するのもいいんだが」
リニックは考えていた。このままエスティたちに合流していいものなのか、と。
エスティたちは未だ彼女たちと戦いを続けているのだろう。だからこそ、助けにいかなくてはならない。
「特に、此方の目的は既に済ませたのだから。余計だ」
「だが、こうも来ないところを見ると……不安だ」
レイビックとリニックの考えは一致していた。
一先ず、様子を見る必要がある。それから決めるなり何なりとすればよい。
「……行こう。メアリーさん、歩けそうですか?」
リニックの言葉に、メアリーは何も答えなかった。仕方がないので、メアリーはそのままレイビックに肩を任せ、半ば強引に歩かせることとした。
一先ずリニックたちはエスティたちと『ローラ』が戦っていた現場へ戻ってきた。そこに広がっていた光景は、二人の予想を遥かに超えるものだった。
「エスティたちが、いない……!?」
そこに残されていたのは幾人かの争った跡のみであった。血痕も残っていた。
「……何処に消えたんだ……?」
リニックの質問ととれる呟きは、されど今ここに居る誰にも答えを導くことが出来ないものだった。
◇◇◇
「ともかく、これから君がどうするのか、君自身の手で決めなくてはならないね」
その頃、シャルドネ邸ではトレイクとロゼの考えがちょうど一致していた。
「あなたがこうしたい。そう、ちゃんと決めているのならば、先ずはあなたがそれに向けて行動すべきではないのですか?」
ロゼとトレイクの考えは至極一般的な考えだった。恐らくは、考えに詰まり、何も思い浮かばなくなった誰しもが考えておく『予備』――それを言ったに過ぎなかった。
「確かに……私は逃げているのかもしれません。ですが……、ここまで重大なことを、独りで考えられるわけが……」
「そう考えている内はまだ考えられるはずです。人は確かに弱い。だからといって、弱さを自覚している人間などそうは居ない。弱さを自覚すること……それも強さの一部であると、私は思うのです。まぁ、何処かの本の受け売りに過ぎないのですがね」
ロゼはそう言ってまた分厚い本を読み進めていった。
「……きっと、それは彼女なりの優しさなんだよ。彼女は案外ツンデレだからね」
「な、何を言うのですかトレイクっ!? 私はそんな人種ではありません!」
「顔を真っ赤にしているけれど? それが所謂『ツンデレ』ってやつなんじゃない?」
「まったくトレイクは……。いきなり突拍子もないことを言うのです! 少しはデリカシーとかそんなものを持って欲しいものです……!」
「はいはい解った。スコーンでいいかい?」
「蜂蜜をたっぷりとかけるのです!」
「結局食べるのか……」とかそんなことを考えながら、シャリオは小さく微笑んだ。ここは、正直言って楽園と呼ぶに相応しい場所だった。ここには独立した場所がある。土地がある。そして、その土地はとても肥えている。だから人々は飢えを知らない。
だから、ここから出ようなんて殆どの人間が考える事などなかった。
別に出なくても問題はないのだから。
ただ、それだけの理由。
否、『それだけ』と呼べるような価値ではない。少なくともそれ以上の価値はある。
「ここが素晴らしい場所なのも……黒の読姫。あなたがもたらしたものなのでしょうか?」
シャリオの問いにロゼはコクコクと頷く。トレイクが持ってきたスコーンを頬張る姿はまるで栗鼠のようだった。
「読姫……というのは未だに僕も詳しく解らないんだが、彼女がこれを作ったのは間違いないだろうね」
そう言ってトレイクはスコーンが乗っかった皿をシャリオの目の前に置いた。
「……よく、知らないとは?」
「初めて彼女と出会ったのは、禁書書記官だった頃の事だ」
禁書書記官。
名前の通りで読めば、禁書を書いて記すのかと思ってしまう。確かに、それは半分正解だ。
行方不明になった禁書を探しだし保管する仕事と、『探しきれなかった』禁書を本の魂を見つけ出し、新たな本に定着させる仕事がある。禁書書記官はこのどちらの仕事も行うのである。
前者は至極簡単に行うことが出来るが、問題は後者である。後者に至っては『魂』を探し出さねばならないのだから、前者よりかは幾分手間も時間もかかる。
「禁書といっても、存在してはいけないという訳ではないんだ。使う人によっては、それこそ世界が破滅するほどのものにもなってしまうから、ちゃんと正しい方法をもって扱わなくてはならない。それが転じて『存在してはならない』となったんだろうね。けれど、存在していなかったらこの世界もろとも消えていたんじゃないかとも言われているし……まぁ、持ちつ持たれつの関係ではあるね」
トレイクは紅茶を一口飲み、話を続ける。
「……禁書の中でも有名なのは『七聖書』。これなら君でも聞いたことがあるんじゃないかな。さらに、この中でも有名なのが『ガラムドの魔導書』だけどね。こいつは本当に強い魔法だらけだ。但し、あまりにも強すぎて、そうは多く使えないけれどね」
何故か。
先ずそれが何も服を身に付けていなかったからである。否、正確にはそうと捉えられてもおかしくないほどに彼女の身体から服が無惨にも取り除かれていた。
そして、彼女の身体は透明な液体に包まれていた。どちらかといえば、液体は少しどろっと濁っていた。
彼女は眠っているようだったが、それは、理解の境地から考えると眠っているのではなく気絶しているようにも思えた。
そして、それはリニックたちにとって誰であるのか容易に理解出来た。
「メアリーさん……!」
リニックの言葉を聞いてもなお、メアリーは何も反応しなかった。
◇◇◇
その頃。何処かの場所。
その場所は高く真っ白い塔が幾つも聳え立っており、それらが守護するように円形に壁が出来ている。そこは居住区になっており、建物が所狭しと並べられていた。居住区の中心には小高い丘があり、塔が聳え立っていた。その塔は守護神のように幾つかある塔よりも高い。
そして、その塔――『ブルジュ・セントラル』の天辺にある屋上庭園にある四阿で、一人の青年が日記帳を見ていた。
それは古い日記帳だった。書かれている文字は国際的に共通語にもなっているルーファム語とは似ている言語であった。
「……『天地開闢』。古く、カミサマが行った行為。これによって天は生まれ大地は生まれた」
彼が開いているページには、大地が裂かれている絵が描かれていた。
「開闢には条件が必要……カミという存在……一つの世界を形成……その為の火種は……」
パタン、と。
青年は、本を閉じた。
「カミの血を引き継ぎし唯一の人間と、カミの力を持った生き物が交わって、生き物を造り上げる。その時に誕生した生き物こそが……、」
――この世界を変える『火種』になる
そうして、青年は椅子から立ち上がり、その場を後にした。
◇◇◇
結論から言って、メアリーは完全に精神を疲弊していた。
息をしているから、生きてはいるのだろう。しかし、それは見た目からして生きているとは思えなかった。
そして。
メアリーの身体から、まるで人の子供が産まれるように、何かが産み出された。
それは、卵だった。彼女はそれを産み出すのに苦痛はなかった。まるで、それを産み出すために彼女自身の身体が改造されたようだった。
卵、は普通の卵だった。しかしニワトリの卵よりかは大きく、ダチョウの卵よりかは幾分小さかった。
卵を拾うと、それはまるで生きているように脈打っていた。
「これは……いったいなんなんだ?」
「リニック、一先ずメアリーさんを何とかしなくちゃ……」
そう言って、レイビックは磔にされているメアリーの身体に触れた。メアリーの身体は、とても冷たかった。その原因は、ジェル状の液体だった。ジェル状の液体が身体全体にまとわりついており、その液体に体温を失われているのだろう。
メアリーを十字架から下ろして、リニックとレイビックは部屋から出た。部屋を出て、隣にある部屋から――彼女が元々着ていた色に近いワンピースを探したが、結局は見つからなかった――水色のワンピースを着せ、一先ずこのままにしておくことにした。
「……下着がないから、正直薄く見えちゃうよね」
「そんなこと言うから意識しちゃうだろうが……」
リニックとレイビックはそれぞれそういう会話を交わして、メアリーの腕を抱えた。
「メアリーさん、大丈夫ですか?」
リニックの言葉に、メアリーは漸く目を覚ました。
「よかった、目を覚ました……」
リニックが言うと、メアリーは小さく呟いた。
「あー…………あ?」
「まさか……、」
ここで漸く、彼は悟った。
メアリーがここで受けた所業は、彼女の精神を破壊させる程までに、残酷であったことを。
その頃、闇。
「……いやはや、まさかこうも簡単に『開闢』のチャンスを得ることになろうとはな」
「まったくだ。カミの血を引き継ぐ人間と、カミを交わらせ……新たなカミを造り上げる。誰がこれを考えたかは知らないが、有意義な活用が出来たよ」
そう。闇はこれを知っていたのだ。
だからこそ、闇はその時を待っている。
「古に伝わりし歴史書――『歴史新書』に書かれていたことは、ここ一万年以上、それに書かれていたことに沿って忠実に再現されている。……ならば、あと少しで『世界は変わる』」
その言葉に、一度闇は静まり返った。
――凡ては、この世界のために。
それが闇の目標でもあり信念でもあった。
◇◇◇
「一先ずどうするかなぁ……。合流するのもいいんだが」
リニックは考えていた。このままエスティたちに合流していいものなのか、と。
エスティたちは未だ彼女たちと戦いを続けているのだろう。だからこそ、助けにいかなくてはならない。
「特に、此方の目的は既に済ませたのだから。余計だ」
「だが、こうも来ないところを見ると……不安だ」
レイビックとリニックの考えは一致していた。
一先ず、様子を見る必要がある。それから決めるなり何なりとすればよい。
「……行こう。メアリーさん、歩けそうですか?」
リニックの言葉に、メアリーは何も答えなかった。仕方がないので、メアリーはそのままレイビックに肩を任せ、半ば強引に歩かせることとした。
一先ずリニックたちはエスティたちと『ローラ』が戦っていた現場へ戻ってきた。そこに広がっていた光景は、二人の予想を遥かに超えるものだった。
「エスティたちが、いない……!?」
そこに残されていたのは幾人かの争った跡のみであった。血痕も残っていた。
「……何処に消えたんだ……?」
リニックの質問ととれる呟きは、されど今ここに居る誰にも答えを導くことが出来ないものだった。
◇◇◇
「ともかく、これから君がどうするのか、君自身の手で決めなくてはならないね」
その頃、シャルドネ邸ではトレイクとロゼの考えがちょうど一致していた。
「あなたがこうしたい。そう、ちゃんと決めているのならば、先ずはあなたがそれに向けて行動すべきではないのですか?」
ロゼとトレイクの考えは至極一般的な考えだった。恐らくは、考えに詰まり、何も思い浮かばなくなった誰しもが考えておく『予備』――それを言ったに過ぎなかった。
「確かに……私は逃げているのかもしれません。ですが……、ここまで重大なことを、独りで考えられるわけが……」
「そう考えている内はまだ考えられるはずです。人は確かに弱い。だからといって、弱さを自覚している人間などそうは居ない。弱さを自覚すること……それも強さの一部であると、私は思うのです。まぁ、何処かの本の受け売りに過ぎないのですがね」
ロゼはそう言ってまた分厚い本を読み進めていった。
「……きっと、それは彼女なりの優しさなんだよ。彼女は案外ツンデレだからね」
「な、何を言うのですかトレイクっ!? 私はそんな人種ではありません!」
「顔を真っ赤にしているけれど? それが所謂『ツンデレ』ってやつなんじゃない?」
「まったくトレイクは……。いきなり突拍子もないことを言うのです! 少しはデリカシーとかそんなものを持って欲しいものです……!」
「はいはい解った。スコーンでいいかい?」
「蜂蜜をたっぷりとかけるのです!」
「結局食べるのか……」とかそんなことを考えながら、シャリオは小さく微笑んだ。ここは、正直言って楽園と呼ぶに相応しい場所だった。ここには独立した場所がある。土地がある。そして、その土地はとても肥えている。だから人々は飢えを知らない。
だから、ここから出ようなんて殆どの人間が考える事などなかった。
別に出なくても問題はないのだから。
ただ、それだけの理由。
否、『それだけ』と呼べるような価値ではない。少なくともそれ以上の価値はある。
「ここが素晴らしい場所なのも……黒の読姫。あなたがもたらしたものなのでしょうか?」
シャリオの問いにロゼはコクコクと頷く。トレイクが持ってきたスコーンを頬張る姿はまるで栗鼠のようだった。
「読姫……というのは未だに僕も詳しく解らないんだが、彼女がこれを作ったのは間違いないだろうね」
そう言ってトレイクはスコーンが乗っかった皿をシャリオの目の前に置いた。
「……よく、知らないとは?」
「初めて彼女と出会ったのは、禁書書記官だった頃の事だ」
禁書書記官。
名前の通りで読めば、禁書を書いて記すのかと思ってしまう。確かに、それは半分正解だ。
行方不明になった禁書を探しだし保管する仕事と、『探しきれなかった』禁書を本の魂を見つけ出し、新たな本に定着させる仕事がある。禁書書記官はこのどちらの仕事も行うのである。
前者は至極簡単に行うことが出来るが、問題は後者である。後者に至っては『魂』を探し出さねばならないのだから、前者よりかは幾分手間も時間もかかる。
「禁書といっても、存在してはいけないという訳ではないんだ。使う人によっては、それこそ世界が破滅するほどのものにもなってしまうから、ちゃんと正しい方法をもって扱わなくてはならない。それが転じて『存在してはならない』となったんだろうね。けれど、存在していなかったらこの世界もろとも消えていたんじゃないかとも言われているし……まぁ、持ちつ持たれつの関係ではあるね」
トレイクは紅茶を一口飲み、話を続ける。
「……禁書の中でも有名なのは『七聖書』。これなら君でも聞いたことがあるんじゃないかな。さらに、この中でも有名なのが『ガラムドの魔導書』だけどね。こいつは本当に強い魔法だらけだ。但し、あまりにも強すぎて、そうは多く使えないけれどね」
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