New Testament
5
『贖罪、ですか……。間違ってはいない。寧ろ正しい使い方でしょう。私たちはこれで世界に、「私たちに逆らったらどうなるか」を見せつける』
「それによって、まず反対派が殆ど居なくなるだろう。そして、残るのは大半がここの信者……つまりはこれまで以上に世界をコントロールしやすく……なる」
教皇に次いで、リッカーベルトがいう。
シャリオはずっと聞いているのだが、どうも今回の会話が腑に落ちなかった。
この世界は、そもそも神殿協会が支配する世界でいいのか、ということだ。
神殿協会は、最初は宗教団体としてはこじんまりとしており、教典に理解出来ない人間も多く、差別されたこともあったという。しかし、そんな時代は、今のこの状態からはまったく想像がつかない。
「……シャリオ、大丈夫か」
リッカーベルトに声をかけられ、シャリオは我に返った。
「ちょっと考え事をしていました」
間違ってはいない。しかし、その考えていた内容が知れ渡れば神殿協会の内部法律を違反したということで処罰されるものではあるが。
「そうか、ならばいいんだが。……ともかく、今そのメアリーとやらは何処に居るんだ?」
『ジークルーネ・アドバリーがトラウローズ、メアリー・ホープキンがアキュアの「トワイライト」の家に居ます。あとはアキュアを適当に探せば出てくるでしょう』
「トワイライト? インキュバスのか」
『それならば、話は早い。よろしく頼みます。努々、油断なさらぬよう……』
――そして、一方的に通信は切れた。
◇◇◇
そんなこととはつゆ知らず、リニックはアキュアの街を歩いていた。時刻は既に夜。もう時間的にはそろそろ一日の物事を終わりにしてもいいのだが、そういうわけにもいかなかった。リニックとしては、ここは初めて来た地だ(エスティたちも、中にはリニックと同じ人間が居る)。はしゃぎたい気持ちもあるだろうし、もっとここを知りたい気持ちもあるだろう。
「なんというか……収穫が、全くもって無いってのは大問題にもつながるわけなんだけど」
そう。
リニックが焦っていたのは、そんな単純明解な事実だったのだ。リニックにとっては単純明解な事実など思ってはいないだろうが、一般的に見れば、やはり単純明解であることには変わらない。
リニックたちは、現時点において、メアリーに関することを一切解らずにいた。勿論それは、『どこにいる』とかいった単純なことまでも含まれている。はじめ、リニックはメアリーはこの星に居ないのではないか、等と考えたが、しかし、それでもここにメアリーが居るという自信はあった。
「……誰かが意図的に情報を隠している、だなんてことはないよな」
リニックはそんなことを独りごちる。生憎、その発言はたまにすれ違う人には聞こえていなかったようだった。
もしかしたら――とリニックはそんなことも考えてしまう。今やっていることは凡て骨折り損なのではないだろうか、ということに。
そうだとするなら、今頃メアリーは――リニックは考えたくもなかった。
「……いや、悪いことばかり考えてちゃ、ダメだな」
リニックはそう呟き、泊まっていた宿屋へ向かうため再び歩き出した――
――ふと、そこで風が吹いたような感覚が、リニックを襲った。
「……ん?」
リニックは振り返るが、そこには誰も居ない。
気のせいか――と彼は呟き、また歩き始めた。
……リニックが居なくなり、誰も居ない通りとなった。切れかけの街灯が仄かに道を照らしている。
其処に。
唐突に、一人の誰かが現れた。
それを一言で表すならば『黒』で、上から下まで凡てが黒かった。おおよそ擬態用で闇に溶け込むためのものだろう。
そして、それは呟く。
「……まさか、私の姿に気付いていた、とでもいうのか?」
彼女は、はたまた彼は、少しハスキーな声で言った。ボディラインからも性別がはっきりしないのだが、声も少し高めであるから、声からもはっきりしない。
要するに忍びにはうってつけの存在なのかもしれない。
忍びは、さらに話を続ける。
「……しかし、あいつ。なんと言っていた?」
そう言って、リニックが言っていた言葉をリフレインする。
――誰かが意図的に情報を隠している、だなんてことはないよな。
リニックの予想は、恐ろしい程に的中していた。ただ、これだけは確かだった。メアリー・ホープキンがこの星に居ることは、紛れもない事実だった。
忍びは、雇われた忍びである。つまりは、リニックの求める敵には直接的な主従関係は永続的に結んでいない。仮に忍びが教えられたアジトの場所に行ったとしても、そこは本丸ではないだろう。それほど、忍びの契約している組織は、荘厳で、圧巻で、圧倒的で、巨大だった。それにより、畏怖すらも抱いてしまう。
しかし、この忍び、キスショット・レイニーはそんなことを詮索しようとも思わなかった。寧ろ、するのが野暮だと想っていたくらいだった。
当たり前だが、このようなエージェント的な忍びにとって信頼というのは大事なことだ(勿論、他にも大事なことは存在するし、信頼というものは他の人にとっても重要であることには換わり無い)。
勿論、それが理由で詮索しないという訳でもなく、ただ、実際にはたった一言で片付けられるだけのことであるのだ。
「……『めんどくさいなぁ』。ほんとうに、また仕事が増えてしまうよ」
そう、この忍び、キスショット・レイニーは。
めんどくさいことが、大嫌いなのだ。
忍びという存在は、どちらかといえば、めんどくさい仕事しか押し付けられない、闇の仕事というイメージがあるだろう。しかし、キスショットはそんなことものともせずに『めんどくさい仕事』は凡て行わないことにしている。
これでは、クライアントから『仕事を選択している』などといわれ、仕事も減るのではないだろうか。
結論からいえば、そんなことはまったくもってなく、寧ろ仕事は増加している。
何故なら、それ以外の仕事なら、ミスなど一度も犯したこともなく、凡てにおいて完璧であるからだ。
だからこそキスショットは重宝され、今日もまた仕事を得ているということだ。
「……私を見つけるということは、有り得ないけど……、少しは用心するか」
そう呟き、キスショットは闇へ溶け込んだ。
◇◇◇
その頃、トワイライトは闇へ誘われていた。
「……定期報告の時間には少し早すぎると思うけど、どうしたのかな?」
トワイライトが笑うと、闇の一人がゆっくりと話し始めた。
「メアリー・ホープキンたちを神殿協会が狙っているらしい。もし、メアリーが私たちが拿捕したと解れば、私たちは明るみに出てしまう」
「ふうん、そうだね。確かに組織は、僕のように『観測者』に近い存在だからね。……けれど、僕と同じように名乗ってもらっても困るけど」
トワイライトは知っていた。この組織はトワイライトのように、この世界でいう『観測者』の役割を果たしているということを。
『観測者』という存在は、観測者自身からの干渉はいいとしても、その逆をされては都合が悪い。
ただし、トワイライトにはそんなこと、どうでもよかった。
「……それで。僕に何をしろ、と? まさか彼女を解放しろだなんて、そんな糞みたいにつまらないことは言わないと期待しているのだけど。僕と同じ立ち位置を名乗る連中が、そんな低俗な発言なんてするわけないものね」
トワイライトはまるで自分が低俗でないと言わんばかりに、語気を強めて言った。そして、闇にとってはひどく苦痛となる言葉だった。
闇は、暫く話すのをやめていたが、軈てゆっくりと話し始めた。
「確かに……今回は私たちの思い違いだ。君は彼女を返さなくてもいい」
「あっそ。けれども、神殿協会はどうするんだい?」
トワイライトは悪戯めいた笑みを溢した。
「……そろそろ、私たちも、この世界に飽きてきた頃でね。一つのアクションを起こそうと思うのだよ」
「へぇ、例えば?」
トワイライトは、闇が徐々に楽しそうな口調になっているのを、いち早く解っていた。だから、乗ってやった。乗って、乗って。そういう相手にはとことん乗るべきだ。
闇は闇で自らの考え付いた方法を聞いてもらい、それが『形だけでも楽しんでもらえれば』それだけでいいのだろう。まったくもって、扱いやすい生き物である。
「……もう一度、人類の文明を滅ぼしてしまおうと思うのだよ。今回の文明はなんだかんだで一万年あまり……たくさんのことがあった。最初は私たちも楽しく見ていたが……、なんというかね、『視聴率』が宜しくないのだよ。時間も金もかけても、良い結果が得られないならば、それは打ち切りだ。そうとは思わないか?」
「そうか、もう滅ぼしてしまうのか。残念だなぁ。特にガラムド暦成立からの二千年は最高に楽しかったんだけどね」
トワイライトはそれを残念がっているように、わざとらしく言った。
「――私たちも残念だよ。ガラムド暦はまだ持つとは思っていたがね。如何せん、前回のリセットの方法があまり宜しくなかったらしい。我々としては、あの方法は素晴らしかったんだが」
「自我の芽生えによるロボットの暴走。人間への反旗を翻し、要である原子力発電所を占拠し、爆発させた。なかなかに良かったとは思うけど」
「……ダメだったのだよ。何故かは知らん。『上』がそう言うのだから」
闇は、その言葉のトーンを落としたようにみえた。それがわざとだったのかはトワイライトには解らない。しかし、彼には、そこが引っかかった。
「それによって、まず反対派が殆ど居なくなるだろう。そして、残るのは大半がここの信者……つまりはこれまで以上に世界をコントロールしやすく……なる」
教皇に次いで、リッカーベルトがいう。
シャリオはずっと聞いているのだが、どうも今回の会話が腑に落ちなかった。
この世界は、そもそも神殿協会が支配する世界でいいのか、ということだ。
神殿協会は、最初は宗教団体としてはこじんまりとしており、教典に理解出来ない人間も多く、差別されたこともあったという。しかし、そんな時代は、今のこの状態からはまったく想像がつかない。
「……シャリオ、大丈夫か」
リッカーベルトに声をかけられ、シャリオは我に返った。
「ちょっと考え事をしていました」
間違ってはいない。しかし、その考えていた内容が知れ渡れば神殿協会の内部法律を違反したということで処罰されるものではあるが。
「そうか、ならばいいんだが。……ともかく、今そのメアリーとやらは何処に居るんだ?」
『ジークルーネ・アドバリーがトラウローズ、メアリー・ホープキンがアキュアの「トワイライト」の家に居ます。あとはアキュアを適当に探せば出てくるでしょう』
「トワイライト? インキュバスのか」
『それならば、話は早い。よろしく頼みます。努々、油断なさらぬよう……』
――そして、一方的に通信は切れた。
◇◇◇
そんなこととはつゆ知らず、リニックはアキュアの街を歩いていた。時刻は既に夜。もう時間的にはそろそろ一日の物事を終わりにしてもいいのだが、そういうわけにもいかなかった。リニックとしては、ここは初めて来た地だ(エスティたちも、中にはリニックと同じ人間が居る)。はしゃぎたい気持ちもあるだろうし、もっとここを知りたい気持ちもあるだろう。
「なんというか……収穫が、全くもって無いってのは大問題にもつながるわけなんだけど」
そう。
リニックが焦っていたのは、そんな単純明解な事実だったのだ。リニックにとっては単純明解な事実など思ってはいないだろうが、一般的に見れば、やはり単純明解であることには変わらない。
リニックたちは、現時点において、メアリーに関することを一切解らずにいた。勿論それは、『どこにいる』とかいった単純なことまでも含まれている。はじめ、リニックはメアリーはこの星に居ないのではないか、等と考えたが、しかし、それでもここにメアリーが居るという自信はあった。
「……誰かが意図的に情報を隠している、だなんてことはないよな」
リニックはそんなことを独りごちる。生憎、その発言はたまにすれ違う人には聞こえていなかったようだった。
もしかしたら――とリニックはそんなことも考えてしまう。今やっていることは凡て骨折り損なのではないだろうか、ということに。
そうだとするなら、今頃メアリーは――リニックは考えたくもなかった。
「……いや、悪いことばかり考えてちゃ、ダメだな」
リニックはそう呟き、泊まっていた宿屋へ向かうため再び歩き出した――
――ふと、そこで風が吹いたような感覚が、リニックを襲った。
「……ん?」
リニックは振り返るが、そこには誰も居ない。
気のせいか――と彼は呟き、また歩き始めた。
……リニックが居なくなり、誰も居ない通りとなった。切れかけの街灯が仄かに道を照らしている。
其処に。
唐突に、一人の誰かが現れた。
それを一言で表すならば『黒』で、上から下まで凡てが黒かった。おおよそ擬態用で闇に溶け込むためのものだろう。
そして、それは呟く。
「……まさか、私の姿に気付いていた、とでもいうのか?」
彼女は、はたまた彼は、少しハスキーな声で言った。ボディラインからも性別がはっきりしないのだが、声も少し高めであるから、声からもはっきりしない。
要するに忍びにはうってつけの存在なのかもしれない。
忍びは、さらに話を続ける。
「……しかし、あいつ。なんと言っていた?」
そう言って、リニックが言っていた言葉をリフレインする。
――誰かが意図的に情報を隠している、だなんてことはないよな。
リニックの予想は、恐ろしい程に的中していた。ただ、これだけは確かだった。メアリー・ホープキンがこの星に居ることは、紛れもない事実だった。
忍びは、雇われた忍びである。つまりは、リニックの求める敵には直接的な主従関係は永続的に結んでいない。仮に忍びが教えられたアジトの場所に行ったとしても、そこは本丸ではないだろう。それほど、忍びの契約している組織は、荘厳で、圧巻で、圧倒的で、巨大だった。それにより、畏怖すらも抱いてしまう。
しかし、この忍び、キスショット・レイニーはそんなことを詮索しようとも思わなかった。寧ろ、するのが野暮だと想っていたくらいだった。
当たり前だが、このようなエージェント的な忍びにとって信頼というのは大事なことだ(勿論、他にも大事なことは存在するし、信頼というものは他の人にとっても重要であることには換わり無い)。
勿論、それが理由で詮索しないという訳でもなく、ただ、実際にはたった一言で片付けられるだけのことであるのだ。
「……『めんどくさいなぁ』。ほんとうに、また仕事が増えてしまうよ」
そう、この忍び、キスショット・レイニーは。
めんどくさいことが、大嫌いなのだ。
忍びという存在は、どちらかといえば、めんどくさい仕事しか押し付けられない、闇の仕事というイメージがあるだろう。しかし、キスショットはそんなことものともせずに『めんどくさい仕事』は凡て行わないことにしている。
これでは、クライアントから『仕事を選択している』などといわれ、仕事も減るのではないだろうか。
結論からいえば、そんなことはまったくもってなく、寧ろ仕事は増加している。
何故なら、それ以外の仕事なら、ミスなど一度も犯したこともなく、凡てにおいて完璧であるからだ。
だからこそキスショットは重宝され、今日もまた仕事を得ているということだ。
「……私を見つけるということは、有り得ないけど……、少しは用心するか」
そう呟き、キスショットは闇へ溶け込んだ。
◇◇◇
その頃、トワイライトは闇へ誘われていた。
「……定期報告の時間には少し早すぎると思うけど、どうしたのかな?」
トワイライトが笑うと、闇の一人がゆっくりと話し始めた。
「メアリー・ホープキンたちを神殿協会が狙っているらしい。もし、メアリーが私たちが拿捕したと解れば、私たちは明るみに出てしまう」
「ふうん、そうだね。確かに組織は、僕のように『観測者』に近い存在だからね。……けれど、僕と同じように名乗ってもらっても困るけど」
トワイライトは知っていた。この組織はトワイライトのように、この世界でいう『観測者』の役割を果たしているということを。
『観測者』という存在は、観測者自身からの干渉はいいとしても、その逆をされては都合が悪い。
ただし、トワイライトにはそんなこと、どうでもよかった。
「……それで。僕に何をしろ、と? まさか彼女を解放しろだなんて、そんな糞みたいにつまらないことは言わないと期待しているのだけど。僕と同じ立ち位置を名乗る連中が、そんな低俗な発言なんてするわけないものね」
トワイライトはまるで自分が低俗でないと言わんばかりに、語気を強めて言った。そして、闇にとってはひどく苦痛となる言葉だった。
闇は、暫く話すのをやめていたが、軈てゆっくりと話し始めた。
「確かに……今回は私たちの思い違いだ。君は彼女を返さなくてもいい」
「あっそ。けれども、神殿協会はどうするんだい?」
トワイライトは悪戯めいた笑みを溢した。
「……そろそろ、私たちも、この世界に飽きてきた頃でね。一つのアクションを起こそうと思うのだよ」
「へぇ、例えば?」
トワイライトは、闇が徐々に楽しそうな口調になっているのを、いち早く解っていた。だから、乗ってやった。乗って、乗って。そういう相手にはとことん乗るべきだ。
闇は闇で自らの考え付いた方法を聞いてもらい、それが『形だけでも楽しんでもらえれば』それだけでいいのだろう。まったくもって、扱いやすい生き物である。
「……もう一度、人類の文明を滅ぼしてしまおうと思うのだよ。今回の文明はなんだかんだで一万年あまり……たくさんのことがあった。最初は私たちも楽しく見ていたが……、なんというかね、『視聴率』が宜しくないのだよ。時間も金もかけても、良い結果が得られないならば、それは打ち切りだ。そうとは思わないか?」
「そうか、もう滅ぼしてしまうのか。残念だなぁ。特にガラムド暦成立からの二千年は最高に楽しかったんだけどね」
トワイライトはそれを残念がっているように、わざとらしく言った。
「――私たちも残念だよ。ガラムド暦はまだ持つとは思っていたがね。如何せん、前回のリセットの方法があまり宜しくなかったらしい。我々としては、あの方法は素晴らしかったんだが」
「自我の芽生えによるロボットの暴走。人間への反旗を翻し、要である原子力発電所を占拠し、爆発させた。なかなかに良かったとは思うけど」
「……ダメだったのだよ。何故かは知らん。『上』がそう言うのだから」
闇は、その言葉のトーンを落としたようにみえた。それがわざとだったのかはトワイライトには解らない。しかし、彼には、そこが引っかかった。
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