New Testament

巫夏希

12

 メアリーの言いたいことはリニックにも理解出来た。

 しかし、そのメアリーの言葉は、考えた結果として、そうなってしまったのは何故なのか疑問が残る。

 そもそも、どうしてこう世界のシステムはたった百年の間に創り変えられざるを得なかったのか。リニックは今に生きている人間だ。今に生まれた人間に……それは解るわけもなかった。

「……メアリーさんは、いったい何をやろうとしているんですか?」

 リニックは尋ねるも、メアリーは小さく微笑むだけだった。


 ◇◇◇


「そういえば、先程言っていた『貴族』を倒す計画……、具体的な案はまとまっているんですか?」

 トレイクは笑いながら訊ねる。その意図は掴めないが、恐らく共謀する予定である人間の手の内を見ておこうという算段だろう。

「まだまだまとまっていなくてね。非常に申し訳ないことではあるんだが」

「それなら、まだ来るのは早かったんじゃ? どうして手段も決まっていないのにここへ?」

 トレイクの問いにメアリーは少し顔を上に向かせて考えるような素振りを見せた。

 リニックも今までのトレイクとメアリーの会話を聞いて、違和感しか感じられなかった。

 まず、さっきはまるで既に算段は整っているような口振りだったのに、今に至っては「そんなことはない」と言った。これはやり方がうまいというのもあるのだろうが、それ以上にも様々な問題があるだろう。

 例えば、この場所の貴族を殲滅しきったとしても貴族のように世界を無造作に食い散らかす存在というのは、まだまだ世界に存在しているわけである。そいつを全て叩くとなると、それなりの時間がかかるのも頷ける。

「……時間もかかることを、本当にその一人の人間のために行う。馬鹿というかなんというか。本当に好きだったんですね」

「……ただ、守れなかっただけですよ」

 メアリーはそう答えた。メアリーの目は何だか悲しそうだった。

「守れなかった、とは。もし、よろしければ聞かせていただいても?」

「トレイクさん、あなたはまったく本当に遠慮が無いと言いますか……呆れて何も言えなくなりますよ」

「僕の性格が、ちょっとネックになっていましてね。申し訳ない。気になったことは、聞いておかないと気が済まないタイプなんですよ」

「気が済まない、タイプねぇ」

 メアリーはそんな演技のように恭しく笑みを溢すトレイクを何度も警戒していた。勿論、今もだ。

 メアリーにとっては恩師と呼べる存在が所属している組織だったために助かってはいるが、トレイクという人間の心はまだ掴めないところが多い。なんというか、機械のような受け答えを交えつつも人間らしい行動をしているからか、メアリーが未だにトレイクには『ロボット』だとか、改造人間だとか、そんな印象でしか覚えていない。

 しかしながら、メアリーが話そうとしないのを解っているのかいないのか、トレイクはじっとメアリーの方を見ていた。それは「早く話せ」と急かしているようにも見えた。

「……あなた、私が話すまで永久にそうしているつもりね?」

 メアリーが溜め息混じりに言った言葉に、トレイクは小さく微笑んだ。

「解りましたか」

「そんなニヒルに笑えば、それくらいは解る。伊達に長く生きていないものでね」

 そうメアリーが答えると、トレイクは降参したように両手を挙げた。

「そうです、その通りですよ。僕は一度決めたことは曲げられないタイプでしてね。いやぁ、面倒くさいことですよ」

「……食えないわね、まったく」

 メアリーは小さく呟き、深呼吸をした。

 そして、メアリーは語り始めた。


 ◇◇◇


 ガラムド暦二〇一五年――世間では『喪失の一年』と呼ばれ、その研究は愚か、口に出すことすら憚られるその年にある少年少女たちが世界を救うために旅をしていた。

「ねぇ、フル。次の町までどれくらい? もう僕くたくただよ……」

「大丈夫だよルーシー、もうすぐ町が見えてくるはず……」

「ほんとうに、ルーシーは疲れるのが早いわね……。もうすぐだから、ほら、ファイト!」

 砂漠を歩く三人の人間が居た。

 名前をそれぞれルーシー、フル、メアリーと云った。彼らはメタモルフォーズという異形を倒すため、世界の各地を旅している。今彼らが向かっているのは、砂漠の町サンディアであった。

 サンディアは砂漠のオアシス的存在としてあり、冒険者を優しく出迎えてくれる場所であった。

 サンディアに向かうのは、別にそこに目的があるとかいうわけではない。目指す場所はただ一点、ライトス銀山に向かい、そこにある貴重なライトス銀を見つけることだった。

 ライトス銀は軽くてかつ丈夫な金属として知られている。そのためか、ライトス銀を用いた船(錆びを防止するものは付いている)はたくさんの場所で使われているほどだ。

「バルト・イルファもめんどくさいことをしやがって……今頃はまた船に乗っていたんだよ」

「過去を責めたって何も変わりゃしないよ。とりあえず……というかルーシー完全に死人の顔なんだけど、生きている……よね?」

「そう訊ねられると僕だって何なのか解らないよ……」

 三人の旅はまだ一ヶ月程しか経っていないが、それまでに様々なことが起きた。それを幾度となくフルたちは乗り越えてきた……というわけだ。

 幾度となく乗り越えてきたからこそ、彼らの友情は固かった。メアリーもルーシーも、これが終わったらやっと平和になる――ただそれだけを考えていた。

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