New Testament
11
「そういえば、メアリーさんはこの星でやることが終わったらどうなさるんです?」
食事も終わりに近付いたちょうどそのとき、トレイクがメアリーに訊ねた。
「そうね、『アキュア』に向かうわ」
「水の星、アキュアですか……。彼処の水はアースの天然水とは比べ物にならないくらい美味しいとか」
トレイクとメアリーが会話に夢中になっているのを見て、リニックはふとロゼの方を見た。ロゼはメアリーの方を唸り上げながら睨み付けていた。その様はまるで縄張りを争う野生動物の如く――。
「どうしたんだ?」
少し気になったので――場合によってはからかおう、とでも思ったのか――リニックはロゼに訊ねた。
「あの男は、適当な人間なのです。幼馴染とのフラグを全折りするつもりなのかは知りませんが……、いつかはそうなるに違いありません」
ロゼはそう言ってデザートのパイナップルを一切れ口に入れた。会ってから無表情なのは変わり無いが、心なしかパイナップルを食べたとき、微笑んだ気がした。
「パイナップル、好きなのか?」
訊ねると、ロゼはこくりと小さく頷いた。
「……僕のパイナップル、まだ余っているんだが」
「くれるのですか」
よっぽど好きなのだろう。リニックの言葉に被せてまで、ロゼはそう言った。リニックは少し反応が意外だったのでたじろいでしまったが、その直ぐに頷いた。
ロゼにパイナップルの入った小皿を渡すと、なんだか目が明るくなったようにも見えた。それを見てリニックも小さく微笑んだ。
◇◇◇
食事も終わり、お皿等が片付けられ、リニックは再び自由時間を得ることが出来た。
「暇だな……」
そう言ってリニックは小さな文庫本を手に取り、近くにあったベンチに腰かけた。それは、ロゼが「さっきのお礼」とかなんだか言って貸してくれたものであった。
内容としては、幽霊とともに住む少年が様々な事件に挑むオカルトコメディ(そんなジャンルがあるのか、リニックは知らない)である。一巻がそこそこ売れたらしく三巻まで発売されているらしい。にしても、やはりリニックは見たことのないものだったので、読む文章が新鮮に感じられた。
「こういうのも案外面白いな……」
アースに戻ったらチェックしてみようと思いリニックは栞を挟み、本を閉じた。
メアリーがリニックのところに来たのはちょうどそのときだった。後ろにはしっかり(?)ジークルーネもついてきている。
「ちょっと時間空いてるかな?」
「いいですよ。少し読書の小休止をしようと思っていたところです」
「それは良かった。隣いいかな?」
そう言ってリニックの右隣にメアリー、左隣にジークルーネが腰掛けた。両手に華、とはこのことを言うのだろうか――とリニックは思ったが、そんなことを口に出せばメアリーとジークルーネに呆れられるのは確実なので、口から出さなかった。
「トラウローズでの目的が半分達成した。それも君のおかげだよ。改めてお礼を言う」
そう言ってメアリーはリニックに頭を下げた。
「……半分?」
「この星での目標は、ってことね」
「まだ何か、あるということですか?」
リニックが首を傾げると、メアリーはニヤリと笑った。
「そうだ。まさにその通りだ。君にはまだ言っていなかった、もう一つとはね……『貴族』階級を完膚なきまでに潰すことだよ」
メアリーの言葉に、リニックは何も言えなかった。考えてみれば解る話であって、少し前のメアリーの言葉をリニックは思い返した。
あのとき、メアリーは『貴族はここで最高の権力を持つ人間。逆らっては絶対にいけない』などと言っていた。つまり、あれは嘘だったのだろうか――とリニックは嘯いた。
「あれは、嘘ではない。確かに貴族に逆らった場合、死ぬことになる。しかし、やらねばやらない時だってあるんだ。解るだろう、それは?」
「それに貴族の非道っぷりは我慢ならないところが多い。実はここは孤児院として開いていてね。親を亡くした子供を育てたりしている。……まぁ、トラウローズの記録からすれば、『神隠し』にあったとでも記録されているだろうけど」
気付けばトレイクがジークルーネの座っていた場所に座っていた。ジークルーネはどうしたのだろうか――と辺りを見渡すと、気付かないうちにメアリーにくっつくように仲良く座っていた。メアリーの容姿が十七歳のそれだから、二人並んで座っている姿はまるで姉妹のようにも思えた。
「……それで」
話はトレイクへと引き継がれる。
「あぁ。何の話だったっけか?」
「孤児院の話だ。……えーと、そこでその孤児院にいる子供の親は七割方殺されている。それも、貴族による、人権等ない、人をモノとして扱い『壊した』ものだ」
「なんだと……?」
「民の全員がこれを知っている訳ではないが、これに近い情報を持っているのは確かだ」
「なら、どうして人々は立ち上がろうとしない。諸悪の根源が貴族だと解っているというのなら尚更だ」
リニックはトレイクに疑問をぶつける。
「ならば、君なら出来るのか、それが。相手は圧倒的な権力を持ち、尚且つ人をモノと思う存在だ。勝てるとは到底思えない」
トレイクの言ったことは真実だった。確かに貴族の権力は普通の人間とは比較出来ない程巨大である。立ち向かう術は自ずと限られてしまうわけだ。
しかしながら、それで泣き寝入りするほど、人間は甘く出来ていない。
つまり、貴族を倒す術を人間だって持ち備えている――メアリーはそう考えているのだった。
メアリーは小さく呟く。
「正直な話、この星に住む人間は人間として扱われていない。ただのモノとして扱われるの。それが私は許せない。だから、私は行動を示す。そういうことなのよ」
「……それはやっぱり今の世界が神殿協会にゆがめられたということに影響があるのか?」
リニックが訊ねるとメアリーは直ぐに頷いた。その質問をするだろうと待ち構えていたようだった。
「その通り。神殿協会を倒す……までは無理でも正しい歴史を理解させる。少なくとも、『喪失の一年』にあったことを全世界に開示させる。それが私の、そしてジークルーネの目的なのよ」
ジークルーネはメアリーの言葉にうんうんと頷く。間違っている訳ではなく、本当にメアリーと同じ意見のようだった。
「喪失の一年を理解させることに何の意味があるのか、さっぱり解らない」
リニックは訊ねた。それはトレイクも同じだったようで、トレイクも耳をそばだてた。
「……彼が救われないからよ」
「彼、って……フル・ヤタクミの事かい?」
リニックが訊ねるとメアリーは頷く。
そして話はまだ続く。
「彼が自らの記憶を代償にして守った世界は、彼のことを完全に忘れ去っている。こんな世界はおかしいし、あり得ない。誰かが立ち上がり、元ある姿に戻さなくてはならないのよ」
食事も終わりに近付いたちょうどそのとき、トレイクがメアリーに訊ねた。
「そうね、『アキュア』に向かうわ」
「水の星、アキュアですか……。彼処の水はアースの天然水とは比べ物にならないくらい美味しいとか」
トレイクとメアリーが会話に夢中になっているのを見て、リニックはふとロゼの方を見た。ロゼはメアリーの方を唸り上げながら睨み付けていた。その様はまるで縄張りを争う野生動物の如く――。
「どうしたんだ?」
少し気になったので――場合によってはからかおう、とでも思ったのか――リニックはロゼに訊ねた。
「あの男は、適当な人間なのです。幼馴染とのフラグを全折りするつもりなのかは知りませんが……、いつかはそうなるに違いありません」
ロゼはそう言ってデザートのパイナップルを一切れ口に入れた。会ってから無表情なのは変わり無いが、心なしかパイナップルを食べたとき、微笑んだ気がした。
「パイナップル、好きなのか?」
訊ねると、ロゼはこくりと小さく頷いた。
「……僕のパイナップル、まだ余っているんだが」
「くれるのですか」
よっぽど好きなのだろう。リニックの言葉に被せてまで、ロゼはそう言った。リニックは少し反応が意外だったのでたじろいでしまったが、その直ぐに頷いた。
ロゼにパイナップルの入った小皿を渡すと、なんだか目が明るくなったようにも見えた。それを見てリニックも小さく微笑んだ。
◇◇◇
食事も終わり、お皿等が片付けられ、リニックは再び自由時間を得ることが出来た。
「暇だな……」
そう言ってリニックは小さな文庫本を手に取り、近くにあったベンチに腰かけた。それは、ロゼが「さっきのお礼」とかなんだか言って貸してくれたものであった。
内容としては、幽霊とともに住む少年が様々な事件に挑むオカルトコメディ(そんなジャンルがあるのか、リニックは知らない)である。一巻がそこそこ売れたらしく三巻まで発売されているらしい。にしても、やはりリニックは見たことのないものだったので、読む文章が新鮮に感じられた。
「こういうのも案外面白いな……」
アースに戻ったらチェックしてみようと思いリニックは栞を挟み、本を閉じた。
メアリーがリニックのところに来たのはちょうどそのときだった。後ろにはしっかり(?)ジークルーネもついてきている。
「ちょっと時間空いてるかな?」
「いいですよ。少し読書の小休止をしようと思っていたところです」
「それは良かった。隣いいかな?」
そう言ってリニックの右隣にメアリー、左隣にジークルーネが腰掛けた。両手に華、とはこのことを言うのだろうか――とリニックは思ったが、そんなことを口に出せばメアリーとジークルーネに呆れられるのは確実なので、口から出さなかった。
「トラウローズでの目的が半分達成した。それも君のおかげだよ。改めてお礼を言う」
そう言ってメアリーはリニックに頭を下げた。
「……半分?」
「この星での目標は、ってことね」
「まだ何か、あるということですか?」
リニックが首を傾げると、メアリーはニヤリと笑った。
「そうだ。まさにその通りだ。君にはまだ言っていなかった、もう一つとはね……『貴族』階級を完膚なきまでに潰すことだよ」
メアリーの言葉に、リニックは何も言えなかった。考えてみれば解る話であって、少し前のメアリーの言葉をリニックは思い返した。
あのとき、メアリーは『貴族はここで最高の権力を持つ人間。逆らっては絶対にいけない』などと言っていた。つまり、あれは嘘だったのだろうか――とリニックは嘯いた。
「あれは、嘘ではない。確かに貴族に逆らった場合、死ぬことになる。しかし、やらねばやらない時だってあるんだ。解るだろう、それは?」
「それに貴族の非道っぷりは我慢ならないところが多い。実はここは孤児院として開いていてね。親を亡くした子供を育てたりしている。……まぁ、トラウローズの記録からすれば、『神隠し』にあったとでも記録されているだろうけど」
気付けばトレイクがジークルーネの座っていた場所に座っていた。ジークルーネはどうしたのだろうか――と辺りを見渡すと、気付かないうちにメアリーにくっつくように仲良く座っていた。メアリーの容姿が十七歳のそれだから、二人並んで座っている姿はまるで姉妹のようにも思えた。
「……それで」
話はトレイクへと引き継がれる。
「あぁ。何の話だったっけか?」
「孤児院の話だ。……えーと、そこでその孤児院にいる子供の親は七割方殺されている。それも、貴族による、人権等ない、人をモノとして扱い『壊した』ものだ」
「なんだと……?」
「民の全員がこれを知っている訳ではないが、これに近い情報を持っているのは確かだ」
「なら、どうして人々は立ち上がろうとしない。諸悪の根源が貴族だと解っているというのなら尚更だ」
リニックはトレイクに疑問をぶつける。
「ならば、君なら出来るのか、それが。相手は圧倒的な権力を持ち、尚且つ人をモノと思う存在だ。勝てるとは到底思えない」
トレイクの言ったことは真実だった。確かに貴族の権力は普通の人間とは比較出来ない程巨大である。立ち向かう術は自ずと限られてしまうわけだ。
しかしながら、それで泣き寝入りするほど、人間は甘く出来ていない。
つまり、貴族を倒す術を人間だって持ち備えている――メアリーはそう考えているのだった。
メアリーは小さく呟く。
「正直な話、この星に住む人間は人間として扱われていない。ただのモノとして扱われるの。それが私は許せない。だから、私は行動を示す。そういうことなのよ」
「……それはやっぱり今の世界が神殿協会にゆがめられたということに影響があるのか?」
リニックが訊ねるとメアリーは直ぐに頷いた。その質問をするだろうと待ち構えていたようだった。
「その通り。神殿協会を倒す……までは無理でも正しい歴史を理解させる。少なくとも、『喪失の一年』にあったことを全世界に開示させる。それが私の、そしてジークルーネの目的なのよ」
ジークルーネはメアリーの言葉にうんうんと頷く。間違っている訳ではなく、本当にメアリーと同じ意見のようだった。
「喪失の一年を理解させることに何の意味があるのか、さっぱり解らない」
リニックは訊ねた。それはトレイクも同じだったようで、トレイクも耳をそばだてた。
「……彼が救われないからよ」
「彼、って……フル・ヤタクミの事かい?」
リニックが訊ねるとメアリーは頷く。
そして話はまだ続く。
「彼が自らの記憶を代償にして守った世界は、彼のことを完全に忘れ去っている。こんな世界はおかしいし、あり得ない。誰かが立ち上がり、元ある姿に戻さなくてはならないのよ」
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