許嫁は土地神さま。

夙多史

二章 憑かれに憑かれて(4)

 普通科二年のクラスは三つに分けられている。文系クラス、理系クラス、就職クラスという名の『進学? ムリムリ諦めなバカチン』と宣告されたお馬鹿さんクラスの三つだ。
 学年トップ3に名を連ねる彩羽は文系クラスで、僕や出原兄妹は就職クラスに割り振られている。……違うよ。お馬鹿さんだからじゃないよ。僕は逸早く家族や社会に貢献したいからそこにいるだけだよ。
「彩羽、どうしたんだろう……?」
 文系クラスは理系クラスを挟んだ二つ隣に位置する。近いから休み時間に携帯を返そうと足を運んだのに、どういうわけか彩羽はいなかった。文系クラスの人に訊くと、休み時間の度に教室を出てはギリギリになって戻ってくるらしい。お腹でも壊したのかな。
 そんなこんなで会えないまま昼休みになってしまった。いつもは父さんが弁当を作ってくれているんだけど、誠に残念ながら今日から自作するか購買で買う他ない。
「セージンくんセージンくん、あたしたちとお昼一緒に食べようそうしよう」
「今日のセージンのパパさん弁当はどんなのなんだ? 唐揚げか? 卵焼きか? エビチリか? エビチリなら是非俺っちの春巻きと交換してくれい」
 毎回昼休みになると呼んでもないのに出原兄妹が机を寄せてくる。流石に食事時に下ネタトークに走るほど品のない二人じゃないから歓迎してるんだけど、今日はまずその食事を調達するところから始めないといけない。
「実は父さんが急に海外転勤しちゃって弁当がないんだ。ちょっと購買戦争に参加してくるよ」
 そう告げて席を立つと、出原兄妹がまたも僕をちらちら見ながらヒソヒソ話を始める。
「(聞きまして朝陽さん。セージンくんちの親、海外転勤ですって)」
「(聞きましたよ夕陽さん。まったくどこのエロゲーの主人公でしょうね)」
「(美人の幼馴染がいますものね。これで見知らぬ美少女が同居してたらどうします?)」
「(とりあえずダイナマイトちゅどーん)」
「だから全部聞こえてるよ!」
 小和のことは絶対にこいつらに漏らしちゃダメだ。僕が爆殺される。
「ん?」
 早急に教室を出ようと回れ右した時、ちょっとした異変に気づいた。
 なにやら窓の外が騒がしい。「待てや小娘ぇ!」「待たんと頭撫で回すぞゴラァ!」「待てと言われて待つ奴がおるかボケェ!」という怒号が聞こえてくる。
「なんの騒ぎだろう?」
 どっかで聞いたことのある声が混じっていた気がするけど……きっと幻聴だよね。
「あー、なんか不審者が学校に入り込んだみたいだぞ」
「警備員のおじさんたちが怖い顔して追いかけてるの、あたしもちらっと見たよ。不審者は見えなかったけどね」
 出原兄妹から淡々と答えが返ってくる。不審者だって? そうか、春だもんね。
「最近は物騒だよなぁ。この前も情報学科の女子が轢き逃げに遭ったらしいし。犯人は捕まったようだがな」
 弁当箱の包みを開きながら出原兄は特に感慨もなく言う。完全に他人事だ。
「大丈夫なの?」
「大丈夫だろ。マジにヤバい奴だったら校内放送の一つもあるだろうし」
「いやそっちもだけど、轢き逃げされた女子の方」
「あはは、相変わらずセージンくんは優しいねぇ。見ず知らずの他人を心配するなんてさ。最近のエロゲー主人公でもなかなかいないよ。そういうキャラ」
 ケラケラ笑う出原妹。放っといてほしい。命は平等なんだ。そりゃあ見ず知らずの他人と知り合いじゃ感じ方は僕だって違うけどさ。
「まあ、学校がなにも言わないなら心配するほどのことでもないと思うよ。ところでセージンくん、早く購買に行かないと食べる物なくなっちゃうんじゃないかな?」
「おっとそうだった」
 僕はポケットの財布を確認して教室を出た。後に建てられた普通科棟から工学部の敷地にある購買は割と遠い。急がないと冗談抜きでなにもなくなってしまう。
 白季神社に続く千の石段で鍛え上げた足腰をフル稼働させて普通科棟を飛び出す。中庭を横断し、工学部の職員室の脇を横切ろうとしたところで――

 腕を、何者かに掴まれた。

「うわっ!? すみません! 廊下じゃないけど走ったらいけませんよね!」
 先生かと思って振り向くと、そこにはずっと会いたかった探し人――飯綱彩羽がなにかを決意した表情で僕を見据えていた。
「い、彩羽さん……?」
「来て、なるくん」
 腕を引っ張られるがままに、僕は購買からどんどん遠ざかっていった。

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