今宵、真紅の口づけを
5
家に帰ると、自分の部屋の前でエーヴァとカトリネ、それにヴェルナが待っていた。双子達から事情を聞いたのだろう。少しだけ緊張した様子の黒いロングワンピースを着たヴェルナが、それでもエレオノーラを穏やかに迎えるように微笑んだ。ヴェルナが濃紅の瞳を優しげに細めて首をかしげていると、肩で切りそろえられた艶やかな黒髪がさらりと流れた。
「おかえり」
「ヴェルナ……ただいま」
幼馴染の温かな笑顔に、エレオノーラもふんわりと微笑んだ。しかし双子の妹達の顔は厳しい。エレオノーラが自分の部屋に入ると、三人も揃って入ってくる。ドアを閉めるなり口を開いたのはエーヴァだった。
「どういうこと?」
普段天真爛漫なほどに明るいエーヴァの厳しい声に、エレオノーラは思わず息を飲んだ。一つしか違わないとはいえ、姉であるエレオノーラに対しては敬いを持って接してくれている妹の片割れの、怒った声など聞いたことがない。
「どうしてエレオノーラが人間と一緒なの?しかも庇ったりなんかして……」
「それは……」
もう、エーヴァもカトリネも分かっている事だろうに、それを否定したいのかは分からないが、怒りながらもその紅緋色の透き通る瞳をまっすぐエレオノーラに向けてくる。どこか泣きそうにも見える表情で。
「好き、なの?」
そこにカトリネが涙を堪えられないように、泣きながら声を投げ込む。ヴェルナは全て知っているので口を挟んでこない。ただ不安そうに瞳を揺らしているだけだ。
「うん……」
エレオノーラは隠しておくことでもないと思い、こくりと頷いた。それに双子達は息を飲んだ。やはりという思いと、なぜという思いのない交ぜになった表情で、真紅の瞳の姉を見つめた。
ベッドに腰を下ろしたエレオノーラは、すぐ傍で立ったままの三人を見上げた。それぞれに違う色合いの綺麗な赤の瞳は、それぞれの思いを持って自分に注がれる。でも三人とも笑っていなくて、エレオノーラに対して混乱したような顔をしている。全て知っているヴェルナでさえエレオノーラの気持ちを再確認して、どこか泣きそうな顔になっていた。
私の想いが、皆を苦しめてるんだ。
大好きな家族と幼馴染に、こんな顔をさせてしまうことが辛いと感じる。いつも明るくて、父や母、そして自分を幸せにしてくれる双子達のこんな顔は初めて見た。同じように育ったのに、それでもエレオノーラよりもずっと明るくて、騒がしいくらいに良く話して笑う妹達に、自分は悲しい思いをさせている。そう思うと、エレオノーラの心も震えだす。
ヴェルナにも、またこんな顔をさせてしまった。ヴェルナとアーツの事もついこの間の出来事なのに、きっとヴェルナもまだまだ傷ついている。なのに自分のことで心配をかけてしまった。
エルネスティも、自分と出会って変わったのかもしれない。嫌いなはずの種族を好きになってしまった少年の葛藤はいかほどだったのだろうか。それでも気持ちを伝えてくれた事は、少女にとっては何よりも幸せな事だけれど。
「相手は人間なんだよ?そんなの何も期待なんてないじゃない」
エーヴァが厳しい口調のままエレオノーラに詰め寄るように言う。涙をためた瞳は心底姉を心配しているのが分かる。自分たちにとって単に人間なんてものは、「食べ物」のような感覚しかないエーヴァやカトリネにとっては、エレオノーラの気持ちは理解したくてもできない事だった。
「分かってる。でも一緒にいたいの」
「エレオノーラもいつ変わるか分からないのに、一緒にいたら辛いんじゃない?」
カトリネに言われて、エレオノーラは儚い笑みを浮かべて返事をしない。
そんなこと、分かりきっている。
いつか、明日かも知れない大きすぎる不安は、今にも少女を押しつぶしてしまいそうになっている。今日の出来事が一層それを加速させているのかもしれないが、それすらもエレオノーラには分からなかった。
「私は反対だからね」
エーヴァは睨むように姉を見つめてそう言った。泣きそうなのを必死に我慢しているエーヴァの声が震えている。両手をギュッと握って、エレオノーラの真紅の瞳を見つめた妹は、それだけ言って部屋を出て行った。
「……私も、エーヴァと同じ気持ちだよ。エレオノーラが辛いのは見たくないから」
カトリネは優しい口調ではあるが、やはり反対だと言って片割れを追いかけるように部屋を後にした。
当たり前のことを最愛の妹たちに言われて、エレオノーラは大きな溜息をついて肩を落とした。俯いた顔を金色の髪の毛が隠すかのように流れ落ちてくる。狭くなった視界に、ヴェルナが床に座り込んだのが見えた。エレオノーラのすぐ前に座って、喪服の上から細い膝を労わるように撫でてくる。ほっそりとした幼馴染の手の温かさに、思わず涙を零した。
「大丈夫?」
優しいヴェルナの声が身体に浸透していく。
「ん……ごめんね」
「何が?」
「私のことで、皆に嫌な思いをさせてしまって」
「嫌な事だと思ってないよ?私は、エレオノーラの味方だから」
エレオノーラの顔を覗き込み、頬に伝う涙を拭いながらヴェルナは笑った。綺麗な瞳に少女を慰めるように温かな色を滲ませて、まだ治まらない涙をそっと拭う。
そんなヴェルナがふと表情を暗くして尋ねる。
「今日、行ってきたの?アーツのところ……」
「…………うん」
エレオノーラの言葉にヴェルナは少しだけ苦しそうな顔をして、それからやや強張った顔で真紅の瞳を見上げた。
「そっか……」
それだけ言って黙り込んでしまった。エレオノーラは特に問い詰める事もせず揺れる濃紅の瞳を見て、ベッドからすとんと床に腰を下ろすと、幼馴染を抱き締めた。
「エレオノーラ?」
きょとんとしたヴェルナが抱き締められるままにエレオノーラの顔を見る。
「私も、ヴェルナの味方だから」
そう言ってきつく抱き締めた。
奪ってしまった命は当然ながら戻ってくることもない。でもヴェルナは一生、後悔して生きていく。残ったものができる事は相手を想い苦しむ事しかない。
それで、どうか許して欲しい。
エレオノーラはアーツと、アーツの家族に向かってそう願った。勿論エルネスティにも。
そして漠然と想う。自分もいつか、ヴェルナのように苦しむ日が来るのかと。また反対にこうも思う。
私は、ヴェルナのように後悔することなんてない。とも。
大切な少年をこの先も苦しめるかもしれない。でも絶対に命だけは奪わないと、ヴェルナを抱き締めながらエレオノーラは思った。
「おかえり」
「ヴェルナ……ただいま」
幼馴染の温かな笑顔に、エレオノーラもふんわりと微笑んだ。しかし双子の妹達の顔は厳しい。エレオノーラが自分の部屋に入ると、三人も揃って入ってくる。ドアを閉めるなり口を開いたのはエーヴァだった。
「どういうこと?」
普段天真爛漫なほどに明るいエーヴァの厳しい声に、エレオノーラは思わず息を飲んだ。一つしか違わないとはいえ、姉であるエレオノーラに対しては敬いを持って接してくれている妹の片割れの、怒った声など聞いたことがない。
「どうしてエレオノーラが人間と一緒なの?しかも庇ったりなんかして……」
「それは……」
もう、エーヴァもカトリネも分かっている事だろうに、それを否定したいのかは分からないが、怒りながらもその紅緋色の透き通る瞳をまっすぐエレオノーラに向けてくる。どこか泣きそうにも見える表情で。
「好き、なの?」
そこにカトリネが涙を堪えられないように、泣きながら声を投げ込む。ヴェルナは全て知っているので口を挟んでこない。ただ不安そうに瞳を揺らしているだけだ。
「うん……」
エレオノーラは隠しておくことでもないと思い、こくりと頷いた。それに双子達は息を飲んだ。やはりという思いと、なぜという思いのない交ぜになった表情で、真紅の瞳の姉を見つめた。
ベッドに腰を下ろしたエレオノーラは、すぐ傍で立ったままの三人を見上げた。それぞれに違う色合いの綺麗な赤の瞳は、それぞれの思いを持って自分に注がれる。でも三人とも笑っていなくて、エレオノーラに対して混乱したような顔をしている。全て知っているヴェルナでさえエレオノーラの気持ちを再確認して、どこか泣きそうな顔になっていた。
私の想いが、皆を苦しめてるんだ。
大好きな家族と幼馴染に、こんな顔をさせてしまうことが辛いと感じる。いつも明るくて、父や母、そして自分を幸せにしてくれる双子達のこんな顔は初めて見た。同じように育ったのに、それでもエレオノーラよりもずっと明るくて、騒がしいくらいに良く話して笑う妹達に、自分は悲しい思いをさせている。そう思うと、エレオノーラの心も震えだす。
ヴェルナにも、またこんな顔をさせてしまった。ヴェルナとアーツの事もついこの間の出来事なのに、きっとヴェルナもまだまだ傷ついている。なのに自分のことで心配をかけてしまった。
エルネスティも、自分と出会って変わったのかもしれない。嫌いなはずの種族を好きになってしまった少年の葛藤はいかほどだったのだろうか。それでも気持ちを伝えてくれた事は、少女にとっては何よりも幸せな事だけれど。
「相手は人間なんだよ?そんなの何も期待なんてないじゃない」
エーヴァが厳しい口調のままエレオノーラに詰め寄るように言う。涙をためた瞳は心底姉を心配しているのが分かる。自分たちにとって単に人間なんてものは、「食べ物」のような感覚しかないエーヴァやカトリネにとっては、エレオノーラの気持ちは理解したくてもできない事だった。
「分かってる。でも一緒にいたいの」
「エレオノーラもいつ変わるか分からないのに、一緒にいたら辛いんじゃない?」
カトリネに言われて、エレオノーラは儚い笑みを浮かべて返事をしない。
そんなこと、分かりきっている。
いつか、明日かも知れない大きすぎる不安は、今にも少女を押しつぶしてしまいそうになっている。今日の出来事が一層それを加速させているのかもしれないが、それすらもエレオノーラには分からなかった。
「私は反対だからね」
エーヴァは睨むように姉を見つめてそう言った。泣きそうなのを必死に我慢しているエーヴァの声が震えている。両手をギュッと握って、エレオノーラの真紅の瞳を見つめた妹は、それだけ言って部屋を出て行った。
「……私も、エーヴァと同じ気持ちだよ。エレオノーラが辛いのは見たくないから」
カトリネは優しい口調ではあるが、やはり反対だと言って片割れを追いかけるように部屋を後にした。
当たり前のことを最愛の妹たちに言われて、エレオノーラは大きな溜息をついて肩を落とした。俯いた顔を金色の髪の毛が隠すかのように流れ落ちてくる。狭くなった視界に、ヴェルナが床に座り込んだのが見えた。エレオノーラのすぐ前に座って、喪服の上から細い膝を労わるように撫でてくる。ほっそりとした幼馴染の手の温かさに、思わず涙を零した。
「大丈夫?」
優しいヴェルナの声が身体に浸透していく。
「ん……ごめんね」
「何が?」
「私のことで、皆に嫌な思いをさせてしまって」
「嫌な事だと思ってないよ?私は、エレオノーラの味方だから」
エレオノーラの顔を覗き込み、頬に伝う涙を拭いながらヴェルナは笑った。綺麗な瞳に少女を慰めるように温かな色を滲ませて、まだ治まらない涙をそっと拭う。
そんなヴェルナがふと表情を暗くして尋ねる。
「今日、行ってきたの?アーツのところ……」
「…………うん」
エレオノーラの言葉にヴェルナは少しだけ苦しそうな顔をして、それからやや強張った顔で真紅の瞳を見上げた。
「そっか……」
それだけ言って黙り込んでしまった。エレオノーラは特に問い詰める事もせず揺れる濃紅の瞳を見て、ベッドからすとんと床に腰を下ろすと、幼馴染を抱き締めた。
「エレオノーラ?」
きょとんとしたヴェルナが抱き締められるままにエレオノーラの顔を見る。
「私も、ヴェルナの味方だから」
そう言ってきつく抱き締めた。
奪ってしまった命は当然ながら戻ってくることもない。でもヴェルナは一生、後悔して生きていく。残ったものができる事は相手を想い苦しむ事しかない。
それで、どうか許して欲しい。
エレオノーラはアーツと、アーツの家族に向かってそう願った。勿論エルネスティにも。
そして漠然と想う。自分もいつか、ヴェルナのように苦しむ日が来るのかと。また反対にこうも思う。
私は、ヴェルナのように後悔することなんてない。とも。
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