今宵、真紅の口づけを

少年の葛藤

 赤い瞳。
 闇夜に輝くそれが、母親に繋がる最期の記憶。
 そして、おぞましい記憶。
 愛する母親の、宝物のような温かいはずの記憶がなぜそんな事になったのか。
 どこまで恨めば良いのか。
 自分が壊れるくらい憎めば、この気持ちはなくなるのか。
 そう思っている日々の中で、また記憶は塗り替えられる。
 再び見た赤い記憶は、一層の輝きを持って俺の前に現れた。
 鮮やかな、でも底知れない暗い赤に、俺の姉はさらわれて、二度と帰ってこなかった。

 二人は、同じように、俺の名前を呼んだ。
 腕に抱きこみ、俺を守るようにしてくれていた腕をいとも容易く奪ったその赤い瞳は、俺を見て楽しげに微笑んだ。


 それが、たまらなく憎くて、何も出来ない自分が憎かった。


 絶対許さない。 
 『赤』が嫌いになった。
 『赤』が憎い。


 何もない赤でさえ、俺の神経を不快に撫でてしまうほどに嫌いになった。


 吸血族なんかいなくなればいい。人を食い物にするしか出来ないおぞましい種族などこの世からいなくなればいい。


 そう思っていた。
 なのに、出会ってしまった。
 俺の中にすんなりと、ゆっくりと染み込んでくるような少女に。
 水のような青い美しい瞳と、素直な笑顔。
 理由なんかなく、いつの間にか、緩やかに入り込んできた笑顔に、本当にいつの間にか心が癒されているのを理解した。


 でも。
 魔族。
 そう思っても、嫌じゃない。
 自分から家族を奪って行った吸血族なのに、嫌じゃない自分がおかしくて、苦しい。


 どうしてだろう。
 俺と違うのに、憎むべき種族なのに。
 思えば思うほどに、青い瞳は俺に笑いかける。切ないほどに可愛い笑顔で。


 この先、あの瞳が変化したら…。
 俺は笑えるのか?
 少女に向かって冷静でいられるのか?
 この気持ちのまま、目の前に立てるのか?





 今はまだ分からない。
 ただ、まだ今は、あの子を嫌いになりなくない。
 憎みたくない。
 このままでいたい。


 子供みたいに、そう思っている自分がいる。


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