transient

5

「好きです」
 12月に入ったその日の放課後、誠の目の前の一年後輩の女の子が、顔を真っ赤にしながら小声で言った。
 校内の大きな桜の木の下で、誠はクラスの女子経由で呼び出され、告白をされた。
「はぁ……」
 何とも気の抜けた、やる気のない声で答える誠に、女の子は泣きそうな顔になって俯いてしまう。
 あれ、まずかったかな…いやでも、こんな時にどんな顔したら良いかなんて分かんねぇ。
 女の子はこれ以上何も言えないのか、誠の顔を見もしないでただ立っていた。
「あのさ…嬉しいけど……その。今は彼女とか欲しいと思わないって言うか……」 
 なんで俺こんなこと言ってんだ?青春だろ、高校生って…付き合うくらい良いんじゃないのか。この子そこそこ可愛いし、そんな深く考えてるつもりもないだろ。
 頭の中で考えることと、唇からこぼれる言葉の違いに自分でも驚きながら、それでも最後には断ってしまっていた。
「なんなんだ。俺……」
 一人残された誠は大きなため息をついて、桜の木から離れた。
 あれ、いないな…。
 いつも誠の後ろをくっついて歩いている、ぱっつん前髪の存在がない。それが誠は違和感を感じて堪らなくなる。
 キョロキョロとあたりを見渡して見るがやはり姿はない。不思議に思いつつも、探すことはせず、帰るために校門へ向かった。どうせまたどっかから出てくるだろう。そんな気持ちで。
「誠くん」
 校門に近い場所で、葉月が待っていた。幽霊は寒さを感じない、そう言う葉月は冬物の制服を着てはいるが、上着などはなく、見てる誠が寒くなりそうだ。しかも今日は例年より寒いと言われているのに。
「なんだ、ここにいたのか」
 葉月の姿に少しほっとしたものの、それを表すことなく誠は言った。葉月は嬉しそうに誠のそばに寄って来て隣に並んだ。上目づかいに誠を見て、からかうような声で言う。
「さっきの……好きですって言われた?」
「は?」
「だってあんなところで話なんて、それしかないでしょ?」
「だからなんだよ」
 顔を赤らめ、マフラーをグルグルと巻きなおして誠は顔を背けた。
「やっぱり。良いなぁ」
「別によくない。ってか、あんたなんで一緒にいなかったんだ?」
「お邪魔はしませんよ。私だってそれくらいは気遣いできるつもりですから……それに、あの桜は嫌い」
 葉月の顔に一瞬だけ暗い影が見えた。伏せられた長い睫毛越しに見える瞳が揺れている。
「なんだ。その顔」
 誠が覗き込もうとすると、葉月はスッと離れてしまった。そして次の瞬間見せた顔は、いつも通りの明るい顔だった。
「人の恋路を邪魔したら、蹴られるんでしょ。馬に」
「古臭いこと知ってんなぁ」
 クスクスと笑いながら言った誠の言葉に、葉月は唇を尖らせて頬を膨らませた。
「どうせ私は古い人間ですよ。20年も前に死んだんですから」
 20年前。死んだ人間。
 それに誠の中でまた疑問が湧き起こる。結局、葉月には何も聞けないまま毎日が過ぎている。どうしても聞かなければいけないことでもないが、思い出すと知りたくなる。でも聞けない。
 誠はこんなことばかりを繰り返していたような気がした。
 二人で(傍目から見れば誠一人)帰る道にもすっかり慣れた。徒歩で通学できる距離の誠だが、それでも誰かと話しながら帰るのは楽しい。
 葉月は生前、電車通学するのも滅多になく、両親どちらかの送り迎えだったという。どれだけお嬢様なんだと呆れた誠だが、こうやって話をしながらの帰り道を楽しんでいる葉月の顔を見るのは好きだった。
「でも、あの女の子可哀想だなぁ……」
 誠よりも数歩前を歩いていた葉月がぽつりと言った。
「なんで?」
「だってもうすぐクリスマスだよ。一人で過ごすのって悲しい」
「そうか?別にいいんじゃないか?」
 大してクリスマスに興味のない誠はしれっと答えた。それに対して、葉月は呆れたような表情で誠を見て、小さくため息をついた。
「誠くんってモテる割にはそこんとこ疎いよね」
「は?俺がモテる?馬鹿じゃないのか」
 葉月の言葉に鼻で笑って返すと、真剣な顔で睨まれた。
「どれだけ鈍感なの?クラスでも結構いるんだよ、誠くんの事良いって思ってる女の子。いろんな話聞こえてくるから、私の方が誠くんのこと分かってるかもね」
 どうだと言わんばかりの笑顔で見上げられて、誠は全く関係ない思考で葉月に見とれた。
 さっきの子も、これくらい可愛かったら……いってたかも。いやいやいや。顔じゃない顔じゃない。そんな失礼な事を考えるのだけはだめだ。
「でもね、あの子には悪いけど、私は少しほっとした」
 静かな声で言われて誠はきょとんとした顔になる。
「誠くんに彼女が出来たら……そばにいられなくなるから。…………ごめん、嫌な子で」
 マンションのエントランスホールへの階段を上がりながら、葉月は誠に顔を見せないようにして、涙声で言った。俯いた拍子に、黒い艶やかな髪の毛が、葉月の顔を隠す。
 誠は黙って開錠して、そのままホールを歩きエレベーターまで向かった。葉月もその後ろを歩いてくる。
 沈黙が重いような、穏やかなような、少し変な雰囲気のまま、エレベーターは誠の家のある階に到着した。静かにドアが開き、誠が降りて、葉月も降りた時、誠は葉月の手触りの良い髪の毛をそっと撫でた。
「そんな心配、いらない」 
「え?」
 はっきりと聞き取れなかった葉月は、顔を上げて誠を見た。
「別に、彼女がいてもいなくても…俺があんたにいても良いって言ったんだから。だから心配すんな」
 誠の手によって、葉月が実体化されている。滑らかでサラサラとした葉月の髪の毛が気持ちいいなと感じながら、いつにない優しい表情で葉月を見下ろした誠に、葉月の大きな瞳から涙が溢れた。
「私、誠くんと同じ時に生まれたかったなぁ」
 涙を拭いながら葉月は笑う。その顔はドキッとするほど愛らしかった。
「……なんで?」
「だって誠くん優しいし、颯希くんも彩ちゃんも楽しいし優しい。それに、同じ時に生まれてたら、死ななかったかもしれない」
「死ななかったかもしれない……?」
 ……事故か何かで死んだのか。
 誠は考えを確かめようと思ったが、いきなりそんなことを聞いても良いのかと躊躇ってしまった。
 その思いが顔に出たのか、葉月はにっこりと笑って誠を見上げた。
「誠くんのお母さんかお父さんに、20年前にあの学校で何かなかったか聞いてみたら?覚えてるかも」
「学校?」
「うん。当時は結構騒がれたから覚えてる人もまだいるはずだよ。私からはあんまり話したくないんだ。ごめんね」
 少しだけ元気のない声で葉月は謝る。涙でぬれた目元が妙に痛々しくてきれいだった。それでも、葉月はその大きな瞳を楽しそうに細めて誠に笑いかけた。
「誠くん、こんなところで私に触っても大丈夫?」
「え?」
「だってここ、マンションの共有スペースでしょ?カメラとかないの?」
 エレベーターの前で葉月に触れていたことを思い出した誠は、しばらく考えた後ため息をついた。
「カメラは……大丈夫じゃないか?でも見られてたら、このマンションに幽霊が出るって言われそうだな」
「でも、こんな可愛い幽霊だったら良いじゃん」
 上目遣いの葉月はいたずらっ子のように笑った。
「自分で言うな、馬鹿」
 葉月の頭を少し乱暴に撫でて、誠は手を離す。他の人間が見たら、葉月が消えてしまったように見えるので驚くだろうなと思うと誠は笑ってしまった。
 あんなに関わり合いたくないと思ってたのに、葉月のことを知りたいと思ってる自分がおかしかったのと、そんな存在でも、一緒にいれば楽しいんだと思ってしまっている自分がおかしかった。
 後で親に聞いてみよう……20年前の事。
 心の片隅でそんなことを思い、誠は葉月と一緒に家の中に入った。









 

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