transient

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「ちょっとおぉぉぉっ。颯希ぃぃっ!!」
 颯希の家に入るなり、彩の声が聞こえて誠はため息をついた。
 あのバカ…まぁたやってんのか。
「何の騒ぎ?」
 誠の隣で葉月はキョトンとして突っ立っている。誠はそれには答えず、慣れた様子で玄関を上がり颯希の部屋へと歩いて行った。葉月もその後ろについて行き、颯希の部屋に入った瞬間目を疑った。
 彩に組み敷かれるように仰向けで寝ころんでいる颯希が可愛い女の子になっていたからだ。化粧をされかけの顔ではあるが、すでに十分可愛い。
「もう彩ちゃん!僕で遊ぶのいい加減止めてよねっ」
 颯希も男だから、本気を出せば彩なんてどうとでもなるはずなのに、やはり彩を姉として敬っているのか、女だからと遠慮しているのかは分からないが、いつも押し切られて玩具にされている。
 元々整った顔立ちがよく似ている姉弟だ。颯希が化粧をするとそっくりになってしまう。今も彩がつけ睫毛片手にノリノリで颯希に跨っていたようだ。
「あ、誠、葉月ちゃんもいらっしゃい」
 なぜか頭にネコミミを付けてメイド服を着ている彩がにっこりと二人を迎えてくれる。それに軽い頭痛を覚えて誠は頭を振った。
 やっぱこいつバカだ…。
「お前なぁ。なんだそのふざけた格好は…。それに、颯希の事いじるのもやめてやれよ」
「そうだよ。僕が男なのは生まれたときから変わらないんだからっ。」
 頬に桜色のチークを塗られた颯希が眉を顰めて怒る。
「そんなの知ってるわよ。でもね、可愛くなれるのにならないなんて世の中に失礼な話だわ」
「お前の言う世の中ってどこのことだ。妄想は頭の中だけにしろっ」
 こいつのこの性格は一体どこで形成されたんだ。
 一人っ子で良かったと、誠は颯希には悪いけど常々思ってしまう。こんな姉は珍しいとは分かっていても、やはり颯希のようにはなりたくない。
 彩はムッとした顔で誠を睨んだが、すぐ横にいる葉月に視線を止めると、急に立ち上がりニコニコと近づいてきた。その様子に誠の中で嫌な予感がむくむくと湧き上がる。
「葉月ちゃんさぁ、お化粧した事ある?」
 目に異様なほどと思う位の輝きを持った彩に、葉月は小さく息を呑んで首を振った。
「じゃあさ、やってみようよ!」
 言うが早いか誠の手を取って葉月の腕に捕まらせる。しかもそれを、自分の髪を結っていたリボンでくるくると巻いては外れないようにした。葉月がふわっと実体化され、颯希にも驚く葉月の顔を見ることが出来た。
「葉月ちゃん絶対可愛いくなるよぉ。何たって元が良いもん」
 もう嬉しくてたまらないと、全身で表している彩は、葉月を嫌がる誠もろとも床に座らせ、葉月のぱっつん前髪をピンでとめた。形の良い額が露わになって、今までの葉月の印象とは大きく変わる。
「葉月ちゃんおでこ出した方が大人っぽくなるね」
 化粧落としで顔を拭いながら颯希は驚いている。いや、誠も驚いてるのだが、言葉が出なかった。
 ふっくらとした形の良い額は、広すぎることも狭すぎることもなく、スッキリとした印象を葉月に与えている。もともと切れ長の形の瞳は涼やかな雰囲気のあるものだったのだが、額を上げることでよりそれが増して、大人ぽっくて知的に見えた。
「へぇ…変わるもんだな」
 誠の独り言のような言葉を、彩は意外だと言わんばかりに拾い上げた。
「あんたでも女の子のこと良い風に言うことがあるんだ」
 おかしな恰好をした彩に、少し小馬鹿にしたような言い方をされ、誠の眉間の皺が寄る。
「どういう意味だ」
「べっつにぃー。ただあんたが誰かを褒めるなんて珍しいと思って」
「お前が誰彼かまわず褒めすぎなんだよ。それに今のは褒めたうちに入るもんじゃない」
 誠の頬がほんの少しだけではあるが赤くなっている。それに颯希はクスクス笑って、「誠はツンデレだから」とからかった。
 誠はこれ以上何かを言っても二人にからかわれるだけだと思い、ふてくされてそっぽを向く。その姿が可愛くて葉月は小さく笑った。 
 彩に化粧を施されながら、葉月は最近の誠の変化を考える。最近の誠は少しだけではあるが、葉月に対して柔らかくなったように感じる。
 最初は明らかに嫌そうな顔をされ、態度もそっけなく、話もあまりしてくれなかった。元々よく話すタイプではないと、この二年ほどずっと誠を見てきた葉月は知っていたが、やはりあからさまな態度を取られてへこむこともあった。自分のわがままで誠の時間を割いていることも、葉月は分かっているつもりだ。
 でも、誠が根底は優しい性格の持ち主であることも、分かっている。クラスでの誠は、人に頼られると、いやだとは思っても結局最後には手伝っていたり、相談を受けていたり、何かと誰かのために動いていることが多い。
 だから、甘えたかった。一人きりで過ごす長い時間、その中で、葉月から見える誠は暖かい光のように感じた。最初は話せただけで良かった。でも、誠の特殊な性質に、甘えたくなってしまった。まだまだ人生があったはずの葉月の将来の展望は、今はどう頑張っても実現できるものではない。分かってはいる。でも、ほんの少しだけで良いから、誠の迷惑であると分かっていても、そばにいたいと思った。 
 そして颯希も彩も、葉月に優しかったから、余計に甘えてしまっている。二人がいるから、誠も少しずつ優しくなって来ているのかと葉月は考えていた。
「はいっ。でーきた」
 彩の元気な声がして、誠は何も考えずに顔を葉月の方に向け、葉月も閉じていた目を開けた。
「鏡これね」 
 彩に手鏡を渡されて、それを覗き込んだ葉月は目を見開いた。
 きめ細かい肌になじむようにファンデーションが乗せられ、元々血色の良い頬には分からない程のチークをはき、目元は淡い緑とピンクで色づけられている。大きな瞳にアイラインが引かれ、長さのある睫毛はマスカラだけで十分だ。
 ぱっつん前髪はそのままに、残りの髪の毛を巻いて全体をふんわりさせた葉月は、小悪魔的で、アンティーク人形のような顔を鏡に見せていた。
「どう?可愛くできたと思うけど」
「葉月ちゃん可愛いよ」
 颯希と彩がにっこりと葉月を見つめる中、葉月は照れたような顔で笑み、誠を見た。
「誠くん。どう?」
 はにかむ葉月の顔を見て誠は黙って頷いた。というか、頷くくらいしかできなかった。
 この破壊力は何だ…。
 元々が誠の好みの顔をしてる葉月なのに、化粧をしてレベルが上がればこれ以上の物はないだろう。
「ちょっとあんたっ。何か言ってみたらどうなのよ」
 彩は不満げに誠を睨む。それでも葉月は誠の反応が嬉しかった。
「あ、ねぇねぇ、写真撮ろうよ」
 颯希が突然、携帯片手に言い出す。それに彩ももちろん乗っかり葉月の腕を取った。
「記念に。ね?誠も」
 彩の勢いに流されて三人で颯希の携帯に向かい合わせになる。何枚か写メを撮られ画像を確認しながら騒いでいる葉月を、誠は少し柔らかい表情で見ていた。
 そんなことで嬉しそうな顔するんだな。
 いつの間にか葉月を鬱陶しいなんて思っていないことに、誠自身は気づいていない。それどころか、葉月のいる毎日が当たり前のようになっている自分にすらも。
 コロコロと表情が変わる、よく笑うその顔を見て、誠の中にふと疑問が浮かぶ。 
 なぜ葉月はこの若さで死んだのか。
 元々が明るくてにぎやかな葉月の性格のせいか、単に自分が興味がなかったからか、葉月の過去の事や、なぜ死んだのかも誠は知らない。しかしいったん浮かぶとその疑問は一気に大きくなって誠の中で育っていく。
 でも、そんなこと聞いていいのか?死んでるとはいえ、一応プライバシーってのがあるんじゃないか。
 そうは思ってみても、知りたいと思えば止まらなくなる。でも今はそんなことを聞くタイミングでもなければ、たとえばそれを聞いて自分が何かしてやれるわけでもない。単なる好奇心だけで聞くにはあまりにも重すぎる。
 誠はそう思って、疑問を無理やり心の奥にしまい込んだ。
「誠くん?どうしたの?」
 葉月に顔を覗き込まれて誠は我に返った。近くで見る葉月の顔に少しだけ顔を赤くしながら、誠は小さな声で言った。
「……可愛いと、思う」
 その言葉に颯希と彩は言葉を失い、葉月は驚いた後、花が綻ぶような笑顔を見せた。
 あー……マジでかわいい……。
 心の中で自分を呆れながら誠も小さく笑った。


 




 

 

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