異種恋愛
4
「ケイ、異常なかったよ」
浩輔があずみを見るなりにっこり笑ってこう言った。
今日はケイのメンテナンスに、技術部の一角に設けられているセンターに来ている。
「ありがとう」
あずみは少し安心した様子で浩輔に笑いかける。
一昨日ケイに嫌なことを言ってしまって気まずかったけど、昨日の朝ちゃんと謝った。
それに対してケイは、何も言わずに抱きしめてくれた。小さかった頃も、あずみが反省をして謝ると、ケイはその大きな腕であずみを抱きしめてきた。
それが今までは何よりもうれしかったのに、昨日はなんだか悲しかった。
「あずみ、なんか元気ないね」
浩輔があずみの顔を覗き込む。
「なんでもないよ。ケイはまだ戻ってこない?」
「もう少ししたら来ると思うけど。…そんなに早くケイに会いたい?」
意地悪な顔で聞く浩輔に、あずみは顔を赤らめて逸らす。
「そんなんじゃない」
「はは。あずみはケイ離れが出来てないな」
子供のころからあずみを知っている浩輔は、あずみがまだケイにべったりだと思っているようだ。
浩輔の思ってるような気持ちじゃないよ。
あずみは心の中で嘆息した。
「あら、あずみ」
ふと背後から声をかけられてふりかえると、そこにはハイネがいた。
艶やかな黒髪と、濃いブルーの瞳が神秘的な感じのする女性。見事に女性らしいラインの体に白衣が怪しいほどよく似合う。
「ハイネ。久しぶり」
「相変わらず、ケイはあなたしか見えてないのねぇ。ずっとあずみの話ばかりでシャットダウンしてやろうかと思ったわ」
ハイネは思い出し笑いをしながらあずみをちらりと見た。
彼女は女性型のアンドロイドで、技術部門で働いている。勿論生まれたのもここで、製作者はあずみの目の前にいる浩輔だ。
この美しいアンドロイドの容貌は浩輔の個人的好みがよく表れている、と、周りの人間が言うほど、思い切り私情を挟み込んでいたらしい。
「…ごめん」
あずみはまた顔を赤らめて小さく謝った。
一体ケイは何の話をハイネにしたのか…考えるだけでも怖い。
親バカとはきっとケイのためにある言葉だと、あずみはいつも思う。褒めてくれるのは嬉しいけど、度が過ぎると何かの罰ゲームのように思える。
「良いわよ。もう慣れたし。それにしても」
そこで言葉を切ってハイネは首を傾げた。
「ケイの人気は相変わらずねぇ」
「え?」
「まぁあれだけ綺麗なのもなかなかいないから仕方ないんだけど。女子社員に人気ですよ、おたくのアンドロイド」
ふふんと、意味深な笑顔のハイネは手をヒラヒラさせて立ち去った。
「人気?」
あずみがキョトンとしていると、浩輔が面白そうに笑っている。
「なんで笑ってるの?」
「いや…あずみは近くにいすぎて慣れてるかもしれないけど、ケイはモテるよ」
途端にあずみの心臓は嫌な音を立てる。でも浩輔が続けて言った言葉に、今度はあっという間に沈んだ。
「ケイがアンドロイドなのがもったいないって言ってる子たちもいるくらい。確かに男から見ても綺麗だと思うわ。晴香が自信を持ってたのは機能だけじゃないってことだな」
アンドロイドなのがもったいない。
それは、どれだけかっこよくても素敵でも、人間からは恋愛対象ではないってことだ。
じゃあ、そんなケイを好きだと思っている自分は?
人と同じように暮らすことはできても、そもそも人が作ったもので、どんなに技術が進んでも人間になることはない。
だから、同じ職場で働いたり、生活を共にしたり、、親しくなっても恋愛対象になることなんてまずない。そんな目で見ることすらないのが当たり前だ。
あずみは自分の感情が救いようのないもののように感じて、浩輔がいるにもかかわらず涙が出そうになった。
「あずみ?」
涙が滲みそうになって、あずみは俯いて唇を噛みしめた。それに気づいた浩輔が不思議そうな顔をして、その後ふと優しい声をかける。
「どんなに周りが騒いでも、ケイにはあずみが一番なんだって。だいたい、アンドロイドと人間だしな」
「………」
浩輔に悪気はない、それに正論だ。
でもあずみはこの自分を可愛がってくれる男を蹴飛ばしてやりたい衝動に駆られた。
「ケイを迎えに行って…そのまま帰るね」
声が震えるのを我慢して浩輔にそう告げると、あずみはケイを探すために走り出した。
「あずみ?」
浩輔はぽかんとしたままあずみの後姿を見送った。
ケイの姿はあっさりと見つかった。
検査スペースのドアの近くで、技術部の女性社員と話をしていた。
あずみの立っているところからは何を話しているかは分からない。でも、楽しそうな雰囲気にあずみは無性にイラついた。
ケイがほかの人に笑いかけることが、自分に対する裏切りのようにさえ感じる。他の人がケイに笑いかけることに腹が立つ。
ケイは私のなの。
そんな子供じみたことを大声で言いたい。
手をぎゅっと握りしめて、あずみは深呼吸を送り返す。何度も何度も。
少しずつ、頭が冷えてくる。心臓も元の鼓動に戻って、きっとすごくきつい顔つきをしていたのも、ましになって来たと思う。
肩の力も抜けてきた。あずみは最後にもう一度息を吐いてケイに向かって歩き出した。
その時、ケイが話していた社員の女の子の頭を撫でた。
あずみにするように優しく笑って、大きな手で撫でる光景にあずみの思考は止まった。
浩輔があずみを見るなりにっこり笑ってこう言った。
今日はケイのメンテナンスに、技術部の一角に設けられているセンターに来ている。
「ありがとう」
あずみは少し安心した様子で浩輔に笑いかける。
一昨日ケイに嫌なことを言ってしまって気まずかったけど、昨日の朝ちゃんと謝った。
それに対してケイは、何も言わずに抱きしめてくれた。小さかった頃も、あずみが反省をして謝ると、ケイはその大きな腕であずみを抱きしめてきた。
それが今までは何よりもうれしかったのに、昨日はなんだか悲しかった。
「あずみ、なんか元気ないね」
浩輔があずみの顔を覗き込む。
「なんでもないよ。ケイはまだ戻ってこない?」
「もう少ししたら来ると思うけど。…そんなに早くケイに会いたい?」
意地悪な顔で聞く浩輔に、あずみは顔を赤らめて逸らす。
「そんなんじゃない」
「はは。あずみはケイ離れが出来てないな」
子供のころからあずみを知っている浩輔は、あずみがまだケイにべったりだと思っているようだ。
浩輔の思ってるような気持ちじゃないよ。
あずみは心の中で嘆息した。
「あら、あずみ」
ふと背後から声をかけられてふりかえると、そこにはハイネがいた。
艶やかな黒髪と、濃いブルーの瞳が神秘的な感じのする女性。見事に女性らしいラインの体に白衣が怪しいほどよく似合う。
「ハイネ。久しぶり」
「相変わらず、ケイはあなたしか見えてないのねぇ。ずっとあずみの話ばかりでシャットダウンしてやろうかと思ったわ」
ハイネは思い出し笑いをしながらあずみをちらりと見た。
彼女は女性型のアンドロイドで、技術部門で働いている。勿論生まれたのもここで、製作者はあずみの目の前にいる浩輔だ。
この美しいアンドロイドの容貌は浩輔の個人的好みがよく表れている、と、周りの人間が言うほど、思い切り私情を挟み込んでいたらしい。
「…ごめん」
あずみはまた顔を赤らめて小さく謝った。
一体ケイは何の話をハイネにしたのか…考えるだけでも怖い。
親バカとはきっとケイのためにある言葉だと、あずみはいつも思う。褒めてくれるのは嬉しいけど、度が過ぎると何かの罰ゲームのように思える。
「良いわよ。もう慣れたし。それにしても」
そこで言葉を切ってハイネは首を傾げた。
「ケイの人気は相変わらずねぇ」
「え?」
「まぁあれだけ綺麗なのもなかなかいないから仕方ないんだけど。女子社員に人気ですよ、おたくのアンドロイド」
ふふんと、意味深な笑顔のハイネは手をヒラヒラさせて立ち去った。
「人気?」
あずみがキョトンとしていると、浩輔が面白そうに笑っている。
「なんで笑ってるの?」
「いや…あずみは近くにいすぎて慣れてるかもしれないけど、ケイはモテるよ」
途端にあずみの心臓は嫌な音を立てる。でも浩輔が続けて言った言葉に、今度はあっという間に沈んだ。
「ケイがアンドロイドなのがもったいないって言ってる子たちもいるくらい。確かに男から見ても綺麗だと思うわ。晴香が自信を持ってたのは機能だけじゃないってことだな」
アンドロイドなのがもったいない。
それは、どれだけかっこよくても素敵でも、人間からは恋愛対象ではないってことだ。
じゃあ、そんなケイを好きだと思っている自分は?
人と同じように暮らすことはできても、そもそも人が作ったもので、どんなに技術が進んでも人間になることはない。
だから、同じ職場で働いたり、生活を共にしたり、、親しくなっても恋愛対象になることなんてまずない。そんな目で見ることすらないのが当たり前だ。
あずみは自分の感情が救いようのないもののように感じて、浩輔がいるにもかかわらず涙が出そうになった。
「あずみ?」
涙が滲みそうになって、あずみは俯いて唇を噛みしめた。それに気づいた浩輔が不思議そうな顔をして、その後ふと優しい声をかける。
「どんなに周りが騒いでも、ケイにはあずみが一番なんだって。だいたい、アンドロイドと人間だしな」
「………」
浩輔に悪気はない、それに正論だ。
でもあずみはこの自分を可愛がってくれる男を蹴飛ばしてやりたい衝動に駆られた。
「ケイを迎えに行って…そのまま帰るね」
声が震えるのを我慢して浩輔にそう告げると、あずみはケイを探すために走り出した。
「あずみ?」
浩輔はぽかんとしたままあずみの後姿を見送った。
ケイの姿はあっさりと見つかった。
検査スペースのドアの近くで、技術部の女性社員と話をしていた。
あずみの立っているところからは何を話しているかは分からない。でも、楽しそうな雰囲気にあずみは無性にイラついた。
ケイがほかの人に笑いかけることが、自分に対する裏切りのようにさえ感じる。他の人がケイに笑いかけることに腹が立つ。
ケイは私のなの。
そんな子供じみたことを大声で言いたい。
手をぎゅっと握りしめて、あずみは深呼吸を送り返す。何度も何度も。
少しずつ、頭が冷えてくる。心臓も元の鼓動に戻って、きっとすごくきつい顔つきをしていたのも、ましになって来たと思う。
肩の力も抜けてきた。あずみは最後にもう一度息を吐いてケイに向かって歩き出した。
その時、ケイが話していた社員の女の子の頭を撫でた。
あずみにするように優しく笑って、大きな手で撫でる光景にあずみの思考は止まった。
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