白と蒼の炎

「うるさい虎だ…」
 しろがねは眉間に皺を寄せため息をつく。
 ハクとアオの遠吠えは銀を苛立たせた。
 本来ならば、巫女を手に入れるのにこのような戦は必要なかったはずだ。
 小さな時から巫女として伝承を聞かされ、教育されていく。巫女は何も疑うことなく輿入れをするのが常だった。
 歴史が途絶えてからどれほどたったか考えるのも鬱陶しい、それほどの長き時間が過ぎた。
「昔が懐かしいな」
 そう呟いてふと笑った。
 <銀>は鬼個人の名前ではない。
 銀の髪と赤い瞳を持って生まれてくる者に与えられる名前。そしてその魂はずっと銀として生まれてくるのだ。
 他の鬼たちはそれぞれその時に定められた鬼の姿で生まれてくるが、この美しい鬼だけは同じ魂、記憶を持って転生する。
 一人の銀が死を迎えると肉体は消滅し、およそ1年かけて転生する。
 理由は銀本人にも分からない。ただひたすらに、一族を守り繁栄させることだけを優先するために生まれてくる。
 寿命が長くても、力があっても、子孫を残すことに関しては人間に劣る。強き者だからか?うんざりするほどに時間を持つ者だからか?
 鬼に比べれば格段に短い寿命、非力な存在だが、脈々と人間はその流れを汲むものを残していける。
 我らはたった一人の女子に頼らなければならないと言うのに…。
 たった一握りの高等な鬼たちは同族食いの餌食になった。知能の低い者たちはその代わりとでもいうかのように力は勝る。その者たちにかかればいくら言葉を話し、高い知能があってもひとたまりもない。実戦になれば本能のまま能力を開花させるものたちのほうが圧倒的に強かった。
 同族の争いは長く続いた。
 長い間かかって増えた数は、減る時はあっという間で、気づけばすべての顔を判別できるほどの数になった。
「また…減ったな」
 悲しみをたたえた赤い瞳は、骸となった者たちを見つめた。
 目の前で繰り広げられる光景は、あの時と良く似ていると、銀は思った。
 銀とて、下等だろうが高等だろうが、同じ種族がやられるのを見たくはない。
 鬼でも、生きたいと思うことは当たり前のこと。守りたいと思うのはごく自然なこと。
 静かに、生きられればそれで良かった。
 自然の理の中で、共存していければ良かったのだ。 
 鬼は約束は違えない。違えたのは人間のほうだ。
「そのお礼はさせてもらわねばな」
 独り言は、凄まじい音にかき消される。

 

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