白と蒼の炎

天上の巫女

 織も麻貴も目に映る光景が信じられない。
 容姿が変化したルカもそうだが、窓からこちらを楽しげに覗く赤い瞳のことも。
「やっと、目が覚めたか。巫女よ」
 くつくつと喉を鳴らしてそれは笑う。その顔はぞっとするほど美しい。
 しかし、麻貴は見覚えのある顔だった。
 もっともこんな残忍さを持った顔は知らないが、もっと柔和で明るく優しい笑顔の顔が重なる。
「創さん…」
 麻貴は低い声でつぶやくように言った。
「麻貴?」
 織は驚いて麻貴の顔を見た。だが麻貴はそのまま赤い瞳を睨み付けていた。
 初めて見る麻貴の厳しい目に織は言葉をなくしてしまう。麻貴はめったなことでは怒らない。いつもニコニコとして穏かな性格だ。たとえ怒ったとしても感情を露わにすることはなく、静かに理路整然と相手を追い詰めるタイプだったはずだ。
 なのに、その麻貴が殺意すら感じさせる目で誰かを睨むなんて、織には考えられなかった。
 しかし赤い瞳の者はそれを軽く流し、逆に面白そうに目を細めた。
「ほう…知っておったのか」
「なんとなくですが、オレはあなたを信用できないと思ってましたから」
「…なかなかにお前は賢い男だったんだな。まぁそんなことはどうでも良い。我はそこの者に用がある」
 そこの者、それはルカのこと以外になかった。
「ルカに、何の用ですか」
 織も麻貴も創から隠すようにルカの前に立つ。ルカはまだ意識が混在しているのかぼんやりとしていた。
「巫女を頂きに来たのだ。邪魔をすれば死ぬことになるぞ」
 低い声でそう言った創の目が赤みを増す。紅蓮の炎のような瞳、それに心底恐怖心を煽られるがルカを渡すことはできない。
 しばし織と麻貴、そして創との間に緊張が走る、一瞬でも気を抜けば命を失いそうな時間に、二人の心が限界に近づいた時、創は小さくため息をついた。
「まぁ良い。まだ巫女は本格的に覚醒したわけではないからな。今日のところは帰るとしよう」
 では、また来る。そう言って創は音もなく消えた。
「……なんだったんだ…」
 織はその場にへたり込んだ。全身から嫌な汗が噴出しものすごい倦怠感に襲われる。
 麻貴も同様で、大きく息を吐き出しがっくりと膝を折った。
 一方ルカは、再び光に包まれた。淡い光はルカを覆い尽くし、やがて消えていく。
 そしてルカはいつもの姿に戻った。栗色の髪の毛に茶色の瞳、服も今日着ていたものに。
「あれ…?織?麻貴ちゃんも」
 我に返ったルカがキョトンとして二人を見た。
「ルカ。大丈夫か?」
 麻貴が微笑むとルカは何か考えるように黙り込んだ。十分に考えた後、
「なんか、巫女がどうとか…?創さんがいて、織と麻貴ちゃんがいて…」
「覚えてるのか?」
 織が尋ねると、ルカは小さく頷いた。
「私、なんかおかしかった。頭が痛くて体の中から違う声が聞こえてた」
 でも、なんて表現して良いかルカは迷った。自分の中で解決できないことをどう伝えたら良いか分からない。
「天上の巫女だ」
 それに端的に答えを出したのは麻貴だった。
「てんじょうのみこ?」
 ルカと織、二人が同時に聞き返す。
「鬼の花嫁となる、巫女の名前だよ」
 麻貴の言葉に、ルカも織もあっけに取られ何も言えなかった。
 そんな二人を、麻貴はお茶でも飲もうかとリビングに連れ出した。



「はい、どうぞ」
 目の前に冷たいカフェオレが置かれる。ルカは喉の渇きを癒すように半分ほど一気に飲み干した。
「なぁ麻貴、何がどうなっているんだよ」
 織はストローでカフェオレをかき混ぜながら問う。先ほど不思議な現象を目の当たりにした割には冷静だ。
 ルカはルカで未だ自分の変化が半信半疑で、夢の中の出来事のように感じられた。
 麻貴は二人を交互に眺め、それから口を開いた。
「オレも、夢を見てたんだ」
 その言葉にルカと織は顔を見合わせた。
「それって、私と同じ夢なのかな?」
「いや、多分違うよ。俺が見た夢は怖いとかは感じなかったし」
「じゃあどんな夢なんだよ」
「夢の中で、オレは巫女の守り手になってるんだ。綺麗な金髪と虹色の瞳と、全身に幾何学模様の紋様がある子なんだ。その子が鬼に輿入れする夢を…何回も見た」
 そこで言葉を切り、ルカを見つめた。あまりにも真剣なその目を受け止めたルカは、無意識に体に力が入ってしまう。
「おいおい、それがルカってことなのか?」
 織の言葉に麻貴は頷き、呟くように答えた。
「オレが見た夢の巫女は間違いなくルカだったよ。で、鬼は創さんだった」
 ルカが見る夢と麻貴が見た夢の共通点は鬼、そしてその鬼が創。
 ルカの変化、麻貴の夢の中の巫女と、創の言う巫女。
 一度におきた不可思議な事と重なり合う夢に、三人は顔を見合わせて言葉をなくした。


 

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