比翼の鳥
第72話 小さくて大きな変化
俺が獣人を愛でる変態であるという噂は、光の速度を超えて広まったようだ。
翌日から、俺達に向けられる視線が、明らかに侮蔑と無遠慮な物へと変わった事を、俺は感じざるを得なかった。
まぁ、とはいう物の、実はそれ程、実害がある訳ではないのが更に悲しい所だ。
受付嬢たちの態度は、事務的な物に変わった物の、依頼をこなすのに問題は無いため、支障はあまりなかった。
時折、冒険者達に絡まれることもあったが、揶揄される程度で、初日の様なしつこい物も無かったし。
……ある程度、度を越えて失礼なものは、ルナの凍えるような笑みで強制退散させられていると言う事実があったりするが、そこは見なかったことにする。
むしろ、事情を知る知人達からは、こぞって心配される始末だ。
宿屋の女将さんは、
「まぁ、人には色々あるだろうしねぇ。大丈夫、あんたも今に良い事あるよ。」
と、食事にそっとビールの様な温めの酒を付けてくれるようなった。
その苦く不味い酒は、俺の胃にじんわりと染みる。
変態の仲間入りを宣告された俺に、親方も理解を示してくれた。
「獣人に発情しようが、やる事をやってくれれば問題ない。」
酷い言い草だったが、その裏に潜む心遣いは、ありがたく受け取っておく。特にこの仕事の報酬は、俺の収入の要なので、親方の理解を得られたのは、俺にとって救いだった。
更に地味に落ち込む俺に巻き付いたポプラさんの、プルプルした感触が、何時もより優しく感じたのは、気のせいでは無いのだろう。
日が経ってギルドマスターに呼び出された時も、ギルドマスターは、一言。
「あの変態に気に入られては、どうにもならんじゃろ。」
そう、どこか楽しそうに言う姿を見て、この人はこうなる事を狙っていたんだと確信した。
同じく、部屋に呼ばれていたボーデさんにも、
「まぁ、ツバサだからなぁ。仕方ないよな。」
そう、どこか投げやりに言われ、
「これは必然。」
と、ライゼさんに止めを刺された。
そんな皆の暖かい言葉や気遣いもあってか、暫くして、俺も少しずつ、周りの視線を気にするのが馬鹿らしくなってきたのだ。
もう、広まってしまった噂を消す事は出来ない訳だし、そもそも、俺が獣人を愛でるのは事実だし。
第一、冷静に考えれば、これはある意味チャンスでは無いだろうか?
そもそも、獣人が冷遇されている事を考えればこそ、リリーとの接触を控えていた訳だし。
勿論、不用意に悪目立ちする事は避けたいが、変態の称号を貰ってしまった以上、これを覆すのは手遅れであろう。
ならば、過剰にならない程度でなら、人前でもリリーと接するのは、問題ないんじゃないだろうか?
うん。そうだな。もっと前向きに考えよう。
これは、リリーと普通に接する機会を得たと考えれば、それ程、悪い話ではないと思う。
そんな考えを仲間達に伝えた所、満場一致で了承を得て、現在に至る。
そうして開き直って、結局、変態認定を受けてから、更に20日程が経過していた。
そんな最近の日課としては、お昼までに仕事が終わった日に、宿の近くにあるカフェの様なお店で、リリーやルナとゆっくりと過ごす事が追加されている。
ちなみに、我が子達は、ちゃんと農場で、動物たちの世話をしているようだ。
時々、見に行くものの、徐々に打ち解けてはいる様であるのでホッとしている。
まぁ、その結果、別の問題が起こっているのだが、俺はそれを忘却する事にした。
「ふわぁ……良い天気ですねぇ。」
人前でも話す事を解禁されたリリーは、俺の隣の席で、文字通り溶けていた。
日差しを浴びてキラキラと輝く毛並みが、ゆっくりと風に揺れる。
そんな姿を見てしまうと、つい先日まで、気を抜く事無く、俺の傍に無言で立つ姿を想像する事は難しい。
リリーのだらけた姿を見て、俺は苦笑するも、あえて何も注意はしない。
この席は、テラス席で、中庭の様な場所にある為、人目には付きにくい。
そもそも、店の奥にあるこの場所は、意図的に足を運ばなければ入ることもない、特等席のようなものだ。そういう意味で、俺達がゆっくりするには、何かと都合が良かった。
最初の方こそ、店員には嫌な顔をされたが、少し多目に銀貨を握らせたら、滅多に来ない上客と分かってくれたようだ。
更に、定期的に利用するようになった事で、最近では、何も言わなくても、当たり前のように飲み物と軽いお菓子が出てくるようになった。
そうして、頻繁に利用するようになった今となっては、もう、ここは俺達の予約席の様な位置づけになっているのだ。
《 けど、今日は本当に良い天気だね。こういう日にゆっくりできるって、幸せだね。 》
机に光る文字でそう書き込んだルナも、心なしか、表情が柔らかい。
「そうだな。こういう何もない時って言うのが一番、幸せを感じられるよな。」
そんな俺の言葉に、二人共頷きながら緩んだ笑みを浮かべる。
しかし、そんな時間も長くは続かなかったようだ。
「同志よ! 今日も真理の追究ですかな?」
そんな言葉に視線を寄越せば、こちらに足を向けるライトさんと、それに付き従うクリームさんの姿があった。
また来たよ……。
ライトさんは、あの変態認定騒動の後も、積極的に俺達にアプローチしてくるようになった。
見ての通り、彼の様子には、悪気の一欠片も無く、むしろ、自分の事を認知してくれる仲間が出来たと、満面の笑みで接触してくる。
まぁ、どの道、ああなってしまった以上、彼を遠ざける理由もない俺は、観念して、消極的にではあるが、彼を受け入れていた。
そして、先日、ここでゆっくりする事が多いと知られてから、当たり前のように、この場に乱入してくるようになった訳で、変態と言う二文字で繋がれた関係性は、更に強固なものへと変わろうとしている事を、俺は遺憾ながらも感じている。
だが、そう思いつつも、最近はこのやり取りにも大分慣れてしまったようだ。
「ええ、リリーとルナ……どちらの髪が美しいかと、そんな事を考えていましたよ。」
そんな風に、俺は微笑みながら、冗談めかして言うと、リリーもルナも頬を染めていた。
最初こそ振り回されていたが、最近では彼の登場をネタに、二人の恥じらう姿を引き合いに出せるほど、俺には余裕がある。
しかし、そんな恥じらう二人に対して、やはりライトさんと言うべきだろうか……彼の返した言葉は、一般の物では無かった。
「ふむ、確かに、ルナさんの髪は綺麗だ。透き通る、白銀の波を思わせるその美しさは、何物にも代えられないでしょう。ですが、そこには、清楚さと美しさしか無いのでは?」
そんな彼の言葉に、褒められたのかそうで無いのか、計りかねたのだろう。ルナは小首を傾げつつ、曖昧な微笑を浮かべる。
逆に俺はと言えば、何となく、彼の言わんとしたことが理解できてしまったので、あえて、「なるほど?」とだけ、相槌をうち、先を促した。
その様子に満足したのだろう。こちらの席に到達したライトさんは、当たり前のように俺の向かいに座ると、少し熱っぽく語りだす。
「そう。ルナさんの髪は、完璧だ。だからこそ、それ以上にはならない。しかし、リリー嬢のその髪はどうだろうか?」
名を呼ばれ、少し不思議そうに首を傾げるリリー。
そんな姿を見て、ライトさんは興奮した様に、更に熱を上げ、
「見てくれればわかるように、なんとも醜い! この吐き気を催すような気持ち悪さと、異臭を放つその体……だが、その奥に秘められた金色の黄金郷がある事を私たちは知っている! 汚物に塗れたようなその姿に……あだ、あでゃでゃ……くひぃーむ、しょごわ、ほっべだ。」
「すいません、リリー様。この馬鹿主人が、失礼な事を。」
と、クリームさんにほっぺたをつねり上げられ、恍惚の表情を浮かべながら、苦悶するという気持ち悪い光景が目の前にあった。
そんな光景を見て、リリーは、少し腰を引きながら苦笑する事しかできず、対して、ルナは静かに笑みを浮かべて、紅茶の様な飲み物をすすっている。
まぁ、言いたい事は分かる。
ルナは綺麗だが、完成されすぎていて、面白くない。そして、それ以上変化もしない。
だが、リリーは違う。そもそも、ライトさんの目には、リリーは、汚らしい物として見えているわけで、その中から、綺麗な物を見た場合、それは元々綺麗な物そのものよりも、何倍もありがたい物として映ると言いたいのだろう。
一言でいえば、掃き溜めに鶴と言ったところか。ちょっと違うかな?
だが、まぁ、兎にも角にも、そんな事、常人には決して分からない世界である訳で、
「私の可愛い獣人を、汚物扱いしないで頂きたいな。」
俺は、そんな風に、異を唱えるに止めておいた。
だが、まぁ、俺のこの言葉も、例に漏れず、普通ではない。そう分かっていて、俺は敢えてその言葉を彼に投げかける。
そして、思った通り、そんな言葉を聞いて、クリームさんのお仕置きから解放されたライトさんは、何事も無かったかのように、大袈裟に頷いた。
「なるほど。流石は同志。獣人にも人のように愛を持って語れるとは。私と愛の形は違えど、その深さには脱帽しますよ。やはり私の見込んだ方だね。」
「いやいや、ライトさん程ではないですよ。」
そう言いながら、俺はライトさんの後ろに控えるクリームさんに、チラリと視線を寄越す。
クリームさんは、そんな俺の視線に気がついたのだろう。
彼女は少し表情を沈ませると、ゆっくりと首を振った。
何度かここで彼らと話す機会を持てるようになってから、改めてクリームさんには、どうするかを問うていた。
つまり、ライトさんに全てを知ってもらうか否かである。
しかし、彼女は迷っていた。
今の関係性を崩したくないと言う思いが強く、また、ライトさんが俺を同志と認定し、俺にまとわり付く……いや、仲良く接するようになって、その問題を先送りするようになったのだ。
だから、俺は時々、こうして、クリームさんにそれとなく、意思を確認していた。
まぁ、彼女が望まないのであれば、俺がでしゃばる必要もないだろう。
それに、なんだかんだで、ライトさんもクリームさんも、今は幸せそうだしな。
俺は、そんな思いを抱きつつ、目の前で変態論理を披露するライトさんに対し、適当に相槌を打ちながら、笑顔を浮かべる。
「……という訳で、やはり最近はお尻の間も良いということに気づいたのだよ! あの刺激臭がな、ご、ぎゅぁ。」
なんか聞き流していたら、とんでもない事を暴露し始めていた。
クリームさんが、顔を真っ赤にしながら、ライトさんの頭を鷲掴みにし、無言でテーブルへと叩きつけた結果、鈍い打撃音と、強制的に遮られた彼の変な声が響く。
ま、そりゃそうですよねー。お尻に顔突っ込むとか、人前で語るには、恥ずかしすぎるし。
流石、変態と言われるだけの器だ。全くブレないその姿勢に、いっそ安心すら覚える。
そんな風に状況を楽しむ俺とは対照的に、彼女の顔は燃え上がるのでは無いかと思えるほど、真っ赤に染まり、羞恥のあまりだろう……体が小刻みに震えていた。ちなみに、尻尾と耳はこれでもかというほど、天に向け逆立っている。
そして、ルナとリリーも何故か一緒になって真っ赤になっていた。
ほう、君達も想像力が豊かなようで。
そんな女性陣が真っ赤に押し黙る姿を見て、俺は何となく口元が緩む。
しかし、まぁ、これも幸せ……なんだよな? 俺は少しだけ、自信が無くなった考えを補強するように、口を開くと、
「はいはい、ご馳走様ですよ。」
場を収める為に、そう大げさに溜息を尽きながら、肩をすくめる。
そんな言葉は、うららかな午後の日差しに、溶けるように消えていったのだった。
次の日、俺は一人で狩りに出ていた。
ちなみに今日の獲物は、コドモオオトカゲと言う、どこかで聞いたような、ニアミスしている蜥蜴だ。
コドモと言いつつ、恐ろしく大きいこの蜥蜴は、全長4mもあり、ランクDでパーティ推奨の獲物である。
つい先日、皆、揃ってDランクに上がったので、報酬のより良い、こちらの獲物を選んで狩っている訳だ。
この蜥蜴の肉は、かなり味が濃く、肉食な我が子達には大好評なのです。ちなみに、歯ごたえは鳥肉のようで、調理方法を工夫しないと少しパサツキが残るのが難点だ。
ちなみに、余談ではあるが、オトナオオトカゲもいるらしい。こちらは、全長30mを超えるとの事。もう建物じゃないですか、それ。
そして、この獲物、何と言っても恐ろしいのは、その大きな体軀に似合わぬ素早さだ。
ドリフトしながら駆け回る姿は、圧巻の一言であると同時に、かなりシュールな光景だ。
砂塵をバックに爆走する蜥蜴の勇姿は、色んな意味で見ておく価値があると、勝手に思っている。
まぁ、そんな蜥蜴も、相手が悪いと、実力を発揮することも出来ないわけで。
上空から脳天への一撃。これで終了である。
そんな訳で、俺は仕留めた獲物を今日も担ぎ、悠々と帰途についている途中だった。
俺の日常は、少しだけ変化したものの、それだけだった。
不名誉な目立ち方はしているものの、地道に仕事をする姿勢は、周りからちゃんと評価されているようで、それに伴い、俺と関係が深くなったライトさんの評価も、多少は改善されつつあるようだ。
と言うのも、俺もライトさんも同じ変態枠に収められてしまっているが、そもそも、両名の立ち位置が全く違うのである。
ライトさんは、その情熱があり余り過ぎて、他人へとその持論を押し付けてしまう傾向がある。
まぁ、今まで誰にも理解してもらえなかったのだから、悔しかった事もあるのだろう。
だからだろうか? 彼は、とにかく、自分の考えを語りたがる。
それが傍から見れば、鬱陶しい事、この上ないのだ。
ま、そりゃそうだろうな。会うと興味もない……と言うか、むしろ聞きたくもない事を、延々と聞かされる訳だ。そりゃ嫌われるし、皆も距離を置くだろう。
対して俺はと言うと、その趣向こそ、変態行為として知れ渡っているものの、リリーに対して人のように接する事を除けば、普通である……と思う。
大きいのは、他人に自分の主張を押し付けない。
そして、なるべく、人の目の前で、その趣向を見せないように気を使っている点だろう。
そして、ライトさんの暴走しがちな情熱を受け止める俺という存在が、結果的に、冒険者達の負荷を軽減するという、皮肉な結果を生んでいるのだ。
そういう訳で、最初こそ、汚いものを見るような視線を寄越されていたものだが、最近は、それが薄れたように思える。
最近では、「よう、変態二号!」と、爽やかに挨拶される位には、冒険者達に溶け込んできたと自負している。
あれ? 目から汗が……。
兎にも角にも、恐れていた程、酷いことにはなっていないのは行幸であろう。
まぁ、何故かライトさんの変態言動への苦情が、俺に来るようになったのが、最近の悩みだが。
そんな事、俺に言われても、どうにもならん。あれは、変態だ。俺とは違う生き物なのだ。
そう主張したら、皆から完全に否定されているのが最近の日常である。むぅ、納得できん。
そんな風に考え事をしていると、視界の彼方に城壁が見え始める。
俺は持ち上げている蜥蜴の体を抱え直し、その大きな体軀をしならせながら、リズミカルに歩く。
ふと、今の俺を物見の塔から見たら、さぞかし奇っ怪な光景に映るんだろうなぁと、思いついてしまった。
蜥蜴が腹を出してひっくり返りながら、尻尾と頭を、ガクガクと揺らし、城壁に近づいてくる光景を想像して、何となくバツが悪い思いを抱く。
そうして、10分も歩いた頃、【サーチ】の端に、見慣れない反応が引っかかった。
ん? この特殊な反応は?
俺は、より精密な情報を求め、その反応に向けて、意識を集中する。
その物体は移動していた。時速20km程だろうか? 整地されてない事を考えるとかなり早い。
ああ、やっぱり。かなり前に、山脈に向けて走っていった馬車みたいな乗り物だ。
どうやら前と比べて、かなり飛ばしている様だ。車体が激しく揺れている。
しかし、何か前より、魔力反応が高いんだが?
どうもその状況が気になった俺は視力を強化し、その馬車をひと目見ようと、視線を向ける。
見て思った。うん。正確には、馬車ではないな。
乗り物は確かに、人を載せて走る箱型の建造物に車輪のついたものなのだが、引いている動物が馬ではなかった。
そして、かなり大型のトカゲのような生き物が二匹。今狩ってきたコドモオオトカゲより、更に一回り大きい。
それが馬の代わりに、荷台を引いていた。
荷台部分は、全面を覆う長方形の箱形で、どうやら木製らしいが、天井部分から側面にかけて、鱗のような物で補強されているのが見て取れた。
敢えて名前をつけるなら、蜥蜴車? いや、まぁ、呼び方はどうでも良いんだけどさ。
そんな蜥蜴車を見て、俺は眉をひそめる。
どうも人が乗っているはずの、荷台の損傷が激しいのだ。特に側面部には鱗が剥げ、何かが引っ掻いたような後があちらこちらに見て取れる。
何かトラブルに巻き込まれているのだろうか?
嫌な予感に突き動かされるように、俺は馬車がやって来たと思われる北方向に【サーチ】を飛ばす。
その結果を見て、俺は思わず、呻いた。
「おいおい……マジか。」
山脈の方向……まだ目視も出来ない視線の彼方。
そこから数千では効かない反応が、こちらに向けて迫る様子を確認してしまった俺は、思わず立ち尽くしたのだった。
翌日から、俺達に向けられる視線が、明らかに侮蔑と無遠慮な物へと変わった事を、俺は感じざるを得なかった。
まぁ、とはいう物の、実はそれ程、実害がある訳ではないのが更に悲しい所だ。
受付嬢たちの態度は、事務的な物に変わった物の、依頼をこなすのに問題は無いため、支障はあまりなかった。
時折、冒険者達に絡まれることもあったが、揶揄される程度で、初日の様なしつこい物も無かったし。
……ある程度、度を越えて失礼なものは、ルナの凍えるような笑みで強制退散させられていると言う事実があったりするが、そこは見なかったことにする。
むしろ、事情を知る知人達からは、こぞって心配される始末だ。
宿屋の女将さんは、
「まぁ、人には色々あるだろうしねぇ。大丈夫、あんたも今に良い事あるよ。」
と、食事にそっとビールの様な温めの酒を付けてくれるようなった。
その苦く不味い酒は、俺の胃にじんわりと染みる。
変態の仲間入りを宣告された俺に、親方も理解を示してくれた。
「獣人に発情しようが、やる事をやってくれれば問題ない。」
酷い言い草だったが、その裏に潜む心遣いは、ありがたく受け取っておく。特にこの仕事の報酬は、俺の収入の要なので、親方の理解を得られたのは、俺にとって救いだった。
更に地味に落ち込む俺に巻き付いたポプラさんの、プルプルした感触が、何時もより優しく感じたのは、気のせいでは無いのだろう。
日が経ってギルドマスターに呼び出された時も、ギルドマスターは、一言。
「あの変態に気に入られては、どうにもならんじゃろ。」
そう、どこか楽しそうに言う姿を見て、この人はこうなる事を狙っていたんだと確信した。
同じく、部屋に呼ばれていたボーデさんにも、
「まぁ、ツバサだからなぁ。仕方ないよな。」
そう、どこか投げやりに言われ、
「これは必然。」
と、ライゼさんに止めを刺された。
そんな皆の暖かい言葉や気遣いもあってか、暫くして、俺も少しずつ、周りの視線を気にするのが馬鹿らしくなってきたのだ。
もう、広まってしまった噂を消す事は出来ない訳だし、そもそも、俺が獣人を愛でるのは事実だし。
第一、冷静に考えれば、これはある意味チャンスでは無いだろうか?
そもそも、獣人が冷遇されている事を考えればこそ、リリーとの接触を控えていた訳だし。
勿論、不用意に悪目立ちする事は避けたいが、変態の称号を貰ってしまった以上、これを覆すのは手遅れであろう。
ならば、過剰にならない程度でなら、人前でもリリーと接するのは、問題ないんじゃないだろうか?
うん。そうだな。もっと前向きに考えよう。
これは、リリーと普通に接する機会を得たと考えれば、それ程、悪い話ではないと思う。
そんな考えを仲間達に伝えた所、満場一致で了承を得て、現在に至る。
そうして開き直って、結局、変態認定を受けてから、更に20日程が経過していた。
そんな最近の日課としては、お昼までに仕事が終わった日に、宿の近くにあるカフェの様なお店で、リリーやルナとゆっくりと過ごす事が追加されている。
ちなみに、我が子達は、ちゃんと農場で、動物たちの世話をしているようだ。
時々、見に行くものの、徐々に打ち解けてはいる様であるのでホッとしている。
まぁ、その結果、別の問題が起こっているのだが、俺はそれを忘却する事にした。
「ふわぁ……良い天気ですねぇ。」
人前でも話す事を解禁されたリリーは、俺の隣の席で、文字通り溶けていた。
日差しを浴びてキラキラと輝く毛並みが、ゆっくりと風に揺れる。
そんな姿を見てしまうと、つい先日まで、気を抜く事無く、俺の傍に無言で立つ姿を想像する事は難しい。
リリーのだらけた姿を見て、俺は苦笑するも、あえて何も注意はしない。
この席は、テラス席で、中庭の様な場所にある為、人目には付きにくい。
そもそも、店の奥にあるこの場所は、意図的に足を運ばなければ入ることもない、特等席のようなものだ。そういう意味で、俺達がゆっくりするには、何かと都合が良かった。
最初の方こそ、店員には嫌な顔をされたが、少し多目に銀貨を握らせたら、滅多に来ない上客と分かってくれたようだ。
更に、定期的に利用するようになった事で、最近では、何も言わなくても、当たり前のように飲み物と軽いお菓子が出てくるようになった。
そうして、頻繁に利用するようになった今となっては、もう、ここは俺達の予約席の様な位置づけになっているのだ。
《 けど、今日は本当に良い天気だね。こういう日にゆっくりできるって、幸せだね。 》
机に光る文字でそう書き込んだルナも、心なしか、表情が柔らかい。
「そうだな。こういう何もない時って言うのが一番、幸せを感じられるよな。」
そんな俺の言葉に、二人共頷きながら緩んだ笑みを浮かべる。
しかし、そんな時間も長くは続かなかったようだ。
「同志よ! 今日も真理の追究ですかな?」
そんな言葉に視線を寄越せば、こちらに足を向けるライトさんと、それに付き従うクリームさんの姿があった。
また来たよ……。
ライトさんは、あの変態認定騒動の後も、積極的に俺達にアプローチしてくるようになった。
見ての通り、彼の様子には、悪気の一欠片も無く、むしろ、自分の事を認知してくれる仲間が出来たと、満面の笑みで接触してくる。
まぁ、どの道、ああなってしまった以上、彼を遠ざける理由もない俺は、観念して、消極的にではあるが、彼を受け入れていた。
そして、先日、ここでゆっくりする事が多いと知られてから、当たり前のように、この場に乱入してくるようになった訳で、変態と言う二文字で繋がれた関係性は、更に強固なものへと変わろうとしている事を、俺は遺憾ながらも感じている。
だが、そう思いつつも、最近はこのやり取りにも大分慣れてしまったようだ。
「ええ、リリーとルナ……どちらの髪が美しいかと、そんな事を考えていましたよ。」
そんな風に、俺は微笑みながら、冗談めかして言うと、リリーもルナも頬を染めていた。
最初こそ振り回されていたが、最近では彼の登場をネタに、二人の恥じらう姿を引き合いに出せるほど、俺には余裕がある。
しかし、そんな恥じらう二人に対して、やはりライトさんと言うべきだろうか……彼の返した言葉は、一般の物では無かった。
「ふむ、確かに、ルナさんの髪は綺麗だ。透き通る、白銀の波を思わせるその美しさは、何物にも代えられないでしょう。ですが、そこには、清楚さと美しさしか無いのでは?」
そんな彼の言葉に、褒められたのかそうで無いのか、計りかねたのだろう。ルナは小首を傾げつつ、曖昧な微笑を浮かべる。
逆に俺はと言えば、何となく、彼の言わんとしたことが理解できてしまったので、あえて、「なるほど?」とだけ、相槌をうち、先を促した。
その様子に満足したのだろう。こちらの席に到達したライトさんは、当たり前のように俺の向かいに座ると、少し熱っぽく語りだす。
「そう。ルナさんの髪は、完璧だ。だからこそ、それ以上にはならない。しかし、リリー嬢のその髪はどうだろうか?」
名を呼ばれ、少し不思議そうに首を傾げるリリー。
そんな姿を見て、ライトさんは興奮した様に、更に熱を上げ、
「見てくれればわかるように、なんとも醜い! この吐き気を催すような気持ち悪さと、異臭を放つその体……だが、その奥に秘められた金色の黄金郷がある事を私たちは知っている! 汚物に塗れたようなその姿に……あだ、あでゃでゃ……くひぃーむ、しょごわ、ほっべだ。」
「すいません、リリー様。この馬鹿主人が、失礼な事を。」
と、クリームさんにほっぺたをつねり上げられ、恍惚の表情を浮かべながら、苦悶するという気持ち悪い光景が目の前にあった。
そんな光景を見て、リリーは、少し腰を引きながら苦笑する事しかできず、対して、ルナは静かに笑みを浮かべて、紅茶の様な飲み物をすすっている。
まぁ、言いたい事は分かる。
ルナは綺麗だが、完成されすぎていて、面白くない。そして、それ以上変化もしない。
だが、リリーは違う。そもそも、ライトさんの目には、リリーは、汚らしい物として見えているわけで、その中から、綺麗な物を見た場合、それは元々綺麗な物そのものよりも、何倍もありがたい物として映ると言いたいのだろう。
一言でいえば、掃き溜めに鶴と言ったところか。ちょっと違うかな?
だが、まぁ、兎にも角にも、そんな事、常人には決して分からない世界である訳で、
「私の可愛い獣人を、汚物扱いしないで頂きたいな。」
俺は、そんな風に、異を唱えるに止めておいた。
だが、まぁ、俺のこの言葉も、例に漏れず、普通ではない。そう分かっていて、俺は敢えてその言葉を彼に投げかける。
そして、思った通り、そんな言葉を聞いて、クリームさんのお仕置きから解放されたライトさんは、何事も無かったかのように、大袈裟に頷いた。
「なるほど。流石は同志。獣人にも人のように愛を持って語れるとは。私と愛の形は違えど、その深さには脱帽しますよ。やはり私の見込んだ方だね。」
「いやいや、ライトさん程ではないですよ。」
そう言いながら、俺はライトさんの後ろに控えるクリームさんに、チラリと視線を寄越す。
クリームさんは、そんな俺の視線に気がついたのだろう。
彼女は少し表情を沈ませると、ゆっくりと首を振った。
何度かここで彼らと話す機会を持てるようになってから、改めてクリームさんには、どうするかを問うていた。
つまり、ライトさんに全てを知ってもらうか否かである。
しかし、彼女は迷っていた。
今の関係性を崩したくないと言う思いが強く、また、ライトさんが俺を同志と認定し、俺にまとわり付く……いや、仲良く接するようになって、その問題を先送りするようになったのだ。
だから、俺は時々、こうして、クリームさんにそれとなく、意思を確認していた。
まぁ、彼女が望まないのであれば、俺がでしゃばる必要もないだろう。
それに、なんだかんだで、ライトさんもクリームさんも、今は幸せそうだしな。
俺は、そんな思いを抱きつつ、目の前で変態論理を披露するライトさんに対し、適当に相槌を打ちながら、笑顔を浮かべる。
「……という訳で、やはり最近はお尻の間も良いということに気づいたのだよ! あの刺激臭がな、ご、ぎゅぁ。」
なんか聞き流していたら、とんでもない事を暴露し始めていた。
クリームさんが、顔を真っ赤にしながら、ライトさんの頭を鷲掴みにし、無言でテーブルへと叩きつけた結果、鈍い打撃音と、強制的に遮られた彼の変な声が響く。
ま、そりゃそうですよねー。お尻に顔突っ込むとか、人前で語るには、恥ずかしすぎるし。
流石、変態と言われるだけの器だ。全くブレないその姿勢に、いっそ安心すら覚える。
そんな風に状況を楽しむ俺とは対照的に、彼女の顔は燃え上がるのでは無いかと思えるほど、真っ赤に染まり、羞恥のあまりだろう……体が小刻みに震えていた。ちなみに、尻尾と耳はこれでもかというほど、天に向け逆立っている。
そして、ルナとリリーも何故か一緒になって真っ赤になっていた。
ほう、君達も想像力が豊かなようで。
そんな女性陣が真っ赤に押し黙る姿を見て、俺は何となく口元が緩む。
しかし、まぁ、これも幸せ……なんだよな? 俺は少しだけ、自信が無くなった考えを補強するように、口を開くと、
「はいはい、ご馳走様ですよ。」
場を収める為に、そう大げさに溜息を尽きながら、肩をすくめる。
そんな言葉は、うららかな午後の日差しに、溶けるように消えていったのだった。
次の日、俺は一人で狩りに出ていた。
ちなみに今日の獲物は、コドモオオトカゲと言う、どこかで聞いたような、ニアミスしている蜥蜴だ。
コドモと言いつつ、恐ろしく大きいこの蜥蜴は、全長4mもあり、ランクDでパーティ推奨の獲物である。
つい先日、皆、揃ってDランクに上がったので、報酬のより良い、こちらの獲物を選んで狩っている訳だ。
この蜥蜴の肉は、かなり味が濃く、肉食な我が子達には大好評なのです。ちなみに、歯ごたえは鳥肉のようで、調理方法を工夫しないと少しパサツキが残るのが難点だ。
ちなみに、余談ではあるが、オトナオオトカゲもいるらしい。こちらは、全長30mを超えるとの事。もう建物じゃないですか、それ。
そして、この獲物、何と言っても恐ろしいのは、その大きな体軀に似合わぬ素早さだ。
ドリフトしながら駆け回る姿は、圧巻の一言であると同時に、かなりシュールな光景だ。
砂塵をバックに爆走する蜥蜴の勇姿は、色んな意味で見ておく価値があると、勝手に思っている。
まぁ、そんな蜥蜴も、相手が悪いと、実力を発揮することも出来ないわけで。
上空から脳天への一撃。これで終了である。
そんな訳で、俺は仕留めた獲物を今日も担ぎ、悠々と帰途についている途中だった。
俺の日常は、少しだけ変化したものの、それだけだった。
不名誉な目立ち方はしているものの、地道に仕事をする姿勢は、周りからちゃんと評価されているようで、それに伴い、俺と関係が深くなったライトさんの評価も、多少は改善されつつあるようだ。
と言うのも、俺もライトさんも同じ変態枠に収められてしまっているが、そもそも、両名の立ち位置が全く違うのである。
ライトさんは、その情熱があり余り過ぎて、他人へとその持論を押し付けてしまう傾向がある。
まぁ、今まで誰にも理解してもらえなかったのだから、悔しかった事もあるのだろう。
だからだろうか? 彼は、とにかく、自分の考えを語りたがる。
それが傍から見れば、鬱陶しい事、この上ないのだ。
ま、そりゃそうだろうな。会うと興味もない……と言うか、むしろ聞きたくもない事を、延々と聞かされる訳だ。そりゃ嫌われるし、皆も距離を置くだろう。
対して俺はと言うと、その趣向こそ、変態行為として知れ渡っているものの、リリーに対して人のように接する事を除けば、普通である……と思う。
大きいのは、他人に自分の主張を押し付けない。
そして、なるべく、人の目の前で、その趣向を見せないように気を使っている点だろう。
そして、ライトさんの暴走しがちな情熱を受け止める俺という存在が、結果的に、冒険者達の負荷を軽減するという、皮肉な結果を生んでいるのだ。
そういう訳で、最初こそ、汚いものを見るような視線を寄越されていたものだが、最近は、それが薄れたように思える。
最近では、「よう、変態二号!」と、爽やかに挨拶される位には、冒険者達に溶け込んできたと自負している。
あれ? 目から汗が……。
兎にも角にも、恐れていた程、酷いことにはなっていないのは行幸であろう。
まぁ、何故かライトさんの変態言動への苦情が、俺に来るようになったのが、最近の悩みだが。
そんな事、俺に言われても、どうにもならん。あれは、変態だ。俺とは違う生き物なのだ。
そう主張したら、皆から完全に否定されているのが最近の日常である。むぅ、納得できん。
そんな風に考え事をしていると、視界の彼方に城壁が見え始める。
俺は持ち上げている蜥蜴の体を抱え直し、その大きな体軀をしならせながら、リズミカルに歩く。
ふと、今の俺を物見の塔から見たら、さぞかし奇っ怪な光景に映るんだろうなぁと、思いついてしまった。
蜥蜴が腹を出してひっくり返りながら、尻尾と頭を、ガクガクと揺らし、城壁に近づいてくる光景を想像して、何となくバツが悪い思いを抱く。
そうして、10分も歩いた頃、【サーチ】の端に、見慣れない反応が引っかかった。
ん? この特殊な反応は?
俺は、より精密な情報を求め、その反応に向けて、意識を集中する。
その物体は移動していた。時速20km程だろうか? 整地されてない事を考えるとかなり早い。
ああ、やっぱり。かなり前に、山脈に向けて走っていった馬車みたいな乗り物だ。
どうやら前と比べて、かなり飛ばしている様だ。車体が激しく揺れている。
しかし、何か前より、魔力反応が高いんだが?
どうもその状況が気になった俺は視力を強化し、その馬車をひと目見ようと、視線を向ける。
見て思った。うん。正確には、馬車ではないな。
乗り物は確かに、人を載せて走る箱型の建造物に車輪のついたものなのだが、引いている動物が馬ではなかった。
そして、かなり大型のトカゲのような生き物が二匹。今狩ってきたコドモオオトカゲより、更に一回り大きい。
それが馬の代わりに、荷台を引いていた。
荷台部分は、全面を覆う長方形の箱形で、どうやら木製らしいが、天井部分から側面にかけて、鱗のような物で補強されているのが見て取れた。
敢えて名前をつけるなら、蜥蜴車? いや、まぁ、呼び方はどうでも良いんだけどさ。
そんな蜥蜴車を見て、俺は眉をひそめる。
どうも人が乗っているはずの、荷台の損傷が激しいのだ。特に側面部には鱗が剥げ、何かが引っ掻いたような後があちらこちらに見て取れる。
何かトラブルに巻き込まれているのだろうか?
嫌な予感に突き動かされるように、俺は馬車がやって来たと思われる北方向に【サーチ】を飛ばす。
その結果を見て、俺は思わず、呻いた。
「おいおい……マジか。」
山脈の方向……まだ目視も出来ない視線の彼方。
そこから数千では効かない反応が、こちらに向けて迫る様子を確認してしまった俺は、思わず立ち尽くしたのだった。
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