比翼の鳥

風慎

第39話 マチェット王国動乱(8)

「変な所触ったら、承知しないわよ?」

 変な所って何処よ……と、返したい気持ちを抑えて、俺は頷くに留める。
 背中合わせになる様に背負われた俺の動きが伝わったようで、お姫様はそれ以上、口にする事は無かった。
 それに、そんな事言おうものなら、このお姫様が顔を真っ赤にしながら、ポンコツ化する様子が目に浮かぶしな。
 今はそんな時間すら惜しい。

 既に、魔物の軍勢は、王都まで5kmと言う所に迫っている。
 そして、リリーは先程、単騎で都市を飛び出して行った。

「ツバサ様、直ぐに戻りますからね!? 無茶だけは絶対にしちゃ駄目ですよ? 良いですね!?」

 それはもう、何度も何度もしつこい位に、同じことを俺に言い含めて、凄く名残惜しそうに出て行った。
 彼女は、そのまま一直線に進み、王都と獣人達の宿舎を隔てる渓谷から、援軍を求める合図を送った後、そのままとんぼ返りで、魔物掃討に戻る手筈になっている。
 その後は、王都の周りを時計回りに順滅していくだけだ。

 いつも宿舎に来る時の装備に身を包んだお姫様は、少し緊張しているようにも見える。
 先程、彼女の両親である、現国王と現王女が、揃って止めに来たが、

「今は、危急の時なのです! ご理解ください、お父様、お母様!」

 とか何とか言って、逃げる様に馬車に飛び乗った訳だ。
 その言葉、過去の自分にそのまま聞かせて上げると良いよ。

 町に出た馬車には、警鐘がひっきりなしに届き、混乱した住民達が、慌てて近くの建物へと避難する様子が見て取れた。
 どうやら、城に非難させると言う選択肢は無いようである。
 まぁ、あそこ狭いしな。どう考えても入らないだろうし。

 流石に、外周部の家に避難している人は、殆どいなかった。
 だが、皆無と言う訳でもない。

 外周部には優先的に、城の兵士が向かっているが、どの家に人が残っているか、確認するのも本来ならば大変だろう。
 だから、俺は人のいる場所に、光球を浮かべると、事前に姫様に通達して貰った。

 兵士たちはその光球を頼りに、避難活動を効率的に進めて貰っている。
【サーチ】で確認した所、今のところは順調な様だ。

 だが、同時に魔物の包囲網も徐々に狭まっているのが確認できる。
 一応、今の速度であれば、問題なく外で接敵できるはずではあるが……何が起こるか分からないしな。
 それに、俺の懸念通りなら……。

 そう思った瞬間、【サーチ】に異質な反応が映る。
 やっぱり、こっちか!?

 俺は即座に、乗っている蜥蜴車を守る様に、障壁を張り巡らせた。
 同時に、ダグスさんに使った、あのつぼ型障壁の爆発無しバージョンも、その外側に張り巡らせる。

 展開速度を重視した為、ごっそりと俺の魔力が消費されるのが感覚で分かったが、今は時間が惜しかった。
 だが、急いだ甲斐があって、その試みは、何とかうまく行ったようだ。

 息を吐いたその刹那、轟音と共に、道の片側の家の屋根が吹っ飛ぶ。
 幸い、そこには人が居ないのを確認済みだ。
 残念だが、今の俺では、あの冗談じみた威力の全てを受け止めるに足る障壁は、張れない。

「な、なに!?」

 轟音に身をすくませ、次いで、流れていく景色を見て、絶句する姫様。

あうぅあこのままあやぁ~うぁう駆け抜けて下さい!」

 俺の意味を乗せた言葉に、足を止めかけた蜥蜴車がそのスピードを上げる。
 その間にも、次々と攻撃が飛んで来る。
 幸い、この先の道なりに、潜んでいる住民はいない。このまま駆け抜けた方が良い。

「何!? 何が起こっているのよ!」

 姫様が不安を誤魔化すかのように、叫ぶが、それに応える暇はない。
 俺も俺で、障壁の維持にかかりっきりなのだ。

 そう、こんな攻撃、撃てる奴はビビ以外に思い至らない。

 しかも超長距離からのアウトレンジ攻撃。
 不可視の空気の爆弾……さしずめ圧搾空弾とでも言えば良いのか……。それが、一定間隔で、山なりに飛んできている。

 しかし、それに対して俺の【サーチ】範囲には、ビビの反応は無い。
 もしかしたら、魔力隠蔽やそれに類する物かと思ったが、【サーチ】に引っ掛かる圧搾空気弾の軌道を見るに、更に遠くから撃っていると伺い知れた。

 んなろ~。今回は絡め手で来るじゃないか。

 アウトレンジからの一方的な攻撃は、基本中の基本だしな。

 俺は、一時的に【サーチ】の範囲を扇形に変形し、その分浮いた魔力を、距離に回す。
 索敵できる範囲は減るが、距離が飛躍的に伸びる。

 そして、その扇形の先に、チラッと一瞬、大きな反応が映った。ビビだ。

 どうも、200km以上離れた場所から、堂々と撃ってきているようだ。
 って言うか、おいおい、その距離から撃って、何でこちらに正確に当たるかな。

 と思ったのもつかの間。その反応が高速移動して、俺の【サーチ】の範囲を抜けてしまった。

 この動き……やっぱり、これは、何らかの方法で【サーチ】を把握しているな?
 流石に動きながら正確な砲撃は出来ない様で、暫くして、一回、砲撃が止む。

 何だか、後ろで、「ちょっと、あんた!? 何が起こってるのよ!?」とかお姫様が騒いでいるが、取りあえず無視。

 そして、またも高速で飛来する砲撃が【サーチ】にかかる。
 だが、先程までの砲撃を見るに、突入角度は常にほぼ一定。よって、来る方向さえ分かれば……。

 今度は、遥か遠くで響く轟音。

 よし、行ける。

 迎撃が可能だ。
 遥か上空から、轟音が次々と響くが、放たれているであろう衝撃波は、指向性の魔力弾で、ある程度相殺しているので、地上に届く前に減衰し、消滅している。
 念の為に、障壁は張り続けているが、これでこれ以上、街への被害は出ないだろう。

 暫くすると、撃ち落されているのが分かったのか、砲撃が止んだ。
 地団駄するビビの姿が一瞬、脳裏に過る。まぁ、初戦は、切り抜けられたという事で。

 そんな風に、少し息を吐く俺に、お姫様が詰め寄るので、状況を簡単に説明し始めた。
 そんな俺達を乗せた蜥蜴車は、街を出て魔物の群れへと向かったのだった。


 正に脱兎のごとく、この場を去る蜥蜴車を見送りつつ、俺は魔力を練り始める。
 そして、魔物の群れは、既に視認出来る位置まで来ていた。
 だが、その動きに変化が起こっている事も、俺は把握している。

あぶさてあうぁ~うきゃうあうここからが本番だよあぶばぶぅよろしくね

「わ、分かってるわよ」

 少し緊張しているようだが、問題は無いだろう。
 彼女は、左手で右腕に装着した機器をいじる。
 それは、手をしっかりと覆う様な、所謂いわゆる、ガントレットの様な物だった。
 しかし、その掌と、手の甲には、半球状の宝石が、埋め込まれていて、その異様さを物語っていた。
 更に、その装備の手首部分には、何やら円柱状の物体を連ねた様な物が、巻き付いているように見える。
 彼女が装備をいじると、その手首部分の円柱状の物体が、空気の抜ける様な音と共に、せり上がって来た。
 これは、あれだ。回転式拳銃リボルバーに凄く似ている。
 そして、この円柱の連なった物は、弾倉に見える。いや、弾倉なんだろう。

 よしっ、と言う声と共に、その弾倉がそのまま手首に埋没する様に沈み、半円柱となる。
 なにこれ、超カッコイイ。

 そして、今の動きを見て、何となくこの装備が、お姫様の魔法の特殊さの答えなのだと分かった。
 よく見れば、お姫様の腰に小さなポーチがある。
 かすかに魔力反応がある事から、これが弾薬と言った所なのだろうか?

 ちなみに、俺は今、彼女の動きを盗み見てたりする。
 いや、だって、背中合わせなんだもん。首の可動域的に、彼女の手首は見れません。
 彼女も、俺が見る事が出来ないと分かっているからこそ、堂々と準備をしている節があるから、お互い様であろう。

「じゃぁ、行くわよ?」

 俺の方を振り返りもせず、そう呟いた彼女の言葉に、俺は頷きを持って返す。
 第二ラウンドは、精々、派手に暴れて、注意を引きつけてやろうじゃないか。

 そんな俺の心の声を知らないお姫様は、叫びながら魔物の群れに特攻する。

 いやいや、まぁ、お姫様らしいんだけどさ。

「はぁ!!」

 彼女の気合の乗った突きと共に、ガントレットの甲の部分が、光る。
 一瞬遅れて、閃光と共に爆発が起きた。小さく響く金属音。
 それに巻き込まれた数体の魔物が、そのまま魔力へと帰る。

 おう、マジか。詠唱無しで、この威力。中々の物である。

「せいやぁ!!」

 更に起こる爆発。そして、金属音。
 そして、背負われて初めて分かった。爆風になびくドリルツインテが、俺の顔を容赦なく叩く。
 正直、目を開けていられないので、地味に困るんだが。

 しかし、そんな俺の気も知らず、その後も、楽しい位に、爆発させまくるお姫様。
 髪が避けたついでに盗み見ると、今迄に見た事も無い様な、素敵な笑顔をしておられる。

 このお姫様……爆破ジャンキーじゃないだろうな……。

「うふふふ、爆ぜなさい!!」

 俺の額に一筋の汗が流れた気がするが、気にしない事にする。
 そして、先程から調子に乗って、どんどん爆破しながら進むお姫様は、まだ気づいていないが……。

 ガチンと言う今までと違う、大きな金属音が響く。

「あ、あれ? ……あ、弾切れ」

 そして、我に返ったように周りを見るお姫様の目に飛び込んでくる風景は、周りを埋め尽くさんばかりの魔物達。
 もう、揺らめく赤い光と、低く響く唸り声に、完全に囲まれている状態だ。とりあえず、360度、見渡す限り魔物の群れとだけ言って置く。
 うん、どうやらこの魔物達、予想通りに、集まって来てるんだよね。

【サーチ】には、王都など目もくれず、こちらに向かって来る大規模な魔物の群れが確認できる。
 という訳で、結果として、お姫様は、見事にその役目を果たしてくれた。

 魔物の群れを、郊外におびき寄せると言う、その大役を。

「あ、ちょっと、待って欲しい、かな……?」

 そんな事など知る由も無いお姫様は、魔物に囲まれ、唸り声を四方八方から聞かされながら、震える手で、機械を操作する。
 少し大きめな機械音を響かせ、手首の弾倉から薬莢の様な物がバラまかれた。

 だが、こんな緊迫している状況で、そんな大きな音を響かせれば……。

「いやぁああ!?」

 一斉に襲い掛かられるのは、それはもう、自明の理である。
 何か変な所で、ポンコツなんだよなぁ……このお姫様。

 俺は溜息を吐きつつ、今まで練っていた魔力を解放し、力ある言葉を唱える。

あういけうぇうあ~うフレイムランス

 その瞬間、視界は紅蓮の炎で埋まり、爆音が断続的に響いたのだった。

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