比翼の鳥

風慎

第66話 気がかり

「此花、右から追い込んでくれ。咲耶、追い込んだやつを頼むよ。リリー、そのまま、その3匹を頼む。」

 俺はヒビキにまたがったまま、皆に指示を出す。
 ちなみに、ヒビキは目の前を走るイノシシにウロコがついて牙を伸ばした不思議な生き物を、ある方向へと追い詰めていく。
 ギルドで聞いた所によれば、このイノシシもどきは、鱗 猪スケイルボアと言うらしい。そのまんまだな。

 ちらりと視線を向ければ、ルナがリリーの援護をしている……と言うより、応援しているものの、自分では手を出していない。
 対してその視線の先にいるリリーは、スケイルボア達3頭に囲まれていた。
 だが、その目に焦りは無く、リリーの周りを威勢よく走り回る獣達の動きをしっかりと掴んでいる。

 1頭が頭から突進してくるが、それを小さな動きでかわし、横っ面を拳でぶっ叩く。
 豚のような叫び声を上げながら、涎を撒き散らし吹っ飛ぶスケイルボア。
 全長3mはあるその巨体は、重い音を響かせ、地面を転がるとそのまま痙攣して動かなくなる。
 どうやら一撃であっさりと絶命したようだ。
 それを見て、強敵と悟ったのだろう。残った2頭が、迷うように距離を取りつつ、少し警戒しながらグルグルとリリーの周りを走り始めた。

 まぁ、この程度、サンドワームに比べれば、遥かに楽だろうし、大丈夫そうだな。
 俺は、ゆっくりと歩くヒビキの上から一部始終を確認して安心すると、目の前の状況に思考を移す。

 今俺たちは、スケイルボアを討伐しに来ている。
 ここは要塞都市イルムガンドの北に位置する門をくぐった先にある草原だ。

 ランクEの依頼に、スケイルボア討伐があったのだ。
 そして、同時に、このスケイルボアの肉こそが、肉串を売っていた屋台の兄ちゃんが欲するものだったのだ。
 屋台の兄ちゃん曰く、どうやら、最近、何故かスケイルボアが少なくなり、肉の供給が滞り始めたらしい。
 その為、仕入れ値が高騰し、商売を続けるか悩んでいたと言っていた。
 それを聞いた此花と咲耶のやる気に、良くわからない火が点った結果が、ギルドでの出来事だ。
 ちなみに、ギルドで確認した所、確かにそのような状況が確認されていると、受付姐さんは言っていた。

 元々、このスケイルボアの討伐は、討伐初心者の冒険者にとっては、登竜門らしい。
 その為、複数人数の冒険者でパーティを組んで、討伐することを推奨されている。
 此花と咲耶は、ランクFなので本来はこの依頼を受けられないのだが、俺とルナがいるため、同じパーティで依頼を受ければ、受けても良いらしい。
 まぁ、余りにもランクに差がある場合は、ギルドから確認が入るらしいが、今回は1ランク差なので、問題ないとのことだ。
 という訳で、Eランクの俺が依頼を受けて、ルナ、咲耶、此花がパーティに参加する形で依頼を遂行中なのである。

 そして、獲物の探索と追い込みはヒビキに任せつつ、俺は周辺の様子を【サーチ】を使いながら、分析していく。
 小動物や野生動物はいる。いるにはいるのだが、密度が薄い。

 ふむ。この周辺はステップ気候なのだろう。
 空気は乾いており、少し強めの日差しが俺たちに降り注いでいる。
 周りを見渡せば、どこまでも背の低い草原が広がり、大型動物が隠れる場所は、あまり多くない。
 所々、乾燥した大地が顔を覗かせており、植物資源が乏しい感じを受ける。

 元の世界では、乾季と雨季があるんだっけか? こっちはどうか知らないが、似たようなものなのだろう。
 背の高い木が無いことが、その推測を裏付けているように思える。
 土地も痩せているようだし、これでは、大きな森は出来ないだろうな。
 砂漠の近くだし、この辺りは元の世界とイメージが変わらないので助かる。

 しかし、これは……もしかすると……もしかするのでは?
 俺は、屋台の兄ちゃんから話を聞いた時から抱いていた嫌な予感が、徐々に現実味を帯びて来たことを感じていた。
 この手の大規模な動物の移動に見られるような、生態系の変動というのは、大抵の場合、何かヤバイものが裏に潜んでいることが多い。
 例えば、餌の不足であったり、その逆で強い捕食者が現れたりとか。
 ともかく、今まで保たれていたバランスが崩れたのは間違いないだろう。

 うーん。なんかスケイルボアって見た目が猪だから、一応草食動物でもあるはずだよな?
 だとすると、餌になる草が無いとか……?
 しかし、草原に出たのは初めてだが、パッと見ても、そこまで違和感を感じない。
 一面、草が立ち枯れしていたり、大きな範囲で地面が剥き出しになっていることもない。
 異常な魔力も無いし、素人目に見て、致命的な問題があるようには見えないんだよな。
 そうなると、逆のパターンか?

 俺は【サーチ】をロングレンジモードに切り替え、遥か先まで分析を始める。
 辛うじて肉眼で確認出来る範囲では、リリーが最後の1頭を仕留め、此花と咲耶が、追い込んだ群れを一網打尽にするところだった。
 土煙をあげ、必死に逃げる100頭以上の群れを、クウガとアギトに乗って笑顔で追い回すわが子達を見て、色々と思う所が無いわけでも無いが、今は俺の心配を払拭する方が先と、割りきって探索をすすめる。

 うーん……50km圏内では特に代わり映えはしないな。
 大きな反応も無し。変に数の多い群れも無い。
 だが、別の収穫はあった。
 スケイルボアの反応を詳しく見てみたのだが、この草原の西に向かっている物が多い。
 群れの数は多く、100頭単位の群れが、見つけただけで200以上。2万頭か。多いんだろうな。
 そして、ほとんどの群れが、いずれも同じ方向を目指している。

 変だな。

 スケイルボアを引き寄せる何かが西にあるのだろうか?
 いや、こんな広い草原の群れを引き寄せる物って一体何よ?

 そうすると……もしかして……?

 俺は、東の空を向き、【サーチ】を飛ばす。
 東には雪を纏った山脈が壁のように連なっているのが、ここからでも薄っすらと確認できた。
 距離にしてどの位だろうか? 山脈の高さにもよるが、100km以上は離れている気がする。
 出力を前方に集中し、距離を稼ぐ。
 幅は70m程に縮まるが、そこまであれば、なんとかなるはずだ。

 注意深く、俺は東の状況を調べる。
 俺が集中し始めたことを感じ取ったのか、いつの間にかヒビキが歩みを止め、同じように東に視線を向けていた。
 うーん……特に問題は……無いな。
 注意深く見てみたが、草原内に変な反応は無かった。

 俺の考え過ぎかな? けど、何か気になるんだよなぁ。
 っと、あれ? これは、馬車か?
 あまり引っかからない反応だったので、注意深く見ると、どうやら、馬車……と言って良いのかわからないが、時速15km程で移動する木製の物体を感知した。何かに引かれて移動しているようなのだが、良くわからない。
 それはどうやら、山脈方向に向かって進んでいるようだ。

 ふーん。冒険者かな? 遠征で何かしてるのだろうか?

 その後、暫く調べたが、特に変な動きも無いので、俺は【サーチ】を切って、息を吐いた。

 うーん、考え過ぎかな?
 まぁ、餌場を変える事もあるらしいし、時期が重なれば……と、考えられなくもないけど。
 けど、何か引っかかるんだよなぁ。
 とりあえず、気にかけておこうか。

「ヒビキ、ありがとう。もう良いよ。」

 俺は気を利かせてくれたヒビキに礼を言うと、皆の所に戻ろうと視線を向け思わず言葉を失う。
 視線の先では、スケイルボア100頭以上が、文字通りに死屍累々と横たわっていた。
 どうやってか血も出さずに仕留めたようで、凄惨な状況は、見た目だけは若干緩和されているが、それもこの数ではあまり意味がなかった。
 そんな中で、わが子達が、此花のストレージに、笑顔で1頭ずつ、まるで河原で拾った小石を、ポーチにでも入れるかのような気安さで放り込んでいる。

 俺は、育て方を間違ったのだろうか……?

 思わず膝をつきたくなる俺を見て、ヒビキは慰めるように、なんとも言えない鳴き声を俺に向けたのだった。


 帰り道、俺は先程の事を考えながら、ヒビキに揺られていた。
 クウガにはルナと此花が。アギトにはリリーと咲耶が腰掛け、少しゆっくり目に帰途へと付いている。

 此花と咲耶が生き物を殺すところを見て、ショックを受けるのは筋違いである事は分かっている。
 こんな世界なんだから、動物に手をかける事くらい、出来ないと逆に困るだろう。
 だが、それを笑顔で楽しそうにやってしまうのは、俺としてはなにか違うと思うのだ。
 まぁ、彼女達の事だから、今は完全に食欲に負けて動いているのは想像に難くない。
 だからと言って、むやみに命を奪うのは良いというわけではないし、だがしかし、命を奪い、それを美味しく頂くことは、人として当たり前のことだ。

 つまるところ、命を奪う事は生きていく上で当たり前だが、それに慣れて欲しくないんだろうな。
 俺だって肉は好きだし、森では自分でも獲物を仕留めた。
 だが、それは仕方ないとは思っていても、俺はその生命を食らって生きているということは理解していたし、納得の上で口にしていたのだ。

 ああ、そうか。今の彼女達は、あのスケイルボアが、肉の元としてしか見えていないんだよな。
 そして、それが命であることを忘れて欲しくないと俺は思っている訳だな。
 うん、少しすっきりした。
 とどのつまり、彼女達には、人が命を貰って生きていることを教えなくてはならないのだ。
 そうすると、どうやってそれを彼女達に知らしめるか。
 ああ、そうだな。丁度いい方法があるんじゃないか?
 あー、けど、そうなると、色々と準備しないとな。

 俺が命の大切さをどうやって教えようか唸っていると、そんな俺の様子を見て、不安を感じたのか、此花と咲耶が声をかけてきた。

「父上、某達に何か問題がありましたか?」
「お父様、悪いところはちゃんと直しますわ。」

 そんな言葉を聞いて、俺は色々な意味で、反省する。
 一つは、二人を不安にさせてしまう程、考えこんでしまったこと。
 もう一つは、そんな風に、俺の顔色を伺わせてしまうような子にしてしまった事だ。

「うん。二人共不安にさせてごめんね。君たちはとても良い子だ。だけど、お父さんとしては、ちょっと気になることがあってね。ただ、それは言葉で言っても伝わらないと思うから。少し二人には、体験してもらおうかなと思っているんだよ。」

 そんな俺の言葉に、わが子達はショックを受けつつも、いまいち要領を得ない俺の言葉に首を傾げる。
 俺は、そんな二人の様子がおかしくて、口元を緩めると、

「ちょっとその為に色々と準備が必要だからさ。ちょっとだけ時間をお父さんにくれないか?」

 そう、言うに留める。
 意味はわからずとも、とりあえず、俺が怒ってるわけでも、失望しているわけでもないとは伝わったようで、戸惑いながらも頷いてくれた。
 それでもまだ二人の顔からは、曇りが取れないので、俺はクウガとアギトの上にまたがる此花と咲耶を抱き寄せると、そのまま両腕で抱えて顔を覗き込みながら、改めて口を開いた。

「大丈夫。お父さんは、此花も咲耶も大好きだし、絶対に嫌いにならないから。ただ、知ってほしいことがあって、それをどうしたら教えられるか、悩んでるだけだよ。」

 まぁ、子供だけど普通の子供とは違うのが、我が子達だと言うのはわかるが、それでも、やはり普通の子達がする程度には、我儘くらい言わせてやりたいし。
 尤も、今回のことは、俺にとっては大事なことだし、しっかり躾を兼ねて、やらせてもらうがな。
 そんな俺の表情に曇りが無いのを肌で感じたのだろう。
 ようやく安心した二人は、大きく頷く。

「ちょっと、アギトさん!? なんで乗っているのが私だけだと、そんなに乱暴に歩くんですか!?」

 後ろから聞こえた叫び声に振り返ると、ほぼ暴れ馬……いや、暴れティガと化したアギトにしがみつきながら、半分涙目で文句を言うリリーの姿があった。
 うーん、リリーは相変わらず、ヒエラルキーでは最下層なのか……頑張れ、リリー……。
 俺は、心の中で、リリーにそっとエールを送りつつ、ため息を付くヒビキの頭を優しく撫でるのだった。


 ちなみに、その後、ギルドの受付に渡した4頭のスケイルボアをめぐって、色々と騒動があったのだが、それは割愛しておく。
 良かった。俺とルナ、そして咲耶と此花の手に持てる範囲だけにしておいて。
 ちなみに、仕留めたのは、よく数えたら全部で127頭だった。
 まぁ、そんなの受付に出したら、どうなるか分かりきっていたので、4頭という数にしておいたのだが……甘かったようだ。

 その結果、此花と咲耶もめでたくEランクになった。
 勿論、また大騒ぎされてしまったが、もう半分やけになっている俺がいる。
 だって、どうしようもないじゃないの!

 そうして早々にギルドを出てから、屋台のお兄さんに、嫌がらせのように1頭まるまる押し付けると、そのまま宿へと帰り、その日はゆっくりとしたのだった。
 変態の相手から、ワイルドボアの相手まで……激動の1日だった……。
 明日は、親方の所へ行かねば……。

 相変わらず皆に抱きつかれながら、それでも薄れゆく意識の中で、そんな事を考えつつ……俺の意識は落ちていったのだった。

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