比翼の鳥

風慎

第12話:心

 洞窟住居に着いてしばらくすると、ルナは船をこぎ始めた。
 自分の部屋に行って寝るように伝えるのだが、頑として手を放そうとしない。
 まぁ、結局ルナが寝てしまえば、後は考えることぐらいしかできないし良いか…と思っていると、ルナはズルズルと眠りの淵へと落ちて行った。しかし俺の手は離さない。凄い執念だ。
 ちなみに、ルナの現在の状況は俺の左手にしがみ付いてグデーンと半ブリッジ状態。時々にへーと幸せそうな笑みが浮かぶ。
 その様子を見て俺は、微笑ましい気持ちを抱きながら、ちょっとだけルナの将来が不安になり改めて立派に育てると決意する。
 とりあえずこうやっていても仕方ないので、俺は昨日と同じ様に、ルナを抱き抱えると寝所へと向かい、寝台に一緒に横になった。
 ゆっくりとした時間の中に身を置くと、途端に今まで抑えていた不安やら問題が頭の中を埋め尽くす。

 まず、今日も尿意等は起こらなかった。ルナもそう言う素振りは無かった。
 あれだけリンゴ(仮)を食べたのに…だ。
 これは、もう、俺の体は元の世界とは別の物だと考えた方が良いかもしれない。
 姿形は同じだが、代謝を必要としない体では有機生命体とは言えないと思う。
 まぁ、これは考えても仕方ない。気持ち悪いものはあるが慣れて行くしかないだろう。
 幸いにも、食事は出来るし味覚もある。食事による充実感もあるからラッキーなのだろう。

 ルナに色々と教える事になったのは俺にとっても渡りに船だった。
 何もしないでここで生活が出来たとしても、きっと俺は自分を見失ってしまうだろう。
 どうしても、人は自分の居場所を求めてしまう物だ。何も出来ない俺は、きっと遠からず自滅する。
 例え、拙いながらも、講師として振る舞えるのであれば、俺は俺を支える事が出来る。
 異世界と言う特殊な環境であっても、元の世界と同じ様に、なんとか騙し騙し、行けるだろう。

 しかし、それを何時まで続ければいいのだろうか…。俺は元の世界に戻れるのだろうか?
 仮に、戻れなかったとして、今のまま、ルナを育てていったとしても、いずれルナも俺の元を離れる時が来る。
 知らない事を知っていけば、最終的には外の世界へと興味が向かうのは自然な筈だ。
 その時、俺は自分自身の立ち位置を手に入れているのだろうか?
 いや、今そんな事を気にしても仕方ないと思うんだが…やはり不安は消えないな。

 疲れているからかな…少し弱気だな。

 後は、夕暮れ時に空を見上げたが、木々の隙間から月が見えた。しかも2つも。
 青い月と緑の月だった。確実にありえない光景。しかも、大きさはどちらもほぼ同じ。元の世界の月よりは一回り程大きかった。歩きながらチラッと見ただけなので、模様がどうなっていたのかは分からないが、模様らしきものは見えた。
 やはり、色は精霊の種類と何か関係があるのだろうか?色的に青は水、緑は…なんだろ?俺的には風とかがしっくり来るのだが、五行なら木とか?知らんけど。そもそも、属性って言う概念があるかも分からないんだよな。
 まぁ、これも良くわからんから想像の域を超えないな。今までの感じだと、元の世界のファンタジー的なイメージからは大きく外れていないし、案外正解かもしれない。

 後は、魔法についてだな。
 今日はルナの魔法を見る機会が多かったので、じっくりと観察してみた。
 そうしたら、一つ分かったことがある。

 俺がこの世界に来て直ぐに体感したあの流れを見る方法を、俺は暇があるときには実践していた。
 相変わらずルナの光は神々しいまでに美しく、ルナの近くに居るだけで他の流れが見えなくなってしまうほどだった。
 しかし、そんなルナが魔法を使うときだけ、回りの流れが俺でも見て取れるほど活性化しているのだ。
 特に、その流れがルナを中心として激しく渦巻いているのが見て取れた。

 あの流れは自然現象なのかと思っていたが、どうやら違うのかもしれない。
 魔法を使うには、流れが必要なのか?魔法を使ったがゆえに流れが発生するのかは不明だが、あの流れを制御できるようになれば魔法を使う上で、大事なことを学べるのかもしれないと思えた。
 早速俺は、意識を集中する。
 さて、流れを見ようとするが、やはりルナが光り輝いていて全く持って何も見えない。
 ならば、作ってみようと考えた。そもそも、植物であるあの大樹だってやってるんだ。俺にだって出来るはずだ。

 どうやって流れを作ればいいのだろうか?流れているくらいだから、何かの力で押し流されてると考えると良いのか?水とか風とかああいうイメージかな?俺は色々試行錯誤しながら、ここでまたもや詰まる。始点が決まらないのだ。どこからどの方向押し出すイメージを持てば良いのか分からない。これは闇雲にやっても駄目なような気がする。
 ここで、俺は原点に立ち返った。この世界に来たときに最初に感じた感覚はどこだった?
 俺の中だ。具体的にはお腹の辺り。そういえば、丹田とかここら辺だし、気を練る感じを参考にすればいいのかな?
 まずは、丹田の辺りに意識を集中した。
 そこから色々な物語で描かれていたイメージを参考に、自分を中心として何かが流れ出すイメージを強く持つ。
 最初は良く分からないまま色々と試していたが、しばらく意識を集中すると、これかな?という感覚をつかむことができた。
 しかし、それは、いつも動かさない場所を動かすようなもどかしさがあるのだ。例えるなら耳を動かそうとした時だとか、そういう感覚に似て、出来そうなんだけど出来ない。
 それでも諦めず根気よくチャレンジを続けた。

 何時間か経っているのか、それともまだ数分なのか…時の感覚が薄れた中…俺の中心から熱を帯びた何かがゆっくりと対流する感覚を感じた。
 おお!これか!?この感じか!?と喜んだ矢先、その感覚が消失する。むぅ…ちょっとでも油断すると見失う。しかし、今度はちょっと集中すればちゃんと自分の中にある対流を意識することができた。一度掴んだ感覚なので次回から見つけやすい。

 今度は慎重にその対流の速度を調節しようと試みた。これは案外簡単だった。対流速度を上げたり、下げたり。自分のお腹の中で得体の知れない感覚をコントロールするのは中々楽しかった。ふと、もっと対流を激しくしたらどうなるのか?と考えて実行する。少しずつ回転数を上げていくイメージで、早く…もうチョイ早く…まだいける。
 調子に乗って回転数を上げていくと、ある時を境に、感覚に変化が生じた。何かこういきなり勝手に密度が上がっていくのだ。膨れ上がると言うか…。
 何となくやばい感じを受けた俺は、あせって回転数を落とそうとする…が、止まらない。

「うお!ヤバ!?」

 俺はとっさに右腕を壁に向けたまま、この爆発的なエネルギーを右手を通して押し出すイメージを描く。
 そのイメージ通りに、爆発的なエネルギーは俺の右手の手のひらから放出され…光の珠となって壁に着弾し、轟音と共に壁の一部を抉った。
 ちなみに、俺は意図せず発生した爆発に反射的にルナを抱きしめた。それからしばらくの間は身動き一つとれなかった。小さな破片の1つがコツンと頭に当たることでようやく我に返る。
 慌ててルナの方の様子を伺うと…ルナは「すぴー」と相変わらず幸せそうな顔で眠っていた。
 ルナさんや…あんた大物だよ。

 とりあえず壁の破損以外に大きな被害もなく、ホッとした俺の心の中に、徐々にやるせない無力感が沸いてくる。
 あれだ、紳士淑女の皆様には申し訳ない表現だが、朝起きて下着を汚してしまったあの感じだ。こう、『やっちまった』と言う、苦笑いを伴う情けなさである。
 もう少し慎重にやるべきだったな。しかも、寝そべったままやるには危険すぎた。外でやった方が良さそうだ。
 まぁ、やってしまったけど、何となく方向性は見えたのでよしとしよう。
 何だかわけの分からないうちに魔法っぽいものも使えたみたいだし。
 流石に今日も疲れたし、そろそろ寝ることにしよう…。なんかどっと疲れた…。
 もしかしたら、さっきの魔法もどきの弊害かもしれない。

「ルナ、おやすみ。皆、俺頑張るわ。」

 俺はルナと元の世界の皆にそう声をかけると、徐々に眠りの淵へと落ちていった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 夢を見た。

 俺がうつ病になった原因となる職場の夢だった。

 四方八方から怒鳴り声や嘲りが響いてくる。
「なんでそんな簡単なことも出来ないんだ?」
「そんな事も出来ないのにここに居るのか。」
「なんでやろうとしないんだ!」
「使えないやつだな。給料払うのも勿体無い。お前に投資した分どうしてくれる!」
「うっとおしいから顔見せないでくれませんー?」
「存在しないでくれよ。息もするなよー。空気が汚れるからさ~ハハハ」
 電話のコール音が鳴り響く
「あんたじゃ話にならないから、変わってくれる?」
「ああ、俺あんたのこと嫌いだから他の人にしてくれよ。」
「あー、外れだわ。よりによってあんたか。」
「お前さー。死んだほうがいいじゃね?」

 そうして、周りから次々と同じような言葉がぶつけられる。

「死ねばいい。価値の無いお前に存在意義はない。」

 それは、唱和となり、いつしか俺の心を支配していく。
 それを聞いている俺は、どんどんその言葉こそ正しいのかな?と思うようになる。

「そうだ。むしろ価値の無い人間が生きることで周りの人が迷惑する。早く消えてくれ。」

 そうだ。それが世の中のためになる。死んでしまった方が楽になれる。皆幸せになれる。
 ぐちゃぐちゃになっていく。俺の心がどんどん沈んでいく。消えていく。
 そうして、俺は俺の意思で消えていこうとした時…

『違う!!違う!!ツバサはそんなんじゃない!!』

 光が闇を切り裂いた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 ユサユサと揺すられている。
 胸に心地よい重さを感じつつ目を開けると、ルナの泣き顔が目の前にあった。
 ルナはマウントポジションを取りながら、「えぅー!うー!!」と泣きながら俺の胸を尚もユサユサと揺さぶっていた。
 目覚めから謎の行動のルナに戸惑いながらも、俺は気だるい頭を振ってルナに話しかける。

「おはようさん。どうしたの?ルナ。なんか悲しいことがあった?」

 俺はルナの頭をポンポンと叩きながら、様子を伺う。
 ルナはぶんぶんと首を振りつつ、相変わらず、「むぅー!」とか「うぅー!!」とか言いながら俺の胸をユサユサと揺すり続けていた。その様子を見て、何となく俺は、ルナが怒っているように感じられた。
 あれだ、地団駄を踏んでいるのだ。多分だけど。ちなみに、リアルで地団駄とか見たことないけどね!
 しばらくそうしていたルナだったが、少し落ち着いてきたのか、胸を揺するのはやめてくれた。
 まだ、「むふー!ぬふー!!」って感じで肩で息をしているわけだが。

 俺なんかやっちまったかな?と心配になって、ふと思い当たる。
 やべぇ、俺、壁壊してるじゃないの!なんか面倒になってそのまま寝ちゃったけど、ここルナの部屋だし何か大切なものがあったのか!?それを壊してしまったのならルナが怒るのもごもっともじゃないか!
 俺がサーっと顔色を青く変色していると、ルナがいきなり

「ツバサ」

 とお呼びになった。

 思わず、「ハイ!」と背筋を伸ばして応える俺。
 マウントポジション取られたままだけどね!?
 そんな様子を知ってか知らずか、ルナは真剣な顔で…

「ずっと一緒…ここ…いる」

 と、俺の目をじっと見つめながら言った。
 俺は本当に突然のことで、正直、面食らったが、ルナが真剣にその言葉をぶつけているのがわかった。
 俺は適当な気持ちで言葉を返すわけにいかないなと、思いつつ、それでも

「わかった。」

 と、その言葉を受け入れた。理由はない。
 しかし、そうすべきたと俺はその時直感で感じた。
 そして、その答えに微塵も後悔は沸かなかった。

 その様子を見たルナは、ほころぶ様な笑顔で

「ん!」

 と応えたのだった。

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