比翼の鳥

風慎

第5話:常識と非常識

 リリーは母の胸にすがり付いて泣きじゃくっていたが、暫くすると、疲れが出たのかそのまま寝てしまった。
 そんな娘の様子に、レイリさんは母親の顔で、静かに娘の頭をなでている。

 そんな様子を見てルナも羨ましかったのか、俺の腕をチョンチョンと、ためらう様に引くと、俺の目を期待したように見上げてきた。
 おう…久々のおねだりモード…。相変わらずの破壊力ですね。
 俺は、その攻撃に無条件降伏をすると、ルナの頭をゆっくりと優しく撫でていた。

 ルナはそれで気を良くしたのか、俺の太ももにコテンと頭を乗せて逆膝枕状態になると、更に目線で「撫でて~」と甘えてくる。
 流石に、これはレイリさんの前ではまずい。というかむしろ気まずい…礼儀的にも俺の威信的にも。

「くぉら!!ルナさん!!人前でそれは無し!みっともないでしょ!」

 と、ちょっと怒った声で叱る。
 そんな俺の声を聞いて、ルナは捨てられた子犬のような目をして、俺を見つめてきた。
 だ、駄目だからね!!そんな顔しても、駄目だからね!!なんかさっきから妙に押してくるな。なんかあったのか?
 俺がちょっと困ったようにしていると、

「まぁまぁ、ツバサ様。私は気に致しませんから。良いじゃないですか。」

 と、「うちの娘もこんな状態ですから…」などと笑いながらレイリさんが声をかけてきた。
 そういう問題なのだろうか…と少し考え込むが、ルナの視線…というかむしろ何か物理的な光線でも出てるかのような存在感のある熱線が俺の顔を襲っているのが感じられる。ルナさんや、魔力使ってないよね?甘えんぼ光線が俺の顔にバシバシ当たるのを感じるんだが。
 そして結局、俺は折れると

「はぁ…なんか見っとも無い姿をお見せすることになって申し訳ありません…。ではお言葉に…甘えるのはルナでしょう。ほら、ルナ、レイリさんにお礼言いなさい。」

 俺が礼を言うのは筋が違うと感じた俺は、ルナにお礼を言わせる。
 ルナはその言葉に一回、スクッと、背を伸ばし姿勢を正すと

「レイリさん、ありがとう!」

 そう、本当に嬉しそうな満面の笑みでお礼を言って、また俺の膝の上にダイブしてきた。
 しきりに、俺の太ももに顔を擦り付けて、「ん~♪」とご満悦なご様子。
 おかしいなぁ。なんで女の子に膝枕してるんだろうなぁ。むしろされたい位なんだが…。
 俺のなんともやりきれない表情を見て、レイリさんは本当に楽しそうに笑っている。
 俺も、なんともいえず、頬をかきながら、苦笑するしかなかった。

 なんとも奇妙な構図になったものだ…と俺は少し困ってしまったが、ここまで来ると世間体とか見栄えとかどうでも良くなってきた。そうだなぁ…レイリさん達も信じられそうだし、いっそのこと事情を話して協力してもらおうかなどと考える。
 そんな思考に沈む俺を気にかけたのか、レイリさんが声をかけてきた。

「ツバサ様。先ほどの魔法…だと思うのですが、あの不思議な現象について、私の見解をお話してもよろしいでしょうか?」

 ああ、そう言えば、評価して欲しいって、俺言ったな。まぁ、レイリさんの態度からも、もう答えは出ていそうだけどね。
 俺は、「お願いします。」と、先を促した。
 その言葉に、レイリさんは一呼吸置くと、

「ツバサ様。まず、私はあのような魔法を今まで見たことがございません。あの魔法で…ツバサ様の魔力を私にお与えくださったのだと思いますが…それでよろしいでしょうか?」

 その問いに俺は黙って頷く。
 最初に説明したけど、どこから魔力を持ってくるかは言っていなかった。そこら辺のがわかるのは流石巫女様と言ったところだろうか。
 俺の首肯に、レイリさんは「やっぱり…」と呟くと、俺を真剣な表情で見据え、

「これは一般論ではあるのですが、魔力を他人に渡すことは出来ないとされています。事実、私もそのような魔法を見たことや聞いたことは一度としてございません。」

 うん、まぁ、あんだけ意識を飛ばすほど盛大に驚いて頂いたので、何となくそんな気はしてた。
 見た感じ、この世界の魔法は俺の思っているほど進化してないのかもしれない。
 元の世界の知識を使えば、幾らでも応用きくんだけどなぁ。やはり、知識が無いから応用力が利かないんだろうな。
 知らない事を想像するのって土台が必要だけど、それすらないって感じだもんな。やっぱ教育って大事だわー。まさか、その知識を魔法に使うことになるとは夢にも思ってなかったわけだが…。
 そんな事を考えた俺は、レイリさんに、

「なるほど…。やはり、この魔法は特殊なものなのですね。何となくそうなんじゃないかなーと思ってたので、第三者の意見が聞きたかったのです。ありがとうございます。」

 と、礼を述べた。それに、レイリさんは、

「いえ、私ではこの程度の事しかわかりません…。あまりお力になれず申し訳ありません。」

 と、むしろ恐縮してしまった。そして、「ただ…」と続け、

「ツバサ様のその魔法はあまり知られない方が良いかと思います。獣人族の中でも、気性の荒い者もおりますので、それが力になるとわかれば、きっとその術法を望むでしょう。勿論、私と娘からは、絶対に口外しないとお約束いたします。」

 と、少し不安そうに、忠告してくれる。

 それに俺も「やっぱそうですよねぇ…」と、のんびりと応えた。

 まぁ、テンプレ的にやはりチート級だった。そりゃそうだ。便利さ的にも、威力的にもオーバースペックなのだ。正に、万能と言って良い。
 俺の想像(妄想)が膨らむ限り、大抵の事が出来てしまいそうだ。これって正に神の領域だよね。
 しかし、実際に規格外の力を持って見ると、その扱いに非常に困る。乱用は出来ないとわかっていても便利だから使いたくなる。全く持ってジレンマだ。いっその事、周知させてその上で、俺の周りに危害が及ばない方法を何か考えないといけないな…。今のところ、そんな方法は何にも思いつかないが!
 そんな風に困っている俺に、レイリさんは突然こんな事を言ってきた。

「あの…ツバサ様。質問なのですが…、あの術法を使うときに空中に浮かぶあの光の円を見えなくすることは出来ないのでしょうか?それができれば、見かけ上は魔法を使っているようにしか見えませんので、印象が違うと思うのですが。」

 それを聞いて俺は目から鱗が落ちまくる気分だった。
 そうか…魔法陣さえ見えなければ、確かに傍から見ている人には魔法陣か魔法なのかはわからない…
 なんという事だ!!素晴らしい!!そしてこんな簡単な対処法に気がつかなかったなんて!?やっぱり人間一人の発想力とか高が知れてるな!!知識が無いとかすいません!俺、驕ってました!レイリさん最高です!!

「そうですね!その発想はありませんでした。ちょっとやってみましょう。うーん、どうしようかな…とりあえず魔法陣が見えなければ良いんだから…」

 え?今からできるんですか?っていうか、作れちゃうんですか?的な視線をレイリさんから感じるが、俺は今それ所ではない。

 俺は、ブツブツと呟きながら、魔法のイメージに入る。魔法陣だけを見えなくすれば良いから、ターゲットを絞って…と。
 うーん、全ての魔法陣の発動の際に、プロセスに組み込むと、冗長になるな。
 うん、最初の魔法の発動にのみ組み込む形で、以下、効果を継承させれば良いか。よし、これで効率的に魔法陣を隠せそうだ。まぁ、おおっぴらにやりたいときもあるかもしれないから、スイッチ型で組み込んで、ハイドを基本常時On状態。見せたいときに切る形にすれば手間がかからなくて済むな。俺は管理魔法に、一文を加え、その項目を設定した。これで俺が魔法陣を消すことを意識しなくても良くなる。見せたいときだけ、意識すれば良い。

「よし、完成です。ちょっと試運転して見ますね。まずは、魔法陣を見える状態で使います。」

「え?もう、できちゃったんですか?」とレイリさんが呟いたが、あえて無視。俺は今、試したくてしょうがない。

「【ストレージ:ファミリア】スタンバイ!」

 俺は、ノリノリで、魔法陣を発動させる。もちろん、掛け声は雰囲気作りと俺のテンションを上げる以外に意味が無い。
 俺とレイリさんが向かい合っている空間におびただしい数の魔法陣が展開する。最初は球形だったそれは、いくつにも積層し、虚空にアートと言っても過言ではない緻密な色彩と記号を羅列していく。そして、術式が完成すると、魔法陣は一気に消失した。

 後に残ったのは、大人の頭程の大きさの光る珠だった。
 それは、ふよふよと漂っているが、俺が意識を向けると、俺の右肩30cmほど上に鎮座する。移動する時、流れ星のように尾を引く感じが俺のお気に入りだ。ちなみに、非戦闘状態ではオートで時々、人の周りをクルクル回ったり、七色に明滅したりする。完全に俺の趣味だが!

 ちなみに、このファミリアは、まぁ、ぶっちゃけて言えば、俺のオプションに相当するものだ。勿論、元ネタは某シューティングゲーム。ただ、違うのは俺の後ろを追随するのではなく、ある程度オートで自律行動できるところにある。俺の命令に基づいて、行動してくれるので結構便利だ。最初は単なる魔力倉庫として使っていたのだが、それでは面白くないので弄っていたら、こうなった。今では、自律型稼動兵器として運用できるまでになっている。ちなみに、これがあと30個以上あり、今も増え続けているのは一応伏せておこう。

「んじゃ、次は、後4個くらい出しますかね。今度は魔法陣が見えない形で。」

 俺はそういうと、魔法陣をハイド状態で起動する。既にテンションはマックスである。

「【四重奏カルテット】 【ストレージ:ファミリア】スタンバイ!」

 今度は空中に小さな四つの光の珠が、現れたが、それがゴゴゴゴとでも音を立てそうなほど、濃密な魔力を伴って成長していく様子が見て取れた。
 なるほど、魔法陣にさえぎられて今まで見えなかったが、これを出すときは中でこんな光景が繰り広げられていたのか。
 光の粒子が集まって、徐々に成長していく過程は、これはこれで見ごたえがある。そして、収束していく様子は、何となく燃える。魔法陣も見えていないようだし、実験成功だな!これで人目を憚ることなく、存分に魔法を使えるぞ。
 そうやって、出現した4つのファミリアは、先ほどの1つを追うように、俺の周りに綺麗に散開する。

 俺が実験の様子に一人で満足し、ついでだからファミリアたちを、ランダム軌道で周りで飛ばしていると、完全に意識を飛ばしていたレイリさんがご生還された。

「つ、つつつつ、ツバサ様!こ、これは何ですか?こんな大きな力を持った存在なんて…まさか、精霊様では!?いえ、けど、感じが何か違う…。」

 とりあえず、レイリさんがワタワタし始めたので、落ち着かせるようにゆっくりと説明した。
 ちなみに、ワタワタした時のレイリさんの耳はリリーと同じようにせわしなくパタパタと動いていた。
 なるほど、耳の動きは遺伝するんだな…と妙に感慨深い思いにとらわれていたのは内緒である。
 改めて、この親子にホッコリとした気持ちを感じる今日この頃であった。

 ちなみに、余談ではあるが、ルナが妙に静かだと思ったら、気持ち良さそうに寝ていたのだった。
 時々、「んふふふー♪」とか、満面の笑みを浮かべる姿を見て、体は成長してもルナはルナだと感じ、ホッとするやら残念やら…複雑な気持ちの俺がいたのだった。

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