比翼の鳥

風慎

第10話:お披露目

 すっかり日も落ち、辺りも真っ暗となったため、俺は「暗くなってきましたから、明かりつけますね。」と言いながら、即席の魔法で明かりを灯す。

 中空に浮かび、制止した光球は、皆の顔を煌々と照らし出した。
 俺があっさりと出した光球を、何故かその場の全員が驚いた表情で見つめている。ん?この位なら問題ないと思ったんだが…これでもなんかまずったのか?
 皆口々に、「なんだあの光り方は!?まるで太陽じゃねえか!」とか、「全然熱くないぞ!どうなってるんだ!」と、ザワザワとしていた。そんな周りが戸惑っている様子を見て、俺も戸惑っていたところにリリーが声をかけて来る。

「あの、ツバサ様。あの魔法は燃えてもいないのに、なんで明るいんですか?」

 俺は、その問いかけに目が点になる。
 はい?つまり、もしかして、光っていう概念が無い?もしくは、それだけを抽出する魔法が無いとか?
 ちょっと焦った俺は、リリーに矢継ぎ早に質問をする。その結果、俺はこの獣人たちの知識レベルが致命的に低い事を痛感した。
 なるほど…だからこそ、魔法の研究も進んでいない訳か。もしも、異世界が基本、こんな感じなら、これは相当厄介だぞ。
 ちなみに、光と言う概念は、皆持っていたが、それが燃えている物からしか取り出せないという解釈だった。光と言う物は燃えているからこそ存在するという固定観念がある為、光そのものを生み出すという発想に至らないのだ。正に、思考の硬直化を如実に表した例であると言える。

 とりあえず、簡単な説明を行って、皆を煙に巻いた俺だったが、正直、この状況は恐いなと思っていた。
 知識とは、判断の指標となるものなのだ。知らない事で判断を誤る事も多々ある。
 もし今の光を、神の力とか言い放っても、知らないなら判断できないだろう。そういう物かと思ってしまう。
 そこから、話術を巧みに使えば、神の御使いとなった俺がこの村の権力だって奪い取る事が出来てしまうかもしれないのだ。いや、やらないけどさ。

 魔法の水準や、生活レベルを上げる為にも、やはり教育は必須だなぁと、改めて痛感する。
 もし、この村に長く滞在する事になるなら、ちょっと色々やってみようと、心に決める俺だった。

 とりあえず、今回は、俺の株が何故かまた上がっただけで済んだ。
 男衆の皆や、何故かリリーからも、尊敬の目で見られたが、もうどうにでもして…と言う感じである。
 結局、ダラダラと長話になるのも何なので、俺は、やけくそ気味に、全員に時限式の光球を作って配ると、解散をした。
 後日、ベイルさんから言われたのだが、獣人族は夜目が聞くらしく、実は光球は必要なかったと知って、頭を抱えたのは内緒である。

 家へと戻り、囲炉裏の前に座った俺は、リリーからお茶を注いでもらった。今度はカムルとかいうお茶ではなく、紅茶に近いもので何かを発酵させたお茶だった。少し渋みがある物の、とても飲みやすく、その味を楽しんだ。
 リリーは、俺が村の男衆から認められたのが嬉しかったのか、始終ご機嫌だった。
「流石は、ツバサ様です!」と、何故か得意げに、そして楽しそうに話している。耳も尻尾も快調に動いていた。


 そんな風に、リリーと談笑していると、レイリさんが居間へと戻ってきた。
 その表情には、やりきったという満足感が張り付いている。
 そして、満面の笑みで、俺に話しかけてくる。

「ツバサ様、お待たせしました。ルナ様の御召し物が出来ましたよ。着付けも完璧です。」

 余程の自信作なのだろうか。それはもう嬉しそうだ。
「お手数をお掛けして、申し訳ないです。」と俺が頭を下げると、レイリさんは、

「いえいえ!むしろ、ルナ様のようにお綺麗な方の御召し物を作る機会が頂けて、私も嬉しゅうございます。」

 と、何やら興奮気味に話す。うーん、そこまで言われると、ルナがどんな感じに仕上がったのか気になるね。
 あれ?ところでルナはどうしたんだ?と不思議に思い、何気なく探知をかける。
 どうやらルナは扉を1枚隔てた直ぐ横の部屋にいるらしかった。ん?どうしたんだろうか?

 ん?もしかして、恥ずかしがってるのか?と、当たりを付けつつも、俺はレイリさんに声をかけた。

「ところでその主役のルナはどうしたんですか?」

 と、聞きつつも、俺はルナの潜んでいるであろう扉にチラリと視線を巡らせて、レイリさんを見る。
 その一瞬でレイリさんは、俺の意図を酌んでくれたのだろう。ニコリと微笑むと、
「そうですねぇ…。どうしたのでしょうか?」と訝しげに声を出す。もっともその表情は楽しげだが。

 そんな俺とレイリさんの様子に全く気が付いていないリリーも、不安そうに「ルナさんどうしたんでしょうね?」と首を傾げる。

 俺は更に、畳み掛けるように

「うーん、折角ルナの晴れ姿を楽しみにしてたのになぁ…。早く来てくれないかなぁ…。」

 若干大きな声で、そう嘆く。
 その様子に、レイリさんは笑いを止められない様に、「フフフ…」と、失笑を漏らす。リリーも「ルナさーん?大丈夫―?」と一緒に声をかける。
 そんな俺の声を聞いたからだろうか。扉越しのルナに、息を呑んだような気配があった。強化している感覚で辛うじて分かる位の小さな反応ではあったが。

 そして、一瞬の躊躇ためらいの後、ルナはその扉をゆっくりと開け放った。
 扉の向こうには、恥ずかしそうにたたずむ、何とも可愛らしい、ルナの姿があった。

 元々真っ白いエプロンドレスだったのだが、所々に赤い布をあてがい、スカート部と、手首の部分には、レースのような刺繍の入った装飾が施されていた。スカートも、単なる単衣ではなく、何枚も重ねる事でフリルのようなヒラヒラ感を表現してあった。
 更に、中で少し形を補正しているのか周りに広がった形となっているため、愛らしさを引き出す事に成功している。

 胸の部分は、エプロンに隠されているものの、慎ましくも女性を感じさせる丸みがあり、逆に腰は少し細めにしまっているため、その対比で更に女性らしい丸みを感じさせることに成功していた。

 髪も、赤と白の刺繍の入ったリボンで結わいており、頭の左右から尻尾を生やしたツインテールとなっていた。
 その艶やかで白銀に光る髪は丁寧に透き通されて、今まで以上の存在感を放っている。

 足には、黒のロングソックスとも呼べるものを履いており、スカートの中に消えているのでその先は分からないが、足の形をより綺麗に見せているのだ。

 そんな風に変身とも言えるほど、綺麗に可愛く着飾ったルナは、頬を真っ赤に染めながらも、ちょっと上目づかいで俺の方をモジモジしながら見つめていた。手を後ろに回し、恥ずかしがるルナはこれまた新鮮で、新しい服装と相まって、しばし俺は言葉を失い見惚れてしまっていた。
 久々に、ルナの核爆弾級の可愛さに、どうにかなってしまいそうだった。
 やはり、着飾った女性って、化けるよね。どうしてこんなにも愛らしくなってしまうんだろうか?これこそ、魔法ではないのかと思ってしまう程だ。

 そんな俺の様子を、ルナは心配そうに見た後、「ツバサ、変かな?」と少し不安な顔で聞いて来た。
 そこにいたって、俺は再起動を果たすと、慌てたようにルナに声をかける。

「い、いや、御免。ちょっとあまりに綺麗だったから、見惚れちゃったよ。やっぱりルナは着飾るともっと可愛くなるね!本当に良く似合っているよ。リリーも似合っているけど、ルナが着ると、また違う魅力を感じさせるね。」

 そんな俺の言葉に、レイリさんも「お綺麗ですよ。ルナ様。」と、声をかけ、リリーも、「凄く可愛いですよ!」とべた褒めだった。
 俺達のそんな言葉を聞いて、安心したのか、ルナは「んふふー」と、屈託のない笑顔を浮かべるのだった。
 ルナは、トテトテと俺の横に歩いて来ると、ストンと、座り込む。そして、俺の顔を見上げながら、「えへへー」とちょっとしまらないが、非常に愛らしい笑顔を振りまいて来た。
 俺はそのルナの笑顔に、一瞬顔を赤くするも、黙って頭を撫でてやった。
 そんな様子を見ていたリリーが、何か物欲しそうな目で俺を見ていたことも、レイリさんがそんな俺達の様子を微笑ましく見ていたこともわかってはいた。しかし、俺は目の前のルナを撫でまわす事しかできなかったのだった。

 そうして、暖かい時間が過ぎて行き、夜も更けて来たので、俺達は就寝する事になるのだが…ここでまた一悶着が起こる。
 ルナが俺と一緒に寝るとごね始めたのだった。

「やー!!ツバサと一緒に寝るの!抱き合って寝るの!!」

 と、俺の人生を色んな意味で終わりにしかねない発言を繰り返す。ルナさんや、俺をそんなに犯罪者にしたいのかね?
 それを聞いたレイリさんは、「あらあら…」と、少し困ったようなちょっと楽しそうな表情を浮かべ、リリーに至っては、

「そ、そそそそそ、そんな!だ、だ、だだだ男性の方と、い、い、一緒に…ぷしゅー」

 と、壊れた再生機器のようになった挙句、勝手に真っ赤になって轟沈した。
 相変わらず期待を裏切らない子で俺は非常に嬉しいが、今はなんとかルナを引っ張って行って欲しかった…。
 俺は、約束事の件や、リリー達と寝る事も大事なんだよ?とそれとなく誘導するも、ルナは頑として首を縦に振らないのだった。

 仕方がないので、俺は妥協案を提示した。
 とりあえず、1日づつ交代で一緒に寝る人を変える事。
 初日は、しょうがないから俺で良いとして、次の日からは、リリーやレイリさんと一緒に寝る事。
 ちゃんと約束を守れたらまた、俺と寝ても良い事にした。
 ルナは最初、それでも難色をしめしていたが、俺が本当に困っているのが分かって来ると、しぶしぶ頷いてくれた。

 そして、レイリさんやリリーにも、別にやましい事は何もしていない事を言い訳したうえで、徐々に俺離れをさせたいので、協力してほしい旨を伝えた。とりあえずリリーは頭から煙を出して轟沈しているので、レイリさんと話したことになるが、了承頂けた。
 ああ…レイリさんが大人で本当に良かった。唯一俺の心を分かって、頼らせてくれる方だ。俺は猛烈に救われている!!

 そんなレイリさんに俺は、感謝しつつ、今は茶を飲みながら寝床の用意が終わるのを待っている。
 俺がやると言ったのだが、今日は自分にやらせてくれと、レイリさんが譲らなかったのだ。
 ふう、なんだか激動の一日だったが…ようやく今日と言う日も終わる…。
 まさか服を得るためにここまで色々起こるとは…。
 そんな感傷にも似た気持ちを抱きつつ、俺は静かにお茶すする。
 そうしていると、扉を少しだけ開いて顔を出したレイリさんが、

「ツバサ様、床の準備が整いました。」

 と、声をかけてくれた。俺は、「ありがとうございます。」と、礼を述べると、部屋へと向かう。
 静かに扉を開け、光が入らない様に扉を閉めた俺の目に飛び込んできたのは、

 3組敷かれた布団の1組の中でワクワクした顔でこちらの様子を伺うルナと、
 ルナの左隣に此処へどうぞ!とこれ見よがしにスペースを開けられた俺の布団と思われるものと、
 更に左隣に、完全に目を回して寝ているリリーを抱きつつ、布団の上で足を崩しこちらを艶っぽい目で見つめるレイリさんの姿だった。

「ちょっとぉぉおおぉおおおお!?レイリさあぁぁああああん!!??何やってんすかぁぁぁぁぁああ!!!」

 俺の絶叫が今日も響き渡る。俺の一日はまだ終わりそうになかったのだった。

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