比翼の鳥

風慎

第22話:癒しの時間

 どこぞへと旅立っていた親子2人を揺すって起こすと、俺は長老に事後処理を任せることにした。

 とは言っても、完全に意識を失っているガレフとその手下たちを放って置くわけにもいかないので、屋敷の外に置いておくことにする。
 良い感じに煙をプスプスと上げて屋敷の外で倒れ込んでいる15人と、完全に目を回しているガレフとその手下達を、俺は強化した腕力で次から次へと屋敷の入口に積み上げて行く。

 そんな奇行を目にした住民からは戸惑いと、畏怖の念を持って見られていたが、そんな視線を吹き飛ばすように人垣より本日二度目となる「ツバサの旦那!」と言う呼びかけを受ける。
 おや、良いタイミングで来たものだ。ナイスだよ!ベイルさん。
 ベイルさんは、屋敷前に積み上げられた獣人たちを見て、

「こりゃぁ…一体…。どういうことですかぃ?旦那?」

 と、ちょっと戸惑いながら、俺に聞いてくる。
 まぁ、そりゃこんだけ死屍累々とした獣人達の様子を見せられればそうなるよね。

 俺は、簡単に長老暗殺を企てた馬鹿どもについて説明すると、捕縛するための道具や人手が無いか聞いてみる。
 そこへ、レイリさんが長老を連れ立ってやって来たので、その後の処理は迅速に進んだ。

 どうやら、罪を犯した者達が入れられる牢獄があるらしい。
 良かった。単なる家に見張りを付けてとかだと、後々面倒臭い事になるのは目に見えているからな。
 結局、牢獄への輸送と監視はベイルさんの率いる男衆が受け持ってくれることになった。
 丸投げで申し訳ないが、こういう事は村の人に任せた方が、後々面倒が無くていいからね。
 俺は、ベイルさんに頭を下げお願いすると、ベイルさんは、

「そんなよして下せぇ!長老様を救ってくださった英雄様にそんな事させられませんぜ!」

 と、いきなりの英雄扱い。
 毎度毎度、この人は大げさだなぁと思いつつも、こういうキャラは憎めないなーと、苦笑しながら輸送をお願いした。

 レイリさんは事後処理がある為、長老の所で少し残って手伝っていくとの事だ。
 俺とルナは、迷惑になりそうだったのでとりあえず、家へと戻る事にした。

 レイリさんに道が分かるかと心配されたが、俺は大丈夫だと答えておいた。
 いざとなったらリリーや、わが子達の魔力を追うから大丈夫だと伝えておく。
「そんな事まで御出来になるのですか…。」と、相変わらず飽きれられた俺は、村を散策がてら家路へと向かう。

 俺はルナと手をつなぎゆっくりと町の様子を見ながら歩く。

 相変わらず俺達への視線は厳しいものの、ゆっくりと村の様子を見る事ができたお蔭で幾つか分かったことがあった。

 まずは、衣類なのだが…男はあまり着飾っていない事が見て取れた。特に若いものほどそれが顕著で、男の子達の中には腰布1枚ではしゃぎ回るような子もちらほらと見受けられた。
 逆に女の子は、小さい子でもちゃんと服を着ている子ばかりだった。だが、その服の質についてはかなりの差があるようだ。一般市民の着ている服は殆どが麻や植物の繊維と思われるもので編まれた物だった。これは製法にも寄るが基本的にゴワゴワしていて着心地が良くなさそうだ。
 それに対し、レイリさんの着ている服の多くが絹やそれに近い、きめ細やかな布を使っているのだ。これは肌触りが滑らかで水分も良く発散するので着心地が良い。
 やはり、この辺りの貧富の差は結構ありそうだ。

 次に気になったのは、食事である。
 そろそろ日も南中しそうな勢いであるので、元の世界に照らし合わせれば正午頃だろう。
 それに合わせるように、各家から煙が上がる。きっと料理中なのだろうというのは見て取れる。
 基本的にどこの家庭でも、煮るか焼くかしているようで、どの家からも美味しそうな匂いが流れてくる。
 そこで、俺はふと思ったのだ。食事は今迄、娯楽の一環かと思っていたのだが…もしかしたら、常識は違うのではないかと。
 レイリさんも見た所、最低でも1日2食作っているようだったし、この村の人たちも、正午に食事を作っている。
 俺の感覚では、食べたくなった時に食べれば良い位でしかないのだが、実は大間違いの可能性があるのでは…と思い当たったのだ。
 しかし、俺は1週間に1回、リンゴ(仮)を2~3個程度食べればよいだけだった。この矛盾はどうしたものか…。
 家に帰ったらリリーに聞いてみようと決める。

 そんな風に村の様子を眺めつつ、家へと帰宅した俺達を、リリーとわが子達が迎えてくれた。
 何故か、わが子達がスッポンポンだったのだが、リリーの疲れた顔を見て察したので、聞かないでおいた。
 すまんな…リリーよ。うちの子のわがままに真正面からぶつかったんだろう…。

 俺は、此花と咲耶に服を着させる。
 そして、「人間の姿を取る時は必ず服を着る事!」と、しっかりと言い聞かせておいた。そうでないと、俺達だけでなくリリーやレイリさんの親子の迷惑になるからと口を酸っぱくして説教する。ちなみに、居間で正座してである。

 初めてしっかりと怒ったからだろう。二人はシュンとしてしまっていたが、俺が「分かったなら良し!」と、少し乱暴にクシャクシャと2人の頭を撫でてからは、いつもの通りの笑顔で俺に抱きついて来た。

 そして、そんな此花と咲耶に一瞬にしてジェラシーを再燃させたルナは、俺の後ろからのしかかるように、俺におぶさって首に手を回して来る。その後、俺の後頭部にグリグリと自分の頭を押し付けながら、何か変な呼吸をしている。いや、ちょっと頭皮に直接息がかけられるとか、新感覚はいらない訳ですよ。
 んでね?あのね…ルナさんや。そこで、のしかかられるとだね、背中にとっても良い感触がですね…。ああ、もう良いや…。ここまで来たなら堪能しよう。うん。
 そんな俺達のスキンシップ…というか、半分おしくら饅頭状態の俺達を何故か羨ましそうに見るリリー。

 なんか、仲間外れも可哀相なので、俺は笑いながらリリーに手招きをする。ここまで来たらリリーが増えても変わらん!と俺は開き直った。
「え!?ええぇぇええ!?」と、大声で驚き硬直するリリーだったが、数秒考えると、おずおずと言う感じで、座りながら移動してきた。ちなみに、尻尾も耳も何だか大変なことになっている。もう、この子可愛すぎだろ!!

 俺は、此花と咲耶に少しだけ両脇にずれて貰い、俺の真正面から膝にかけてスペースを空けて貰う。
 そして、恥ずかしがりながらも少し上目づかいで、「うぅううう…。」とか言いつつもしっかりと俺の前まで来たリリーを、俺は素早くつかんで、優しく俺の膝枕スペースへと横たえた。
 俺の膝の上にポテンと横になったリリー。そんなリリーは何が起きたのか分からない様子で、俺の顔を下から覗きこんでいる。俺は、そんなリリーが現実に戻る間も与えず、優しく獣耳を撫で始めた。
 最初こそ、ピクッとビックリしたように反応したリリーだったが、徐々に目がトロンと気持ちよさそうに狭められていき、尻尾も嬉しそうにゆっさ、ゆっさと揺れ始めた。
 俺も、ルナも、此花も、咲耶も、リリーも、皆で幸せいっぱいの、のんびりとした午後の時間を過ごしたのだった。

 ちなみに、この密着した団らん状態は、日も傾き、事後処理を終え、クタクタになったレイリさんが帰宅するまで続けられたのだった。そんな様子の俺等を見たレイリさんが、怨嗟と共に血の涙を流したのように見えたのは、きっと夕日のせいに違いない…。うん、そうしておこう。

 帰って来たレイリさんが、よく分からないオーラを出しつつ、近付いて来たのに気が付いたリリーは、ハッ!?と獣耳と尻尾を立てて、我に返ると、

「あ!?お、お母さん!?おお、おおおか、お帰りなさい!!あ、そうだ。夕飯。そう、夕飯作らないとね!ちょっと待ってね!すぐ作るからね!!」

 と、一目散に離脱していった。何と言う逃げっぷり。まさに本能のなせる業なのだろうか。
 そんな様子に、ルナも、「私も手伝うー。」と、ご機嫌な様子でリリーの後を追いかける。これは天然だな…。
 わが子達も、危険を察知したのだろうか?少し、考えたのちに、「お父様。リリー様を手伝ってまいりますわ♪」「父上、ルナ姉さまが心配ですので様子を見て参ります。」と、同じく離脱しやがった。

 結局、居間には俺とレイリさんが残されるのみとなった。
 そんな俺達の様子などまるで見えていない様に、レイリさんは、

「私が、一生懸命ツバサ様の為に、働いてまいりましたのに…。そんな時に皆さんは、ツバサ様の寵愛を受けているなど…あまりに酷い仕打ちでございます…。」

 と、正に血を吐くように言う。そこまで羨ましいのか…。まぁ、けど実際に、レイリさん頑張ってたもんなぁ。
 俺は、そんなレイリさんが少し可哀相になったので、ちょっとサービスしようと呼びかける。

「レイリさん。今日はレイリさんのお蔭で、大事にならずに済みました。本当にありがとうございます。お疲れでしょう?まだ、食事は出来ないようなので、少しの間ですが、お休みになっては?」

 そう言いながら、俺は微笑み、自分の膝をポンポンと叩く。
 そんな俺の言葉を一瞬理解できないようにしていたが、意味が頭に浸透すると、それはもう一気に表情が嬉しさに彩られる。耳も尻尾もパタパタと、せわしなく動き、目が爛々と…肉食獣のような目に見えるんだが、気のせいだよな?
 ともかく、とても嬉しそうにしてくれているので、俺は、「さぁ、こんな所で申し訳ありませんがどうぞ。」と、駄目押しをする。
 レイリさんは、「そ、それではちょっとだけ…。」と言いながら、最速で俺の膝にダイブするかのように頭を寄せて来る。っていうか、空中で一回転。姿勢を変えつつ、一発で飛び込んできた…。何そのアクロバットな膝枕への納まり方!?一瞬、「トゥ!」とか言いつつ崖から飛び降りる、5人組の正義の戦隊的な登場シーンを思い出したよ!!

 俺の膝の上に収まったレイリさんはちょっと恥ずかしそうにモジモジしていたが、その目はしっかりと俺をとらえて離さなかった。そして、その目には何かを期待するような色を宿している。
 俺はそんな可愛いレイリさんに微笑むと、そっとその獣耳を撫で始める。レイリさんはそれはもう、目を細め気持ちよさそうに尻尾を振っていた。
 そんな状態のレイリさんに、

「今日は疲れたでしょう?病み上がりなんですから無理しないでくださいね。」

 と、声をかける。そんな俺の言葉を夢うつつのような表情で聞きつつも、

「勿体無い…お言葉です。ツバサ様は…私の…全てを捧げるに相応しい方です。…この程度、幾らでも…。」

 と、途中で尻切れになるほど、ウットリとした様子でレイリさんは答えて来る。
 折角とっても気持ちよさそうだから、このまま少し休んでもらおう。
 俺は、言葉の代わりに感謝の気持ちを、一撫で一撫でに込めつつ、丁寧に頭を撫でていた。

 ふと視線を感じると、リリーがこちらの様子を羨ましそうな、申し訳なさそうな顔で窺っていた。
 そんなリリーに俺は微笑むと、隣の部屋を指し、ジェスチャーで布団を敷く動作をする。それで意味が通じたのだろう。リリーはレイリさんの部屋へと入って行き、布団を敷き始めたようだ。

 ちなみに、その間に料理はどうなっているのかと言えば…何故かルナが作っていた。
 オイオイ…大丈夫なのか!?大丈夫だよな!?まぁ、見た感じ何かを切って鍋に入れているだけっぽいから平気だと思うけど…。前科が何件もあるルナだからな…最後の一押しがね…やらかしそうで怖いんですよ!
 リリーさん!はやくぅ!!!俺は自分で床の用意を頼んでおきながら、リリーが早く料理に戻ってくれることを願ったのだった。

 ちなみに、レイリさんは俺の膝の上でそれはもう、気持ち良さそうに丸くなって寝てしまっていた。
 そんな母親の姿をリリーは、「お母さん、可愛い♪」と、評すると、「こんなお母さん見るの初めてですよ?」と少し嬉しそうに続けた。
 そんなリリーに俺は、「レイリさんは母親だからね。やっぱりしっかりした姿を見せたかったんだよ。親って言うのはどうしても格好付けたがるからさ。」と、笑顔で答える。
 リリーをそんな風に諭しながらも、俺は自分の親たちを思い浮かべる。うちの親父とお袋はあまり飾らない人だったなぁ…と、思い出していた。

 レイリさんは完全に寝入ってしまった。起こすのも忍びないので、今は布団へと横たえてきた。
 後で、「なんで起こしてくれなかったのですか!?」とか言いそうだが、その時はその時だ。
 さて、結果的に言えば…夕食は実に美味しいものだった。良かった…。
 ルナもリリーに色々教えてもらっていたらしい。

 俺がそれとなく、「今日も美味しいね!」と感想を述べる。
 すると、リリーが恥ずかしそうに、「ありがとうございます。」とモジモジし、ルナがちょっと自慢げに「ルナも手伝ったんだよ!」とニコニコしながら言ってきた。
 うん、この2人の可愛さで飯も進むな!!まぁ、煮物だけど。
 俺は、リリーに「ルナに料理を教えてくれてありがとう」と、礼をのべると、リリーは、「いえいえ。私もルナちゃんと一緒に料理できて楽しいんですよ?」と、ちょっと首を傾けながら笑顔で言う。
 その後、リリーはルナの方を見ると、2人で「「ね~♪」」と、楽しそうに笑いあっていた。
 とても仲が良くなったようでいい事だ。

「ルナも、頑張ってくれてありがとう。とても美味しいよ。」と、褒める。
 この子は褒めれば褒めるほど伸びる子だ。まぁ、褒めすぎると時々暴走するのはご愛嬌だ…。暴走すると被害が甚大なのが玉に瑕たまにきずだがな!!
 そんな俺の言葉にルナは、「にふー♪」と、嬉しそうな幸せそうな笑顔を見せると、「ルナ、もっと頑張る!」と、意気込みも新たにしていた。

 そんなリリーとルナに触発されたのか、此花と咲耶も「「料理がしたいです!」」と、言ってきた。
 どうやら、炊事場では、本当に見ているだけだったようだ。

 リリーとルナはわが子達のそんな訴えを喜ぶ。
 特にリリーが「一緒にやりましょうね!」と、とてもやる気に満ちた声で、新たな生徒を歓迎するのだった。
 本当にいい子だ…。ありがとう!リリー!!と、俺は密かに心で礼を言う。

 そんな風に、今日の食事も和やかに進むのであった。

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