比翼の鳥
第38話:失われた秘術
俺は、とりあえず、ティガ・精霊の救出祝いという事も兼ねて、料理を作る為、食材を取りに来ている。
あの後、リリーは完全にノックダウンし、自室にて震えていたので、俺はレイリさんに狩りの付き添いをお願いしたのだ。
本当はルナにお願いしたかったのだが、まだ、この辺りの地理に慣れていない事もあり、不安要素を捨てきれなかったので、安全を優先しての人選である。
お願いされたレイリさんはとてもご機嫌で、先程からエンドレスに尻尾ふりふりと言う状態だ。
思わずむしゃぶりつきたくなるような尻尾なわけだが、往来でそれをやると、何か色々まずそうなのでグッとこらえる。
そんなご機嫌なレイリさんに、狩りや採集についてのルールを教えて貰う。
まず、狩りについてだが、基本、1家族・1日・1頭と言う決まりがあるそうだ。
例えば、シカ1頭を取ったら、2頭目はもう、その日は取れない。
ただし、シカ1頭と、別の種類であるイノシシ1頭は良いとの事。
また、群れに遭遇し、2匹以上狩ってしまう事もあるだろう。
その場合は、持って来ても良いが、頭数に応じて、狩猟制限が掛かるらしい。
例えば、3頭持ってきたら、3日間は狩猟自体が全面的に禁止とか、そんな感じの様だ。
まぁ、実際は、あまり狩猟に出る機会も無いので、もし群れを見て倒せるようなら、出来るだけ狩って帰って来るのが一般的らしい。
何故、狩りの機会が少ないのだろうか…?元は肉食だったと、この前言っていた気がするが…。
俺は、何気なくそんな質問をすると、レイリさんは困った様に、
「それは…。我らの一族が弱体化しているせいですわ。」と、答えてくれた。
つまり、野生の獣にすら、返り討ちに会う事もあるほど、戦闘能力が弱まっているのだと言う。
獲物自体は結構豊富なのだが、魔獣や気性の激しい獣に遭遇すると死人が出る事も少なくないらしい。
昔はそんな事無かったらしいのだが、人族との戦争で、獣人族の英知が徐々に失われ、今は残っていない口伝も多いとの事だ。
なるほど…。口伝は伝えるべき人が死んでしまったらそこで途切れるからな…。
そして、これは厄介だと、俺は内心苦々しい思いで話を聞いていた。
何故なら、これから先、どれだけ猶予が残っているのかは分からないのだが…残念なことに戦闘力を必要とする日々が迫っているかもしれないからだ。
勿論、そんな日が来なければ良いとは思っている。
だが、備えておかないと本気で絶滅しそうだな…今の話を聞いていて、改めてそう思ったのである。
100年程前。その時の人族の大侵攻により、秘伝を継承すべき長老が討ち取られ、獣人族の強さに関わる秘伝は失われたらしい。
更に、12年前、ルカール村が襲撃された際に、辛うじて残っていたその他の秘伝も軒並み失われたそうだ。
それまでは、獣人族の中でも最強に名を連ねていた金狼族だったようなのだが…その秘伝が失われてから、一気に最弱へと落ち込んだらしい。
今の長老である桜花さんは、過去の金狼族の栄光を知る最後の一人らしい。
もっとも、口伝は引き継がれず、その強さを引き出す方法は桜花さんも分からないため、金狼族の将来を見据え、苦悩しているとのことだ。
そこまで重要な情報なら紙に残しておけばいいのに…。
そう思って聞いてみたのだが、どうやら獣人族では紙は使わないらしい。
そもそもからして、文字が無いとの事だった。流石の俺もビックリだ。
簡単な意味を持つ記号のような物はあったらしいのだが、それも途絶えたとの事。
だったら、今からでも作れば良いじゃない!とか思ったのだが…。
今迄、その必要が無かったと言うのが文字が作られなかった理由だ。
中には人族の里で奴隷として働いていた者もいたらしいのだが、高度な教育を受ける事が出来ず、多少の読み書きを行えただけだったようだ。しかも、その者達も今はもう死に絶えたらしい。
極限まで酷使されたせいで、大幅に寿命を減じたのがその理由だったようだ。
現在は、記録や絵が必要な際に、主に、木版に炭で一時的に残すか、壁画と言った大きなものを残すに止まっているようだ。
もっとも、その壁画とやらも今はどこにあるのかすら分からないとの事だ。
それだけ、大侵攻によって失われた人員が多かったことを物語っていた。
なるほど。過去の文明が引き継がれなければ、こうなるってことね。
俺は、その恐ろしさをまざまざと見せ付けられている思いだった。
そんな話をしつつ、俺達は狩場となる森の奥へと向かっていた。
既に、探知にて、多数の動物を捕捉している。
その探知結果を見るだけでも、この森は恵みにあふれているのが良くわかった。
今回は、主に鹿、猪、熊のような、少し食いでのありそうな反応の大きい動物に絞っているのだが、それだけでも結構な数が探知にかかる。
ふと、畜産等はどうなっているのか聞いてみたのだが、逆に畜産とは何か?と質問を返されてしまった。
鶏のような卵を取れる動物がいるのは、食卓を見ればわかる。
レイリさんに説明したが、そういったことは行っていないようだ。
卵も野生で生息している鳥の巣からとってくるのだそうだ。
中々に原始的な生活を行っているのが、改めて浮き彫りとなった。
これは、良さそうな種があれば、試験的に家畜化しても良いかもしれない。
そんな事を考えているうちに、猪とおぼしき反応のすぐ近くまで到達する。
俺は気配を魔法陣で完璧に隠蔽すると、様子をうかがった。
どうやら、1頭だけのようだ。
もし、親子だったりしたらちょっと気まずいな…と、思っていたのだが、どうやらそう言うことも無いようだ。
もちろん、食べるためなので、非情になる事は必要だと理解はしているが、回避できることは回避したいと言うのが俺の偽らざる気持ちだった。
俺は、横で静かに佇むレイリさんに目配せをすると、攻撃用の魔法陣を構築する。
そして、【ライトニングボルト】を発動し、猪の神経を焼ききった。
この魔法の恐ろしいところは、しっかりとイメージすれば特定部位に効果を及ぼすことができる点だ。
今回は、猪っぽい獲物の頭から足の先までを導電体として、無理やり高電圧で電流を流した。
そんな事をすると、制御が難しくなるものの、使いこなせば恐ろしい効率性を発揮する。
俺的には、適当な範囲に電位差を生じさせ、広範囲に雷を降らせまくる方が楽なのが本音である。
最初の内は、全く関係のないところに落としてしまい、そこら辺を感電させまくったものだ。
自爆したことも数回ある。あれは中々にきつい。
しかし、そんな自爆を伴った必死の努力のお陰で、動きの少ないものであれば、自分の狙った場所に雷撃を通すことができるようになったのだ。
俺は、痙攣する猪に近づき、確実に息の根を止めるべく、再度、脳を雷撃で完全に破壊した。
死体を見る限り死因は特定できない。涎を垂れ流し、目を見開いている姿は、死に慣れていない者に不快感を起こさせるだろう。
しかし、それを考えなければ、今にも動き出しそうな綺麗な死体となった。
ふと、レイリさんを見ると、何か考え込んでいた。
レイリさんは、俺の狩りの様子を見て、何か思うところがあったのだろう。
「ツバサ様、次は私に狩らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
そんな提案をしてきた。
ふむ、レイリさんの戦闘力か…気になるね。
時おり、俺も逃げ出したくなるほどのオーラを出せる人だ。さぞかし強いのでは…。
俺は、そんなことを考え、二つ返事で了承した。
丁度、お誂え向きに、中型の動物の反応が近くにあったので、レイリさんを伴い移動する。
ちなみに、猪の死体は防護結界で、例のごとく浮かばせて運んでいる。
ただ真後ろに浮かばせると遠くからでも簡単に見えてしまう。
そんなもんがみつかると、あっさりと逃げられてしまうので、少し離れた所に隠すように置いておいた。
隠蔽魔術で近づいた俺たちの前には、鹿らしき生き物が1頭。
貪るように草を食んでいた。
その頭から立派な角が、天に向かって突き立っている。
あんなもので一突きされたら、怪我だけではすまないかもしれない…
俺は、心配になってレイリさんを見ると、レイリさんはそれはそれは恐ろしい笑みを浮かべ、その真っ赤な舌で唇を潤していた。
ひぃ!?怖いっす!!レイリさん、その顔なんか色々縮まっちゃうくらい、恐ろしいです!!
そんな俺の思考が届いたのか、レイリさんは俺の顔を見て、少し恥ずかしそうに頬を染めると、「あら…私ったら。恥ずかしいですわ。」と、顔をそらした。
いや、もうさっきの表情がインパクト強すぎて、上書き不可能ですって。
レイリさんは、真面目な顔を取り戻すと、「それでは、行って参ります。」と、俺に声をかける。
一応、最悪の事態を想定し、俺はレイリさんに簡易の防護結界を発動しておいた。
もし、攻撃を食らうことになっても、これで怪我することは無いだろう。
そして、更にいつでも動けるように気を引き締めると、「気を付けてくださいね。」と、声をかけた。
レイリさんはそんな俺の言葉を受け、微笑むと、音もなく跳躍した。
って、飛ぶのかよ!?
そして、空中でクルっと一回転すると、どうやったのか、音もなく鹿っぽい動物の横に降り立ち…
貫手で、いとも容易く頭をぶち抜いた。
声もなくそのまま絶命する鹿っぽい何か。
レイリさんは、頭を貫通した貫手をそのまま引き抜く。
すると、若干飛沫をあげ、血が流れ出る。
レイリさんは、手に滴る血を美味しそうに目を細めながら舐めとっていた。
ひぃ!?誰だよ!金狼族が最弱とか言ったやつ!?
素手で、獲物一撃とか怖すぎるよ!今日、夢で出てきそうな勢いだよ!!
俺は、そんな惨劇を目にしてカタカタ震えてると、レイリさんは気がついたように、「あら?私ったらはしたない。」
と、水魔法で手についた血を洗い流し始めた。
気にするところって、そこじゃないですけどね!?
俺は脳内で突っ込みつつ、改めてレイリさんを怒らせないようにしようと、心に誓う。
レイリさんは、鹿の角を掴んで引きずりながらこちらに持ってくると、
「どうですか?ツバサ様。私の腕もなかなかのものでしょう?」
と、素敵な笑顔で語りかけてきた。
俺は、「ええ、ビックリしました。」と、嘘偽りなく感想をのべる。
どこにビックリしたかは怖くて言えないが。
そんな俺の言葉に、嬉しそうに微笑むレイリさんだったが、そのあと、少し不思議そうに、
「今日は凄く調子が良いんですよ?獲物の動きも手にとるように見えますし、体も思い通りに動きますし。こんなこと初めてですわ。」
と、首をかしげながらそう教えてくれた。
そして、「きっと、ツバサ様が治療してくださったからですわね。」
レイリさんはそんな風に、続けた。
俺はその言葉に、ふと、何か見逃してはならない大切なものが隠れていることを感じる。
弱体化した金狼族。レイリさんのそれを感じさせない動き。
俺は、気になったことをレイリさんに問いかけた。
「レイリさん。最近体の調子はいかがですか?特に、治療後は、いかがでしょうか?」
そんな突然の俺の質問にも、レイリさんはいやな顔一つせず、答えてくれた。
「とても調子が良いですわ。以前より調子が良いくらいですよ?」
「前より力が上がったり、機敏に動けるようになったり、感覚が鋭くなったとか感じることはありませんか?」
「そう言われてみれば…そういった感じをうけますわね。」
「それ以外に、何か変化はありませんか?どんな些細なことでもいいのですが…」
「そう言えば…。最近ちょっとしたことで興奮してしまいますわね。」
「え?」
そんな斜め上の発言に、俺は思わずレイリさんの顔をマジマジと見てしまう。
「あ、いえ。そういう意味ではございませんわ。今の狩りの時もそうでしたし、あとは、父との口論の時もそうでしたし、ツバサ様とお話しする際にも時々、何と言いますか気持ちが高ぶり過ぎてしまうことがございました。」
レイリさんは手をパタパタと振りながら、ついでに尻尾も耳もワタワタしながら、慌てたようにそう訂正した。
そして、付け加えるように、
「昔では無かったことなのですが、まだまだ精進が足りませんね。」
と、恥ずかしそうに言う。
俺はその話を聞いて、ある一つの可能性に思い当たる。
まさか…もしかしたら…?そんな期待感とも不安感とも言えないあやふやな気持ちを抱いたまま、更に質問する。
「レイリさん。話が変わるのですが…失われた金狼族の強さとはどういったものか、聞いたことはありませんか?」
そんな俺の言葉に、レイリさんは、記憶を掘り起こすように、暫く考え込むと、
「あくまで、父から伝え聞いた話なのですが…なんでも力や感覚が大幅に上がるそうで…中には姿形まで変えることの出来た方もいらっしゃったそうですわ。」
そう、呟くように言葉を紡いだ。俺はそれを聞き、更に続ける。
「やたらと勇敢になったり、狂暴になったり、興奮したりと言うことは無かったですか?」
「そう言われてみれば…力を制御できなかった者が暴走して被害を出したこともあるという話を、聞いた覚えがございますわ。」
「やっぱり…。」
俺は話を聞いて、ほぼ確信する。
今までの俺との会話を通して、レイリさんも気がついたのだろう。
ハッと、その表情を強ばらせると、「まさか…ツバサ様?」と、俺の顔を困惑した表情で見つめる。
俺は、そんなレイリさんを見つめると、頷き
「レイリさんは治療の副作用で、失われた秘術に意図せず手が届いてしまっている可能性が高いです。」
俺はそう結論付けたのだった。
あの後、リリーは完全にノックダウンし、自室にて震えていたので、俺はレイリさんに狩りの付き添いをお願いしたのだ。
本当はルナにお願いしたかったのだが、まだ、この辺りの地理に慣れていない事もあり、不安要素を捨てきれなかったので、安全を優先しての人選である。
お願いされたレイリさんはとてもご機嫌で、先程からエンドレスに尻尾ふりふりと言う状態だ。
思わずむしゃぶりつきたくなるような尻尾なわけだが、往来でそれをやると、何か色々まずそうなのでグッとこらえる。
そんなご機嫌なレイリさんに、狩りや採集についてのルールを教えて貰う。
まず、狩りについてだが、基本、1家族・1日・1頭と言う決まりがあるそうだ。
例えば、シカ1頭を取ったら、2頭目はもう、その日は取れない。
ただし、シカ1頭と、別の種類であるイノシシ1頭は良いとの事。
また、群れに遭遇し、2匹以上狩ってしまう事もあるだろう。
その場合は、持って来ても良いが、頭数に応じて、狩猟制限が掛かるらしい。
例えば、3頭持ってきたら、3日間は狩猟自体が全面的に禁止とか、そんな感じの様だ。
まぁ、実際は、あまり狩猟に出る機会も無いので、もし群れを見て倒せるようなら、出来るだけ狩って帰って来るのが一般的らしい。
何故、狩りの機会が少ないのだろうか…?元は肉食だったと、この前言っていた気がするが…。
俺は、何気なくそんな質問をすると、レイリさんは困った様に、
「それは…。我らの一族が弱体化しているせいですわ。」と、答えてくれた。
つまり、野生の獣にすら、返り討ちに会う事もあるほど、戦闘能力が弱まっているのだと言う。
獲物自体は結構豊富なのだが、魔獣や気性の激しい獣に遭遇すると死人が出る事も少なくないらしい。
昔はそんな事無かったらしいのだが、人族との戦争で、獣人族の英知が徐々に失われ、今は残っていない口伝も多いとの事だ。
なるほど…。口伝は伝えるべき人が死んでしまったらそこで途切れるからな…。
そして、これは厄介だと、俺は内心苦々しい思いで話を聞いていた。
何故なら、これから先、どれだけ猶予が残っているのかは分からないのだが…残念なことに戦闘力を必要とする日々が迫っているかもしれないからだ。
勿論、そんな日が来なければ良いとは思っている。
だが、備えておかないと本気で絶滅しそうだな…今の話を聞いていて、改めてそう思ったのである。
100年程前。その時の人族の大侵攻により、秘伝を継承すべき長老が討ち取られ、獣人族の強さに関わる秘伝は失われたらしい。
更に、12年前、ルカール村が襲撃された際に、辛うじて残っていたその他の秘伝も軒並み失われたそうだ。
それまでは、獣人族の中でも最強に名を連ねていた金狼族だったようなのだが…その秘伝が失われてから、一気に最弱へと落ち込んだらしい。
今の長老である桜花さんは、過去の金狼族の栄光を知る最後の一人らしい。
もっとも、口伝は引き継がれず、その強さを引き出す方法は桜花さんも分からないため、金狼族の将来を見据え、苦悩しているとのことだ。
そこまで重要な情報なら紙に残しておけばいいのに…。
そう思って聞いてみたのだが、どうやら獣人族では紙は使わないらしい。
そもそもからして、文字が無いとの事だった。流石の俺もビックリだ。
簡単な意味を持つ記号のような物はあったらしいのだが、それも途絶えたとの事。
だったら、今からでも作れば良いじゃない!とか思ったのだが…。
今迄、その必要が無かったと言うのが文字が作られなかった理由だ。
中には人族の里で奴隷として働いていた者もいたらしいのだが、高度な教育を受ける事が出来ず、多少の読み書きを行えただけだったようだ。しかも、その者達も今はもう死に絶えたらしい。
極限まで酷使されたせいで、大幅に寿命を減じたのがその理由だったようだ。
現在は、記録や絵が必要な際に、主に、木版に炭で一時的に残すか、壁画と言った大きなものを残すに止まっているようだ。
もっとも、その壁画とやらも今はどこにあるのかすら分からないとの事だ。
それだけ、大侵攻によって失われた人員が多かったことを物語っていた。
なるほど。過去の文明が引き継がれなければ、こうなるってことね。
俺は、その恐ろしさをまざまざと見せ付けられている思いだった。
そんな話をしつつ、俺達は狩場となる森の奥へと向かっていた。
既に、探知にて、多数の動物を捕捉している。
その探知結果を見るだけでも、この森は恵みにあふれているのが良くわかった。
今回は、主に鹿、猪、熊のような、少し食いでのありそうな反応の大きい動物に絞っているのだが、それだけでも結構な数が探知にかかる。
ふと、畜産等はどうなっているのか聞いてみたのだが、逆に畜産とは何か?と質問を返されてしまった。
鶏のような卵を取れる動物がいるのは、食卓を見ればわかる。
レイリさんに説明したが、そういったことは行っていないようだ。
卵も野生で生息している鳥の巣からとってくるのだそうだ。
中々に原始的な生活を行っているのが、改めて浮き彫りとなった。
これは、良さそうな種があれば、試験的に家畜化しても良いかもしれない。
そんな事を考えているうちに、猪とおぼしき反応のすぐ近くまで到達する。
俺は気配を魔法陣で完璧に隠蔽すると、様子をうかがった。
どうやら、1頭だけのようだ。
もし、親子だったりしたらちょっと気まずいな…と、思っていたのだが、どうやらそう言うことも無いようだ。
もちろん、食べるためなので、非情になる事は必要だと理解はしているが、回避できることは回避したいと言うのが俺の偽らざる気持ちだった。
俺は、横で静かに佇むレイリさんに目配せをすると、攻撃用の魔法陣を構築する。
そして、【ライトニングボルト】を発動し、猪の神経を焼ききった。
この魔法の恐ろしいところは、しっかりとイメージすれば特定部位に効果を及ぼすことができる点だ。
今回は、猪っぽい獲物の頭から足の先までを導電体として、無理やり高電圧で電流を流した。
そんな事をすると、制御が難しくなるものの、使いこなせば恐ろしい効率性を発揮する。
俺的には、適当な範囲に電位差を生じさせ、広範囲に雷を降らせまくる方が楽なのが本音である。
最初の内は、全く関係のないところに落としてしまい、そこら辺を感電させまくったものだ。
自爆したことも数回ある。あれは中々にきつい。
しかし、そんな自爆を伴った必死の努力のお陰で、動きの少ないものであれば、自分の狙った場所に雷撃を通すことができるようになったのだ。
俺は、痙攣する猪に近づき、確実に息の根を止めるべく、再度、脳を雷撃で完全に破壊した。
死体を見る限り死因は特定できない。涎を垂れ流し、目を見開いている姿は、死に慣れていない者に不快感を起こさせるだろう。
しかし、それを考えなければ、今にも動き出しそうな綺麗な死体となった。
ふと、レイリさんを見ると、何か考え込んでいた。
レイリさんは、俺の狩りの様子を見て、何か思うところがあったのだろう。
「ツバサ様、次は私に狩らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
そんな提案をしてきた。
ふむ、レイリさんの戦闘力か…気になるね。
時おり、俺も逃げ出したくなるほどのオーラを出せる人だ。さぞかし強いのでは…。
俺は、そんなことを考え、二つ返事で了承した。
丁度、お誂え向きに、中型の動物の反応が近くにあったので、レイリさんを伴い移動する。
ちなみに、猪の死体は防護結界で、例のごとく浮かばせて運んでいる。
ただ真後ろに浮かばせると遠くからでも簡単に見えてしまう。
そんなもんがみつかると、あっさりと逃げられてしまうので、少し離れた所に隠すように置いておいた。
隠蔽魔術で近づいた俺たちの前には、鹿らしき生き物が1頭。
貪るように草を食んでいた。
その頭から立派な角が、天に向かって突き立っている。
あんなもので一突きされたら、怪我だけではすまないかもしれない…
俺は、心配になってレイリさんを見ると、レイリさんはそれはそれは恐ろしい笑みを浮かべ、その真っ赤な舌で唇を潤していた。
ひぃ!?怖いっす!!レイリさん、その顔なんか色々縮まっちゃうくらい、恐ろしいです!!
そんな俺の思考が届いたのか、レイリさんは俺の顔を見て、少し恥ずかしそうに頬を染めると、「あら…私ったら。恥ずかしいですわ。」と、顔をそらした。
いや、もうさっきの表情がインパクト強すぎて、上書き不可能ですって。
レイリさんは、真面目な顔を取り戻すと、「それでは、行って参ります。」と、俺に声をかける。
一応、最悪の事態を想定し、俺はレイリさんに簡易の防護結界を発動しておいた。
もし、攻撃を食らうことになっても、これで怪我することは無いだろう。
そして、更にいつでも動けるように気を引き締めると、「気を付けてくださいね。」と、声をかけた。
レイリさんはそんな俺の言葉を受け、微笑むと、音もなく跳躍した。
って、飛ぶのかよ!?
そして、空中でクルっと一回転すると、どうやったのか、音もなく鹿っぽい動物の横に降り立ち…
貫手で、いとも容易く頭をぶち抜いた。
声もなくそのまま絶命する鹿っぽい何か。
レイリさんは、頭を貫通した貫手をそのまま引き抜く。
すると、若干飛沫をあげ、血が流れ出る。
レイリさんは、手に滴る血を美味しそうに目を細めながら舐めとっていた。
ひぃ!?誰だよ!金狼族が最弱とか言ったやつ!?
素手で、獲物一撃とか怖すぎるよ!今日、夢で出てきそうな勢いだよ!!
俺は、そんな惨劇を目にしてカタカタ震えてると、レイリさんは気がついたように、「あら?私ったらはしたない。」
と、水魔法で手についた血を洗い流し始めた。
気にするところって、そこじゃないですけどね!?
俺は脳内で突っ込みつつ、改めてレイリさんを怒らせないようにしようと、心に誓う。
レイリさんは、鹿の角を掴んで引きずりながらこちらに持ってくると、
「どうですか?ツバサ様。私の腕もなかなかのものでしょう?」
と、素敵な笑顔で語りかけてきた。
俺は、「ええ、ビックリしました。」と、嘘偽りなく感想をのべる。
どこにビックリしたかは怖くて言えないが。
そんな俺の言葉に、嬉しそうに微笑むレイリさんだったが、そのあと、少し不思議そうに、
「今日は凄く調子が良いんですよ?獲物の動きも手にとるように見えますし、体も思い通りに動きますし。こんなこと初めてですわ。」
と、首をかしげながらそう教えてくれた。
そして、「きっと、ツバサ様が治療してくださったからですわね。」
レイリさんはそんな風に、続けた。
俺はその言葉に、ふと、何か見逃してはならない大切なものが隠れていることを感じる。
弱体化した金狼族。レイリさんのそれを感じさせない動き。
俺は、気になったことをレイリさんに問いかけた。
「レイリさん。最近体の調子はいかがですか?特に、治療後は、いかがでしょうか?」
そんな突然の俺の質問にも、レイリさんはいやな顔一つせず、答えてくれた。
「とても調子が良いですわ。以前より調子が良いくらいですよ?」
「前より力が上がったり、機敏に動けるようになったり、感覚が鋭くなったとか感じることはありませんか?」
「そう言われてみれば…そういった感じをうけますわね。」
「それ以外に、何か変化はありませんか?どんな些細なことでもいいのですが…」
「そう言えば…。最近ちょっとしたことで興奮してしまいますわね。」
「え?」
そんな斜め上の発言に、俺は思わずレイリさんの顔をマジマジと見てしまう。
「あ、いえ。そういう意味ではございませんわ。今の狩りの時もそうでしたし、あとは、父との口論の時もそうでしたし、ツバサ様とお話しする際にも時々、何と言いますか気持ちが高ぶり過ぎてしまうことがございました。」
レイリさんは手をパタパタと振りながら、ついでに尻尾も耳もワタワタしながら、慌てたようにそう訂正した。
そして、付け加えるように、
「昔では無かったことなのですが、まだまだ精進が足りませんね。」
と、恥ずかしそうに言う。
俺はその話を聞いて、ある一つの可能性に思い当たる。
まさか…もしかしたら…?そんな期待感とも不安感とも言えないあやふやな気持ちを抱いたまま、更に質問する。
「レイリさん。話が変わるのですが…失われた金狼族の強さとはどういったものか、聞いたことはありませんか?」
そんな俺の言葉に、レイリさんは、記憶を掘り起こすように、暫く考え込むと、
「あくまで、父から伝え聞いた話なのですが…なんでも力や感覚が大幅に上がるそうで…中には姿形まで変えることの出来た方もいらっしゃったそうですわ。」
そう、呟くように言葉を紡いだ。俺はそれを聞き、更に続ける。
「やたらと勇敢になったり、狂暴になったり、興奮したりと言うことは無かったですか?」
「そう言われてみれば…力を制御できなかった者が暴走して被害を出したこともあるという話を、聞いた覚えがございますわ。」
「やっぱり…。」
俺は話を聞いて、ほぼ確信する。
今までの俺との会話を通して、レイリさんも気がついたのだろう。
ハッと、その表情を強ばらせると、「まさか…ツバサ様?」と、俺の顔を困惑した表情で見つめる。
俺は、そんなレイリさんを見つめると、頷き
「レイリさんは治療の副作用で、失われた秘術に意図せず手が届いてしまっている可能性が高いです。」
俺はそう結論付けたのだった。
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