比翼の鳥

風慎

第39話:金狼族の力

 俺は、驚愕するレイリさんを余所に、更に続けて説明を行う。

「レイリさんに施した治療によって、レイリさんの魔力は現在、普段より多い状態で保たれています。」

 俺は、一旦目を閉じ、改めて自分の考えを整理する。

「つまり…、レイリさんの体には魔力が満ち溢れている状態です。そのため、空腹感も無くなり、先程のように体も強化されているのではと考えられます。」

 そんな俺の言葉を理解したレイリさんは、少し困惑したように、しかし、しっかりと俺を見据えて聞いている。

「そして、今、レイリさんの体に起きている現象があり…そして、先程教えて頂いた金狼族の秘術が及ぼす効果を重ねて考えると…?」

 俺は指を2本立てレイリさに見せつつ、話を続ける。

 「考えられるのは、魔力の過剰摂取により、秘術に似た現象を引き起こす事が可能であるという事です。」

 そこまで俺が話すと、レイリさんはその目に強い決意を宿して、こう言った。

「でしたらツバサ様。この私めを使って、その秘術への道…探って頂けないでしょうか?」

 そんな言葉を、俺は納得と諦めを持って受け取る。
 この話を始めた時点で、こうなる事は既に決定事項だった。
 レイリさんの自分を犠牲にしようとも、一族の為を思うその心。
 今の獣人族の現状と、その先に待つ滅亡の予感。
 2つが合わされば、この結果は必然だ。
 それを知っていながらも、俺はこの話をした。
 何故なら俺もまた、そうすべきであると考えていたからである。

 迫りくる戦いの予感が、俺を焦らせていたという面もある。
 単純に、知らない事に対する、無邪気さにも似た好奇心もある。
 そして、そのどちらも、俺個人の、我が儘な心から発している物だと言う事も全て理解したうえで、俺はレイリさんにその言葉を言わせたと言っても良い。
 卑怯な奴である。甘い言葉と、退路を塞ぎ、俺の意のままの結果へと誘導しているような、そんな救いようのない思考。
 同時に、自意識にまみれ、種族とレイリさんの為にという綺麗な言葉で、それを覆い隠そうとする思考。
 しかし、どちらも本音であり、どちらも俺である。それを俺は、全て受け入れたうえでこの結果を望んだ。
 そこに、後悔は無い。自分を慰めるかのような、大きな罪悪感と、小さな優越感を感じながら、俺は言葉を発する。

「場合によっては…、心身に危険を伴うかもしれませんよ?制御できなければ狂ってしまう事も考えられます。」

「構いません。もし、仮に狂ってしまったとしても…ツバサ様が何とかして下さると、信じておりますから。」

 間髪入れず、そんな言葉が返ってくる。
 初めて会った時から感じていたが、この人の決断力はある意味異常だ。
 俺に対しての信頼感も半端じゃない。一歩間違えなくても、盲信と揶揄されても不思議はないほどだ。
 他の族長たちの反応や、村人たちの反応が普通なのであって、この人の根拠の無いように見える信頼感こそが、異常であると俺は思っていた。
 しかし、そんな異常なまでの信頼感を俺は、目を閉じ、少し心を落ち着けた後、若干の緊張と共に受け入れる。

「金狼族の巫女が凄いのか…レイリさん自身が凄いのか…いや、その両方ですか。とにかく分かりました。」

 俺はレイリさんの目をまっすぐに見据えると言葉を続ける。

「ひとつ、試してみたい事があります。それで、大体の事が分かります。付き合って頂けますか?」

 そんな俺の言葉に、レイリさんは「ええ。もちろんですわ。」と、やや挑発するかのような笑みを浮かべたのだった。

 とりあえず、俺達は一旦、獲物を村の解体屋に預け、再度森へと分け入った。
 これからやる事は、一つ間違えれば、大参事になりかねない事だ。可能な限り身軽にしておきたかったのだ。
 本当なら、わが子達にも手伝ってほしい所ではあったのだが、家まで戻って説明する時間を惜しんだ結果だった。

 ある程度、動き回れる場所に俺達は到着した。
 俺は早速、レイリさんに説明を始める。

「今から、レイリさんに供給している魔力量を増やします。少しずつ行いますから、無理はしないようにしてください。恐らく、何らかの変化が起こるでしょう。身体能力の変化は言うまでもありませんが、俺が心配しているのは心の方です。恐らくですが、極度の興奮状態に置かれ、殺意が出て来ることも考えられます。」

 俺は、少し心配しながらも、レイリさんを見つめながら言い切る。

「もし、可能であれば、心の方は出来る限り制御してみてください。どうしても駄目なときは…言ってください。魔力の供給を止めますので。それでも万が一の時は…俺が全力で受け止めますから、安心して狂ってください。」

 と、冗談にもならない冗談を、肩をすくめながら言う。
 そんな俺の、性質の悪い冗談をレイリさんは笑って受け止めると、「その時は是非、お願いいたしますわ。」と、清々しいまであっさりと言ってきた。
 俺はそんな言葉に、苦笑しつつも、気を引き締める。まず、【アナライズ】を展開し、レイリさんの状況をリアルタイムで観測できる環境を整える。
 その後、「では、始めます…。」と、一言伝え魔力供給を増やし始める。
 俺は、レイリさんの様子を見ながら少しずつ魔力の供給量を増やしていく。
 今、供給している魔力の1.2倍位の所で一旦止め、状態を聞く。
 若干力が張るような感じはするものの、それ以外に変化はないとの事だった。

 更に供給量を増やし、1.5倍位の所で止める。少し、レイリさんは戸惑っているようだった。

「何か…体の奥底から、力が湧き上がって来る様に感じます。」

 魔力の流れを見ると、体の中心に何か芯のように魔力密度の濃い部分が形成されているのが見て取れた。
 それが、強い魔力を放ち、腕と足に向かって流れて行く様子が見て取れる。
 ある一定量の魔力が蓄積すると、爆発的な力を生成する回路のような物か?と俺は当たりをつけた。

 試しに、少し動いてみて貰ったが、動きが半端なかった。
 縦横無尽に飛び回り、素手で木をへし折り、ついでに見つけた熊を瞬殺し、投げてこちらに寄こすとか、もう人外状態だった。
 肉弾戦に関しては、俺が強化して、ギリギリ対等に戦えるかと言うレベルだ。金狼族、恐ろしいぞ!!

 そして、やはりと言うべきか、かなりハイになっているご様子だ。
 熊を倒しに行くときとか、それはもう嬉しそうにだった。
 恐ろしいまでも魅入られてしまいそうな笑みを浮かべて、すっ飛んで行ったのを俺は見過ごさなかった。

 一応、満足する結果を確認した俺は、「この辺りにしておきましょうか。」と、提案し一度魔力の供給を止めたのだが、レイリさんは首を縦に振らなかった。

「ツバサ様。まだあの先がありそうです。ここは徹底的に検証しとうございます。」

 と、理性と決意を秘めた目で、俺に懇願してきた。
 あの先に行くと、どう考えても暴走しそうなんだがな…。と、俺は頬をかきながら考える。
 俺は、そんな感想をそのままレイリさんにぶつけてみたのだが…。
「あら?ツバサ様。もしもの時は、受け止めて頂けるのでしょう?」と、首を傾げながら不思議そうに言ってきやがった。
 こういう時だけ、物わかりの悪い振りするのはやめて下さいよ!?

 それでも、やはりこうなったレイリさんは梃子てこでも動かない構えで、俺は折れる形となった。
 なんとなく…。いや、誤魔化すのはよそう。絶対に面倒なことになる予感しかしていないのだ。
 そして、異世界に来てからこのかた、この勘は外れていない。
 ルナで散々味わったこの感覚。よもやレイリさんから受ける事になるとは…。
 俺はそんな諦めにも似た感情を抱いたまま、さらなる検証へと踏み出した。

 先程の1.5倍を超え、1.7倍にした所で、明らかにレイリさんの状態が変化した。
 魔力が放出され始めたのである。
 それは金色の魔力だった。レイリさんの背丈ほどまで、渦を巻きながら放出されている。

 そして、その中には、恍惚の表情を浮かべ自分の体を抱きしめるようにして立つレイリさん。
 ヤバいっす。もうその表情だけで凄い色っぽいんですけど…。男としてはたまらん…いや、けしからん光景なんですよ。
 けどね、なんかこう近付いたら食われるっていう感覚も同時に起こっているんですが…。本能的な恐怖みたいな感じ?
 なんだろうね?この触れちゃ駄目だってわかっているけど、触れたくなる、赤いスイッチを見た時の様なこの状況。

 俺は、とりあえず背中に汗を大量にかき、インナーを背中に貼りつかせつつ、レイリさんに声をかける。

「レイリさん。もうそれ以上はまずそうでしょ…。やめましょうよ。」

 そんな俺の弱気な声を一笑に付すかの様に、こちらを扇情的な金色に染まった目で見つめると、

「あら?ツバサ様。私はまだ大丈夫ですわ?」

 そう、有無を言わさない声で言ってきた。
 どうみても、全然大丈夫じゃない状態でそう言われましてもね!?
 目の色とかあからさまに変わってるじゃないですか!?
 そう思うも、レイリさんがこちらを見る目は、「早く魔力よこさんか、ぼけぇ!!」と言う風にしか見えなかった。
 うん、もう駄目だわこれ。なるようにしかならないな。俺は、覚悟を決める。

「レイリさん。もう完全におかしくなってますからね?それでも、言っておきますけど…。ちゃんと制御できるように努力してみてくださいね。俺も頑張りますから!」

 そう言って、俺は更に魔力供給量を更に増やす。
 丁度、2倍前後で、観測しているレイリさんの魔力量にさらなる変化が起こった。
 今までは、魔力が体の中心で1本芯を通した形で増幅されていたのだが、その範囲が全身へと広がったのである。

 見ると、レイリさんは少し苦しそうな表情で、自分の顔を覆っていた。
 言わんこっちゃない!?と思いつつも、俺は魔力の供給をストップした。
 しかし、その反応は収まらず、ついに、レイリさんは魔力の爆発的な光に包まれる。

 そして、その光が収まった後、そこにいたのは神々しいまでの光を放つ、1頭の黄金の狼だった。
 体長2mは超しているだろう。見たことも無いほど、大きな体躯だった。
 その毛並みは黄金一色。毛の1本1本に魔力が通り、その見た目とは裏腹に、高い強度を誇っていることがわかる。
 目の色も黄金。その目には王者としての威厳があり、視線を向けられただけで、思わず後ずさりたくなる気持ちが湧き上がるほどだ。



「えーっと…レイリさん?ですか?」

 俺は、恐る恐るレイリさんと思われるその狼に声を変える。
 狼はその目を俺に向け、俺もその目を覗き込む。そこには…狂気と闘争本能しか見る事ができなかった。
 あー…。完全にこれは、暴走状態ですかね…。
 そんな俺の引いた心を感じ取ったのだろう。レイリさんだった狼は、音も無く跳躍し俺に襲い掛かる。
 こうなる事を見越して強化していた俺であったが、それでも躱すのはギリギリだった。
 なんつー速さ!?一応、強化した知覚で追えるだけ、咲耶よりはましだが、それでも恐ろしいまでのスピードだった。
 しかも、それには予備動作が全くないのが厄介だった。

 突然、狼が吠える。
 それだけで、魔力が放出され、一瞬旋風が巻き起こる。
 次の瞬間、狼のスピードが更に上がり、攻撃が鋭くなる。
 俺は避けきれず、結界から硬質な音が鳴り響き、狼の攻撃を跳ね返したのを感じる。
 ぐ…更に強化できるとか反則だろう!!と、俺が冷や冷やしていると、狼は更に吠える。
 一瞬、狼の周りに放出された魔力が真っ赤に燃え上がる。

 あー…。なんとなくだが、何したか、予想付いちゃったよ。
 俺は、即座に、防護結界を強化、前面に特に厚めに結界を集中させた。
 次の瞬間、狼は、トップスピードで、俺に飛びかかる。
 結界が次々と音を立てて食い破られたのが分かった。
 その牙と爪には、赤々と燃える炎が見える。
 しかし、その牙も爪も俺には届かず、全ての結界を破れなかった狼は忌々しそうに、離れて様子を窺う。

 単身の攻撃力でもなかなかの物なのに、更に自己強化にてスピードと攻撃力も上げられると…。
 きっと、これはレイリさんの属性に関係しているのだろう。そうなら魔法も使える筈だ。
 しかも、本能で戦っているのに、この戦闘力。これ、使いこなしたら凄い事になるんじゃないか?
 俺は、目の前の狼化したレイリさんを見て、そう評価した。

 しかし、このままさばいていても埒が明かない。
 恐らく、魔力さえ切れれば元には戻るのだろうが、どの程度時間がかかって、その時の負担がどの位あるのか想像もつかない。
 あまり長引くと良くないと俺の勘は告げている。
 倒してしまえば止まるのだろうが、それでは、レイリさんに手を上げる事になるし、俺もそんな事はしたくない。
 それは最終手段にする。
 結局、レイリさんに、自力で制御して貰うのが一番なのだろうが、このままでは可能性は低い。
 やっぱり、あれしかないかな…。受け止めるって言っちゃったしなー。
 痛いだろうなぁ…。けど、頑張らないとな…。よし、やるぞ。俺!!

 俺は、再度、覚悟を決めると、狼に向き合い、正座する。
 突然の俺の奇行に、狼は一瞬狼狽えるが、その目は俺に対する攻撃の意思を宿したままだった。
 俺は、魔法陣を展開し、その時に備える。

 狼は再度吠え、自分を強化すると、俺に突っ込んでくる。
 俺は、すぐさま魔法陣を展開した。
 俺の魔法陣が展開した瞬間、狼の速度ががくんと落ち、牙と爪に掛かっていた炎の力も消え失せる。
 しかし、同時に、俺の結界も消え失せた。
 俺が展開した魔法陣、【ディスペルマジック】。
 文字通り、全ての魔法・魔力効果を相殺する魔法陣だ。代わりに俺の魔法も例外なく一緒に相殺される。
 正直、俺にとってはあまり恩恵の無い魔法陣だったが、今回は役に立った。
 力任せに、狼の魔法を制圧しても良かったのだが、それでは何か違うと俺は感じていた。
 後で思ったのだが、俺は罰が欲しかったのだと思う。

 レイリさんを強引にでも止めるべきだった。と心の奥底では思っていたのだろう。
 俺はレイリさんに許して貰うためにも、あえて自分が傷つく選択肢を選んだ。
 その行為で、レイリさんが傷つくと分かっていても…だ。
 それがどんなに身勝手な事か知った上で、それでも俺はそれを求めてやまなかったのだ。
 でないと、自分が許せなかった。

 強化の恩恵の消えた狼だったが、その牙と爪は健在だ。
 狼は結界の無くなった俺に、容赦なく襲い掛かって来た。
 俺はその牙が突き立つ瞬間まで、その狼の姿をその目に収め続けた。
 一瞬だけ、狼に焦った様子が浮かんだのを俺は見逃さなかった。最初、喉口を狙ってきた牙は、少しその軌跡を反らし、俺の右肩口へと突き刺さった。
 間もおかず俺の脳へと忠実に送られる、激痛と言う名の危険信号。
 俺は、予想以上の激痛に絶叫しつつも、その狼の体をしっかりと抱きしめた。
 残念ながら、余りの痛さに、毛並みを楽しむ余裕は無かったが、なんとか動く左腕でその体を優しく撫でる。
 正直、痛すぎて、その時の事は良く覚えていなかった。
 しかし、懸命に、レイリさんに「レイリさん!戻って下さい!」とか、「早く帰りましょう!!」と、叫び続けていたのは微かに記憶に残っていた。

 そんな俺の声が、レイリさんにちゃんと届いたのだろう。
 肩口に突き刺さった牙が抜かれ、慌てて離れる狼。すぐさま、治療魔法が俺の傷を癒し、激痛から解放された。
 俺は、わめき叫んでいた時に、一緒に出ていた涙を袖口で乱暴にぬぐう。
 まだ整わない息を必死に整えながら、狼の様子を窺いつつ「レイリさん?」と、声をかけた。

 理性を取り戻したレイリさんは狼の姿のまま、俺の方を心配そうに見て来た。
 なんで、理性を取り戻しているか分かったかと言うと、耳と尻尾がいつも見るようにワタワタしているからだ。
 狼バージョンだとまた趣が違い、見ていて飽きなかった。

「レイリさん。とりあえず、元の姿に戻りましょう。魔力と気持ちを落ち着けるイメージを持って下さい。」

 そんな俺の声を聞いたレイリさんは、狼の姿のまま深呼吸を始める。
 元の世界じゃ絶対に見れないぞ…狼の深呼吸とか…。

 深呼吸と共に、活性化していた魔力が落ち着いていくのが見て取れた。
 流石は巫女だけはある。魔力の制御はある程度行えているようだ。
 そして、ある程度活性が落ちた段階で、レイリさんは光に包まれる。

 光が収まった後には、いつもの綺麗なレイリさんがそこにいた。
 ただし、生まれたままの姿で…だが。

 ビキッと、音を立てて固まる俺。しかも、綺麗な肢体から目を離す事が出来なかった。
 マジマジと見てしまう。だが、頭は真っ白で何も浮かんでこない。
 しかし、レイリさんはそんな事、全く気にしない様子で俺に詰め寄ると、肩をさわり、俺の頬を撫でつつ、「ツバサ様、お怪我は!?」と、心配そうに俺の体を触って来た。
 そして、硬直した俺は、その目の前で色々な形に変わるものに、視線を引き寄せられ…って、「だぁあああ!!??」と、俺は大声を上げると、気力を総動員して至福の光景から目を逸らす。

「ツバサ様?」と、訝しがるも、レイリさんは改めて、自分の姿を確認したのだろう。
 次の瞬間…「きゃああぁあ!?」と、可愛い声を上げていた。

 ああ、レイリさんもそんな声出せるんですね。ちょっと新しい発見が出来て嬉しいですけど、どうしようこれ?
 俺は真っ赤になる顔で、正座をし、地面の砂の数を数えつつ、そんな事を考えていたのであった。

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