比翼の鳥

風慎

第53話:滅びゆく狐族

 宇迦之さんは冗談でもなく、本気で俺に、村へ来て欲しいと言っているのは、その目から感じられた。

「素朴な疑問なのですが…なんでですか?」

 俺は、宇迦之さんに、そう問いかけた。
 正直に言って、宇迦之さんと俺との関係は微妙だと言わざるを得ない。
 そりゃそうだ。初日以外、話したことなど殆ど無いのだ。関係が深まる訳が無い。
 そして、あの日からもう、かれこれ3週間以上経っていた。
 俺へのストーキングが始まったのが10日ほど前からだ。
 まぁ、あのやらかした事で、変なフラグが立っていると言う妄想も、一時期してみたりしたのだが…。
 どうも、雰囲気的にそういう色っぽい話でもないようだ。
 甲斐性のない俺は、内心ホッとした。
 いや、今の生活を守るので精一杯ですからね?俺にそれ以上求められても無理ですってば!
 そんな俺の失礼な内心を知らない宇迦之さんは、言葉を選ぶように黙り込んでいたが、その重い口を開く。

「実は…恥ずかしい話ではあるのじゃが…我が一族は存亡の危機を迎えておるのじゃ…。」

 俺の予想していた以上に、重い話が飛び出して、俺は驚きを隠せなかった。
 そんな想いが思わず言葉となって口をついて出る。

「それは…穏やかではありませんね…。」

「大げさかと思われるかもしれんのじゃが…事実じゃ。一番の原因は…子が出来ないことにあるのじゃよ。」

「子が…出来ない…ですか?」

「うむ…。わらわも含めてじゃが…、狐族は元々、子を宿す確率が非常に低いのじゃ。そして、獣人族一の長寿でもあっての…どうもそういう事に対して意欲が薄いのじゃよ。」

 なるほど…。確かにイメージ的に、妖狐とかは凄い長生きなイメージがあるが…あれは、狐って言うか妖怪か?
 俺はそんなイメージを頭で描きつつ話を聞く。
 カスードさんは最初は真面目な顔をして聞いていたのだが、何故だか、このくだり辺りから顔に笑みを浮かべ始める。
 やめて下さいよ…あんたがその顔をする時ってろくな事じゃないんですから…。

 カスードさんのいやらしい笑顔を見た俺の不安を余所に、宇迦之さんは話を進める。

「更に、先だっての人族の大侵攻で、大人たちの多くがこの世を去ったのじゃ。その結果、残された者は殆どが未熟なものたちばかりでの…。狐族には子を成す際に特別な仕来しきたりがあったのじゃが…それが失われておるのじゃ。」

「狐族もですか…。やはりどの種族も、大侵攻で失ったものは大きいんですね。」

「うむ、そして、12年経った今でも、子を宿せたものは一人もおらぬ…。このままでは…我が一族は遠くない未来に滅ぶことが決定しておるのじゃ。」

「ちなみに、今、狐族はどの位の人数が生き残っているのですか?」

 その問いに、宇迦之さんは一瞬、言葉を詰まらせるものの、吐き出すように答える。

「23人じゃ…。わらわも含めて…じゃが…。」

 ほぼ壊滅してるじゃないですか…。っていうか、詰んでる様な気がするのは俺だけ?
 ああ、けど、この世界ならそこからでも復興は可能なのか…?
 理論上、2人いれば、血族は守れるわけだから。
 そんな俺の思いが顔に出たのか、宇迦之さんは俺の顔をしっかりと見据えつつ、

「これ以上、人数が減れば、もう取り返しが付かないことになるのじゃ。恥を忍んでお頼みするのじゃ。我が一族を救って頂きたいのじゃ。この通りじゃ!」

 そう血を吐くように、頭を下げつつ俺に懇願した。
 それを見て、俺は戸惑ってしまう。

「いや…宇迦之さん。頭を上げてください。私で何とかできることでしたら、お力になるのはやぶさかではないのですが…私には危機にある狐族を救う手立てなど思いつきもしませんよ…。」

 どうも話が噛み合わない。宇迦之さんは俺に何を求めているのか、全く想像もつかないのだ。
 いや…何となく嫌な予感しかしないので、より正確に言えば見たくないと言うのが正しいのだろうか…。
 俺は、カスードさんの楽しそうな笑みを見て、その思いを確信へと変え始めていた。
 少なくとも俺に対しては、厄介な話であることはほぼ間違いがないのだろう。
 そんな俺の困惑した様子を見て、宇迦之さんは少し落ち着きを取り戻したようだ。

「ああ、そうじゃったな…。まだ話していなかったのじゃったの…。大丈夫なのじゃ。ツバサ殿ならば、恐らく我が一族を救うことが出来るのじゃ。」

 そう言っておもむろに、宇迦之さんは自分の胸をまさぐりだす。
 その光景に俺はとっさに、目を逸らす。宇迦之さん?何やってんすか!?
 そんな俺の様子をカスードさんは、それはもう楽しそうに見ている。
 この人、一回本気で埋めないと駄目かもしれない…。

 そんな俺達の様子を全く見る事無く、宇迦之さんはその体躯に似合わず豊満な胸から一つの光る珠を取り出す。
 それは直径15cm位の少し大きめの玉だった。
 ちょっと暗めの赤っぽい色で、まるで中で何かが燃え盛るようにキラキラと光り、その色合いを瞬間瞬間で変えている。
 なんでそんな所にそんな物が…と俺が唖然としながら見ていると、カスードさんが驚いたようにその珠を見つめながら、「お前ぇ…そりゃ…。」と、言葉を失いつつ呟く。

 そんなカスードさんの様子に気を良くしたのか、宇迦之さんは「フフン。」と、得意げに鼻を鳴らしながら、

「そう。精霊珠じゃ。」

 と、満面の笑みで答える。そして、全く話についていけない俺。
 何なんですかね?この精霊珠ってやつは…。どうやらかなり濃密な魔力が篭っているだろうことはわかるのだが…。
 俺が不思議そうにその珠を見ていると、ちょっと引きつった顔のカスードさんが俺の方を見た後、ポンと肩を叩き、

「精霊珠ってぇのは…子種の一歩手前だ…惜しかったな。」

 と、ちょっと引きながら言う。
 俺はいまいち、その言葉が理解できなかった。子種??それはつまり?
 そんな俺の顔を見て、カスードさんは

「しかし…危なかったなぁ…。これが子種になっていたら、お前ぇ、色々とやばかっただろう…。」

 と、何かを心配しながら俺のほうを見て、一人納得したように頷いていた。
「まぁ、悪運が強ぇってことだな!この色男!」と、俺の背中をバシバシ叩く。
 そんなカスードさんの言葉に、宇迦之さんは

「失礼じゃのぉ。子種にならなかったのはツバサ殿の意思が足りなかったからじゃ。ちゃんと同意の上なら間違いなくこれは子種になるほどの力を秘めておったわい。」

 そう、少し不機嫌そうに言う。そんな宇迦之さんに、

「いやぁ…。あの時のレイリの様子は見ていただろうが…。お前ぇがもし、子を宿したとなれば、またあの魔力放出騒ぎの再来だぞ?流石にあれはもう勘弁してもらいてぇな。」

 カスードさんは、ウンウンと頷きながら、一人そんな事を呟いた。
 俺はそんな会話を余所に、必死に頭を働かせ、そして、結論に至り、頭から血の気が引く。

「つまり…。」と、俺は血の気の無い顔のまま、ギギギと、さび付いたロボットのように宇迦之さんに視線を向けると。

「初めて会った日の、あの俺の魔力を使って…子供を作ろうとした…と言うことですかね?」

 俺は恐る恐る、そう問いかけた。そんな俺の問いに、宇迦之さんは満面の笑みで

「うむ!もう少しじゃったのだが、惜しかったのぉ。次はきっと上手くいくぞぃ。」

 と、朗らかに言うのであった。

「ちょっと!?マジですか!?ていうか、せめて本人の許可くらい取りましょうよ!?」

 俺は思わずそう叫んだ。
 危うく、出来ちゃった婚だよ!?異世界に来てまで、そのオチは考えて無かったよ!?

 元々、俺の不手際でその状況が生まれたのは事実だし、その可能性を与えてしまったのは俺…ってことは、あれ?
 よくよく冷静になって考えれば、結局、俺が悪いのか?
 元の世界で言えば、やることやって、そのまま放置していた駄目男の図か?
 それで、気がついたら…「赤ちゃんできちゃったの…」って言われている男と変わらないのか?

 だとすると…それで安心している俺って、なんかかなり情けなくないか?
 いや、気持ち的には安心しているのは事実なんだが…なんと言うか、やらかしておいてそれは、女性に対して誠意の欠片もないよな?
 駄目だな。このまま、「良かった良かった」って安心するのは何か違う気がする…。

 突然「うーん…。」と考え込んだ俺を2人とも、訝しげに見ている。
 少し悩んだが、結局俺は誠実に行くことしか思い浮かばなかった。
 こういう時に、女性経験の少なさが如実に出てくるわけだが…まぁ、仕方ないと割り切る。

「えっと、宇迦之さん。」と、俺は声をかける。

「な、なんじゃ?」と、少し訝しげに返事をする宇迦之さん。

「勝手に子供を作ろうとしたことについては私にも責任があるのでむしろ申し訳無いと思っています。ただ、子作りに関してなのですが…すいませんが、今の段階ではご協力できません。」

 そんな俺の言葉に、宇迦之さんは吃驚し、

「な、何故じゃ!?おぬしの魔力量なら23人くらい何ともないじゃろうに!」

 と、叫ぶ。
 つか、村人全員と子供を作らせるつもりだったのか…。
 俺は内心、呆れつつも、言葉を続ける。

「いえ…魔力の問題云々ではなく、私の気持ちの問題なんです。私は、異邦人です。元の世界ではそんな簡単に子供は作れませんし、子供ができれば親が面倒を見るのは当然です。お恥ずかしい話ですが…私は、そんなに何人もの子供の面倒をみるだけの甲斐性がありません。」

「いや、そんな事は気にせんで良い。面倒はわしらが責任を持ってみるのじゃ。」

「いえ、そういう問題でもないんですよ…。やっぱり私の子供は私の子供です。例え、皆さんが面倒を見てくださるとしても…『じゃあ、よろしくお願いしますね!』と、笑って任せられるような性格ではないんです…。きっと、子供達の事を考えてしまって、色々と後悔してしまうでしょう。それが私と言う人間なのですよ。」

「そ、そんな…。それでは、無理に魔力を貰っても、子が宿せるかもわからぬではないか…。」

「そうですね。なんだかんだ言っても、私は心の底では色々考えてしまって、狐族の皆さん全てを受け入れることは出来ないと思いますよ。」

「ううう…。何とかならんのか!折角、子を宿せる希望があるというのに!体か!わらわの体では満足できそうも無いから駄目なのか!?」

「いやいやいや…そこは関係なくてですね…。別に宇迦之さんがどうこうって言う話じゃないんですよ。既に私には3人も可愛い婚約者がいますしね。私の手が宇迦之さんを受け入れられるだけ大きくないんです。すいません…。」

 そんな俺の言葉に、宇迦之さんは悔しそうに、俯いてしまう。
 そりゃそうだろうな…。
 12年捜し求めてきて、やっと希望が見えたのに、俺の気分一つで不意になるのは納得がいかないだろう。
 だが、俺もこれは譲れない。異世界に順応して好き勝手できれば楽なんだろうけど、俺はそう簡単に割り切ることはできないわ。
 あちこちで子供を作って、自分は知らん顔で笑って過ごすとか、ハードル高すぎるよ…。
 それはもはや、俺ではない別の誰かだ。俺という人間はそこまで薄情になれやしない。

 しかし、宇迦之さんの気持ちを考えると何とかしてあげたいと言う気持ちも存分にある。
 俺は先ほどから、狐族が子供を成すことができない原因を考えていた。
 そして、一つの可能性に思い当たっていた。
 検証は必要だが、可能性が無いわけではない…。
 せめてもの罪滅ぼしだ。やれることはやろう。
 俺は、そう決意すると、打ちひしがれている宇迦之さんに声をかける。

「宇迦之さん…。実は一つ…狐族のその子供ができない状況を改善する方法に心当たりがあります。」

 そんな俺の言葉に、宇迦之さんは涙のたまったその目を俺に向けてきた。
 それは、すがる者のいない宇迦之さんの気持ちを存分に表すものだった。
 そんな宇迦之さんの救いになるべく、俺は言葉を続ける。

「それには、宇迦之さんや狐族の協力が不可欠です。狐族全員を、こちらに呼ぶことは可能ですか?」

 俺のその言葉に、宇迦之さんは黙って頷いたのだった。

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