比翼の鳥

風慎

第70話:殺意

「な……何で……? 何で……君みたいな子が……こんな所に……。」

 俺は、何とか立ち上がり、一歩一歩、今井さんへと近づいて行く。
 よく見ると、首に何か首輪のような物がはめられている。
 ぼさぼさになった髪に隠れてよく見えないが、頭にも何かはめられているようにも見える。
 それを見て、俺は更に胸を締め付けられる。何で……何で!?
 美容院で、綺麗にしたって……嬉しそうに笑ってたじゃないか!
 なんで、そんな……こんな!!

「せ……先生? 本当に……先生……なんですか?」

 信じられないと言う様に、今井さんもこちらに歩こうとする。

 しかし、勇者は「おぃ。てめぇ、何勝手に動こうとしてるんだ?」と、不機嫌そうな顔をしながら、今井さんの脇を思い切り蹴飛ばし、地面へと転ばせた。

「貴様!?」

 俺は、自分の中で殺意が膨らんでいくのを感じていた。
 何故、彼女がこんな所に居るのかは分からない。
 しかし、自分の育てた可愛い教え子を物のように無造作に扱われ、傷つけられ、手を上げられる姿を見て黙っていられるはずがない。
 どんな理由があるにせよ、彼女は俺にとって大切な教え子の一人であることは変わらない。
 絶対に、絶対に許すことは出来ない!
 そんな俺の表情を見て、勇者は楽しそうに俺を見下ろすと、

「ふーん? なるほどねぇ。こいつの知り合いとはねぇ。」

 そう、ニヤニヤしながら今井さんに視線を転じ、その苦しそうに倒れている様子を見つめる
 くそっ! 魔力さえ戻れば!!
 こいつのアンチマジックフィールドとか言う物さえなければ、こいつなど、消し炭にしてやれるのに!!
 相変わらず魔力の戻る気配は無い。
 体を循環し、力を与えてくれていた感覚は無く、その反動で余計に体が重く感じる。
 しかし、そんな風に悔しがる俺の姿を、勇者は楽しそうに見下すと、突然こんなことを言ってきた。

「なぁ、オッサン。俺のお下がりで良ければ、そいつくれてやるよ。肉も薄いし、よがりもしないから面白くないだろうけどさ。ああ、悲鳴だけはそそるね。つい、虐めたくなるんだよなぁ。」

 そうやって、嫌らしい笑みを浮かべる。
 止めろ……これ以上、彼女を貶めるな……。
 彼女の、綺麗な心に触るんじゃない!!

「その代りさ、そっちの白いお嬢さんくれよ。良い話だろ?」

「絶対に嫌!!」

 間髪入れずルナが拒絶する。
 その目には、今まで彼女を見て来て、一度たりともその目に浮かぶことが無かった、最大級の嫌悪感がありありと浮かんでいた。

「お前は……どこまで……人を傷つければ気が済むんだ?」

 俺は、抑えられない怒りと憎しみを隠すことなく、その声に乗せて吐き出す。
 そんな俺の言葉が、とても面白い冗談のように聞こえたのだろう。勇者は指を差して俺を笑う。

「オッサン! あんた本当に馬鹿だなぁ。この世界じゃ強いものが全てを手に入れるんだ。俺みたいなカッコいい勇者が全てを手に入れるのは当然だろう?」

 そして、俺を見下すと、その剣を無造作に薙ぎ払う。
 俺は、力の入らない体に鞭を打って、横っ飛びに避ける。
 しかし、斬撃がわき腹を掠め、そこから真っ赤な血を飛び散らす。
 ぐ!? 痛い!! けど、痛くない! 今井さんは、ルナは、皆はもっと痛い思いをしている!!

 無様に地面に倒れ込む俺を見て、勇者は俺の事を指を差しながら大声で笑う。
「先生!?」「ツバサ!?」と言う2人の心配する声が響く。
 それでも、肩で息をしながらも、俺は勇者に声をかける。

「お前……女性に手を上げて、泣かせて、嫌われて……自分が恥ずかしくないのか?」

「うっせーよ。負け犬のおっさん。」

 無造作に蹴られ、地面を転がる。
 俺は一瞬意識を飛ばしかけるも、根性で立ち上がる。
 ハハハ。そうだな。俺は異世界でもまた、負け犬か。
 力があっても、より大きな力に潰され、今まで築いて来たものも全て無に帰す。
 元の世界も異世界も変わらない。何も変わらない。
 それでも……俺は……。俺は!! 絶対に簡単には負けてやらない!!
 元の世界で散々諦めて捨てた俺の心だ。もうこれ以上、他人の勝手にさせてやら無い!
 俺はせめてもの反撃にと、更に言葉を続ける。

「情けない奴だな。お前……勇者と祭り上げられ、調子に乗って何人もの人を泣かせ……操って見下してきたんだろう? この世界でお前を好いてくれる奴なんていないだろう? まるでピエロだな。お前、元の世界でもそんな感じだったんだろう? 引きこもりのネット中毒者って所か? 世界から疎まれた気になって、自分だけの世界に逃げた奴か!」

「全く……べらべらとうるせえな。なるべく、同郷の人間は殺さず連れて来いって話だったけどよ。オッサン。あんたむかつくよ。」

 ある程度当てはまる部分もあったらしく、明らかに怒りを灯した目で俺を見つめる勇者。
 そうだろうな。そりゃ怒るよな……俺だって同類だからな。
 似ているからこそ良くわかるよ……お前の気持ち。むかつくだろう?
 俺は、馬鹿にするように笑いながら、勇者を挑発した。

「殺す……!」

 勇者はそう言いながら、俺の左腕に剣を無造作に突き刺そうとした。
 俺は咄嗟に躱すも、かなり深く切り裂かれ、またも血が宙に飛ぶ。

「勇者様!もうやめて下さい!! それ以上、先生を、傷つけないで!!」

「許さない……絶対に……許さないから!!」

 2人の少女から声が上がるも、勇者はそれを楽しそうに聞いている。
 そして、何を思ったか、突然、勇者は今井さんに向かって、見る者に吐き気を及ぼす笑みを浮かべると、声を上げた。

「そんなにこのオッサンを助けたいなら。お前、今すぐ、俺に奉仕しろや。」

 そんな勇者の声に、一瞬固まる今井さん。
 しかし、何かを決意したような顔になると、そのままヨロヨロと立ち上がり、勇者の前まで歩いて行こうとした。

「やめろ! 今井さん! そんな事する必要は……。」

「うっせーよ!」

 俺は勇者に足蹴にされ、地面を転がる。
 俺の心にはその時、どす黒い感情が渦を巻いていた。
 此処まで明確に人を害して……いや、誤魔化すのは止めよう。

 殺してやりたい。

 本当に、心から一遍の曇りも無くそう思えたのは俺が今まで生きて来て、この瞬間が初めてだった。

 力が欲しい……。この愚行を止められる力が欲しい……。
 こいつを、この馬鹿な勇者を殺すための、力が! 力が欲しい!!

 俺の心をどす黒い何かが渦を巻き、心の奥底から何かが湧き上がる。
 これはなんだ? この高揚感は? 力が湧き上がってくる感じを受ける。

 もっとだ! もっと!! この目の前の勇者に鉄槌を!! よこせ! 力をよこせ!!
 俺が、俺がやらないと!! 今、俺が!! この、俺が!!!
 絶対に、許さん。この愚か者は死をもってしても生ぬるい!
 徐々に、思考がぐちゃぐちゃになっていく中で、俺は明確に力を求め続けた。
 湧き上がる黒い感情。噴出す怨嗟の心。そして、涌きあがる力。
 そして、心の奥底から何かが生まれようとしたその時、

「だ~め! ツバサちゃん。それは~駄目よ~?」

 懐かしい声が、俺を優しく包み込んだのだった。


 俺は一瞬何が起こったのか分からず、その姿を茫然と見つめる。
 空中に優雅に漂う、青い女性。

「ディーネ……ちゃん?」

 俺は目の前に浮かぶディーネちゃんの姿が信じられず、呆けたように声を出した。
 そんな俺の言葉に、ディーネちゃんは微笑むと俺の頬に手を添え、愛おしそうに撫でる。
 その瞬間、痛みが引き、体が少しだけ楽になる
 見るとわき腹と左腕の傷が綺麗に消えてなくなっていた。
 俺は、少し寂しそうに、それ以上に嬉しそうに微笑んでいるディーネちゃんを真正面から見据える。
 そして、そんなディーネちゃんの行動から、ディーネちゃんが本当に、心から心配してくれていることを悟る。

 突然の乱入者に、皆、言葉も無く固まっていた。
 その圧倒的な存在感と、優しい波動に、皆、時を忘れて見入る。

「全く~。ツバサちゃんは~一人で~~頑張り過ぎなの!」

 俺の目をしっかりと見据えながら、ディーネちゃんは少し悲しそうな顔でそう呟く。
 空気が凛とした雰囲気に包まれる。
 俺は、ディーネちゃんのその目から、彼女が真面目モードに切り替わったのを感じる。

「そう……かな?」

「そうよ? もーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと周りをいっぱい頼った方が良いわね。」

「そんなにですか?」

「ええ、そんなに。」

「そうですか……。」

 そう答えるも、いまいち実感がわかない。
 個人的には皆にはかなりお世話になっている印象が強いのだが。

「結構今のも危なかったのよ?危うく、私と子供たちまで堕ちる所だったんだから。」

 うお!?まじか!?
 俺は、背中に汗が伝うのを感じる。
 あまり意識してなかったけど、確かになんか心が相当ぐちゃぐちゃだったのは鮮明に覚えている。
 あのまま進んだら、俺は戻って来れなかったのか……。
 やっぱり俺はまだまだだなぁと思いつつ、それでも踏みとどまれた事に心から安心し、ついで、それはディーネちゃんが出て来てくれたお蔭だと気が付いた。

「ふふふ……。感謝してくれていいわよ?」

「ディーネちゃん、ありがとう。来てくれて嬉しいし、助かりました。」

「もう、ツバサちゃん素直すぎ! そんな所が素敵なんだけど!」

 そう言って、いきなり俺の顔を抱きしめ、その見た目以上にボリューム満点な胸へと誘い、埋める。
「むーーーー!」と、後ろでルナさんが怒っている。
 あ、やっぱりディーネちゃんには嫉妬するんだ。そりゃそうですよねー。
 そこで、勇者が我に返った様に、

「精霊!? しかも、こいつ……大精霊か! くそ、こんなに良い体しやがって!! 『おい! そこの精霊! 俺のいう事を聞け!!』」

 と、隷属をかけて来る。
 しまった!? と思うも、ディーネちゃんは柔らかく微笑むと、

「あなた、少し邪魔だからあっちで大人しくしてなさいね。」

 と、投げやりに言う。
 その瞬間、水の柱が勇者の周りを取り囲み、ついで、その体を水の珠の中に沈めてしまった。
 ちなみに、残念ながら勇者が今井さんに命令でもしたのだろう。
 今井さんは嫌な顔をしながら水を防いでいた。
 そして、勇者はその中で何かを叫んでいるようだがここまでは届かない。

「全く……なんて不味そうな魔力……。まだゴミの方がましだわ。」

 とか、凄い毒を吐くディーネちゃん。
 やる事が色々はんぱねぇっす。ディーネちゃんすげぇ。

「ふふふ……どう?お姉さんも少しはやるでしょう?」

 と、ちょっとおどけるディーネちゃんに、何か懐かしいものを感じて、俺は思わず笑みをこぼす。

「ええ、最高ですよ。」

 そんな言葉に、ディーネちゃんも微笑むと、俺の顔を再度両手で挟み込み、俺の瞳をじっと見つめて言葉を紡ぐ。

「ツバサちゃん。私はもうすぐ力が無くなるからまたいなくなるけど、無理しちゃだめよ?」

 そうか、まだ、勇者のフィールドは生きているのか。
 ここに顕現しているだけでディーネちゃんの魔力は無くなっていくんだな。
 あれ?けど、なんでじゃあ魔法を使えるんだ?と俺は訝しがる。
 そんな俺の疑問にディーネちゃんは答えてくれる。

「それは、今、私の精霊力だけで顕現して、あの水牢を作ってるからなの。」

 なるほど、精霊力はフィールドの影響を受けていないのか。
 けど、魔力が無いなら、精霊力は消費される一方だ。
 精霊は魔力を変換して精霊力を得ていると、前にディーネちゃんは言っていた。
 と言う事は、魔力の無い今、いずれ、ディーネちゃんは顕現できなくなる。
 俺は少し胸に寂しさを覚えるも、笑顔で、ディーネちゃんに頷く。

 しかし、次の瞬間、俺は一抹の不安が心をよぎるのを隠す事は出来なかった。
 俺は、このままで勇者に勝てるのだろうか?
 そんな俺の不安を感じたディーネちゃんは、その不安を笑い飛ばす。

「大丈夫よ。ツバサちゃん。貴方にはルナちゃんがいるでしょう?」

 そう言って、ディーネちゃんはルナに手招きをする。
 ルナは少し顔をしかめながらも、素直にディーネちゃんの元へと歩いて来た。
 ディーネちゃんはルナと俺を同時に抱き締めると、

「ルナちゃん……ツバサちゃんを宜しくね。この人、強がってるけど、結構一人だと失敗するし、お姉さんも見ていていつもハラハラしているから、ルナちゃん……助けてあげてね。」

 いきなり、中々に酷い評価をされたが、言い返す言葉が無いから何も言えなかった。
 そうなんだよなぁ……結構失敗だらけ……軽くへこむ。

 ルナはそんな俺とディーネちゃんを交互に見ると、何か覚悟をしたように、頷いた。

「わたし、ディーネちゃんさんに、謝りたいの。ツバサを取られるかもしれないって……ちょっと嫉妬しているの。これはどうしても止められないの。けどね、今もツバサを助けてくれたし、此花ちゃんと咲耶ちゃんと一緒に過ごせて、凄く嬉しいの。」

 そこまで、一気に言うと、ルナは少し恥ずかしそうに、モジモジすると、

「だから……ありがとうございます!」

 と、素敵な笑顔でディーネちゃんに礼を述べた。
 そんな風に言われたディーネちゃんは感動した様に、目をウルウルさせると、ルナをその豊満な胸にかき抱き、完全にホールドしながら言う。

「もう!!ルナちゃんったら何て可愛いの!! なんて健気!! きっとツバサちゃんの教育が素敵だっただけでは無く、ルナちゃんの魂が素敵なのね!!」

 ディーネちゃんは感動に打ち震え、ルナを必要以上に胸へと埋め、ルナはその圧倒的な質量を持つ胸の中でもがいていた。
 ……ちょっと羨ましいとか思ってませんよ?

 ルナはディーネちゃんの束縛から解放されると、肩で息をしていた。
 そして、「これが……ツバサを虜に……。」とか、見当外れの感想を呟く。
 違いますからね?ルナさん。胸の大きさ的にはルナさんが丁度良いですからね?
 と、心で突っ込む俺に、

「ふふふ……ツバサちゃんも初心よねぇ。言ってあげればいいのに。」

 とディーネちゃんが楽しそうに、俺に忠告してくれる。
 いや、無理ですって。君の胸が最高だ!とか、変態チックで言えません。
 そんな俺の心の声を聞いて、ディーネちゃんは大笑いしていた。

 そして、しばらく、笑って気が済んだのか、ディーネちゃんは、唐突に、ルナに向かって、

「ルナちゃん。勇者を倒すには、貴方の力が必要よ。お願い……隠している力……ツバサちゃんの為に使ってあげてね?」

 そんな謎めいた言葉をかける。
 ルナは、その言葉にびっくりしたように固まるも、すぐに真面目な顔になって、頷いた。
 そんなルナの様子を見て、満足したのか今度は俺に抱きついてきて、またも、顔を両手で挟む。
 これ、結構何気に恥ずかしいんですけど……。
 まぁ、気持ちよくもあって安心も出来るので好きなのですが……。

「ふふふ……それが分かっているからするのよ。っと、もう時間が無いから要点だけ言うわね。」

 ディーネちゃんはその顔に優しい笑みを浮かばせながら、言葉を続ける。

「ツバサちゃん。ルナちゃんを信じてあげて。全部彼女に任せて心を開きなさい。そうしたら、あんな勇者、敵じゃないから。」

 またも謎で意味深な事を言うディーネちゃん。
 だが、俺は彼女を全面的に信用している。疑うことなどあろうはずもない。
 俺は、「わかりました。」と、笑顔で頷く。

 そんな俺の笑顔を、眩しそうな物でも見るような目で見ると、ディーネちゃんはおもむろに、

 唇を重ねてきた。

 !?!?!?!!!?!?!?!?!!!
 完全にパニックに陥る俺。
「あーーーーーーーーーーー!!?」と、大声を上げるルナ。
 ちょ、ディーネちゃん!?ルナ見てる!!
 あ、ちが、まって!? 見てなきゃ良いって言うわけでも無いけど。
 いや、違くて、良いんだけど、嬉しいんだけど、って、舌ぁーー!?

 そして、俺は完全にディーネちゃんに、いろんな意味で翻弄されてしまった。
 途中から、見かねたルナが特攻してきて、強引にディーネちゃんを俺から引き剥がす。

 ディーネちゃんは、そんな俺達を楽しそうに空中から見守りつつ、唇を舐める。
 いや、ちょっと、なんかいちいち艶かしいんですけどね!?
 俺は一瞬唇を拭おうとして、何となく勿体無いような気がしてしまい、そのままにする。

 ルナは半分泣きながら、かたきでも見るように、ディーネちゃんを見据えていた。
 そんなルナを、本当に素敵で満足したような顔で見ながら、ディーネちゃんは声をかける。

「ふふふ……。ごめんなさいね、ルナちゃん。お姉さん、どうしても我慢できなくなっちゃった。だって、みんなばっかり楽しそうでずるいんですもん。お姉さんは、みんなをいつも見ているから、羨ましいの。これくらいの役得、許してね。」

 そんな少し陰のある顔を見たルナは、「うー!」と、唸りながらも、色々な感情をもてあましているだけの様だ。
 その表情には、悔しさと嫉妬こそあるものの、それ以上の負の感情は無かった。
 そんなルナをディーネちゃんは満足そうに見ると、俺に向き直り、真剣な顔で

「ツバサちゃん、2人に素敵な名前ありがとうございます。あんなに真っ直ぐに、幸せそうに育って……私が嫉妬しちゃうくらいよ?」

「うん。まだ、父親としては落第中だけど、これからも頑張るよ。ディーネちゃんも早く出てきて下さいね。なんだか、嫁が増えるのが止まらないので困るんですよ。」

 俺がそんな風におどけながら言うと、

「いいのよ。ツバサちゃんはツバサちゃんのやりたい様に。私は、それを見ていられるだけで……いいえ、嘘ね。羨ましいから、早く出てこられるように頑張って魔力貯めるわね。」

 と、楽しそうにそう返した。
 そんな言葉に、「ええ、いつまでも待っていますよ。」と、俺は笑顔で答える。
 ディーネちゃんは微笑むと、ルナに向き、

「ルナちゃん。頑張ってね? お姉さんに負けないように。」

 と、またしても意味深な発言をする。
 そんな言葉に、ルナはハッっとしたようにディーネちゃんを見つめるも、すぐに笑顔になって、

「うん! ディーネちゃんさんには負けないもん!!」

 と、何か決意していた。
 なんだろう?この逃げ場が無くなっていく感じは。

 俺のそんな疑問にディーネちゃんは答える事無く、微笑みながら消えていった。
『ツバサちゃん。ご馳走様♪』と、返答に困る微妙な言葉を残して……。



 暫く、俺達はディーネちゃんの消えた余韻に包まれていた。
 相変わらず台風のような……パワフルな精霊様だ。
 毎回、こちらの意図しないタイミングで表れて、自分の思うままに引っ掻き回し去っていく。

「なんか……凄い人だね……。」

 呆然と、呟くように言うルナに、俺は苦笑しつつ、「ああ……。」と、短く返答した。
 しばらく何かを考えていたルナだったが、考えがまとまったのだろうか? 「よし!」と、気合を入れると、俺に向き直る。

 俺が、興味深くルナを見ていると、途端に恥ずかしそうに、モジモジとしながら、俺を上目づかいに見てくる。
 おや、こんな反応をルナがするとは珍しい。
 そんな風に、俺が訝しがっていると、ルナはその顔のまま、口を開く。

「ルナね……ツバサの事……凄く好きなの! でね、ツバサもルナの事好きでいてくれてる?」

 何この可愛い生物。後ろに勇者じゃまものがいなければ、抱きしめてますよ?

「そんなの……当たり前じゃないか! ルナがいなければ、この世界でこんなに楽しく生きていけなかったよ。」

 思わず大きな声が出た。
 しかし、俺はルナにちゃんと向き合わなくてはならないと、この時思ったのだ。
 さっきのディーネちゃんの言葉の影響もあるのかもしれない。
 俺のそんな言葉に、ルナは嬉しそうに微笑むと、その後すぐに不安な顔に変わる。

「ルナも! ……けどね、ごめんなさい。ルナね、ツバサに話してなかったことがあるの。」

 話してない事?俺は訝しがりながらも、ルナの言葉を待つ。

「ルナね……ツバサと一緒にいたいから……勝手に、ツバサを選んじゃったの。ツバサもルナを好きでいてくれているけど、そんな勝手な事したから、それでルナを嫌いになっちゃうかもって……言えなかったの。ごめんなさい……。」

 そういって、ルナはしゅんとしおれる様に俯いていた。
 正直言えば、ルナの話していることは、殆ど分からなかった。
 俺を選ぶとか、勝手な事が何を意味しているのかは、思いも付かない。
 だが、俺はルナに伝えるべき言葉だけはしっかりと分かっていた。

「ルナ。君が何をしたのかは俺には良くわからないけど、これだけはハッキリと言える。ルナの事が好きなのは変わらないし、俺に例え何かしていたとしても、一緒に居られたのだから良いじゃないか。それこそ、喜びこそすれ怒る事などなど何も無いよ。」

 そんな俺の言葉に、ルナは驚いたように目を見開くと、「本当に? ルナの事怒ってない?」と、呟く。
 俺は答えの変わりに、ルナを抱きしめると、「大丈夫。全然怒ってないし、好きな事も変わらないよ。」と、ささやく。

 そんな俺の言葉に、ルナは嬉しそうに微笑みながら泣いた。
 その涙の伝う笑顔は、とても綺麗なもので、それを見た俺の心からは、愛おしさが溢れて止まらなかった。

 ルナは俺を見上げながら、そっと、少し恥ずかしそうにしながら、「ツバサ……ルナにも、ディーネちゃんとしてた事……して?」
 と、呟く。
 俺の頭は一瞬にして沸騰した。
 ななななななななあな、なぁああにを!?
 そして、ルナはそのまま目を閉じる。

 俺の頭には色々な感情が渦巻いていた。
 しかし、俺の心が求めるものはハッキリしていた。
 俺は、ディーネちゃんが言っていた言葉を思い出した。
 一瞬、戸惑いはあったものの、覚悟を決める。
 情け無い話だが、あの言葉が無かったら俺は確実に躊躇して、行動を起こせなかっただろう。

 俺は、ゆっくりとルナの唇に、自分の唇を重ねた。

 ディーネちゃんのときとは違う、拙いただの接吻。
 しかし、ルナの唇の感触は、俺の頭の芯を痺れさせるような甘美なものだった。

 俺がそんな感覚と、心の充足を感じたその瞬間、頭の中に声が響く。

『シンクロ率:48% 比翼システム――起動可能です。――起動しますか?』

 訳が分からない。
 人様の逢瀬に割り込むとは何事!?と思うも、これが答えなのかと何となく理解した。
 わからない事だらけだが、今は全てを棚上げして、俺は、心の中で選択する。

 折角の甘いひと時を邪魔しやがって!けど、起動だ!!

 その瞬間、俺達は光に包まれたのだった。

「比翼の鳥」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く