比翼の鳥
第5話 悔いた後に
俺の声を聞いた2人は、言い合いを中断して我先にと競うように、俺の近くに駆けつけて来る。
「はい、何で御座いましょうか!」
「む、わらわに何か用かの?」
先程まで言い争っていたのに、一声でこの連携。流石である。
特に、2人とも、耳がピンと張り立ち、尻尾が嬉しそうに振られている。
そんな2人の姿を見て苦笑すると、2人に対して声をかける。
「宇迦之さん、レイリさん、この1ヶ月本当にありがとうございます。宇迦之さんは、ルカール村をしっかりとまとめてくださいましたし、レイリさんのお陰で、こうして体も大分動くようになりました。」
そう言いながら俺は頭を下げる。
「そんな! 顔をお上げ下さいませ! 」
「そ、そうじゃ! レイリ殿はどうか分からんが、少なくともわらわは、頭を下げられるような事はしておらん。」
「いえ、それを言うなら私だって……あの時の事を思えば……まだこの程度の事では……足りません!」
「……レイリ殿。それならわらわだって……何も出来んかったのじゃ……。それこそ、褒めてもらえる筋合いなどないのじゃ……。」
「貴方は、まだ良いではないですか。私は……私は……ツバサ様に……大事な方に……。」
「レイリ殿……。」
そうやって2人とも、突然、パタリと声を上げるのを止めてしまう。
やはり、あの糞勇者との出来事は、まだ2人の中に重く圧し掛かっているようだ。
「そんな……。2人には、本当に感謝しているんですよ。2人がいなければ、俺のやりたいことの半分も未だできていない状態でした。こうして、床にいる間も、安心して体を休められたのは、2人のお陰ですよ。」
そう感謝の意を伝える俺の顔を見て、一瞬嬉しそうな顔をする2人であったが、どちらもその表情をすぐに曇らせてしまう。
その陰りのある表情を見て、俺はまだ、2人が糞勇者との戦いを強く引きずっているのだと感じる。
確かに、あれはそう簡単に乗り越えられる事ではないだろう。
しかし、乗り越えて欲しいという気持ちが俺の中にはあるのだ。
この人達は、耐えることが自分の生きざまであり、一種の美徳になっている部分がある。
それが一つのステータスであり、そうでなければ生き残れなかったという背景もあるのかもしれない。
その一つ芯の通った心意気は、とても尊く、素晴らしい事なのだが……。
しかし、同時にそれは、限界を越えたときに、取り返しのつかない程に自分を傷つけてしまう可能性を孕んでいる。
堅い棒がへし折れるように……膨らみすぎた風船が破裂するように……限界を越えた重圧に耐えきれず、自分を壊してしまう。
俺もそういう風にして、耐えて……耐えて……その結果、壊れたから良くわかる。
そうして壊れた心は元には戻らない。
それは壊れた欠片を元にして、別の何かへと変質する。
少なくとも、俺はそうだった。
そうして、見える世界が徐々に壊れていったのは、今でも良く覚えている。
いや、正確には俺の心が壊れていくことで、見える世界が変質していったと言うのが正しいのだろう。
俺とレイリさん達のただならぬ様子を見て、皆何事かと、視線が俺達に集まるのを感じる。
ちなみに、宇迦之さんもそれ以上口を挟まず、俺とレイリさんの様子を窺っている。
勇者の件は話だけなら既に皆に知らせているが、レイリさんがここまでその件を気に病んでいることは、宇迦之さんにも予想外のようだった。
それは、彼女が心配そうにレイリさんを見つめる表情から読み取れる。
そして、皆の視線が俺達に注がれる中、その中で、射抜くように視線を向けて来たのが此花と咲耶だ。
俺は、その視線を背中で受け止めつつも、先ずはレイリさんの目を見つめ声をかける。
「レイリさん。俺は本当に、心から感謝していますし、レイリさんを必要だと思っています。ですから、もっと自分を許してあげてください。勿論、宇迦之さんだってそうです。」
そんな俺の言葉を聞きつつも、レイリさんは、まだ、少し、迷うように俺の瞳を覗き込んでいる。
対照的に、宇迦之さんはその言葉に、弱々しくではあるが頷く。
レイリさんの瞳の奥にあるのは、俺の言葉を信じたいが、信じられない自分に対する自信のなさだ。
良くわかる。俺には本当にその気持ちが痛い程、実感を伴って理解できる。
レイリさんは、あの糞勇者での失敗――もっとも、俺は失敗とは思っていないが――を、何とか取り戻したいのだ。
失敗した自分を受け入れるのは、本当にきつい。
更に、自分なんて……と、思ってしまえばそこから、抜け出すのは容易ではない。
それは、ふとした瞬間に身を切り裂かれるような苦しさがあり、しかしながら、その苦しみこそが許しと錯覚してしまうような甘美さを内包している。
それは、いつまでも自分の中で自分を苛み続けるのだ。
苦しみと自虐の連鎖から抜け出すのは、非常に難しい。
実は、他人から受ける信頼というのは、自分が踏み出してしまえば、取り返すことはそれほど難しくないと俺は思っている。
目的が明確であるがゆえに、自分の意志が伴いやすい。
そして、その方法さえ間違っていなければ、突っ走るだけで良いからだ。
確固たる意思さえ伴っていれば、後はどれだけ真摯に行動を起こせるかだけなのだから。
だが、自分に対しての信頼……要は自信を取り戻すのは、思う以上に難しい。
いや、より正確に言うならば、自分自身だけで取り戻すことは、まず不可能であると言って良い。
これは、俺の経験によるところが大きい話だが……自分に対する信頼は、他人の評価から生まれるのだ。
人に評価してもらって、初めて自分自身を客観的に評価できる。
つまり、レイリさんのように、負い目を抱え、自分に自信を持てない人を立ち直らせるのは、他の人の評価にかかっていると言っても過言ではないと俺は思っている。
大きな失敗した人は、更なる失敗を恐れる。
失敗しない事に目が行き、慎重になる為、動きが鈍るのだ。
そのため、何に対しても後手に回り、更なる失敗を生む可能性が増える。
それでも、運が良い事に失敗せずに立ち直れればそれで良い。
しかし、また、失敗を繰り返してしまった場合が、目も当てられない。
これも失敗した。あれも失敗した……。
その内、周りは失敗とは思っていない事も、自分で勝手に失敗にしてしまうようになる。
そうした悪循環の結果、自分に対する自己評価が大暴落するのだ。
そこから抜け出すことは、自分自身だけでは不可能に近い。
自分の能力が足りないから……もっと頑張らなくては……と更に自分を追い込んでいく。
結果、自分に絶望するのだ。
その先は、もう何もない。生も死も関係なく、只々、己に対する絶望だけが存在する事になる。
傍から見れば、さぞかし滑稽に映るかもしれない。
自分で勝手にいじけて、勝手に自滅して行っているだけにしか見えないだろう。
そして、その世界を知らない人から見れば、その人はさぞかし軟弱な人に見えることだろう。
――この程度の事で――
そう思われても仕方ないのかもしれない。
しかし、他人にとってのその程度が、本人にとっては何にも勝る苦しみであることもある。
それこそ、振り絞って頑張った結果なのかもしれない。
それを無責任に、笑いながら、或いは怒りながら「頑張りが足りない。」と言う人がいる。
「なんでやらないの?」と、呆れながら言う人がいる。
その言葉が本人にとっては止めとなる事を……そう言った言葉を言う人ほど、知らない。
絶望は人の傍らにいつもあると、俺は知っている。
何気ない一言で、人は簡単に、その境界を超える事を、俺は知っている。
そんな馬鹿みたいな事が、在り得るという事を知っている俺は、今のレイリさんを気軽に励ますことなどできないのだ。
だからこそ、俺は、レイリさんに自信を取り戻してもらうためにも、こうして、仕事を割り振った。
レイリさんは、それを俺の期待以上にこなしてくれていたのだ。
しかし、彼女の中では、それでも足りない。
ならば……俺は更に、レイリさんに、お願いをするしかない。
自信が足りないなら、更に積み重ねれば良い。
自分で満足してくれるまで、俺は何度でも、彼女を頼ろう。
俺が本当に彼女の事を、必要としていると分かって貰えるまで、何度でも。
しかし、その前に……まずは、道を示す。
俺が通った道を、この人に通らせはしない。
「レイリさん。この前の戦いの事を気に病んでいるのは良くわかります。」
その言葉を聞いた、レイリさんはビクッと肩を震わせる。
そんな様子を見て、俺も少しだけ心が重くなるものの、それを振り払い、更に続ける。
「しかし、その件はもう終わりました。そして……終わってしまった事は、もうどうする事も出来ません。」
その言葉に、今度は此花と咲耶が、ビクッと肩を竦ませたのだが感じられた。
ぐるりと視線を周りに向ければ、宇迦之さんやリリー、そして、ティガまでも一瞬、それぞれの胸の底に沈ませていた感情を、その表情に浮かび上がらせている。
それを確認し、俺はそのまま言葉を紡ぐ。
「皆、あの一件では色々と苦い思いを、その胸の内に秘めていると思う。俺だってそうだよ。けど、もう終わってしまった事だ。なら、この胸の内にわだかまる思いはどうしたら良いんだろうね?」
俺は敢えて微笑みながら、少し言葉を崩して軽い感じで皆に問い掛ける。
しかし、その答えは誰からも帰ってこない。
レイリさんは何かを求めるように、俺の目をジッと見つめている。
他の皆も、似た様な視線を俺に向けている。
そんな皆の視線を受け止め、俺は不安そうにしている此花と咲耶に、声をかける。
「此花、咲耶……お父さんが言った事……覚えているかい?」
突然声をかけられた2人は、それでも、まっすぐと俺を見つめ、同時に頷く。
「父上は以前、こう仰いました……『辛い事や納得できない事があって、否定し全てを消してしまいたいようなことがあったら……時間はかかっても良い。ちゃんと自分を受け入れて上げなさい。』 父上に頂いたお言葉……この咲耶、忘れておりませぬ。」
「お父様はこうも仰いましたわ。『ちゃんと自分を好きでいられるように、自分を受け入れて上げなさい。』……今思えば、まるで、こうなることが分かっていたかのようなお言葉ですわ。流石、お父様ですわ。」
そんな2人の完璧な復唱に俺は内心、ちょっとビビりつつ、それを表情に出す事は何とかこらえた。
なんつーか、改めて凄いわ……この2人。ちゃんと覚えていてくれたこともそうだが、多分、言った事が一字一句間違っていなさそうなのが尚凄い。
そんな戦々恐々とした思いを抱きつつも、ちゃんと理解してくれていることに俺は、嬉しさを隠せなかった。
「そうだね。まぁ、こんなに早く、その言葉が役に立つとは思っていなかったけど、人は誰でも躓く事がある。だから、お父さんは、君たちにそう教えたんだ。」
その言葉に、2人は勢いよく頷いた。
そして、その2人から発せられた言葉を聞いた、皆も思う所があるのだろう。
少しの静寂が、その場を支配する。
「それでも……。」
そんな風に、ポツリと漏らす様に、レイリさんが声を発する。
顔を上げたレイリさんの顔には、苦悩と悲しみがにじみ出ていた。
「それでも、私は思ってしまいます! あの時、ツバサ様に手を上げてしまった事が! それが、いつまでも私の後ろを付き纏うのです!」
レイリさんは頭を振ると、更に続ける。
「勿論、ツバサ様が許して下さっているのは分かります。分かりますが……それでも、ふとその時の事が浮かんでくると……私は……!」
そう、苦しそうに、吐き出す様に叫ぶレイリさんの声は、悲痛で……俺だけでなく、皆の心を引っ掻くように届いた。
そうだな。実際、そんな簡単に割り切れるものではないのだ。
それは、振り払っても、振り払っても、しつこく着いて来る亡霊のような物だ。
ちゃんと、向き合って、自分の中に収めない限りは、いつまで経っても後ろを付き纏い、責めつづける。
それでも、どんなに過去の妄執が付き纏って来ても、それを抱えて生きていくしかないのだ。
だから、俺は、少しでも、手助けになればと、レイリさんに優しく声をかける。
「そうですよね。俺もそんな経験を何度もした事があるので、似た様な気持ちを俺なりに理解できるつもりです。」
だから……と、俺は続ける。
「今回の事を教訓に出来るよう、次の事を考えましょう。」
その言葉に、レイリさんだけでなく、皆も首を傾げる。
「今回のようなことはもう嫌ですよね? だったら、次、同じような事が起きた時には理想的な対応をしましょう。その為に、今回の事をちゃんと分析するんですよ。」
その言葉に、皆、一瞬呆けたように言葉を失う。
そんな中、リリーが思わず漏れ出たとでも言う様に、「分析……ですか?」と呟く。
「そうだね。分析だ。」
間髪入れず返した俺の言葉を受けて、不思議そうに小首を傾けるリリー。
皆も、いまいちその言葉に理解が及ばないらしく、反応はあまり無かった。
「例えば……。今回、こんな風に糞勇者によって、皆が嫌な思いをしたと思う。そうだな……リリー。君は何が嫌だった?」
そんな俺が投げかけた突然の言葉に、リリーは「うーんと……。」と、人差し指を顎に添えながら、考え出す。
なんで、そういう可愛らしい仕草をそれとなくできてしまうんでしょうな……この子は。
ピコピコ動く耳と相まって、思わず突撃したくなる愛らしさを、リリーは無自覚のまま、振りまいている。
そして、耳をピンッと立たせ、徐に、
「やっぱり……ツバサさんや皆さんが大変だった時に、何も出来なかったのが一番嫌です。」
そう、俺の目を見て言い切った。
そのリリーの言葉に、宇迦之さんやディガ親子も目で賛同の意を表現する。
俺はその様子を見ると、頷いて更にリリーに問い掛ける。
「じゃあ、それは……どうすれば防げたのだろう? 何が必要だったのだろう?」
「それは……。」
そう言い淀んだ後、リリーは、一瞬目を宙へと彷徨わせると、俺を自信なさそうに見ながら、
「勇者が、この森に来なければ、そもそもそんな事は起きませんでしたから……。」
「結界を強化して、勇者を入れないようにしてしまえば、良かった?」
リリーの答えを掬い上げるように、俺は言葉を続けた。
それを聞いて、リリーは小さく頷く。「多分ですけど……。」と自信無さげな表情で、呟きながらが、リリーらしくあるが。
俺はその様子を見て、頷くと、「それも確かに手としてはありだよね。」と、言いながらリリーに微笑みかける。
その様子を見て、リリーは傍目から分かる程、嬉しそうに顔を綻ばせる。
耳も「ばんざーい!」と言う様に、切り立っている。
だが、「けど……。」と言う、俺の次の言葉で一瞬にして、耳がへにょりと垂れ下がる。
可愛いなぁ……ほんと。
そんなリリーの一挙一動に俺は癒されつつ、言葉を続ける。
「絶対に、勇者の侵入が防げるわけでは無いよね? それに、万が一という事もある。その場合はどうしよう? そもそも、今回の事は、勇者の不意打ちだった。誰も、勇者が森の中に侵入しているとは思っていなかったんだ。もし、結界を強化して、安心してしまったら……それって、今回とまた同じことを繰り返してしまう事にならないかな?」
その問いかけにまたも、言葉を失う一同。
宇迦之さんも「むぅ……。」と、唸っているだけだ。
ちなみに、ヒビキまで何か真剣に悩んでいる様子だ。
「……問題となるのは……ツバサ様に近づく危機を察知できるかどうか……。それと、如何にして早く駆けつけるか……と言うことですわね。」
先程まで沈んでいたレイリさんが、真剣な声でポツリと自分の考えを述べる。
どうやら、レイリさんは俺が言わんとしている事を、感じ取ってくれたようだ。
ちゃんと、筋道を立てて論理的に考えを巡らそうとしているのが、その言葉から分かる。
「そうじゃのぉ。その2点を解決しない事には、そもそもツバサ殿の元に駆けつける事すら出来んからの。」
宇迦之さんは歯がゆそうに、レイリさんの意見に同調する。
一番、考えて欲しかった人が動いてくれたから、もう大丈夫だと思うが……一応、皆の様子を見ながら話を進める。
「うん、問題点が浮き上がって来たね。今のレイリさんの定義してくれた問題点を解決しないと、万が一の時には合流できない。まずは、それをどうやって、解決するのかを各自でしっかりと考えて欲しい。」
俺は、皆の顔を見ながらそう語りかける。
皆、真剣な様子で俺の言葉に耳を傾けていた。
「更に、可能であれば、その先も想像してみてほしい。そして、また必要と思われる事を考えて欲しい。」
今の話では到着してそれで終了と言う話だ。
その後、糞勇者が使ってきた隷属を食らって、皆で殺し合いとか、目も当てられない。
そのままでは、前よりもより酷い惨状を、生み出す事にしかならない。
しかし、その事は今はあえて指摘しない。
皆、ちゃんと気付くであろうと、俺は考えている。
それよりも、更に重要な事を、俺は指摘する。
「そして、もう一つ。それは、必ずしも一人で考える必要は無いという事を覚えておいてほしい。一人で悩んで分からない事も、他の人の意見を取り入れればすんなり解決する事も多い。」
俺は人差し指を立てながら、言い聞かせるように皆に声を発する。
「いいかい? これは、皆で考えてこそ意味のある事なんだよ。特にレイリさん。一人で抱え込んでしまっては、辛いだけだから。ちゃんと皆で意見を出し合って次に繋げましょうよ。」
「そうじゃ。歯がゆい思いをしたのは皆、同じなのじゃ。次は、あの勇者どもに一矢報いるぞ! のぅ? レイリ殿?」
俺の言葉を受け取った宇迦之さんが、少し意地悪な笑みを浮かべながら、そのままレイリさんに言葉を振る。
そんな俺達の言葉を受けて、レイリさんは少し疲れた様な笑みを浮かべつつ、
「全く……。先程まで、私と一緒にしょげていた人の言葉とは思えませんね。」
そんな風に、宇迦之さんにため息と一緒に言葉をぶつける。
「な、何じゃと!? 人が折角心配して……。」
「ふふふ……分かってますよ。宇迦之様……いいえ、宇迦之。ありがとう。」
そう言いながら、少し儚い雰囲気を纏わせつつ、それでも少し吹っ切れた笑顔で、レイリさんは宇迦之さんに礼を述べる。
いきなり呼び捨て。しかも、想像もしていなかっただろう感謝の言葉を真正面から受けて、宇迦之さんは、耳と2本の尻尾をそそり立たせる。
そして、「にゃ!? にゃにおぉー!?」と、似非猫族と化しながら、顔を見る見るうちに真っ赤にさせた。
普段は隠そうとしてなかなか見せない素の宇迦之さんの様子が可愛らしくて、俺は思わず「宇迦之さん、可愛いなぁ……。」と呟きながら、微笑んでしまう。
そんな俺の呟きと満面の笑みを知って、更に宇迦之さんは顔を真っ赤にして、頭から煙でも出そうな勢いで俯いてしまった。
そんな宇迦之さんを見た皆から、先程のまでの悲壮な雰囲気を感じる事は、もう無かったのだった。
「はい、何で御座いましょうか!」
「む、わらわに何か用かの?」
先程まで言い争っていたのに、一声でこの連携。流石である。
特に、2人とも、耳がピンと張り立ち、尻尾が嬉しそうに振られている。
そんな2人の姿を見て苦笑すると、2人に対して声をかける。
「宇迦之さん、レイリさん、この1ヶ月本当にありがとうございます。宇迦之さんは、ルカール村をしっかりとまとめてくださいましたし、レイリさんのお陰で、こうして体も大分動くようになりました。」
そう言いながら俺は頭を下げる。
「そんな! 顔をお上げ下さいませ! 」
「そ、そうじゃ! レイリ殿はどうか分からんが、少なくともわらわは、頭を下げられるような事はしておらん。」
「いえ、それを言うなら私だって……あの時の事を思えば……まだこの程度の事では……足りません!」
「……レイリ殿。それならわらわだって……何も出来んかったのじゃ……。それこそ、褒めてもらえる筋合いなどないのじゃ……。」
「貴方は、まだ良いではないですか。私は……私は……ツバサ様に……大事な方に……。」
「レイリ殿……。」
そうやって2人とも、突然、パタリと声を上げるのを止めてしまう。
やはり、あの糞勇者との出来事は、まだ2人の中に重く圧し掛かっているようだ。
「そんな……。2人には、本当に感謝しているんですよ。2人がいなければ、俺のやりたいことの半分も未だできていない状態でした。こうして、床にいる間も、安心して体を休められたのは、2人のお陰ですよ。」
そう感謝の意を伝える俺の顔を見て、一瞬嬉しそうな顔をする2人であったが、どちらもその表情をすぐに曇らせてしまう。
その陰りのある表情を見て、俺はまだ、2人が糞勇者との戦いを強く引きずっているのだと感じる。
確かに、あれはそう簡単に乗り越えられる事ではないだろう。
しかし、乗り越えて欲しいという気持ちが俺の中にはあるのだ。
この人達は、耐えることが自分の生きざまであり、一種の美徳になっている部分がある。
それが一つのステータスであり、そうでなければ生き残れなかったという背景もあるのかもしれない。
その一つ芯の通った心意気は、とても尊く、素晴らしい事なのだが……。
しかし、同時にそれは、限界を越えたときに、取り返しのつかない程に自分を傷つけてしまう可能性を孕んでいる。
堅い棒がへし折れるように……膨らみすぎた風船が破裂するように……限界を越えた重圧に耐えきれず、自分を壊してしまう。
俺もそういう風にして、耐えて……耐えて……その結果、壊れたから良くわかる。
そうして壊れた心は元には戻らない。
それは壊れた欠片を元にして、別の何かへと変質する。
少なくとも、俺はそうだった。
そうして、見える世界が徐々に壊れていったのは、今でも良く覚えている。
いや、正確には俺の心が壊れていくことで、見える世界が変質していったと言うのが正しいのだろう。
俺とレイリさん達のただならぬ様子を見て、皆何事かと、視線が俺達に集まるのを感じる。
ちなみに、宇迦之さんもそれ以上口を挟まず、俺とレイリさんの様子を窺っている。
勇者の件は話だけなら既に皆に知らせているが、レイリさんがここまでその件を気に病んでいることは、宇迦之さんにも予想外のようだった。
それは、彼女が心配そうにレイリさんを見つめる表情から読み取れる。
そして、皆の視線が俺達に注がれる中、その中で、射抜くように視線を向けて来たのが此花と咲耶だ。
俺は、その視線を背中で受け止めつつも、先ずはレイリさんの目を見つめ声をかける。
「レイリさん。俺は本当に、心から感謝していますし、レイリさんを必要だと思っています。ですから、もっと自分を許してあげてください。勿論、宇迦之さんだってそうです。」
そんな俺の言葉を聞きつつも、レイリさんは、まだ、少し、迷うように俺の瞳を覗き込んでいる。
対照的に、宇迦之さんはその言葉に、弱々しくではあるが頷く。
レイリさんの瞳の奥にあるのは、俺の言葉を信じたいが、信じられない自分に対する自信のなさだ。
良くわかる。俺には本当にその気持ちが痛い程、実感を伴って理解できる。
レイリさんは、あの糞勇者での失敗――もっとも、俺は失敗とは思っていないが――を、何とか取り戻したいのだ。
失敗した自分を受け入れるのは、本当にきつい。
更に、自分なんて……と、思ってしまえばそこから、抜け出すのは容易ではない。
それは、ふとした瞬間に身を切り裂かれるような苦しさがあり、しかしながら、その苦しみこそが許しと錯覚してしまうような甘美さを内包している。
それは、いつまでも自分の中で自分を苛み続けるのだ。
苦しみと自虐の連鎖から抜け出すのは、非常に難しい。
実は、他人から受ける信頼というのは、自分が踏み出してしまえば、取り返すことはそれほど難しくないと俺は思っている。
目的が明確であるがゆえに、自分の意志が伴いやすい。
そして、その方法さえ間違っていなければ、突っ走るだけで良いからだ。
確固たる意思さえ伴っていれば、後はどれだけ真摯に行動を起こせるかだけなのだから。
だが、自分に対しての信頼……要は自信を取り戻すのは、思う以上に難しい。
いや、より正確に言うならば、自分自身だけで取り戻すことは、まず不可能であると言って良い。
これは、俺の経験によるところが大きい話だが……自分に対する信頼は、他人の評価から生まれるのだ。
人に評価してもらって、初めて自分自身を客観的に評価できる。
つまり、レイリさんのように、負い目を抱え、自分に自信を持てない人を立ち直らせるのは、他の人の評価にかかっていると言っても過言ではないと俺は思っている。
大きな失敗した人は、更なる失敗を恐れる。
失敗しない事に目が行き、慎重になる為、動きが鈍るのだ。
そのため、何に対しても後手に回り、更なる失敗を生む可能性が増える。
それでも、運が良い事に失敗せずに立ち直れればそれで良い。
しかし、また、失敗を繰り返してしまった場合が、目も当てられない。
これも失敗した。あれも失敗した……。
その内、周りは失敗とは思っていない事も、自分で勝手に失敗にしてしまうようになる。
そうした悪循環の結果、自分に対する自己評価が大暴落するのだ。
そこから抜け出すことは、自分自身だけでは不可能に近い。
自分の能力が足りないから……もっと頑張らなくては……と更に自分を追い込んでいく。
結果、自分に絶望するのだ。
その先は、もう何もない。生も死も関係なく、只々、己に対する絶望だけが存在する事になる。
傍から見れば、さぞかし滑稽に映るかもしれない。
自分で勝手にいじけて、勝手に自滅して行っているだけにしか見えないだろう。
そして、その世界を知らない人から見れば、その人はさぞかし軟弱な人に見えることだろう。
――この程度の事で――
そう思われても仕方ないのかもしれない。
しかし、他人にとってのその程度が、本人にとっては何にも勝る苦しみであることもある。
それこそ、振り絞って頑張った結果なのかもしれない。
それを無責任に、笑いながら、或いは怒りながら「頑張りが足りない。」と言う人がいる。
「なんでやらないの?」と、呆れながら言う人がいる。
その言葉が本人にとっては止めとなる事を……そう言った言葉を言う人ほど、知らない。
絶望は人の傍らにいつもあると、俺は知っている。
何気ない一言で、人は簡単に、その境界を超える事を、俺は知っている。
そんな馬鹿みたいな事が、在り得るという事を知っている俺は、今のレイリさんを気軽に励ますことなどできないのだ。
だからこそ、俺は、レイリさんに自信を取り戻してもらうためにも、こうして、仕事を割り振った。
レイリさんは、それを俺の期待以上にこなしてくれていたのだ。
しかし、彼女の中では、それでも足りない。
ならば……俺は更に、レイリさんに、お願いをするしかない。
自信が足りないなら、更に積み重ねれば良い。
自分で満足してくれるまで、俺は何度でも、彼女を頼ろう。
俺が本当に彼女の事を、必要としていると分かって貰えるまで、何度でも。
しかし、その前に……まずは、道を示す。
俺が通った道を、この人に通らせはしない。
「レイリさん。この前の戦いの事を気に病んでいるのは良くわかります。」
その言葉を聞いた、レイリさんはビクッと肩を震わせる。
そんな様子を見て、俺も少しだけ心が重くなるものの、それを振り払い、更に続ける。
「しかし、その件はもう終わりました。そして……終わってしまった事は、もうどうする事も出来ません。」
その言葉に、今度は此花と咲耶が、ビクッと肩を竦ませたのだが感じられた。
ぐるりと視線を周りに向ければ、宇迦之さんやリリー、そして、ティガまでも一瞬、それぞれの胸の底に沈ませていた感情を、その表情に浮かび上がらせている。
それを確認し、俺はそのまま言葉を紡ぐ。
「皆、あの一件では色々と苦い思いを、その胸の内に秘めていると思う。俺だってそうだよ。けど、もう終わってしまった事だ。なら、この胸の内にわだかまる思いはどうしたら良いんだろうね?」
俺は敢えて微笑みながら、少し言葉を崩して軽い感じで皆に問い掛ける。
しかし、その答えは誰からも帰ってこない。
レイリさんは何かを求めるように、俺の目をジッと見つめている。
他の皆も、似た様な視線を俺に向けている。
そんな皆の視線を受け止め、俺は不安そうにしている此花と咲耶に、声をかける。
「此花、咲耶……お父さんが言った事……覚えているかい?」
突然声をかけられた2人は、それでも、まっすぐと俺を見つめ、同時に頷く。
「父上は以前、こう仰いました……『辛い事や納得できない事があって、否定し全てを消してしまいたいようなことがあったら……時間はかかっても良い。ちゃんと自分を受け入れて上げなさい。』 父上に頂いたお言葉……この咲耶、忘れておりませぬ。」
「お父様はこうも仰いましたわ。『ちゃんと自分を好きでいられるように、自分を受け入れて上げなさい。』……今思えば、まるで、こうなることが分かっていたかのようなお言葉ですわ。流石、お父様ですわ。」
そんな2人の完璧な復唱に俺は内心、ちょっとビビりつつ、それを表情に出す事は何とかこらえた。
なんつーか、改めて凄いわ……この2人。ちゃんと覚えていてくれたこともそうだが、多分、言った事が一字一句間違っていなさそうなのが尚凄い。
そんな戦々恐々とした思いを抱きつつも、ちゃんと理解してくれていることに俺は、嬉しさを隠せなかった。
「そうだね。まぁ、こんなに早く、その言葉が役に立つとは思っていなかったけど、人は誰でも躓く事がある。だから、お父さんは、君たちにそう教えたんだ。」
その言葉に、2人は勢いよく頷いた。
そして、その2人から発せられた言葉を聞いた、皆も思う所があるのだろう。
少しの静寂が、その場を支配する。
「それでも……。」
そんな風に、ポツリと漏らす様に、レイリさんが声を発する。
顔を上げたレイリさんの顔には、苦悩と悲しみがにじみ出ていた。
「それでも、私は思ってしまいます! あの時、ツバサ様に手を上げてしまった事が! それが、いつまでも私の後ろを付き纏うのです!」
レイリさんは頭を振ると、更に続ける。
「勿論、ツバサ様が許して下さっているのは分かります。分かりますが……それでも、ふとその時の事が浮かんでくると……私は……!」
そう、苦しそうに、吐き出す様に叫ぶレイリさんの声は、悲痛で……俺だけでなく、皆の心を引っ掻くように届いた。
そうだな。実際、そんな簡単に割り切れるものではないのだ。
それは、振り払っても、振り払っても、しつこく着いて来る亡霊のような物だ。
ちゃんと、向き合って、自分の中に収めない限りは、いつまで経っても後ろを付き纏い、責めつづける。
それでも、どんなに過去の妄執が付き纏って来ても、それを抱えて生きていくしかないのだ。
だから、俺は、少しでも、手助けになればと、レイリさんに優しく声をかける。
「そうですよね。俺もそんな経験を何度もした事があるので、似た様な気持ちを俺なりに理解できるつもりです。」
だから……と、俺は続ける。
「今回の事を教訓に出来るよう、次の事を考えましょう。」
その言葉に、レイリさんだけでなく、皆も首を傾げる。
「今回のようなことはもう嫌ですよね? だったら、次、同じような事が起きた時には理想的な対応をしましょう。その為に、今回の事をちゃんと分析するんですよ。」
その言葉に、皆、一瞬呆けたように言葉を失う。
そんな中、リリーが思わず漏れ出たとでも言う様に、「分析……ですか?」と呟く。
「そうだね。分析だ。」
間髪入れず返した俺の言葉を受けて、不思議そうに小首を傾けるリリー。
皆も、いまいちその言葉に理解が及ばないらしく、反応はあまり無かった。
「例えば……。今回、こんな風に糞勇者によって、皆が嫌な思いをしたと思う。そうだな……リリー。君は何が嫌だった?」
そんな俺が投げかけた突然の言葉に、リリーは「うーんと……。」と、人差し指を顎に添えながら、考え出す。
なんで、そういう可愛らしい仕草をそれとなくできてしまうんでしょうな……この子は。
ピコピコ動く耳と相まって、思わず突撃したくなる愛らしさを、リリーは無自覚のまま、振りまいている。
そして、耳をピンッと立たせ、徐に、
「やっぱり……ツバサさんや皆さんが大変だった時に、何も出来なかったのが一番嫌です。」
そう、俺の目を見て言い切った。
そのリリーの言葉に、宇迦之さんやディガ親子も目で賛同の意を表現する。
俺はその様子を見ると、頷いて更にリリーに問い掛ける。
「じゃあ、それは……どうすれば防げたのだろう? 何が必要だったのだろう?」
「それは……。」
そう言い淀んだ後、リリーは、一瞬目を宙へと彷徨わせると、俺を自信なさそうに見ながら、
「勇者が、この森に来なければ、そもそもそんな事は起きませんでしたから……。」
「結界を強化して、勇者を入れないようにしてしまえば、良かった?」
リリーの答えを掬い上げるように、俺は言葉を続けた。
それを聞いて、リリーは小さく頷く。「多分ですけど……。」と自信無さげな表情で、呟きながらが、リリーらしくあるが。
俺はその様子を見て、頷くと、「それも確かに手としてはありだよね。」と、言いながらリリーに微笑みかける。
その様子を見て、リリーは傍目から分かる程、嬉しそうに顔を綻ばせる。
耳も「ばんざーい!」と言う様に、切り立っている。
だが、「けど……。」と言う、俺の次の言葉で一瞬にして、耳がへにょりと垂れ下がる。
可愛いなぁ……ほんと。
そんなリリーの一挙一動に俺は癒されつつ、言葉を続ける。
「絶対に、勇者の侵入が防げるわけでは無いよね? それに、万が一という事もある。その場合はどうしよう? そもそも、今回の事は、勇者の不意打ちだった。誰も、勇者が森の中に侵入しているとは思っていなかったんだ。もし、結界を強化して、安心してしまったら……それって、今回とまた同じことを繰り返してしまう事にならないかな?」
その問いかけにまたも、言葉を失う一同。
宇迦之さんも「むぅ……。」と、唸っているだけだ。
ちなみに、ヒビキまで何か真剣に悩んでいる様子だ。
「……問題となるのは……ツバサ様に近づく危機を察知できるかどうか……。それと、如何にして早く駆けつけるか……と言うことですわね。」
先程まで沈んでいたレイリさんが、真剣な声でポツリと自分の考えを述べる。
どうやら、レイリさんは俺が言わんとしている事を、感じ取ってくれたようだ。
ちゃんと、筋道を立てて論理的に考えを巡らそうとしているのが、その言葉から分かる。
「そうじゃのぉ。その2点を解決しない事には、そもそもツバサ殿の元に駆けつける事すら出来んからの。」
宇迦之さんは歯がゆそうに、レイリさんの意見に同調する。
一番、考えて欲しかった人が動いてくれたから、もう大丈夫だと思うが……一応、皆の様子を見ながら話を進める。
「うん、問題点が浮き上がって来たね。今のレイリさんの定義してくれた問題点を解決しないと、万が一の時には合流できない。まずは、それをどうやって、解決するのかを各自でしっかりと考えて欲しい。」
俺は、皆の顔を見ながらそう語りかける。
皆、真剣な様子で俺の言葉に耳を傾けていた。
「更に、可能であれば、その先も想像してみてほしい。そして、また必要と思われる事を考えて欲しい。」
今の話では到着してそれで終了と言う話だ。
その後、糞勇者が使ってきた隷属を食らって、皆で殺し合いとか、目も当てられない。
そのままでは、前よりもより酷い惨状を、生み出す事にしかならない。
しかし、その事は今はあえて指摘しない。
皆、ちゃんと気付くであろうと、俺は考えている。
それよりも、更に重要な事を、俺は指摘する。
「そして、もう一つ。それは、必ずしも一人で考える必要は無いという事を覚えておいてほしい。一人で悩んで分からない事も、他の人の意見を取り入れればすんなり解決する事も多い。」
俺は人差し指を立てながら、言い聞かせるように皆に声を発する。
「いいかい? これは、皆で考えてこそ意味のある事なんだよ。特にレイリさん。一人で抱え込んでしまっては、辛いだけだから。ちゃんと皆で意見を出し合って次に繋げましょうよ。」
「そうじゃ。歯がゆい思いをしたのは皆、同じなのじゃ。次は、あの勇者どもに一矢報いるぞ! のぅ? レイリ殿?」
俺の言葉を受け取った宇迦之さんが、少し意地悪な笑みを浮かべながら、そのままレイリさんに言葉を振る。
そんな俺達の言葉を受けて、レイリさんは少し疲れた様な笑みを浮かべつつ、
「全く……。先程まで、私と一緒にしょげていた人の言葉とは思えませんね。」
そんな風に、宇迦之さんにため息と一緒に言葉をぶつける。
「な、何じゃと!? 人が折角心配して……。」
「ふふふ……分かってますよ。宇迦之様……いいえ、宇迦之。ありがとう。」
そう言いながら、少し儚い雰囲気を纏わせつつ、それでも少し吹っ切れた笑顔で、レイリさんは宇迦之さんに礼を述べる。
いきなり呼び捨て。しかも、想像もしていなかっただろう感謝の言葉を真正面から受けて、宇迦之さんは、耳と2本の尻尾をそそり立たせる。
そして、「にゃ!? にゃにおぉー!?」と、似非猫族と化しながら、顔を見る見るうちに真っ赤にさせた。
普段は隠そうとしてなかなか見せない素の宇迦之さんの様子が可愛らしくて、俺は思わず「宇迦之さん、可愛いなぁ……。」と呟きながら、微笑んでしまう。
そんな俺の呟きと満面の笑みを知って、更に宇迦之さんは顔を真っ赤にして、頭から煙でも出そうな勢いで俯いてしまった。
そんな宇迦之さんを見た皆から、先程のまでの悲壮な雰囲気を感じる事は、もう無かったのだった。
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