比翼の鳥
第16話 大精霊
そういえば……水に閉じ込められている精霊様はどうしたのだろう?
妙に静かなんで、忘れていたが……。
そう思って目を向けると……。
空に浮かぶ水球の中で、思いっきり泣いていた。
いや、まぁ、水の中だから声も聞こえないし涙も見えないけど、どう見ても号泣している
なんか哀れだ……。
流石に、可哀想になってきたので、俺はディーネちゃんに目配せする。
「だめよぉ~? この子ぉ~ちょっと調子に乗っちゃっているからぁ~お仕置きしないと~。」
うーむ。ディーネちゃん恐るべし。
確かに、お仕置きは必要なのだろう。
けど、それだと、根本的な解決にならないので、とりあえずこの精霊様から、言質だけは取っておきたい。
そう思った俺は、水球に向き直り、中にいる精霊様に声をかける。
「えーっと……そのままで良いので、聞いてください。精霊さん。とりあえず、ルナ達のこと、認めてあげてくれませんかね? そうすれば、こんな事しなくて良いんですけど。」
言ってて、ヤクザの台詞だなぁと思いつつ、俺は深いため息をつく。
そんな俺の言葉は、ちゃんと聞こえているのだろう。
精霊様は、涙を流しながら、何度も頷いていた。
「じゃあ、村の人も解放してもらえますね!?」
リリーの言葉に、狂ったように頷く。
うん、まぁ、とりあえず、それなら良いんじゃないだろうか。
俺がそんな風に、納得していると……。
「そもそもぉ~フィーちゃんはぁ~、どうやって、魔力を得ていたのかしらぁ~?」
突然、ディーネちゃんが声をかける。
ビクッと体を強張らせて、震える精霊様。
「もう、ディーネちゃん、分かってるんでしょ……?」
俺はため息を着きながら、そう問い返す。
「いやぁ~ん。おねぇさん、よくわからなぁ~ぃ。」
うん、嘘だな。と、俺は思わず心の中で突っ込む。
一瞬、チラリとディーネちゃんの微笑みが、俺に向けられた。
う……。生意気言ってすいません!
俺は気を取り直して、再度、精霊様に向き合うと、
「翼族から契約に近い形で、吸い上げていた。そうですよね?」
そう問いかけた。
精霊様は、一瞬、気まずそうな目を向けてくるも、そのまま黙って頷く。
多分、翼族が壊滅しかけていたのは、この精霊様のせいだろう。
まぁ、けど、その分、翼族のほうも何か頼んでいたのだろうし。
お互いに利益がなければ、このような契約は成り立たないと思うし。
契約とはそういうものだ。
「ふぅ~ん? そうなんだぁ? けどねぇ? それ……かなり危ないわよ?」
何故か、その答えを聞いて、またも響き渡る、絶対零度の声。
その声には、静かな怒りが含まれていた。
「そもそも……契約は1対1が基本。この子は……それを拡大して魔力を吸い上げた。ツバサちゃんなら分かるわよね? それがどんなに危ない事か。」
ディーネちゃんのしゃべり方が、素になっている。その位、怒っているのだろう。
ちなみに、突然しゃべり方が変わったディーネちゃんを見て、リリーは目を丸くしていた。
そして、そんな問いに、俺は黙って頷く。
精霊と人のつながりは、それだけで危険を伴うものだ。
人の思いが精霊に影響を与える。
人の呪いが、精霊を堕とす。
つまり……この精霊様は、堕ちかけていたのだろう。
実際、なんか妙に敵対的で頑固……というより、おかしかったし。
恐らく、魔力の供給元である翼族の想いが、長い間に、つのっていった結果なんだと俺は解釈している。
そして、魔力の供給元である翼族の思いには……あまり良い感情は無かったのだろう。
そりゃ、滅亡に向かっている人達が、希望を持って生きていたとは思えない。
絶望をつのらせながら、生きていたのだと思う。
だからこその、あの精霊様の状態なのだろう。
案外、人族に恨みをつのらせていて、それが影響したのかもしれない。
「そうね。危なかったわよ? 実際。あと一月、ルナちゃん達が来るのが遅かったら、駄目だったかもしれない。ルナちゃん、リリーちゃん、ありがとう。」
そう、お辞儀をするディーネちゃんに、ルナは微笑み、リリーはワタワタしていた。
うん、その様子だと、リリーはちゃんとルナに、ディーネちゃんが大精霊である事を聞いたのだろう。
「全く……フィーちゃん。今回はちょっと酷いわよ? これは暫くお仕置きね。」
そんなディーネちゃんの言葉に、涙を流して震える精霊様。
自業自得とは言え……哀れすぎる。
お手柔らかにね。ディーネちゃん。
そんな俺の心を読んで、ディーネちゃんはため息をつく。
「ツバサちゃん。少し甘すぎるわよ? この子が堕ちたら、村の一つや二つ無くなってたわよ? 一応、これでも、大精霊ですからね。」
「そうなんですか? その割には、ディーネちゃんに頭が上がらないようですが……。」
って言うか、歯向かうのもおこがましい位の勢いだ。
どうやっても、そこの精霊様が、ディーネちゃんに勝つ姿を想像できない。
「ふふ、それはそうよ。幾ら大精霊と言っても、始原の私と、新参のこの子では格が違いすぎるわ。」
あっさりとそう言い放つディーネちゃん。
うーん、改めて、ディーネちゃんって凄いんだなぁと、再確認した。
大精霊の中でも、上下があるとは……。何となく同列のイメージがあったので、驚きである。
「そうねぇ。元々は始原の子がいたんだけど……あの時に……ね。」
その言葉でやっと、俺は悟った。
先程の2人のコンサートの時、何故精霊達が、あれほどまでに心を動かしていたのか。
勿論、比翼の効果もあっただろうが……そもそも、ルナが歌の内容を自発的に選んだとは思えない。
内容的にはルナの過去ではあったが……精霊が心を動かしたのは後半部分だった。
そう、精霊大戦とこの森の話だ。
ならば、精霊達にとって、その2つの事は、精霊達にとって忘れられないほど、辛い事だったのだろう。
そのため、精霊達の心を最も揺さぶる選択をした結果が、あの話だったのではないのだろうか?
そして、その時に、ディーネちゃんも辛い思いをしているのだ。
今の話しぶりでは、先代の風の大精霊様が、お亡くなりになったのだろう。
もしかしたら、堕ちた精霊として敵になったのかもしれない。
同時に、ディーネちゃんに、辛い記憶を何度も思い起こさせてしまった事が申し訳なくて、心で謝る。
ごめん……ディーネちゃん。余計な事を思いださせた。
そんな俺の心を読んで、ディーネちゃんは、少し陰のある微笑を見せると、大丈夫とでも言うように、首を振る。
そして、微笑むと、突然、何かを思いついたようにニンマリと……それはもう、本当に楽しそうに笑みを浮かべた。
逆に、俺はその笑顔を見て、どうしようもなく不安な気持ちになる。
この人が楽しそうにする時って、大抵、大事になるからなぁ……。
そんな俺の思いを読んで、ディーネちゃんは、頬を膨らます。
「ひどぉーい。ツバサちゃん! 折角、お姉さん、良いこと思いついたのに。」
「その良い事の中身がね? 少々、怖いと言いますか……。」
「大丈夫よぉ! これで皆、ハッピーよ! 大丈夫! お姉さんを信じなさい!」
そう言ってそれはもう、大質量の胸を一叩きして笑うと、突然、リリーに向き合う。
「えっと、リリーちゃん。良かったらね、フィーと契約してあげて欲しいの。」
そう言葉を掛けられたリリー本人だけでなく、俺やルナも、一瞬ポカーンとしてしまう。
何で? しかも、リリーはこの中で、一番魔力総量が少ない。
大丈夫なのか? レイリさんの時みたいに、魔力枯渇で干からびるとか無いだろうな?
「大丈夫よ。今回は私もサポートするし、フィーちゃんに選択権は無いし。」
ついに、精霊様に人権が無くなった。なかなかに、酷い……。
水の中の精霊様を見ると、涙を流しながら、頷いていた。
その様子には、何でもするから出してくれと言う必死さを感じる。
そこでふと、疑問に感じた。
うーん? あの水の中って、そこまで辛いものなのだろうか……?
「ああ、ツバサちゃんたちには分からないかもしれないけど、精霊にとってあの水の中は、幾らもがいても進めないし、真っ暗で寒くて声も出ない場所なの。中から私達の姿は見えてないと思うけど、声は聞こえてるのよ? あ、ちなみに、人間が入ったら息も出来ないし、凄い水圧だから、死んじゃうわね。」
さらりとそんな事を言うディーネちゃんが、一瞬、悪魔に見える。
暗くて寒くて動けない……それは素晴らしく恐ろしいのでは……。
脳裏に、納戸や、狭い押入れに閉じ込められて、出られなくなった子供が、泣きながら謝る姿を思い浮かべる。
うん、正に、今そんな感じの事が、精霊様に起こっているのだろう。
俺の想像を読み取ったのか、「そうそう、そんな感じね。」と、楽しそうにディーネちゃんは笑うと、復帰したリリーが、おずおずと言う感じで、声をかける。
「えっと、ディーネ様……。」
「いやん。ディーネちゃんって呼んで?」
「……えっと、ディーネちゃん?」
「良く出来ましたー。」
パチパチと嬉しそうに拍手するディーネちゃんを見て、リリーは少し頬を綻ばせると、改めて口を開く。
「えっと……私が、大精霊様と契約とか……無理だと思うんです。私、魔力が、それほどあるわけではないですし。あ、ツバサさんのお陰で、前よりは遥かに増えましたけど!」
身振り手振りを交えながら、一所懸命にワタワタと説明するリリー。
うん、この姿だけで、俺の心は仏になれそうな勢いだ。
そして、ディーネちゃんも同意見だったのだろう。
ウルウルと感動したように目を輝かせると、あっという間にリリーを自分のその胸にかき抱いて、右に左にクネクネしながら振り回す。
「もぉー! ツバサちゃんの周りには、どうしてこう、可愛い子が一杯なの!? リリーちゃんも素敵! お姉さん、気に入ったわ! ツバサちゃん、持って返って良い?」
「いや、駄目ですから。俺の嫁ですから。俺の癒しですから!」
俺は半分呆れたように、ディーネちゃんにそう告げる。
流石に、リリーがいなくなったら、ルナが何するか分からんし……。
何より、俺の癒しが! 心のオアシスが無くなるのは痛い。
ちなみに、ワタワタしながら振り回されていたリリーは、いつの間にか、両手をダラーンと垂らして、完全にディーネちゃんの成すがままになっていた。
「ちょ!? ディーネちゃん、リリーが死ぬ! 溺れるから!?」
「あら?」と言いながらその柔らかいものから、離されたリリーは、完全に目を回していたのだった。
とりあえず、リリーは直ぐに目を覚ました。
何か、「信じられません……あの大きさ……これがツバサさんから求められる物ですか……。」とか、ブツブツと呟いて、さめざめと涙を流しながら、自分の胸を揉んでいた。
俺はリリーの胸も好きなんだがなぁ……と、心には思うものの流石に、声には出せなかった。
機会があれば、ちゃんと伝えてあげよう……機会があれば。
「相変わらずそういう所は、変わらないのねぇ。」
と、ディーネちゃんが少し困ったように頬に手を当て、ため息と共に言葉を吐き出す。
そんな簡単に変われないものもあるんです! 特に、俺みたいな人種は!
「えっと、ともかく……話を戻すわね? リリーちゃんの心配は大丈夫よ? 顕現しなければそれ程、魔力を必要としないし、時間さえかければ、ちゃんとリリーちゃんの魔力でも、フィーちゃんを顕現させられるわ。」
ディーネちゃんの詳しい説明としてはこうだった。
俺と、ディーネちゃんの例は特殊だから省くとして、通常の精霊の契約は、魔力のやり取りは多くないらしい。
常時、少しずつ魔力を精霊に送る事になるらしいが、これはタンクに水を溜めるように、貯蔵されるもので、精霊の世界に精霊達が止まっている間は、殆ど魔力を必要としないようだ。
それを使って、こちらに顕現できるようになるらしい。
だから、送る量さえ調節すれば、魔力量の少ないリリーでも問題ないという話になる。
ちなみに、何で精霊は、魔力を欲しがるのか? と言う話なのだが、これは、本能だから仕方ないとのこと。
魔力は、どうやら嗜好品のようなものらしい。
つまり、自分の存在を維持するだけでは魔力を必要としないのだが、衝動のように、魔力を欲するようになるらしい。
それは大きな力を持つ精霊ほど顕著で、本能のようなものだと言う。
改めて聞いて思ったが、やはりこの世界は精霊に優しくないと感じる。
これって、ある意味、中毒者みたいな位置づけだろう?
しかも、力をつけるほど、その欲求は大きくなる……。
何かの意図を、俺は感じずにはいられなかった。
そんな話の後、簡単に契約のやり方を教わったりリーは、ディーネちゃんに肩を抱かれて、精霊様の閉じ込められている水球に向き合っていた。
「さて、フィーちゃん。契約はちゃんと破棄したわね? まぁ、してなくても、お姉さんが上から書き換えちゃうから、無駄よ?」
そんなディーネちゃんの問いに、何度も頷く精霊様。
しかし、そのような首の動きも、先程に比べると緩慢に見える。
その様子から、中々に限界が近いらしい事が窺える。主に心的に。
ディーネちゃんは、俺達のために動いてくれているはずなのに、この悪役っぽい感じは一体、何なのだろうと、俺は先程から首を傾げていた。
「じゃあ、リリーちゃん。やりましょう。」
そう声をかけたディーネちゃんの声を受けて、リリーは頷くと、胸の前で両手をグッと握り締めて、
「はい! 頑張ります!」
と、水球を睨みつけるようにしながら、気合の入った声で答えた。
そして、朗々と先程ディーネちゃんに教わったと思われる言葉を唱える。
「私、リリーが望む。風の大精霊 シルフィードよ。わが問いかけに答え、共にあらん事を!」
その瞬間、ディーネちゃんから、何かの力が、リリーと水球に向かって注がれるのを、俺は感じ取った。
その後、リリーと精霊様の間には、魔力のバイパスが繋がれたのが俺からも見て取れる。
案外、簡単に出来ちゃうものだなぁ。
ディーネちゃんは、その声に少しだけ疲れをにじませ、リリーに語りかけた。
「ありがとう、リリーちゃん。これで、ひねくれちゃったこの子も、少しは素直になるでしょう。リリーちゃんみたいに可愛い子の魔力を貰っていれば、あっという間よ!」
そんな言葉に、リリーは照れながらも、「が、頑張ってフィーさんを更生させます!」と、頼もしい言葉を返していた。
魔力不足が怖いが……まぁ、その時は俺が力を貸せば良いだろうと、俺は思い直す。
「さーてと。じゃあ、この子は……ちょっとお仕置きするから連れて行くわね。」
と言った瞬間、水球ごと精霊様の姿が掻き消えた。
そして、周りを見ると、先程まであれほどいた精霊がいなくなっていた。
ああ、また無理したな? この精霊様は……と今更ながらに気がつく。
そもそも、顕現するだけでも一苦労な、この精霊様が、こんなに長い間、こちらに留まった上に、契約のサポートまでして……多くの魔力を使っているのは、今までの経験上良く分かる。
今までの顕現には、周りの精霊の力を借りていたのだろう。初めて会った時と、同じだ。
あまり無理しちゃ駄目ですよ? ディーネちゃん。
そんな心の声に、ディーネちゃんは嬉しそうに微笑むと、俺が抱いている此花と咲耶に声をかけ、俺も一緒に抱きしめる。
「此花、咲耶。ツバサちゃんの事、よろしくね。」
「はい! お母様も、お元気で!」「父上の事は、お任せください!」
そう、元気に答える2人の言葉に悲しさは無い。
これが、精霊と人との感覚の違いなのだろうか?
常に母親の存在を感じられる2人にとっては、これは別れではないのだろう。
体を離したディーネちゃんは、ルナとリリーに向き合う。
それと同時に、此花と咲耶は、俺の腕から飛び降りて、俺の左右に並び立った。
「ルナちゃん、今回は呼んでくれてありがとう。お姉さん、楽しかった!」
そんな意外な言葉を聞いて、俺は、ディーネちゃんが顕現したのはルナの意思によるものだったと、知る。
《 以前、助けてくれたお礼だよ! あの時は、ありがとうね! それに、ディーネちゃんさんも、たまにはツバサや、此花ちゃんと咲耶ちゃんと話したいかなーって。喜んでくれて良かった! 》
「ふふふ……。ルナちゃんは素敵ね。お姉さんも、そんなルナちゃんだから、安心してツバサちゃんを任せられるわ。」
《 うん! 任せて! ツバサと一緒に正義するよ! 》
あれ? 俺も巻き込まれている?
正義は良いけど、あの衣装を俺に着せるのはやめてね? 世界が滅びかねないから。
俺のものか、ルナのものかは分からないが、そんな言葉に、ディーネちゃんは微笑むと、リリーに声をかける。
「リリーちゃん、契約ありがとう。ツバサちゃんの事も宜しくね。」
そんな言葉に、リリーは、安定のワタワタを見せると、手を残像させる勢いで振り、
「い、いええいえいえ! わ、わた、私では、ツバサさんをご満足させられません!」
何を言う、リリー……君がいなければ、とっくに俺の心は乾いているだろうに……。
ふと、そんな心に浮かんだ何気ない一言を、ディーネちゃんの素敵な微笑を見た瞬間に後悔する。
ディーネちゃんは、リリーに近づいて、その大きな耳に、そっと、何かの言葉をかける。
俺の方を横目で見て、ニヤニヤしながら。
それを聞いていたリリーの目がこちらに向けられ、大きく見開かれると……尻尾がすごい勢いで振られ始めた。
ああああぁあ!? やりやがった!?
俺の心の声、リリーに言ったな!?
リリーは、完全に目に涙を溜めて、尻尾を振り乱しながら、俺を熱い視線で見つめてきていた。
あれ? ちょっと待て……その反応は、大げさすぎやしないか?
ディーネちゃん……一体、貴女は何を吹き込んだんですか……。
何か一仕事を終えたように、さっぱりとした顔でこちらに向かってきた。
「こら、ディーネちゃん。何をふきこん……むぐ!?」
そして、例の如く、当たり前のように、唇を奪ってきた。
ちょ!? だから!? その不意打ちは無し!!
ほら! ルナの魔力が!? 後光が差す勢いで!? ちょ!? リリーが天国から地獄に!?
こじ開けるな!? こらー!? 吸うな!! やーめーてぇええええーーーーーーー!!!
と、同時に、更に魔力がドンドン吸われる。
そりゃもう、バキュームのように、素敵な音がするぐらい。
んな!? 魔力はまだ良いけど、口はやめて!? らめぇえーーーー!?
体感時間的には、何十分、何時間の勢いだったが、このお約束の接触もルナとリリーの必死の抵抗によって、何とか終止符が打たれる。
「やぁん! もうちょっと欲しかったわ。」
と、悪びれず、口から伝う雫を舌で……って、だから艶かしいんですって!
俺、ルナ、リリーと、3人で肩を上下させる光景を尻目に、ディーネちゃんは、楽しそうだった。
《 ルナ、今回は魔力障壁張ってたのに……なんで……当たり前のようにすり抜けるかな!! 》
「能力開放までしたのに……動かせないって……どういうことなんですか!?」
見ると、ルナは魔力を噴出させ、髪が音を立てて逆立っており、リリーは金色の光を纏って、目を金色に怪しく光らせていた。
結構、本気な2人がかりで動かせないって……ディーネちゃん……恐ろしい人!?
ちなみに、俺も抵抗とか無理です。はい。完全に体動かせませんから。
「今回は、ちょっと無理しちゃったから、ご褒美欲しかったの。ごめんなさいね、2人とも。」
そう言って、宙に浮くと、手を振りながら、俺達に声をかけてきた。
まぁ、頼むから、2人に見えないところでやってくれ……。
別に、行為そのものが嫌なわけではないのだ。
そんな俺の思考が面白かったのか、ディーネちゃんは声を漏らして笑うと、
「じゃあ、お姉さんも、そろそろ帰るわね。みんな、またね。」
ディーネちゃんは楽しそうに、そう手を振ると、笑いながら、消え去った。
「ツバサちゃん。濃ゆーい魔力……ご馳走様♪」
と言う、一言を残して。
荒涼とした山脈の中、3人の疲れたようなため息が、風にかき消されながらも響いたのだった。
妙に静かなんで、忘れていたが……。
そう思って目を向けると……。
空に浮かぶ水球の中で、思いっきり泣いていた。
いや、まぁ、水の中だから声も聞こえないし涙も見えないけど、どう見ても号泣している
なんか哀れだ……。
流石に、可哀想になってきたので、俺はディーネちゃんに目配せする。
「だめよぉ~? この子ぉ~ちょっと調子に乗っちゃっているからぁ~お仕置きしないと~。」
うーむ。ディーネちゃん恐るべし。
確かに、お仕置きは必要なのだろう。
けど、それだと、根本的な解決にならないので、とりあえずこの精霊様から、言質だけは取っておきたい。
そう思った俺は、水球に向き直り、中にいる精霊様に声をかける。
「えーっと……そのままで良いので、聞いてください。精霊さん。とりあえず、ルナ達のこと、認めてあげてくれませんかね? そうすれば、こんな事しなくて良いんですけど。」
言ってて、ヤクザの台詞だなぁと思いつつ、俺は深いため息をつく。
そんな俺の言葉は、ちゃんと聞こえているのだろう。
精霊様は、涙を流しながら、何度も頷いていた。
「じゃあ、村の人も解放してもらえますね!?」
リリーの言葉に、狂ったように頷く。
うん、まぁ、とりあえず、それなら良いんじゃないだろうか。
俺がそんな風に、納得していると……。
「そもそもぉ~フィーちゃんはぁ~、どうやって、魔力を得ていたのかしらぁ~?」
突然、ディーネちゃんが声をかける。
ビクッと体を強張らせて、震える精霊様。
「もう、ディーネちゃん、分かってるんでしょ……?」
俺はため息を着きながら、そう問い返す。
「いやぁ~ん。おねぇさん、よくわからなぁ~ぃ。」
うん、嘘だな。と、俺は思わず心の中で突っ込む。
一瞬、チラリとディーネちゃんの微笑みが、俺に向けられた。
う……。生意気言ってすいません!
俺は気を取り直して、再度、精霊様に向き合うと、
「翼族から契約に近い形で、吸い上げていた。そうですよね?」
そう問いかけた。
精霊様は、一瞬、気まずそうな目を向けてくるも、そのまま黙って頷く。
多分、翼族が壊滅しかけていたのは、この精霊様のせいだろう。
まぁ、けど、その分、翼族のほうも何か頼んでいたのだろうし。
お互いに利益がなければ、このような契約は成り立たないと思うし。
契約とはそういうものだ。
「ふぅ~ん? そうなんだぁ? けどねぇ? それ……かなり危ないわよ?」
何故か、その答えを聞いて、またも響き渡る、絶対零度の声。
その声には、静かな怒りが含まれていた。
「そもそも……契約は1対1が基本。この子は……それを拡大して魔力を吸い上げた。ツバサちゃんなら分かるわよね? それがどんなに危ない事か。」
ディーネちゃんのしゃべり方が、素になっている。その位、怒っているのだろう。
ちなみに、突然しゃべり方が変わったディーネちゃんを見て、リリーは目を丸くしていた。
そして、そんな問いに、俺は黙って頷く。
精霊と人のつながりは、それだけで危険を伴うものだ。
人の思いが精霊に影響を与える。
人の呪いが、精霊を堕とす。
つまり……この精霊様は、堕ちかけていたのだろう。
実際、なんか妙に敵対的で頑固……というより、おかしかったし。
恐らく、魔力の供給元である翼族の想いが、長い間に、つのっていった結果なんだと俺は解釈している。
そして、魔力の供給元である翼族の思いには……あまり良い感情は無かったのだろう。
そりゃ、滅亡に向かっている人達が、希望を持って生きていたとは思えない。
絶望をつのらせながら、生きていたのだと思う。
だからこその、あの精霊様の状態なのだろう。
案外、人族に恨みをつのらせていて、それが影響したのかもしれない。
「そうね。危なかったわよ? 実際。あと一月、ルナちゃん達が来るのが遅かったら、駄目だったかもしれない。ルナちゃん、リリーちゃん、ありがとう。」
そう、お辞儀をするディーネちゃんに、ルナは微笑み、リリーはワタワタしていた。
うん、その様子だと、リリーはちゃんとルナに、ディーネちゃんが大精霊である事を聞いたのだろう。
「全く……フィーちゃん。今回はちょっと酷いわよ? これは暫くお仕置きね。」
そんなディーネちゃんの言葉に、涙を流して震える精霊様。
自業自得とは言え……哀れすぎる。
お手柔らかにね。ディーネちゃん。
そんな俺の心を読んで、ディーネちゃんはため息をつく。
「ツバサちゃん。少し甘すぎるわよ? この子が堕ちたら、村の一つや二つ無くなってたわよ? 一応、これでも、大精霊ですからね。」
「そうなんですか? その割には、ディーネちゃんに頭が上がらないようですが……。」
って言うか、歯向かうのもおこがましい位の勢いだ。
どうやっても、そこの精霊様が、ディーネちゃんに勝つ姿を想像できない。
「ふふ、それはそうよ。幾ら大精霊と言っても、始原の私と、新参のこの子では格が違いすぎるわ。」
あっさりとそう言い放つディーネちゃん。
うーん、改めて、ディーネちゃんって凄いんだなぁと、再確認した。
大精霊の中でも、上下があるとは……。何となく同列のイメージがあったので、驚きである。
「そうねぇ。元々は始原の子がいたんだけど……あの時に……ね。」
その言葉でやっと、俺は悟った。
先程の2人のコンサートの時、何故精霊達が、あれほどまでに心を動かしていたのか。
勿論、比翼の効果もあっただろうが……そもそも、ルナが歌の内容を自発的に選んだとは思えない。
内容的にはルナの過去ではあったが……精霊が心を動かしたのは後半部分だった。
そう、精霊大戦とこの森の話だ。
ならば、精霊達にとって、その2つの事は、精霊達にとって忘れられないほど、辛い事だったのだろう。
そのため、精霊達の心を最も揺さぶる選択をした結果が、あの話だったのではないのだろうか?
そして、その時に、ディーネちゃんも辛い思いをしているのだ。
今の話しぶりでは、先代の風の大精霊様が、お亡くなりになったのだろう。
もしかしたら、堕ちた精霊として敵になったのかもしれない。
同時に、ディーネちゃんに、辛い記憶を何度も思い起こさせてしまった事が申し訳なくて、心で謝る。
ごめん……ディーネちゃん。余計な事を思いださせた。
そんな俺の心を読んで、ディーネちゃんは、少し陰のある微笑を見せると、大丈夫とでも言うように、首を振る。
そして、微笑むと、突然、何かを思いついたようにニンマリと……それはもう、本当に楽しそうに笑みを浮かべた。
逆に、俺はその笑顔を見て、どうしようもなく不安な気持ちになる。
この人が楽しそうにする時って、大抵、大事になるからなぁ……。
そんな俺の思いを読んで、ディーネちゃんは、頬を膨らます。
「ひどぉーい。ツバサちゃん! 折角、お姉さん、良いこと思いついたのに。」
「その良い事の中身がね? 少々、怖いと言いますか……。」
「大丈夫よぉ! これで皆、ハッピーよ! 大丈夫! お姉さんを信じなさい!」
そう言ってそれはもう、大質量の胸を一叩きして笑うと、突然、リリーに向き合う。
「えっと、リリーちゃん。良かったらね、フィーと契約してあげて欲しいの。」
そう言葉を掛けられたリリー本人だけでなく、俺やルナも、一瞬ポカーンとしてしまう。
何で? しかも、リリーはこの中で、一番魔力総量が少ない。
大丈夫なのか? レイリさんの時みたいに、魔力枯渇で干からびるとか無いだろうな?
「大丈夫よ。今回は私もサポートするし、フィーちゃんに選択権は無いし。」
ついに、精霊様に人権が無くなった。なかなかに、酷い……。
水の中の精霊様を見ると、涙を流しながら、頷いていた。
その様子には、何でもするから出してくれと言う必死さを感じる。
そこでふと、疑問に感じた。
うーん? あの水の中って、そこまで辛いものなのだろうか……?
「ああ、ツバサちゃんたちには分からないかもしれないけど、精霊にとってあの水の中は、幾らもがいても進めないし、真っ暗で寒くて声も出ない場所なの。中から私達の姿は見えてないと思うけど、声は聞こえてるのよ? あ、ちなみに、人間が入ったら息も出来ないし、凄い水圧だから、死んじゃうわね。」
さらりとそんな事を言うディーネちゃんが、一瞬、悪魔に見える。
暗くて寒くて動けない……それは素晴らしく恐ろしいのでは……。
脳裏に、納戸や、狭い押入れに閉じ込められて、出られなくなった子供が、泣きながら謝る姿を思い浮かべる。
うん、正に、今そんな感じの事が、精霊様に起こっているのだろう。
俺の想像を読み取ったのか、「そうそう、そんな感じね。」と、楽しそうにディーネちゃんは笑うと、復帰したリリーが、おずおずと言う感じで、声をかける。
「えっと、ディーネ様……。」
「いやん。ディーネちゃんって呼んで?」
「……えっと、ディーネちゃん?」
「良く出来ましたー。」
パチパチと嬉しそうに拍手するディーネちゃんを見て、リリーは少し頬を綻ばせると、改めて口を開く。
「えっと……私が、大精霊様と契約とか……無理だと思うんです。私、魔力が、それほどあるわけではないですし。あ、ツバサさんのお陰で、前よりは遥かに増えましたけど!」
身振り手振りを交えながら、一所懸命にワタワタと説明するリリー。
うん、この姿だけで、俺の心は仏になれそうな勢いだ。
そして、ディーネちゃんも同意見だったのだろう。
ウルウルと感動したように目を輝かせると、あっという間にリリーを自分のその胸にかき抱いて、右に左にクネクネしながら振り回す。
「もぉー! ツバサちゃんの周りには、どうしてこう、可愛い子が一杯なの!? リリーちゃんも素敵! お姉さん、気に入ったわ! ツバサちゃん、持って返って良い?」
「いや、駄目ですから。俺の嫁ですから。俺の癒しですから!」
俺は半分呆れたように、ディーネちゃんにそう告げる。
流石に、リリーがいなくなったら、ルナが何するか分からんし……。
何より、俺の癒しが! 心のオアシスが無くなるのは痛い。
ちなみに、ワタワタしながら振り回されていたリリーは、いつの間にか、両手をダラーンと垂らして、完全にディーネちゃんの成すがままになっていた。
「ちょ!? ディーネちゃん、リリーが死ぬ! 溺れるから!?」
「あら?」と言いながらその柔らかいものから、離されたリリーは、完全に目を回していたのだった。
とりあえず、リリーは直ぐに目を覚ました。
何か、「信じられません……あの大きさ……これがツバサさんから求められる物ですか……。」とか、ブツブツと呟いて、さめざめと涙を流しながら、自分の胸を揉んでいた。
俺はリリーの胸も好きなんだがなぁ……と、心には思うものの流石に、声には出せなかった。
機会があれば、ちゃんと伝えてあげよう……機会があれば。
「相変わらずそういう所は、変わらないのねぇ。」
と、ディーネちゃんが少し困ったように頬に手を当て、ため息と共に言葉を吐き出す。
そんな簡単に変われないものもあるんです! 特に、俺みたいな人種は!
「えっと、ともかく……話を戻すわね? リリーちゃんの心配は大丈夫よ? 顕現しなければそれ程、魔力を必要としないし、時間さえかければ、ちゃんとリリーちゃんの魔力でも、フィーちゃんを顕現させられるわ。」
ディーネちゃんの詳しい説明としてはこうだった。
俺と、ディーネちゃんの例は特殊だから省くとして、通常の精霊の契約は、魔力のやり取りは多くないらしい。
常時、少しずつ魔力を精霊に送る事になるらしいが、これはタンクに水を溜めるように、貯蔵されるもので、精霊の世界に精霊達が止まっている間は、殆ど魔力を必要としないようだ。
それを使って、こちらに顕現できるようになるらしい。
だから、送る量さえ調節すれば、魔力量の少ないリリーでも問題ないという話になる。
ちなみに、何で精霊は、魔力を欲しがるのか? と言う話なのだが、これは、本能だから仕方ないとのこと。
魔力は、どうやら嗜好品のようなものらしい。
つまり、自分の存在を維持するだけでは魔力を必要としないのだが、衝動のように、魔力を欲するようになるらしい。
それは大きな力を持つ精霊ほど顕著で、本能のようなものだと言う。
改めて聞いて思ったが、やはりこの世界は精霊に優しくないと感じる。
これって、ある意味、中毒者みたいな位置づけだろう?
しかも、力をつけるほど、その欲求は大きくなる……。
何かの意図を、俺は感じずにはいられなかった。
そんな話の後、簡単に契約のやり方を教わったりリーは、ディーネちゃんに肩を抱かれて、精霊様の閉じ込められている水球に向き合っていた。
「さて、フィーちゃん。契約はちゃんと破棄したわね? まぁ、してなくても、お姉さんが上から書き換えちゃうから、無駄よ?」
そんなディーネちゃんの問いに、何度も頷く精霊様。
しかし、そのような首の動きも、先程に比べると緩慢に見える。
その様子から、中々に限界が近いらしい事が窺える。主に心的に。
ディーネちゃんは、俺達のために動いてくれているはずなのに、この悪役っぽい感じは一体、何なのだろうと、俺は先程から首を傾げていた。
「じゃあ、リリーちゃん。やりましょう。」
そう声をかけたディーネちゃんの声を受けて、リリーは頷くと、胸の前で両手をグッと握り締めて、
「はい! 頑張ります!」
と、水球を睨みつけるようにしながら、気合の入った声で答えた。
そして、朗々と先程ディーネちゃんに教わったと思われる言葉を唱える。
「私、リリーが望む。風の大精霊 シルフィードよ。わが問いかけに答え、共にあらん事を!」
その瞬間、ディーネちゃんから、何かの力が、リリーと水球に向かって注がれるのを、俺は感じ取った。
その後、リリーと精霊様の間には、魔力のバイパスが繋がれたのが俺からも見て取れる。
案外、簡単に出来ちゃうものだなぁ。
ディーネちゃんは、その声に少しだけ疲れをにじませ、リリーに語りかけた。
「ありがとう、リリーちゃん。これで、ひねくれちゃったこの子も、少しは素直になるでしょう。リリーちゃんみたいに可愛い子の魔力を貰っていれば、あっという間よ!」
そんな言葉に、リリーは照れながらも、「が、頑張ってフィーさんを更生させます!」と、頼もしい言葉を返していた。
魔力不足が怖いが……まぁ、その時は俺が力を貸せば良いだろうと、俺は思い直す。
「さーてと。じゃあ、この子は……ちょっとお仕置きするから連れて行くわね。」
と言った瞬間、水球ごと精霊様の姿が掻き消えた。
そして、周りを見ると、先程まであれほどいた精霊がいなくなっていた。
ああ、また無理したな? この精霊様は……と今更ながらに気がつく。
そもそも、顕現するだけでも一苦労な、この精霊様が、こんなに長い間、こちらに留まった上に、契約のサポートまでして……多くの魔力を使っているのは、今までの経験上良く分かる。
今までの顕現には、周りの精霊の力を借りていたのだろう。初めて会った時と、同じだ。
あまり無理しちゃ駄目ですよ? ディーネちゃん。
そんな心の声に、ディーネちゃんは嬉しそうに微笑むと、俺が抱いている此花と咲耶に声をかけ、俺も一緒に抱きしめる。
「此花、咲耶。ツバサちゃんの事、よろしくね。」
「はい! お母様も、お元気で!」「父上の事は、お任せください!」
そう、元気に答える2人の言葉に悲しさは無い。
これが、精霊と人との感覚の違いなのだろうか?
常に母親の存在を感じられる2人にとっては、これは別れではないのだろう。
体を離したディーネちゃんは、ルナとリリーに向き合う。
それと同時に、此花と咲耶は、俺の腕から飛び降りて、俺の左右に並び立った。
「ルナちゃん、今回は呼んでくれてありがとう。お姉さん、楽しかった!」
そんな意外な言葉を聞いて、俺は、ディーネちゃんが顕現したのはルナの意思によるものだったと、知る。
《 以前、助けてくれたお礼だよ! あの時は、ありがとうね! それに、ディーネちゃんさんも、たまにはツバサや、此花ちゃんと咲耶ちゃんと話したいかなーって。喜んでくれて良かった! 》
「ふふふ……。ルナちゃんは素敵ね。お姉さんも、そんなルナちゃんだから、安心してツバサちゃんを任せられるわ。」
《 うん! 任せて! ツバサと一緒に正義するよ! 》
あれ? 俺も巻き込まれている?
正義は良いけど、あの衣装を俺に着せるのはやめてね? 世界が滅びかねないから。
俺のものか、ルナのものかは分からないが、そんな言葉に、ディーネちゃんは微笑むと、リリーに声をかける。
「リリーちゃん、契約ありがとう。ツバサちゃんの事も宜しくね。」
そんな言葉に、リリーは、安定のワタワタを見せると、手を残像させる勢いで振り、
「い、いええいえいえ! わ、わた、私では、ツバサさんをご満足させられません!」
何を言う、リリー……君がいなければ、とっくに俺の心は乾いているだろうに……。
ふと、そんな心に浮かんだ何気ない一言を、ディーネちゃんの素敵な微笑を見た瞬間に後悔する。
ディーネちゃんは、リリーに近づいて、その大きな耳に、そっと、何かの言葉をかける。
俺の方を横目で見て、ニヤニヤしながら。
それを聞いていたリリーの目がこちらに向けられ、大きく見開かれると……尻尾がすごい勢いで振られ始めた。
ああああぁあ!? やりやがった!?
俺の心の声、リリーに言ったな!?
リリーは、完全に目に涙を溜めて、尻尾を振り乱しながら、俺を熱い視線で見つめてきていた。
あれ? ちょっと待て……その反応は、大げさすぎやしないか?
ディーネちゃん……一体、貴女は何を吹き込んだんですか……。
何か一仕事を終えたように、さっぱりとした顔でこちらに向かってきた。
「こら、ディーネちゃん。何をふきこん……むぐ!?」
そして、例の如く、当たり前のように、唇を奪ってきた。
ちょ!? だから!? その不意打ちは無し!!
ほら! ルナの魔力が!? 後光が差す勢いで!? ちょ!? リリーが天国から地獄に!?
こじ開けるな!? こらー!? 吸うな!! やーめーてぇええええーーーーーーー!!!
と、同時に、更に魔力がドンドン吸われる。
そりゃもう、バキュームのように、素敵な音がするぐらい。
んな!? 魔力はまだ良いけど、口はやめて!? らめぇえーーーー!?
体感時間的には、何十分、何時間の勢いだったが、このお約束の接触もルナとリリーの必死の抵抗によって、何とか終止符が打たれる。
「やぁん! もうちょっと欲しかったわ。」
と、悪びれず、口から伝う雫を舌で……って、だから艶かしいんですって!
俺、ルナ、リリーと、3人で肩を上下させる光景を尻目に、ディーネちゃんは、楽しそうだった。
《 ルナ、今回は魔力障壁張ってたのに……なんで……当たり前のようにすり抜けるかな!! 》
「能力開放までしたのに……動かせないって……どういうことなんですか!?」
見ると、ルナは魔力を噴出させ、髪が音を立てて逆立っており、リリーは金色の光を纏って、目を金色に怪しく光らせていた。
結構、本気な2人がかりで動かせないって……ディーネちゃん……恐ろしい人!?
ちなみに、俺も抵抗とか無理です。はい。完全に体動かせませんから。
「今回は、ちょっと無理しちゃったから、ご褒美欲しかったの。ごめんなさいね、2人とも。」
そう言って、宙に浮くと、手を振りながら、俺達に声をかけてきた。
まぁ、頼むから、2人に見えないところでやってくれ……。
別に、行為そのものが嫌なわけではないのだ。
そんな俺の思考が面白かったのか、ディーネちゃんは声を漏らして笑うと、
「じゃあ、お姉さんも、そろそろ帰るわね。みんな、またね。」
ディーネちゃんは楽しそうに、そう手を振ると、笑いながら、消え去った。
「ツバサちゃん。濃ゆーい魔力……ご馳走様♪」
と言う、一言を残して。
荒涼とした山脈の中、3人の疲れたようなため息が、風にかき消されながらも響いたのだった。
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