比翼の鳥

風慎

第33話 隠された力

 咆哮が山並みに反響し、森中に響き渡る。

 それぞれ対角線上に飛ばされた真紅の龍と、紫の龍は天に轟けとばかりに、その口から怨嗟の声を上げていた。
 今回は復活に若干時間がかかったようだ。これは、消耗してきているからだろうか?
 だが、こちらを見る目には、まだ潰えぬ闘争心を表すように、ギラギラとした殺意が宿っていた。

 そんな風に、咆哮を轟かせる龍達の周囲で、空間が歪み始める。
 見ると、虚空より次々と何かが湧き出ているようだ。
 あれは……精霊か? 
 しかも、俺の良く見る光る球のような形状ではなく、どちらもしっかりとした存在として顕現している。

 真紅の龍の周りには、炎を巻き上げる翼の生えたトカゲのような精霊が……。
 紫の龍の周りには、紫電を纏わせた、鷹のような精霊が……。
 それぞれ、龍達の周りを埋め尽くさん勢いで、虚空より湧き出てくる。
 その数は100より先、数えるのを放棄した。多分200は無いと思う。

 なるほど。次は物量戦と。

 俺はその状況に少し迷う。
 龍を消し飛ばす事には、躊躇は無い。だって、死なないんだし。
 ついでに宇迦之さんのお墨付きまで頂いているわけで……まったく問題は無い。

 だが、精霊達は話が別だ。

 もし、俺の攻撃でその存在が潰えてしまうのであれば、流石に攻撃はできない。
 自分の命が掛かっているならまだしも、今のような状況では、手を出すのは躊躇ためらわれる。
 となると、広範囲を巻き込む攻撃は駄目と。
 接近戦で挑むか、局所を攻撃できる魔法に絞られるわけで……。

 そう悩んでいるうちに、援軍要請は終了したのか、その咆哮が止み、龍達はこちらを睨む。
 そうして、何のきっかけも無く、精霊達と共に、総攻撃を開始した。
 果敢に俺に飛び来る雷を纏った……いや、紫電と化した鷲の大群。
 俺を360度、完全に包囲し、殲滅せんと、その身を空に躍らせ、向かってくる。

 対して、炎の蜥蜴とかげ達は、遠距離より火弾を次々と放ってくる。
 それは壁となって迫ってくると、錯覚するほどの量だ。正に弾幕。
 これを【ディメンション・シールド】で逸らすのは、ルナの負担が大きすぎるかも。

 そう判断した俺は、【ディメンション・シールド】の更に外側……しかも、俺からかなり離れた場所に、【イージス】を展開することに決めた。

「イージス」

 ポツリと呟いた俺の言葉を受けて、魔力が収束し、50mほど先に、巨大な格子状のシールドが形成される。
 それは、丁度、俺と真紅の龍を結んだ直線状をふさぐ形で存在し、飛来した火球をやすやすと受け止めた。
 宙に紅蓮の華が止むことなく咲き、轟音と共に、視界が一時的に遮られる。
 時折、大きな音が混じるので、真紅の竜も一緒に攻撃を続けているようだが、【イージス】は微動だにしない。

 対して、真紅の竜から放たれた紫電の鷹達は、俺の【ディメンション・シールド】に阻まれ、その紫電を俺の周りに撒き散らす事しか出来ないでいた。
 見ると、紫の龍からブレスが放たれたので、真紅の龍の時と同じように、【イージス】を展開する。
 雷を収束し、電子の奔流……俗に言う荷電粒子砲と化した攻撃は、展開された盾に阻まれ大気を震わせながら、その姿を消した。

 とりあえず、次はこちらの番と言うことで。
 次の魔法は、局所を狙う魔法だ。故に制御が難しい。今までは、魔法陣にまかせっきりだった物を、俺だけの力で顕現させる……大変だが、やる価値はあるはずだ。
 集中し、魔力をかき集める。それは、俺の目の前ではなく、龍達の周囲。
 自分の魔力を離れた相手の周りに集める。それだけで、俺の額に汗がにじむ。今の俺には難易度が高い。
 そして、自分の周囲の魔力変化に違和感を覚えたのだろう。
 龍達はその位置を変えようと、身を翻そうとして……。

「顕現せよ。重力の井戸 暗黒の牢獄 全てを蝕む絶対の力!」

 一気に強大な力が龍達の周りに収束する。
 それは、大気を震わせ、全ての物を飲み込まんと、口を開けるのを待っていた。
 そして、力ある言葉により、その力は解放される。

「かの者を飲み込め! グラビティ・プリズン!」

 その瞬間、龍達の空間が消失した。
 ……いや、正確には、空間が歪み、光が捻じ曲げられ、その結果、龍達の姿を見失ったのだろうが。

 しかし、そんな状況を確認する余裕は俺には無かった。
 ぐ……いかん、これ、恐ろしく制御がきつ……。
 自分の手を離れて、離れた位置で魔法を制御すると言うのは、俺の思う以上に難しい事だった。
 加えて、空間魔法と言うのは制御が極端に難しい。さらには対角に位置する2体へ同時に施行である。
 結果、俺の魔法は、5秒も持たず、消失してしまった。

 肩で息をしつつ、俺は龍の姿を探したのだが……。
 見ると、鷹は統制を失い、その辺りを飛び回っている。
 蜥蜴は火を吐くのをやめて、右往左往していた。

 暫くすると、その精霊達も、姿が薄くなり、徐々に消えていく。
 どうやら、龍達の制御が無いと、この世に留まれないようだ。

 そして、肝心の龍達は……胴体から頭を無理やり引きちぎられたような状況で、山肌に力なく横たわっていた。

 見ると、周りの山肌がえぐられる様に消失し、至る所で崩落が起きている。
 どうやら、余波で山肌が崩れたらしい。森に影響が無いのが救いだろうか。

 俺は、呼吸を整えると、次の魔法の準備に入る。
 もう、遠慮はしてやらない。
 精霊の統制が乱れて、その数を時間と共に減らしている今なら、位置も特定しやすく、続けて魔法を打ち込むには絶好の状態だ。

「顕現せよ。全てを切り裂く 風の抱擁 踊る烈風 かの者を飲み込め!」

 丁度詠唱がほぼ終了した段階で、咆哮と共に龍達の頭が生える。
 お帰りなさい。そして、いってらっしゃい!

「トルネード!」

 俺の言葉により解放された力は、竜巻となり、再生したばかりの龍達を容赦なく飲み込んだ。
 突然巻き上がる烈風。龍が竜巻そのものになったのかと錯覚するような光景である。
 そして、風は刃と化し、その身を容赦なく削り取っていく。その暴力的な刃に包まれ、龍達は成すすべも無く切り刻まれていった。
 そして、今度は、地上に露出していた部分の大半を竜巻に食われ、残った根元が力なく山肌に倒れこむ。
 これも、問題なく発動できる。イメージも十分と。

 暫くすると、龍は再生し始める。それを見て、俺は新たな魔法を詠唱し始めた。

「顕現せよ。全てを貫く 大地の槍!」

 咆哮と共に、叫び声が森中に木霊する。

「ぎ、ぎざまぁ!! よくもおぉ!」

「ぢぃさき者がぁぁ!」

 そのしゃがれた声を聞くに、まだ完全には再生できていないようだ。
 だが、それでも俺は手を緩めない。
 先程詠唱した魔法はそのまま待機させ、新たな魔法を即座に生み出す。

「吹き飛ばせ! エアハンマー!」

 俺は、詠唱省略で即時発動した空気の槌を、龍達の頭へと打ち下ろす。
 そのまま直撃した圧縮空気によって、龍達の頭は、轟音と共に地面へと打ちつけられた。
 よし、では、本命を。

「……からのぉー……ロックグレイブ!」

 倒れ伏した龍達の真下から、天を突く巨岩の槍が、幾重にも連なって生えていく。
 それは、やすやすと龍達の体を貫き、その身を大地に完全に縛り付けただけではなく、そのまま引き裂き、幾つかの大きな肉塊へと変えていった。
 1本1本が、ビルのように連なる岩の槍を見て、俺は驚く。
 ほー。予想以上に大きな槍になったな。なるほど。ちゃんと詠唱すればあの位になると……。

 そうなると、もう少し強力な魔法なら、派手になるだろうか?よし、次は……あれにしよう。
 俺は即座に、魔力を集中し、詠唱を開始する。

「顕現せよ。全てを貫く 浄化の力 神の聖槍 焼き尽くす光の奔流 その大いなる力を持って かの者に裁きを与えん!」

 詠唱が終わると同時に、龍達の再生が始まるも、一瞬で終わらず、その治りは明らかに最初と比べて遅い。

「が、がぁあ……。ばがな……ばがなぁ……。」

「ぎゅるざ……ぎぎぃ…ゆ、ゆゆるさ……。」

 もう、言葉でも無くなって来た声を聞きながら、俺は悠然とその姿を見下ろす。
 動きも鈍い。明らかに疲弊しているのが見て取れる。
 おや、そろそろ限界? まぁ、遠慮せずに、お次をどうぞ。

「ホーリー・ジャッジメント!」

 力ある言葉が森に響くと同時に、虚空より出現した光の刃と光の球が、龍達の取り囲みつつ、回り始める。
 その数が徐々に増え、龍達を埋め尽くしたところで、一方的な殺戮が始まった。
 光の球が龍達に向かって収束し、あちこちで小爆発を起こす。
 光の刃が龍達に突き立ち、爆発で鱗を削がれた龍達をハリネズミのような哀れな姿に変える。
 そして、その刃が、突然、光を放ち始めた。
 まばゆい光を放ちながら、突き立った光の刃は巨大化し、龍達の体を反対側まで貫きながら細切れにした。

 またも塵へと帰る龍達。
 そろそろ、降参してくれないだろうか?
 いい加減、力の差を思い知ってくれたと思うのだが……。

 彼らが、どうしても譲れない思いがあるのだと言うのは、今までの行動から理解できる。
 それは恐らく、それは子供の駄々に近いのだろう。理不尽な事に反抗する、至極、我侭な心……。
 今回の行動が、それから端を発している事も、想像に難くない。
 そんな、自分の意見を通す為に、力のみを誇示すると言うやり方に、俺は苛立っていた。
 力は……暴力は、一方的な押し付けしか生まない。
 納得ではなく、服従である。
 勿論、戦いあう事で、破壊しあう事で、判ることもあるのだろう。
 だが、今回は、完全なる、龍達の思い上がりだと俺は思っている。

 そして、俺には、少なくとも、この龍達を歯牙にもかけない程度の力がある。
 それを理解しながら、それでも牙を向け、襲いかかってくる。
 自分の意思を曲げられない。相手の意思を知ろうともしない。
 自分に酔い、その本質を見ず、その力を振るう。何とも、愚かな事か。

 そして、それに付き合っている俺も、十分に、愚かである事を嫌と言うほど自覚していた。
 更には、正直に言って、そんな愚かな蹂躙を楽しんでいる自分がいるのも感じていた。
 一方的な殺戮。絶対的な力で相手を圧倒するその快楽。
 そんな万能感に、一部酔っている自分がいることを、俺は否定しない。

 結局は、同じ穴のむじななのだろう。
 自分の愚かさを、汚さを感じながら、嬉々として相手をねじ伏せる。それは完全なる矛盾。
 相手の為と思いながら、自分の事を正当化するために、俺は絶対的な力を振るう。
 この卑怯で汚い俺もまた、俺であると自覚しながら……。
 その汚い自分をさらけ出す事を、もう辞めたいと思う自分も、自覚しながら……。

 俺は、そんな事を考えながら、鈍い動きで再生していく龍達を眺める。
 冷めた目で見下ろす俺を、龍達は憎しみを湛えた目で睨んでくる。

「き、きざまだげには、まげぬ。わがぬしの、ために、まげられぬ……。」

 真紅の龍が、喉から炎をちらつかせながら、力なく吼える。

「な、なゼだ……。ぎ、ぎざまのぢからは……わ、我らのあじもとにも、およばぬはず。」

 紫の龍が、紫電を撒き散らしながら、納得のいかないように叫ぶ。

 なるほど。それぞれ、俺に対する認識が少しずれているのか。
 真紅の龍も、紫の龍も、決定的に思い違いをしている。
 ならば、そこを指摘してやれば、この不毛な戦いも終わるだろうか?
 俺は、これで終わってくれる事を願い、口を開く。

「そこの赤色の龍さん。貴方は思い違いをしていますよ? そもそも、今、貴方のやっている事……つまり、私と戦う事は、主である宇迦之さんの為にはなっていません。むしろ、邪魔していますよ?」

 そんな俺の言葉を聞いて、真紅の龍は、激昂し、炎の球を俺に打ち出しながら叫ぶ。

「小さな存在でしかない、貴様に何がわかる! わが主は、絶対なのだ! 貴様のような存在に、主様が従う事など有り得ん! 貴様が、貴様ごときがぁ!」

 再生が完全に終わったのだろう。流暢に暴言と火球を吐きながら、そう答える真紅の龍の目は血走っていた。
 火球は【ディメンション・シールド】に弾かれ、ルナの盾に受け止められながら、空しく消えていく。
 そんな姿を見かねたのか、宇迦之さんが口を開く。

「いや、ほむらよ。わらわは、ツバサ殿に可能性を感じたのじゃ。彼ならきっとわれ等を理解してくれる。いい加減、へそを曲げるのを辞めてくれんかの? 流石に、見ていて見苦しいぞ。」

 そんな主の言葉に、焔と呼ばれた真紅の龍は、衝撃を受けたようによろめいた。しかし、暫くすると、泣き出しそうな目をこちらに向け、更に多くの火球と共に、怨嗟の言葉を投げつけてきた。

「貴様が! 貴様が主を変えてしまった! 貴様を殺して、本当の主様を取り戻す!」

 あー……。完全に思考停止ですね。自分の世界に浸っちゃっているよ。
 ふと見ると、宇迦之さんは肩をすくめた後、目の前で手を合わせて、ちょっと悲しそうに謝意を伝えてくる。
 また、視線をずらすと、苦虫を噛み潰したような顔の獣人様が二人。
 ああ、そうですよね。前に自分達がやらかした事を、他人がやっているのを見ると、そうなりますよね。
 ただ、苦く思えると言うことは、自分の過ちを理解していると言うことだ。
 これは、前進の証と俺は受け止め、少し嬉しくなる。

 先程から静かな紫の龍に視線を移せば、こちらも憎憎しげな表情で、俺を睨んでいた。
 既に再生は終わっており、その身は最初に会った時の姿を取り戻している。
 俺は、それを確認すると、降り注ぐ火球と焔さんの駄々を無視して、紫の龍に声を掛けた。

「で、そこの紫の龍さんは降参しませんか? もう力の差はわかったでしょう?」

 そんな俺の態度がしゃくに障ったのだろう。

「貴様の様な小さき物に、敗北など有り得ぬ! 今までのは何かの間違いだ。」

 そう勇ましく吼える姿を見て、俺は肩を落とす。
 いや、盛大にやられてるじゃん……。

「これだけ、一方的にやられて、間違いも何もないでしょう。何でそんなに自信たっぷりなんですか?」

 俺がため息と共に吐き出した言葉に、紫の龍は、嘲る様に言う。

「貴様が何か小細工を弄しているのは分かっている。だが、それでも我は負けぬ。その程度の小さな魔力。わが力を持って消し飛ばしてくれるわ!」

 吼えると同時に、紫電が俺に向かうも、【ディメンション・シールド】に反らされ、虚空へと消えた。
 そんな八方塞な状況の中、後ろより、他の龍さん達が、

「これでもわからぬとは、まだまだ青いの。」
「あれに挑むなど……正気の沙汰ではないなぁ。」
「ま、見世物としては、最高ではあるがの。」

 と、談笑している声が聞こえてくる。
 俺がうんざりしてそちらを見ると、サッと目を逸らす龍さんたち。
 いや、あの馬鹿達、止めて下さいよ。マジで。
 ふと、黄金の龍さんを見ると、黙って首を振られた。
 あ、処置なしですか。そうですか。

 そんな龍さんたちの態度に、援護も得られそうに無いと感じた俺は、またひとつ、ある事を試そうと心に決めた。
 そして、尚も苦々しい表情でこちらを見る紫の龍に、俺はため息と共に、言葉をかける。

「つまり、魔力が小さいから、貴方は私を弱いと判断しているわけですね?」

 そんな俺の言葉に、鼻を鳴らしながら、紫の龍は、答える。

「貴様から感じられる力など、赤子にも劣るわ! そのような者が偉そうに我に言葉をかけるな!」

「あーそうですか。なるほどねぇ。」

 つまり、あれですか? 魔力隠蔽が、今回に関しては、仇になっていると言うことか。
 実際は、圧倒的な力でねじ伏せても、それを納得できないと。

 例えば、赤ちゃんがトラックに引かれても、トラックが逆に粉々になった瞬間を目撃したとか、そういう状況なんだろうな。
 それなら、トラックに何か仕掛けがあるんじゃないかと思うのが、普通だろうし。
 何となく納得。……だけど、流石にあれだけやれば、普通は気がつくよね?
 現に、他の龍さん達は、我先に逃げ……いや、辞退していたし。

 つまり、この2頭が圧倒的に未熟と言うことか。

 そうなると、俺の本当の魔力を見せてやれば、紫の龍さんはわかってくれるかもしれない。
 焔さんとやらも、もしかすると、考え直してくれるかもしれないし。
 だが、俺の魔力を解放するとなると、問題がある。

 まず、俺はここに来て、隠蔽を始めてから、一回も隠蔽を解いたことが無い。
 ましてや、前にちょっとぶちきれた時に、村を吹っ飛ばす寸前までいったわけで。
 隠蔽を解除しただけで、どうなるのか、考えたくも無い。
 ちなみに、あのぶち切れの件で、海より深く反省したので、今は自分の魔力を更に外に漏れないように、魔法陣でロックしている。
 コレを外した瞬間、森にどんな影響が出ることやら……。

 チラリと、宇迦之さんを見ると、俺の視線を受けて首を傾げる。
 ルナを見ると、少し難しい顔をしていた。俺のやろうとしている事がわかっているのだろう。
 少し逡巡した後、ルナは俺に対して、はっきりと頷いた。
 それを見て、俺の腹は決まった。そうか。また負担を掛けちゃうけど、頼む。

 だが、やるからには、なるべく被害を抑える方向で、事を進めたい。
 その為には……。

「宇迦之さん。」

「なんじゃの?」

「この森を守護している大結界を、解くことは可能ですか?」

 そんな突然の提案に、宇迦之さんは驚いたように耳を立てるも、直ぐに訝しげな顔をして、答える。

「解くだけなら、直ぐにでも可能じゃよ。ただ、もう一度張りなおすには、ツバサ殿と契約する必要があるがの。」

「ならば……お願いします。」

 俺はそう言うと同時に、溜め込んでいたファミリア全てを、異空間より放出し、森と砂漠の境界線に、壁のように並べた。
 同様に、山脈に沿って、森の全方位を囲むように、等列に配置する。
 これで、最悪、何かが外から来ても、感知・迎撃できるだろう。
 その様子が、感じられたのか、宇迦之さんはピクリと耳を動かすと、

「お主……相変わらず、でたらめじゃのぉ……。これなら、わらわの結界は要らないのではないか?」

 と苦笑する。そんな宇迦之さんに、

「いや、流石に、完璧に森を守るには難しいと思います。事がすんだら、結界の張り直しをお願いしますね。」

 と、俺は声を掛けた。

「うむ、任された。」

 胸をドンと言うより、ボヨンと弾ませるように叩く宇迦之さんに、俺は苦笑する。
 ルナさん、俺、何もしてないでしょ? 何も考えてないから、氷の槍はしまいましょう。

「では、結界を解くぞ。」

 そう言って、宇迦之さんは目を瞑り、集中し始める。
 今まで攻撃していた真紅と紫の龍さんを初め、全ての龍達が天を見上げる。
 その見上げていた場所が、突然紫電を放ち、次いで暴風を伴って、激しく音を立てていた。
 まるで、天に穴が空いたかのように、空気が吸い込まれ、魔力が反応し、雷雲を呼ぶ。

 そうか。今まで閉鎖空間だったから、結界に穴が空くと、こうなるのか。
 俺の魔力に満たされているのも、何か影響があるのかもしれない。
 魔力密度の関係で、今、外部と繋がった所が、何かの反応を起こしているのだろう。

 その穴は徐々に広がっていき、空を覆っていた結界はあっという間に無くなっていった。
 そして、暫くすると、先程まで荒れ狂っていた空も、徐々に平穏を取り戻す。
 俺が【アナライズ】で確認すると、結界は完全に解除された事がわかった。

 今まで、この森を守護してきた結界が、こうもあっさりと解けるとは思わなかった。
 少し透明度を増した様な気がする空を仰ぎ、俺は何ともなしに、考えをめぐらせる。
 勢いで結界を解いて貰っちゃったけど……今頃、気付いた人は、大騒ぎだろうなぁ。何も説明しないで勝手に解除しちゃったし……。

 ふと見ると、レイリさんが自分の体を、不思議そうに弄っていた。
 いや、狼姿だから良いんですけど、股を広げてひっくり返るのはどうかと思います。
【アナライズ】で見るに、どうやら、結界が解除された事で、契約も解除されたようだ。
 レイリさんの持つ魔力が、明らかに増大していくのがわかる。

 そんな中、静かに息を吐いた宇迦之さんは、

「これで解除完了じゃ。何をやる気かわからぬが、早めに頼むぞ。なんじゃか落ち着かないのでな。」

 そう、少し清々しい顔の一方で落ち着かないように、俺に声を掛けた。
 今まで当たり前のようにしていた事を突然止めた訳だから、そういう物なのだろう。
 俺はそんなソワソワしている宇迦之さんに笑顔で声をかけた。

「ありがとうございました。まぁ、直ぐに終わらせますよ。」

 そう言って、今度はルナに視線を移す。
 少し気合を入れているのだろうか。何か集中するように、目を閉じているルナに、俺は声を掛けた。

「ごめん、ルナ。また、大変な役、押し付けちゃうけど……宜しくな。」

 そんな俺の声に、ルナはこちらを見ると、真剣な顔で頷き、

『森は守るから大丈夫。……けど、全力は出さないでね?』

 そう返してきた。それを見て、俺は密かに驚く。
 ルナが本気を出すなと言う事は、それだけ酷い事になることを意味している訳で……。
 そうか。そこまで影響の大きい事なのか。
 俺は改めて思案する。
 さくっと全力解放してみようかと思っていたが、ルナの様子を見るに、小出しに、そして、慎重に解放した方が良さそうだ。

 俺は、ルナに頷くと、考えにふける。
 今、俺の魔力は、完全に隠蔽されている。
 それは、大きく分けて、2つの方法で成されているのだが……。

 一つは、凝縮法による魔力隠蔽。

 これは、俺の体から漏れ出た魔力を、自動的に吸引しファミリアへと貯蔵する方法だ。
 前に、ルカール村で、魔力放出事件を起こした後に、構築した魔法陣で、俺の意識とは関係なく作動している。
 俺が全力で魔法を使っても、回りに魔力が拡散していかないのは、この魔法陣が、余剰魔力を全て吸い取っているからに他ならない。
 実際、魔法を使う際は、基本的に手を介して魔力を操作する為、この魔法陣には引っかからないようになっている。
 まぁ、これは良いのだ。
 俺がちょっと感情を高ぶらせたときに、魔力制御が甘くなったときの保険みたいな物なのだから。

 もう一つは、循環法による魔力隠蔽。
 こっちが問題なのである。

 俺の今まで研鑽によると、体内には魔力の元になる何かがまずあって、それが魔力となるらしい事がわかっている。
 それを便宜上、俺は魔素と名付けているのだが……。
 その魔素が変換され、魔力となると、体内にも、そして外部にも影響を及ぼす。
 主に、身体強化であったり、魔法であったり……魔力自体が、直接、自然界に影響を与えて、新生代のような、想像もしないような事が起こったりした。

 だから、魔力を隠蔽するには、魔力自体を生まない……つまり、元である魔素を減らしてしまえば良いと俺は考えた。それならば、魔力は理論上発生しない事になる。
 そして、魔素を減らすにはどうしたら良いか試行錯誤した結果、この方法にいきついた。
 魔素を、そのまま体外に持っていくことは、どうしても出来なかった。
 ならばと、魔素自体を体中に常に循環させ続けた結果、この方法が尤も効果的だとわかったわけだ。
 事実、循環法を行っている間は、放出される魔力の量が極端に減った。
 そうして、俺は魔力隠蔽の為に、魔素を循環し続け……今に至る。

 だが、この隠蔽方法は、更なる問題を引き起こした。

 通常、魔素というのは動かない……らしい。
 そして、魔素を動かすと何が起こるか?
 大問題が起こっておりました。

 結論から言うと、魔力が無尽蔵に生産される体になってしまったらしいです。

 これはあくまで仮説ではあるが……魔素はこの世界では、体には無くてはならないものらしいのだ。
 魔法を使いすぎると魔素が枯渇し、著しい倦怠感に襲われる事からもそれは、伺える。

 そして、魔素は基本動かないので、体のどこかに留まっているのが普通らしい。
 そんな体に大切で、普段動かない魔素を動かすと、体にどう言った影響が出るか……?

 魔力が枯渇した時と同じ状況になるらしい。
 つまり、『魔素が足り無い』と、体は勘違いするらしいのだ。

 体は一生懸命に魔素を作り続けるものの、魔素は一向に満たされない。
 ずーっと体中を巡っているので、その間、体はずっと魔素を作り続けるらしい。

 まだ、ルカールに来る前の話、此花と咲耶にこの話を聞いて、俺はそれを考えた。
 それ以来、怖くて循環は止めていない。魔法陣で補強もしているので、一瞬たりとも止めていないのだ。

 さて、それから、かなりの月日が経っている訳だが……今、俺の体の魔素生産能力はどうなっているのだろう?
 また、魔素を与えられず、ずっと枯渇状態で過ごしてきた体が、魔素を大量に取り入れたら、どうなるのだろう?

 今までの経験と、生物の特性から、何となく想像がつく。
 古来より生物とは、苛酷な環境に置かれると、その環境に適応しようと変化をするのだ。

 ちょっと制御を誤ると、増大する魔力。
 ……それは、循環が甘くなった結果、魔素を少量でも取り込んだ細胞が発した魔力ではないだろうか?

 先程から容赦なく発動させている、イメージ以上の威力を叩き出す魔法。
 ……それは、魔素に飢えた体が、少ない魔素を使って、最大効率で魔力を生成する能力を発揮している……と仮定すれば?

 今、俺の体に起こっている事……その明確な答えを知る機会が巡ってきた訳だ。
 俺は、少し汗ばんだ手を握り締め、心の底から静かに湧き上がる、興奮と、恐怖を感じながら、その視線を生贄たちへと向けたのだった。

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