比翼の鳥
第40話 砂漠の死闘
前略。お父様、お母様、お元気でしょうか?
異世界に飛ばされ、随分経ちますが、こちらは何とか元気でやっております。
こんな年になってもご迷惑をかけたままなばかりか……こうして砂漠の真ん中で、美少女に説教される不甲斐ない中年息子をどうか、お許し下さい。
そう言えば、この状況は、春香に理不尽な八つ当たりを受けている時と、よく似ていると思います。
機嫌が悪い……上司が使えない……そういった理由でとりあえず冷たい言葉と、足が飛んでくる我が妹は、少しは大人しくしているでしょうか?
前は、あんなにお兄ちゃん、お兄ちゃん、と懐いていた、天使のような子だったのに……。
女性と言うのは、少女から大人になると、天使から悪魔に変貌する生き物なのでしょうか?
そうだとすると、何とも……。
《 ツバサ……聞いてるの? 》
目の前に浮かんだ文字を見て、俺は現実逃避気味だった心を、強制的にこちらに引き戻された。
「あ、ああ。ちゃんと聞いているよ。」
正確には読んでいますけど。
いや、だから、ちゃんと判っていますから。落ち着きなさいって。寒いです。
俺の目の前には、目を吊り上げて、憤懣やるかたないというレアな表情のルナ様。
そんな背後には、大砂漠……のはずだったのだが、何故か足元は凍り付いて、既に氷の柱が、重力に逆らって何本も立っている。
そして、一応、つい先程まで快適な障壁の中だったのだが、そんな快適な空間は、ルナの発するブリザードのような魔力によって、障壁もろとも、あっさりと破壊された。
命の危険を感じたのだろう。他の皆は、即座に俺から離れ、今は点の様に見えるだけである。
卑怯者とは言えない。このルナ様は余りに恐ろしい。俺だってさっさと逃げたいですもん。
けど、あえて言わせて貰う。裏切り者め……。
《 大体、ツバサは、ちょっと、でりかしー? が、足りないと思うの。この前だってルナに……。 》
そんな訳で、俺は今、猛烈な吹雪の中、ルナと命をかけた対話……と言う名の説教……もとい、拷問を受けていた。
二人とも、氷の大地に何故か正座で向き合っている。
発端は先程の、俺の言葉だった。
リリーに『奴隷になって欲しい』と、頼んだのが、ルナ様の爆弾を爆発させてしまったのだ。
俺が言いたかったのは、より正確に言えば、『俺の奴隷のふりをして欲しい。』と言うことだったのだが……まぁ、うん。確かに、誤解されても仕方の無い言い方だった。ここは反省しよう。
空気中には氷の粒子がキラキラと舞い、ルナの周りを踊るように、巻き飛んでいた。
まぁ、と言うことは、少なくとも、周囲はとんでもなく気温が低いのだろう。
あまりの寒さに、漏れ出た魔力をストックではなく、身体強化と温度調節に回しているが、それでも震えが止まらない。
ちなみに、あまりの寒さのせいなのか、はたまた、ルナの魔力のせいか……。
先程まであれ程執拗だったサンドワーム達が、蜘蛛の子を散らすように、いなくなった。
探知にも引っかからないほど、遥か遠くへと逃げ出したらしい。その位の寒さと脅威なのだろう。
だが、ここで寒いとか言おうものなら、ルナ様の機嫌は更に下降の一途を辿るだろう。
女性を怒らせたら、男はただ反省して、黙って話を聞くのが、一番の対処法だと俺は、嫌というほど知っていた。
《 大体、宇迦之さんの時だって、酷いと思うの。何で、宇迦之さんの……その、胸ばかり……。ルナだって…… 》
怒りの導線に火がついたら、もう最後なのである。遅かれ早かれ、爆発するだけだ。
怒っていた理由? そんな物は関係ないのだ。
今までの経験上、女性が怒った時の大半は、怒りたいから怒るのである。
全てを吐き出し、スッキリするまで、その怒りは収まらないと言うのが通例だ。
だから、禁句は、「でも。」「いや、しかし。」「だけど。」である。
男としては、つい、反論して自分の正当性を主張したくなる物だ。
だが、それは全てが終わった後に言えば良い。もしくは、言わなくても良い位だ。
反論は、それがどんなに正しくても、火に油を注ぐ結果にしかならないのだ。
一見、その場は収まったように見えても、彼女達は満足していなければ、マグマを腹に抱え、更に大きな噴火を起こすだけである。
だから、俺はルナのぶちまけている不満を、今は、「そうか……。」「うん、そうだね。」「なるほど……。」と、頷きながら聞いていた。
怒れる彼女達が求めているのは、気持ちを受け止めてくれる存在であって、正論で説き伏せる相手ではないのだから。
《 だからね。ツバサはもう少し、ルナの……をもう少し、ちゃんと見てくれても良いと思うの。 》
「うんそうだな。それは、俺も気がつかなかったよ……。これからは気をつける……。」
ん? まて、何の話をしてるんだ?
あれ? なんか凄く大事な言葉を聞き逃した気がするぞ?
《 本当? じゃあ、ちゃんと……ルナの体、見てくれる? 宇迦之さんの時みたいに、一生懸命、見てくれる? 》
俺の意思とは関係無しに、思わず、鼓動が大きくなる。
彼女のその無防備な言葉に、久々に、危険な威力で、俺の心でルナへの愛おしさが爆発した。
そして、その感情があふれ出たせいだろうか? 俺は少し思考が熱を帯びたまま、ルナの体を舐めるように見てしまう。
俺のそんな欲の混じった視線を、ルナは真っ赤な顔で受け止めていた。
その恥らうルナの姿を見て、俺は我に返る。
何をしているんだ……俺は。
一気に、背中から汗が吹き出る。この極寒状態で尚、だ。
いや、しかし、彼女の言い分も判らない訳ではない。
確かに、俺が宇迦之さんに向けてしまった、ある意味欲望の篭った視線を、ルナが熱意と思ってしまうのは判る。
他人から見れば、本能的にだろうが、なんであれ、その意識はさておいて、熱量自体は変わらないだろうし。
だが……人前にしろ、誰も見ていないにしろ、そういう自分の根源的な部分を晒せるほど、俺は色々振り切れていないのだ。
……違うな。そんな欲にまみれた汚い自分を、俺自身が望んでいない。これは、単なる、俺のエゴである。
俺は首を振り、一回、熱を帯びた思考を排除する。
ルナをある意味、神格視する事で、他の女性と別の存在に祭りたててしまっている事は、俺自身が良く知っている。
だが……いや、だからこそ……今はそこから次へ進む気にはなれないのだ。
ルナには、そんな俺の態度が気に入らないのは、重々承知している。
ルナとはキスもした。勿論、勢いの部分はあったが、後悔など微塵も無い。
そして、恐らく、一番近しく、好ましく、何より大切にしたいと思える異性なのは間違いない。
しかし、駄目なのだ。恐らく、俺は、その一線を越えたら、今の俺を保てない気がしている。
多分、彼女の全てを手に入れたくなる。欲が欲を呼び、俺はルナと言う存在にどっぷりと溺れてしまう……そんな気がするのだ。
それは、今の俺にしたら、何よりも恐ろしい事に思える……思えてしまうのだ。
俺の理性をもってして、俺の本能によって灯された熱が、急速に冷めていくのを感じた。
そんな俺の様子を見た瞬間、ルナは途端に不機嫌そうな顔に戻る。
訂正。男にも譲れないものはある。
いや、器が小さいとか言わないで欲しい。そんな事は百も承知なのだ。俺だって、一杯一杯なんです。
「ルナのその気持ちは、俺も本当に嬉しいし、そうしたい気持ちもあるよ。だけど……。」
その瞬間、ルナはその表情を先程の修羅の物へと変じる。
うん、そうなるよね。判っていました。はい。
そうして、怒った女性への接し方を、あえて自分の小さなプライドを守るために捻じ曲げた結果……ルナ様のありがたい説教は1時間増えたのだった。
結局、その後、妥協案として、朝起きた直後と、夜寝る前に、俺がルナを抱きしめる……つまり、ハグする事を条件に許してもらう事になった。
俺にとっては、それでも大きな譲歩だったわけだが……まぁ、寝ている間に抱きしめられている事考えれば、何とか……なる。多分。
そんな訳で、機嫌の戻ったルナは、久々に屈託の無い笑顔で、俺の隣に寄り添うように座っている。
無事氷も消え去り、快適な障壁内へと、その環境を移す事ができた。めでたい事だ。
暫くすると、長く続いた吹雪が去ったのを見て、皆も恐る恐ると言う感じで戻ってきた。
そして、俺の隣で笑顔を浮かべるルナを確認すると、安心したようにこちらへと向かってくる。その足取りは、皆軽い。
まぁ、全面的に俺のせいだから、今回は良しとしよう……。
俺はため息を吐くと、
「皆、待たせて申し訳ない。時間も大分かかってしまったし……改めて、説明していくよ。」
そう、言葉をかけ、皆の集合を促した後に、先程の話を再開したのだった。
「えっと、つまり、私は……ツバサさんの奴隷……のふりをすれば良いんですね?」
チラチラと俺の隣に座るルナを見ながら、リリーが恐る恐る……と言う感じで聞き返す。
それに俺は頷くと、
「そうだね。ちなみに、その渡した首輪は、ただの首輪だよ。本物を見たのは短い時間だったし、壊しちゃったから、完璧な再現は出来なかったんだ。けど、遠目にごまかすくらいは、出来ると思う。」
そう答えた。
リリーはそんな俺の言葉を聞いて、興味深そうに、黒い首輪を眺めている。
全く……それは畏怖の象徴みたいな物なんだが……まぁ、実感は沸かないかな。
そんな無邪気とも言えるリリーの様子に苦笑すると、俺は続けて説明する。
「ちなみに、奴隷と言うのは人として扱われないと思う。多分、良くて物扱いだろうね。」
俺のその言葉に、リリーは怯むことなく、その目を向けてきた。
その目には、今までのリリーからは想像もできなかった、力を感じる。
「だから、獣人族と言う事を差し引いても、人前では、相当辛い思いをする事になると思う。屈辱的な事も、むき出しの嫌悪も、今までに経験した事もない、ありとあらゆる悪意がリリーに向けられる事になるだろう。……それでも、来るかい?」
俺はリリーの目を見ながら、意地悪にそう問うた。
「勿論です。それで、ツバサさんの傍にいられるなら。」
リリーは全く迷いも無く、そう言い切った。
そこには、揺るぐ事の無い意思が見えた。
なるほどね。何か、彼女の中で、一本芯が通った感じがするな。これが、覚悟の決まった人の姿か。
俺は、ある種、感動しながら、彼女の姿を見る。
しかし、俺のそんな思いを知らないリリーは急にその表情を緩めると、とんでもない事を言い始めた。
「そ、それに……奴隷が物って事は……私はツバサさんに所有される……ツバサさんの物になるんですよね? そ、それなら、私も、う、嬉しいですし。」
その言葉を聞いた瞬間、皆の視線が、リリーの手に収まっている黒い首輪に注がれ……そして、俺へと移る。
「駄目だからな? それは一つしかないからね?」
俺のその言葉を聞いた他の皆が、どのような表情をしたかは、言わなくても良いと思うので割愛する。
そうして、それから、更に1時間ほど、無駄な抵抗を続けられ、それを収める事に労力を注ぐ羽目になったのだった。
日は、徐々にその高さを減じていた。
俺達は、あれから不毛な言い合いを何とか終了し、移動を開始したのだ。
とりあえず、森とは正反対の方向……つまり、太陽の沈む方角に向かって、今は進んでいる。
元の世界に習うなら、西に向かっている事になる訳だが……まぁ、そもそも、この異世界が惑星かどうかも怪しい所だしな。
その辺りは、あえて考えないようにする。
探知は広域モードにしているが、今のところ目ぼしい反応は無い。
遠目にサンドワームらしき反応がちらほらと見えるものの、こちらに寄って来る様子も無かった。うーん、やはりルナ様効果だろうか?
俺は振り返るように、左後方に視線を向ける。そこには、疾走するクウガに跨った、ルナと此花がいた。
彼女達は俺の視線を認めると、楽しそうに手を振ってきたので、それに左手を上げて答えた。
今度は右後方に視線を向けると、アギトに跨ったリリーと咲耶の姿を見ることが出来た。
こちらは、咲耶は手を振ってきたが、リリーに余裕が無いようだった。そんなリリーは、少し引きつった笑みを浮かべるに留まる。
俺はそれを見て苦笑すると、右手を上げ、その手を降ろした後、俺を乗せ疾走するヒビキの頭を、礼の意味を込めて優しく撫でた。
嬉しかったのか、気合が入ったのか、その両方なのか……それを合図に、更にヒビキの駆ける速度が上がる。
後方に舞い上がる砂柱と砂煙。
正に、爆走と言う表現が相応しい走りっぷりだった。
足場は最悪のコンディションのはずなのだが……ヒビキの走りに影響は無かった。
相変わらずの安定走行。そして、恐ろしいスピードである。
だが、そのスピードで走り続けて、そろそろ2時間は経とうかと言うのに、未だに、探知には目ぼしい反応は無い。
それだけ、この砂漠が広く、その分、森が僻地であった事の証明となった。
しかし、そんな代わり映えのしない景色に、ついに変化が訪れた。
広域探知に、異常な数の反応が現れたのだ。
俺は、ヒビキに速度を落としてもらい、停止した後、障壁を張り、皆を集める。
ルナは、座りながらも、探知に引っかかった方を、しきりに気にしていた。
「ツバサさん、何かあったのですか?」
ルナの様子が気になるのだろう。
開口一番、リリーが質問してきたので、俺は完結に答えた。
「この先に、戦闘の反応がある。数はかなり多いな。サンドワームもいるようだ。」
その言葉に、リリーは嫌な顔をすると、耳と尻尾を、ふにゃりとへたらせた。
まぁ、あれだけ熱烈に歓迎されれば、嫌にもなるか。
そう苦笑しながら、俺は出来たばかりの小さなファミリアを呼び出した。
今まで大量に保有していたファミリアは、一部を除いて、全て森の警護に残してきた。
あれだけあれば、例え俺に何かあっても、向こう数百年は大丈夫だろう。
なので、今手元に残っているのは、俺がこの世界に来たときから、実験的に育てている1つと、皆に張り付かせている物しかなかった。
皆に張り付かせているものは、その特性上、完全にカスタマイズされた物なので、気軽に使うには都合が悪い。
なので俺は、ヒビキに搭乗中の時間を利用して、少し魔力の供給量を増やし、ファミリアを1つ作っていたのである。
まだ出来立てほやほやなので、大した魔力は蓄えていないが、簡単な術式なら既に書き込み済みである。
そして、突然、俺の目の前に現われた小さなファミリアに、皆、目を奪われていた。
「父上、いつもより小さいですな。」
「けど、咲耶。私、こちらの方が、可愛らしいと思いますわ。」
「そ、それは……確かに、か、可愛いですな。」
そんな二人の意見に同意するように、皆もにこやかにそのファミリアを眺める。
いや、観賞用に出したわけではないんだが……。
俺は魔法陣を起動させると、ファミリアから得られた視界を、障壁内へと投影する。
今回は少し視野を広く取っているので、見える範囲が広い。
そんな未知の感覚に、思わず、皆、息を飲んでその光景に見入っていた。
「では、飛ばすよ。行って来い。ファミリア。」
俺がそういうと、小さなファミリアは、【ステルス】を展開しながら、勢い良く外へと飛び出して行ったのだった。
10分ほど空から見た砂漠の景色が続いたが、徐々に、その景色に異物が混じり始めた。
「あれは……何でしょうかね?」
リリーがそう問いかけるも、俺にもわからない。
少しファミリアの高度を落とし、ズームをかける。
「これは……何かの生き物の……死骸かな?」
それは、あえて言うならば、トカゲのような生き物だったのだろうか?
足が6本あるようだったが、その岩のような体が斜めに切り裂かれていたので、推測する事しかできない。
更に、移動していくと、そういった死骸が、20ほど転がっていた。
いずれも、損傷しており、中には頭部の無い物もいた。
そんな死骸の群れが、何かを追うように続いていく。
そして、ついに、視界に新たな物が映し出された。
人影だった。しかも、2人だけである。
そして、その人影を大きく囲むように、サンドワームが砂の中を悠々と泳ぐ姿が確認できる。
その数は、10に届くだろうか?
更にその外側から、砂の上を走る、トカゲのような生物が……20ほど向かってきていた。
「これは……襲われている?」
改めて探知を解析すると、確かに、多くの反応が集っており、この状況を物語っていた。
しかし、その中で佇む人影の反応がサンドワームと余り変わらないので、見逃していたのだ。
うーん? どう言うことだろうか?
疑問に思い、ファミリアを通して精密に分析をすると、どうやら、魔力をサンドワームのように見せる、何かがあるようだった。
解析すると、魔力の波長とでも言うのだろうか? それが、二種類あるのだ。
これは、もしかすると、思った以上に、高度な技術があるかもしれない。
俺は、背中に一筋汗を垂らしながら、その事実を受け止める。
そして、同時に、今の方法……つまり、正攻法で進めた方が良さそうだと、確信めいた物を感じた。
そうこうしているうちに、状況が動く。
サンドワームの内、3頭が2人に襲い掛かったのだ。
俺は、状況を更に細かく掴む為、ファミリアの高度を下げ、更に音を拾う。
いきなり障壁内に響く爆音。
皆、肩を竦ませた。
び、びびび、びっくりした。
そうか、何も低音を拾う必要は無いんだ。声だけ拾えれば良いんだから。
俺は直ぐに、拾う周波数を設定し、可聴域に合わせる。
「クソ……何でこんな所に、サンドワームがこんなにいるんだよ……。ったく、ついてねぇぜ。」
途端に、低く荒々しい、男性の声が飛び込んできた。
そして、その声を聞いて俺は思う。
ああ、やっぱり、この生物、サンドワームで良いんだ。異世界テンプレ恐るべし。
その声の主と思われるのは、大きな金属製の何かを振り回す男だった。
肌は日に焼け浅黒い。髪は日に焼け、くすんだ赤髪だが肩の辺りまで伸ばし、後ろで結んでいた。
その髪の間から時折、銀の光が覗く。そして、更に前髪より覗く隻眼。
左目は頬まで伸びる醜い傷に覆われ、その目を開く事は出来ないようである。
上半身は、その逞しい肉体が全てを物語っていた。
筋肉で覆われた鋼の肉体。それを斜めに守る、皮のような防具。
腰から下は、何かの鱗をびっしりと縫いつけたと思われるすだれ上の防具をつけていた。
「このサンドワーム……何か変。興奮してる。」
今度は抑揚の無い、冷たい響きのする女性の声が響いてきた。
弓を構え、鋭い視線を周囲に飛ばす女の顔は、正に彫刻のように白く、その造形もまた、美を追求した芸術品のように整っていた。
髪は白に近い青色で、透き通る高い空を髣髴させる色だ。
そんな誰に聞いても、間違いなく美人である彼女は、その髪をバッサリと短く切り落とし、ベリーショートにしていた。
その額には、男性も着けていると思われる物と同じ、銀の装飾品が光っている。
細くしなやかなその肢体を隈なく覆う、不思議な光沢のある服。
上はまるで襟なしワイシャツのように、機能性のみを追及したような、無地の無骨な服の上に、皮で出来ていると思われる胸当てをつけている。ちなみに、蛇足だが、胸のふくらみはかなり寂しい。
そして、下に至っては、ぴったりフィットした無地のズボンである。
しかしそれでも、彼女の均整の取れた肢体の魅力が、にじみ出てきていた。
「んだぁ? 虫のくせして、興奮だぁ? ったく。そんなは、他のところでやってくれよ……っと。」
男は器用にサンドワームの攻撃をかわすと、すれ違い様に、金属製の何かを叩きつけていく。
しかし、それ程効果があるようには見えず、何度も何度も、そのような状況が続いていた。
対して、女性は弓を射ていた。
その狙いは恐ろしい程正確で、サンドワームの後方より現われたトカゲもどき達に突き刺さり、そして、爆発する。
見ると、矢の方に特殊な細工があるようで、僅かなではあるが、魔法の発動に似た魔力の流れが感知された。
おお、凄い……。
さしずめ、炸裂弾とか、そういう部類か? しかも魔法式の。
ヤバイ。どんな構造になってるんだろう? 知りたい!
しかし、そんな風に危なげなく迎撃していた女は、突如、その弓を折りたたみ背中へと回す。
そして、ため息を吐くと、一言。
「ボーデ。」
「何だ?」
「矢が無い。」
「そりゃまた……聞きたくない知らせだな。」
ボーデと呼ばれた男は、苦虫を噛み潰したような、何ともいえない笑みを浮かべると、ため息を吐く。
そんな様子を見た女は、苦笑しながら「本当に。」と、頷くと、腰に挿してある二本のナイフのような刃物を抜き放ち、両手で構える。
ナイフの二刀流である。
「おい。ライゼ。」
ボーデと呼ばれていた男が、少し固い声で、女に語りかけた。
「何?」
ライゼと呼ばれた女は、横目でチラリと男を見ながら、その視線を走ってくるトカゲもどきに向けていた。
「逃げろ。」
「いや。」
即答だった。
「いや、お前なぁ……。この状況じゃ、どうにもならんだ……ろっと。危ねぇな! こんちきしょー!」
硬い音がして、大きな金属が欠ける。
それをボーデと呼ばれている男は、憎々しげに見ると、
「ったく。あの爺、もう少しマシな武器作れってんだ。」
そう苛立ったように叫んだ。
「テラニウム製の武器より硬い物は、もうアダマンタイト位しかない。」
「わーってるよ! んな事! ってか、逃げろ! 死ぬぞ!」
「いや。」
「それは死ぬ事がか!? 逃げる事がか!?」
「どっちも。」
そんな飄々と答える女の様子に、男は天を仰ぐ。
しかし、それも直ぐに真面目な顔になる。勿論、視線はサンドワームのいる方に向けたままだ。
「頼む……。逃げてくれ……。もう、武器も……もたない。お前はほぼ丸腰。このままじゃ死ぬだけだ。俺は……お前に死んで欲しくない。」
「却下。」
「何がだよ!?」
「全然、ムードが無い。やり直しを要求する。」
そう言いながら、ライゼと呼ばれていた女は、トカゲもどきからの一撃をかわし、鋭い斬撃を叩き込む……が、トカゲもどきの硬い表皮に阻まれたのか、硬い音を響かせ、弾かれていた。
「……あの爺はもう少し、真面目に仕事をすべき。」
憎々しげに、欠けたナイフを見る女。
それに突っ込む余裕も気力も無いようで、男は、やけくそ気味に、トカゲもどきを真っ二つにしたのだった。
今までの二人のやり取りを見ながら、俺は考えていた。
この面白く気持ちの良い方々を助けるか、否か。
しかし、皆の視線を見て、答えは決まっていたとわかる。
皆の視線が言っていた。
早く助けに行こうと。
全く……どうなっても知らんよ?
そう心で思いつつも、どうにかなるような気がしていた。
その根拠の無い思いを信じ、俺は行動を起こす。
「助けに、行くか。」
そう呟き立ち上がった俺の言葉に、皆、頷いたのであった。
異世界に飛ばされ、随分経ちますが、こちらは何とか元気でやっております。
こんな年になってもご迷惑をかけたままなばかりか……こうして砂漠の真ん中で、美少女に説教される不甲斐ない中年息子をどうか、お許し下さい。
そう言えば、この状況は、春香に理不尽な八つ当たりを受けている時と、よく似ていると思います。
機嫌が悪い……上司が使えない……そういった理由でとりあえず冷たい言葉と、足が飛んでくる我が妹は、少しは大人しくしているでしょうか?
前は、あんなにお兄ちゃん、お兄ちゃん、と懐いていた、天使のような子だったのに……。
女性と言うのは、少女から大人になると、天使から悪魔に変貌する生き物なのでしょうか?
そうだとすると、何とも……。
《 ツバサ……聞いてるの? 》
目の前に浮かんだ文字を見て、俺は現実逃避気味だった心を、強制的にこちらに引き戻された。
「あ、ああ。ちゃんと聞いているよ。」
正確には読んでいますけど。
いや、だから、ちゃんと判っていますから。落ち着きなさいって。寒いです。
俺の目の前には、目を吊り上げて、憤懣やるかたないというレアな表情のルナ様。
そんな背後には、大砂漠……のはずだったのだが、何故か足元は凍り付いて、既に氷の柱が、重力に逆らって何本も立っている。
そして、一応、つい先程まで快適な障壁の中だったのだが、そんな快適な空間は、ルナの発するブリザードのような魔力によって、障壁もろとも、あっさりと破壊された。
命の危険を感じたのだろう。他の皆は、即座に俺から離れ、今は点の様に見えるだけである。
卑怯者とは言えない。このルナ様は余りに恐ろしい。俺だってさっさと逃げたいですもん。
けど、あえて言わせて貰う。裏切り者め……。
《 大体、ツバサは、ちょっと、でりかしー? が、足りないと思うの。この前だってルナに……。 》
そんな訳で、俺は今、猛烈な吹雪の中、ルナと命をかけた対話……と言う名の説教……もとい、拷問を受けていた。
二人とも、氷の大地に何故か正座で向き合っている。
発端は先程の、俺の言葉だった。
リリーに『奴隷になって欲しい』と、頼んだのが、ルナ様の爆弾を爆発させてしまったのだ。
俺が言いたかったのは、より正確に言えば、『俺の奴隷のふりをして欲しい。』と言うことだったのだが……まぁ、うん。確かに、誤解されても仕方の無い言い方だった。ここは反省しよう。
空気中には氷の粒子がキラキラと舞い、ルナの周りを踊るように、巻き飛んでいた。
まぁ、と言うことは、少なくとも、周囲はとんでもなく気温が低いのだろう。
あまりの寒さに、漏れ出た魔力をストックではなく、身体強化と温度調節に回しているが、それでも震えが止まらない。
ちなみに、あまりの寒さのせいなのか、はたまた、ルナの魔力のせいか……。
先程まであれ程執拗だったサンドワーム達が、蜘蛛の子を散らすように、いなくなった。
探知にも引っかからないほど、遥か遠くへと逃げ出したらしい。その位の寒さと脅威なのだろう。
だが、ここで寒いとか言おうものなら、ルナ様の機嫌は更に下降の一途を辿るだろう。
女性を怒らせたら、男はただ反省して、黙って話を聞くのが、一番の対処法だと俺は、嫌というほど知っていた。
《 大体、宇迦之さんの時だって、酷いと思うの。何で、宇迦之さんの……その、胸ばかり……。ルナだって…… 》
怒りの導線に火がついたら、もう最後なのである。遅かれ早かれ、爆発するだけだ。
怒っていた理由? そんな物は関係ないのだ。
今までの経験上、女性が怒った時の大半は、怒りたいから怒るのである。
全てを吐き出し、スッキリするまで、その怒りは収まらないと言うのが通例だ。
だから、禁句は、「でも。」「いや、しかし。」「だけど。」である。
男としては、つい、反論して自分の正当性を主張したくなる物だ。
だが、それは全てが終わった後に言えば良い。もしくは、言わなくても良い位だ。
反論は、それがどんなに正しくても、火に油を注ぐ結果にしかならないのだ。
一見、その場は収まったように見えても、彼女達は満足していなければ、マグマを腹に抱え、更に大きな噴火を起こすだけである。
だから、俺はルナのぶちまけている不満を、今は、「そうか……。」「うん、そうだね。」「なるほど……。」と、頷きながら聞いていた。
怒れる彼女達が求めているのは、気持ちを受け止めてくれる存在であって、正論で説き伏せる相手ではないのだから。
《 だからね。ツバサはもう少し、ルナの……をもう少し、ちゃんと見てくれても良いと思うの。 》
「うんそうだな。それは、俺も気がつかなかったよ……。これからは気をつける……。」
ん? まて、何の話をしてるんだ?
あれ? なんか凄く大事な言葉を聞き逃した気がするぞ?
《 本当? じゃあ、ちゃんと……ルナの体、見てくれる? 宇迦之さんの時みたいに、一生懸命、見てくれる? 》
俺の意思とは関係無しに、思わず、鼓動が大きくなる。
彼女のその無防備な言葉に、久々に、危険な威力で、俺の心でルナへの愛おしさが爆発した。
そして、その感情があふれ出たせいだろうか? 俺は少し思考が熱を帯びたまま、ルナの体を舐めるように見てしまう。
俺のそんな欲の混じった視線を、ルナは真っ赤な顔で受け止めていた。
その恥らうルナの姿を見て、俺は我に返る。
何をしているんだ……俺は。
一気に、背中から汗が吹き出る。この極寒状態で尚、だ。
いや、しかし、彼女の言い分も判らない訳ではない。
確かに、俺が宇迦之さんに向けてしまった、ある意味欲望の篭った視線を、ルナが熱意と思ってしまうのは判る。
他人から見れば、本能的にだろうが、なんであれ、その意識はさておいて、熱量自体は変わらないだろうし。
だが……人前にしろ、誰も見ていないにしろ、そういう自分の根源的な部分を晒せるほど、俺は色々振り切れていないのだ。
……違うな。そんな欲にまみれた汚い自分を、俺自身が望んでいない。これは、単なる、俺のエゴである。
俺は首を振り、一回、熱を帯びた思考を排除する。
ルナをある意味、神格視する事で、他の女性と別の存在に祭りたててしまっている事は、俺自身が良く知っている。
だが……いや、だからこそ……今はそこから次へ進む気にはなれないのだ。
ルナには、そんな俺の態度が気に入らないのは、重々承知している。
ルナとはキスもした。勿論、勢いの部分はあったが、後悔など微塵も無い。
そして、恐らく、一番近しく、好ましく、何より大切にしたいと思える異性なのは間違いない。
しかし、駄目なのだ。恐らく、俺は、その一線を越えたら、今の俺を保てない気がしている。
多分、彼女の全てを手に入れたくなる。欲が欲を呼び、俺はルナと言う存在にどっぷりと溺れてしまう……そんな気がするのだ。
それは、今の俺にしたら、何よりも恐ろしい事に思える……思えてしまうのだ。
俺の理性をもってして、俺の本能によって灯された熱が、急速に冷めていくのを感じた。
そんな俺の様子を見た瞬間、ルナは途端に不機嫌そうな顔に戻る。
訂正。男にも譲れないものはある。
いや、器が小さいとか言わないで欲しい。そんな事は百も承知なのだ。俺だって、一杯一杯なんです。
「ルナのその気持ちは、俺も本当に嬉しいし、そうしたい気持ちもあるよ。だけど……。」
その瞬間、ルナはその表情を先程の修羅の物へと変じる。
うん、そうなるよね。判っていました。はい。
そうして、怒った女性への接し方を、あえて自分の小さなプライドを守るために捻じ曲げた結果……ルナ様のありがたい説教は1時間増えたのだった。
結局、その後、妥協案として、朝起きた直後と、夜寝る前に、俺がルナを抱きしめる……つまり、ハグする事を条件に許してもらう事になった。
俺にとっては、それでも大きな譲歩だったわけだが……まぁ、寝ている間に抱きしめられている事考えれば、何とか……なる。多分。
そんな訳で、機嫌の戻ったルナは、久々に屈託の無い笑顔で、俺の隣に寄り添うように座っている。
無事氷も消え去り、快適な障壁内へと、その環境を移す事ができた。めでたい事だ。
暫くすると、長く続いた吹雪が去ったのを見て、皆も恐る恐ると言う感じで戻ってきた。
そして、俺の隣で笑顔を浮かべるルナを確認すると、安心したようにこちらへと向かってくる。その足取りは、皆軽い。
まぁ、全面的に俺のせいだから、今回は良しとしよう……。
俺はため息を吐くと、
「皆、待たせて申し訳ない。時間も大分かかってしまったし……改めて、説明していくよ。」
そう、言葉をかけ、皆の集合を促した後に、先程の話を再開したのだった。
「えっと、つまり、私は……ツバサさんの奴隷……のふりをすれば良いんですね?」
チラチラと俺の隣に座るルナを見ながら、リリーが恐る恐る……と言う感じで聞き返す。
それに俺は頷くと、
「そうだね。ちなみに、その渡した首輪は、ただの首輪だよ。本物を見たのは短い時間だったし、壊しちゃったから、完璧な再現は出来なかったんだ。けど、遠目にごまかすくらいは、出来ると思う。」
そう答えた。
リリーはそんな俺の言葉を聞いて、興味深そうに、黒い首輪を眺めている。
全く……それは畏怖の象徴みたいな物なんだが……まぁ、実感は沸かないかな。
そんな無邪気とも言えるリリーの様子に苦笑すると、俺は続けて説明する。
「ちなみに、奴隷と言うのは人として扱われないと思う。多分、良くて物扱いだろうね。」
俺のその言葉に、リリーは怯むことなく、その目を向けてきた。
その目には、今までのリリーからは想像もできなかった、力を感じる。
「だから、獣人族と言う事を差し引いても、人前では、相当辛い思いをする事になると思う。屈辱的な事も、むき出しの嫌悪も、今までに経験した事もない、ありとあらゆる悪意がリリーに向けられる事になるだろう。……それでも、来るかい?」
俺はリリーの目を見ながら、意地悪にそう問うた。
「勿論です。それで、ツバサさんの傍にいられるなら。」
リリーは全く迷いも無く、そう言い切った。
そこには、揺るぐ事の無い意思が見えた。
なるほどね。何か、彼女の中で、一本芯が通った感じがするな。これが、覚悟の決まった人の姿か。
俺は、ある種、感動しながら、彼女の姿を見る。
しかし、俺のそんな思いを知らないリリーは急にその表情を緩めると、とんでもない事を言い始めた。
「そ、それに……奴隷が物って事は……私はツバサさんに所有される……ツバサさんの物になるんですよね? そ、それなら、私も、う、嬉しいですし。」
その言葉を聞いた瞬間、皆の視線が、リリーの手に収まっている黒い首輪に注がれ……そして、俺へと移る。
「駄目だからな? それは一つしかないからね?」
俺のその言葉を聞いた他の皆が、どのような表情をしたかは、言わなくても良いと思うので割愛する。
そうして、それから、更に1時間ほど、無駄な抵抗を続けられ、それを収める事に労力を注ぐ羽目になったのだった。
日は、徐々にその高さを減じていた。
俺達は、あれから不毛な言い合いを何とか終了し、移動を開始したのだ。
とりあえず、森とは正反対の方向……つまり、太陽の沈む方角に向かって、今は進んでいる。
元の世界に習うなら、西に向かっている事になる訳だが……まぁ、そもそも、この異世界が惑星かどうかも怪しい所だしな。
その辺りは、あえて考えないようにする。
探知は広域モードにしているが、今のところ目ぼしい反応は無い。
遠目にサンドワームらしき反応がちらほらと見えるものの、こちらに寄って来る様子も無かった。うーん、やはりルナ様効果だろうか?
俺は振り返るように、左後方に視線を向ける。そこには、疾走するクウガに跨った、ルナと此花がいた。
彼女達は俺の視線を認めると、楽しそうに手を振ってきたので、それに左手を上げて答えた。
今度は右後方に視線を向けると、アギトに跨ったリリーと咲耶の姿を見ることが出来た。
こちらは、咲耶は手を振ってきたが、リリーに余裕が無いようだった。そんなリリーは、少し引きつった笑みを浮かべるに留まる。
俺はそれを見て苦笑すると、右手を上げ、その手を降ろした後、俺を乗せ疾走するヒビキの頭を、礼の意味を込めて優しく撫でた。
嬉しかったのか、気合が入ったのか、その両方なのか……それを合図に、更にヒビキの駆ける速度が上がる。
後方に舞い上がる砂柱と砂煙。
正に、爆走と言う表現が相応しい走りっぷりだった。
足場は最悪のコンディションのはずなのだが……ヒビキの走りに影響は無かった。
相変わらずの安定走行。そして、恐ろしいスピードである。
だが、そのスピードで走り続けて、そろそろ2時間は経とうかと言うのに、未だに、探知には目ぼしい反応は無い。
それだけ、この砂漠が広く、その分、森が僻地であった事の証明となった。
しかし、そんな代わり映えのしない景色に、ついに変化が訪れた。
広域探知に、異常な数の反応が現れたのだ。
俺は、ヒビキに速度を落としてもらい、停止した後、障壁を張り、皆を集める。
ルナは、座りながらも、探知に引っかかった方を、しきりに気にしていた。
「ツバサさん、何かあったのですか?」
ルナの様子が気になるのだろう。
開口一番、リリーが質問してきたので、俺は完結に答えた。
「この先に、戦闘の反応がある。数はかなり多いな。サンドワームもいるようだ。」
その言葉に、リリーは嫌な顔をすると、耳と尻尾を、ふにゃりとへたらせた。
まぁ、あれだけ熱烈に歓迎されれば、嫌にもなるか。
そう苦笑しながら、俺は出来たばかりの小さなファミリアを呼び出した。
今まで大量に保有していたファミリアは、一部を除いて、全て森の警護に残してきた。
あれだけあれば、例え俺に何かあっても、向こう数百年は大丈夫だろう。
なので、今手元に残っているのは、俺がこの世界に来たときから、実験的に育てている1つと、皆に張り付かせている物しかなかった。
皆に張り付かせているものは、その特性上、完全にカスタマイズされた物なので、気軽に使うには都合が悪い。
なので俺は、ヒビキに搭乗中の時間を利用して、少し魔力の供給量を増やし、ファミリアを1つ作っていたのである。
まだ出来立てほやほやなので、大した魔力は蓄えていないが、簡単な術式なら既に書き込み済みである。
そして、突然、俺の目の前に現われた小さなファミリアに、皆、目を奪われていた。
「父上、いつもより小さいですな。」
「けど、咲耶。私、こちらの方が、可愛らしいと思いますわ。」
「そ、それは……確かに、か、可愛いですな。」
そんな二人の意見に同意するように、皆もにこやかにそのファミリアを眺める。
いや、観賞用に出したわけではないんだが……。
俺は魔法陣を起動させると、ファミリアから得られた視界を、障壁内へと投影する。
今回は少し視野を広く取っているので、見える範囲が広い。
そんな未知の感覚に、思わず、皆、息を飲んでその光景に見入っていた。
「では、飛ばすよ。行って来い。ファミリア。」
俺がそういうと、小さなファミリアは、【ステルス】を展開しながら、勢い良く外へと飛び出して行ったのだった。
10分ほど空から見た砂漠の景色が続いたが、徐々に、その景色に異物が混じり始めた。
「あれは……何でしょうかね?」
リリーがそう問いかけるも、俺にもわからない。
少しファミリアの高度を落とし、ズームをかける。
「これは……何かの生き物の……死骸かな?」
それは、あえて言うならば、トカゲのような生き物だったのだろうか?
足が6本あるようだったが、その岩のような体が斜めに切り裂かれていたので、推測する事しかできない。
更に、移動していくと、そういった死骸が、20ほど転がっていた。
いずれも、損傷しており、中には頭部の無い物もいた。
そんな死骸の群れが、何かを追うように続いていく。
そして、ついに、視界に新たな物が映し出された。
人影だった。しかも、2人だけである。
そして、その人影を大きく囲むように、サンドワームが砂の中を悠々と泳ぐ姿が確認できる。
その数は、10に届くだろうか?
更にその外側から、砂の上を走る、トカゲのような生物が……20ほど向かってきていた。
「これは……襲われている?」
改めて探知を解析すると、確かに、多くの反応が集っており、この状況を物語っていた。
しかし、その中で佇む人影の反応がサンドワームと余り変わらないので、見逃していたのだ。
うーん? どう言うことだろうか?
疑問に思い、ファミリアを通して精密に分析をすると、どうやら、魔力をサンドワームのように見せる、何かがあるようだった。
解析すると、魔力の波長とでも言うのだろうか? それが、二種類あるのだ。
これは、もしかすると、思った以上に、高度な技術があるかもしれない。
俺は、背中に一筋汗を垂らしながら、その事実を受け止める。
そして、同時に、今の方法……つまり、正攻法で進めた方が良さそうだと、確信めいた物を感じた。
そうこうしているうちに、状況が動く。
サンドワームの内、3頭が2人に襲い掛かったのだ。
俺は、状況を更に細かく掴む為、ファミリアの高度を下げ、更に音を拾う。
いきなり障壁内に響く爆音。
皆、肩を竦ませた。
び、びびび、びっくりした。
そうか、何も低音を拾う必要は無いんだ。声だけ拾えれば良いんだから。
俺は直ぐに、拾う周波数を設定し、可聴域に合わせる。
「クソ……何でこんな所に、サンドワームがこんなにいるんだよ……。ったく、ついてねぇぜ。」
途端に、低く荒々しい、男性の声が飛び込んできた。
そして、その声を聞いて俺は思う。
ああ、やっぱり、この生物、サンドワームで良いんだ。異世界テンプレ恐るべし。
その声の主と思われるのは、大きな金属製の何かを振り回す男だった。
肌は日に焼け浅黒い。髪は日に焼け、くすんだ赤髪だが肩の辺りまで伸ばし、後ろで結んでいた。
その髪の間から時折、銀の光が覗く。そして、更に前髪より覗く隻眼。
左目は頬まで伸びる醜い傷に覆われ、その目を開く事は出来ないようである。
上半身は、その逞しい肉体が全てを物語っていた。
筋肉で覆われた鋼の肉体。それを斜めに守る、皮のような防具。
腰から下は、何かの鱗をびっしりと縫いつけたと思われるすだれ上の防具をつけていた。
「このサンドワーム……何か変。興奮してる。」
今度は抑揚の無い、冷たい響きのする女性の声が響いてきた。
弓を構え、鋭い視線を周囲に飛ばす女の顔は、正に彫刻のように白く、その造形もまた、美を追求した芸術品のように整っていた。
髪は白に近い青色で、透き通る高い空を髣髴させる色だ。
そんな誰に聞いても、間違いなく美人である彼女は、その髪をバッサリと短く切り落とし、ベリーショートにしていた。
その額には、男性も着けていると思われる物と同じ、銀の装飾品が光っている。
細くしなやかなその肢体を隈なく覆う、不思議な光沢のある服。
上はまるで襟なしワイシャツのように、機能性のみを追及したような、無地の無骨な服の上に、皮で出来ていると思われる胸当てをつけている。ちなみに、蛇足だが、胸のふくらみはかなり寂しい。
そして、下に至っては、ぴったりフィットした無地のズボンである。
しかしそれでも、彼女の均整の取れた肢体の魅力が、にじみ出てきていた。
「んだぁ? 虫のくせして、興奮だぁ? ったく。そんなは、他のところでやってくれよ……っと。」
男は器用にサンドワームの攻撃をかわすと、すれ違い様に、金属製の何かを叩きつけていく。
しかし、それ程効果があるようには見えず、何度も何度も、そのような状況が続いていた。
対して、女性は弓を射ていた。
その狙いは恐ろしい程正確で、サンドワームの後方より現われたトカゲもどき達に突き刺さり、そして、爆発する。
見ると、矢の方に特殊な細工があるようで、僅かなではあるが、魔法の発動に似た魔力の流れが感知された。
おお、凄い……。
さしずめ、炸裂弾とか、そういう部類か? しかも魔法式の。
ヤバイ。どんな構造になってるんだろう? 知りたい!
しかし、そんな風に危なげなく迎撃していた女は、突如、その弓を折りたたみ背中へと回す。
そして、ため息を吐くと、一言。
「ボーデ。」
「何だ?」
「矢が無い。」
「そりゃまた……聞きたくない知らせだな。」
ボーデと呼ばれた男は、苦虫を噛み潰したような、何ともいえない笑みを浮かべると、ため息を吐く。
そんな様子を見た女は、苦笑しながら「本当に。」と、頷くと、腰に挿してある二本のナイフのような刃物を抜き放ち、両手で構える。
ナイフの二刀流である。
「おい。ライゼ。」
ボーデと呼ばれていた男が、少し固い声で、女に語りかけた。
「何?」
ライゼと呼ばれた女は、横目でチラリと男を見ながら、その視線を走ってくるトカゲもどきに向けていた。
「逃げろ。」
「いや。」
即答だった。
「いや、お前なぁ……。この状況じゃ、どうにもならんだ……ろっと。危ねぇな! こんちきしょー!」
硬い音がして、大きな金属が欠ける。
それをボーデと呼ばれている男は、憎々しげに見ると、
「ったく。あの爺、もう少しマシな武器作れってんだ。」
そう苛立ったように叫んだ。
「テラニウム製の武器より硬い物は、もうアダマンタイト位しかない。」
「わーってるよ! んな事! ってか、逃げろ! 死ぬぞ!」
「いや。」
「それは死ぬ事がか!? 逃げる事がか!?」
「どっちも。」
そんな飄々と答える女の様子に、男は天を仰ぐ。
しかし、それも直ぐに真面目な顔になる。勿論、視線はサンドワームのいる方に向けたままだ。
「頼む……。逃げてくれ……。もう、武器も……もたない。お前はほぼ丸腰。このままじゃ死ぬだけだ。俺は……お前に死んで欲しくない。」
「却下。」
「何がだよ!?」
「全然、ムードが無い。やり直しを要求する。」
そう言いながら、ライゼと呼ばれていた女は、トカゲもどきからの一撃をかわし、鋭い斬撃を叩き込む……が、トカゲもどきの硬い表皮に阻まれたのか、硬い音を響かせ、弾かれていた。
「……あの爺はもう少し、真面目に仕事をすべき。」
憎々しげに、欠けたナイフを見る女。
それに突っ込む余裕も気力も無いようで、男は、やけくそ気味に、トカゲもどきを真っ二つにしたのだった。
今までの二人のやり取りを見ながら、俺は考えていた。
この面白く気持ちの良い方々を助けるか、否か。
しかし、皆の視線を見て、答えは決まっていたとわかる。
皆の視線が言っていた。
早く助けに行こうと。
全く……どうなっても知らんよ?
そう心で思いつつも、どうにかなるような気がしていた。
その根拠の無い思いを信じ、俺は行動を起こす。
「助けに、行くか。」
そう呟き立ち上がった俺の言葉に、皆、頷いたのであった。
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