比翼の鳥

風慎

第55話 宿屋

 俺達は、ギルドを出て、ギルドマスターに教えられた宿屋へと向かっていた。

 あれから、色々と話し合ったが、取りあえず今後の方針としては、しばらくの間、この町で駆け出し冒険者として生活することで、落ち着いたのだ。
 まずは、習うより慣れろ。と言う事らしい。

 ちなみに、この世界の通貨を持っていない俺達だったが、その辺りは、ギルドマスターから融資して頂いた。
 なんせ、共犯らしいので? 

 という訳で、さくっと皮袋に詰まった硬貨を多数、渡されたのだ。
 そんな皮袋の中を見ると、異世界物の例にもれず、金銀銅に鉄と言った金属製のコインが鎮座していた。
 うん、分かり易いのは良い事だ。

 一応、軽く説明を受けた感じだと、硬貨の価値は以下の通り。

 鉄貨         1 アルベンタ
 銅貨       100 アルベンタ
 銀貨    10,000 アルベンタ
 金貨 1,000,000 アルベンタ

 まぁ、鉄<銅<銀<金の順で100倍ずつ価値が上がるって訳だ。
 この辺りも大変分かり易くて良いです。

 だが、重い。

 現代の硬貨がいかに優れていたかを実感した瞬間だった。
 さくっと、人を撲殺できるレベルの重さである。と言うか、振り回したら皮袋がヤバい。そういう感じです。
 なので、俺は躊躇なく、皮袋を異空間へと収納しました。
 ギルドマスターが驚いていたが、取りあえず無視。

 ついでに、森製の布で作ったあった袋へと硬貨の種類ごとに小分けしたのだが、これは異空間内で処理した。
 ちなみに、ファミリアは、時間停止しているはずの異空間内を何故か動けるようである。もはや原理は不明です。

 そして、とりあえず、仕分けついでに硬貨の枚数を数えてみた結果……分かったのは、貰った総額は、金貨10枚、銀銅鉄貨が100枚ずつ。
 計11,010,100アルベンタ……らしい。

 現代に換算すると、どの位の価値か分からんのだが……何となく相当な額に思えるのは、俺の気のせいだろうか?
 仮に1アルベンタが1円なら、一千百万円……軽く変な汗が出そうなんですけど。

 ちなみに、一般市民はアルベンタと言う通貨単位は使わないらしい。銀貨何枚とかそういう風に数えると聞いた。
 一部の商人や、貴族など、高額の商品を扱う者たちは、この通貨単位を使うとの事だ。
 まぁ、計算するのに単位は必須だが、一般市民レベルでは、金貨とか見ないってことなんだろうな……。

 ますます、一千万アルベンタがどれだけの価値なのか、知るのが怖い……。

 それだけ、かけられた期待が大きいという事なのだろうし。
 むしろ、これで飼いならすつもりなのだろうか……?
 やはりギルドを束ねる長である。一筋縄では行かないところを見せられた気分だ。

 俺は戦々恐々としながらも、宿屋へと歩を進める。
 そんな俺の背には、ルナがおぶさっていた。あれから、話を終えてみると、何故かルナも熟睡していた。
 結果、ヒビキとリリーを除いて……全滅の状態であったのだ。
 まぁ、傍から見ると実に面白くない話だったろうから、分からないでもない。

 ちなみに、今はクウガとアギトには、起きてもらったので、此花と咲耶を運んでもらっている。
 時々、すれ違う人々が、俺の背負っているルナへと目を向け……ついで、後ろから此花と咲耶を輸送するティガ軍団を目にして、後ずさると言う光景が、先程から延々と繰り広げられていた。
 最初こそ申し訳ない感じもした訳だが、余りにも同じ光景が延々と続くと、流石にどうでも良くなって来た訳で……現在の俺は始終、無言で宿屋へとこの行進を続けていたのだった。


 冒険者ギルドが、都市の中央部にあるとすれば、この宿屋は、正に外縁部ギリギリの場所にあった。
 外延部には、巨大な城壁があるのだが、その近くである。

 そして目的地であろう目の前の建物……その入り口上部の目立つ場所には、宿屋を示すと教えられた看板がかかっていた。
 正方形の中に、更に小さい黒の正方形が入ったその模様は、『回』の中が塗りつぶされているようにも見える。

 そんな看板から目を外し、俺は、建屋へと視線を軽くめぐらす。
 周りの建物と同じように、やはり石造りのその建物は、3階建てであったが、見た感じ、作りもしっかりしている。
 外から見る木枠の窓は全て閉まっているものの、良く見ると丁寧に掃除がされているらしく、古い木が持つ独特の風合いを醸し出していた。同じように木で出来た大きめの扉が俺の前にあるが、今はしっかりと閉まっている。
 だが、扉越しに感じられる気配は雑多であり、サーチを使うまでもなく、この建物の中に、多くの人が居る事が、気配で察せられた。

 俺はその宿屋と思われる建物の扉を3回叩くと、そのままゆっくりと片手で押して開いた。
 ちなみに、ティガ達は外で待機してもらうことにしていた。
 いきなり入ると、何か問題が起こる可能性もあるしな。……いや、確実に何か起こる。
 俺は、一瞬、想像した嫌な予感を振り払いそのまま中へと体を滑り込ませた。
 扉の上部に吊るされていた3本の金属製の棒が揺れ、ぶつかり合う事で小刻みに高い音を屋内へと響かせる。

 中は少し薄暗かったが、魔力を通して強化されていた俺の目には、数歩前にあるカウンターと、その奥に続いている通路が飛び込んできた。
 そして、右手に視線を動かすと、床と壁が少し頑丈に補強されたスペースが広がっている。
 良く見ると、何かを立て掛ける場所も見える事から、ちょっとした物置場所として使われていると推測できる。

 左手には、申し訳程度に仕切られた木の壁があるが、ドアはなく、開けっ広げであり、その奥にも広い空間が広がっているだろうことがサーチで分かった。
 恐らくは食堂の様なものだろう。もしかしたら、酒場かもしれない。あるいはその両方かな?
 チラリと見える光景は、大きな木製のテーブルと、無骨に切り出した円柱型の椅子と思われるものが確認できた。

 そんな風に、俺が食堂らしき場所に気を取られていると、奥から人が出てくる気配がする。

「あいよー。いらっしゃい。お泊りかい? 何名だい?」

 そして、姿を見せると同時に、畳みかけるように言葉が飛んで来た。
 その声の主は、正に、定食屋のおばさま……と言う言葉がしっくりとくる、恰幅の良い妙齢の女性だった。
 ふっくらとした体格の上から、少し薄汚れたエプロンの様なものを前にかけているが、それが何とも言えない暖かい雰囲気を感じさせる。
 少し赤みがかった茶色の髪は、肩にかかる程度まで無造作に伸ばされており、所々痛んでいるようにも見えた。
 そして、額には銀の輪。一瞬、先程のギルドマスターの会話を思い出すも、今は仕方がないと割り切る。
 急いで出てきたのだろうか? うっすらと汗をにじませている顔には、そばかすと日に焼けた後が見える。
 そして、その表情は俺の方を少し怪訝な顔で見ていた。ああ、ちょっと観察しすぎたかな。

「ああ、失礼しました。冒険者ギルドに紹介されて来たのですが……大人が2人、子供も2人、奴……隷の、獣人を一人。後、獣を3頭、ちょっと多いのですが、泊まれますかね?」

 俺は、そう、心もちゆっくり目に、話しかける。
 そんな俺の言葉に、考えるようなそぶりも見せず、

「そうだね……大部屋が一つ空いてるから、それで良ければ大丈夫だよ。今は、余り冒険者の来ない時期だからね……うーん、1日銅貨10枚でどうだい?」

 そう提案してきた。
 1000アルベンタ……か。安いんじゃないか? と言うのが俺の偽らざる感想である。
 1アルベンタが1円なら、一泊1000円という事になる。いや、元の世界なら無いわー。
 素泊まりだって、その倍以上はする……が、そこで、ふと気が付く。
 ん? そもそも全員分でなのか? それとも、一人でかな? 聞いておくか。

「えっと、すいません。その値段は、一人の値段ですか? それとも、部屋の値段でしょうか?」

「そりゃもちろん、部屋でさ。何? あんた、慣れてないのかい? なら、説明しておこうかね。うちは、前金制で、食事込みだよ。この辺りの宿は皆そんな感じさ。金額は一部屋につき幾らって感じだね。部屋さえ壊さなければ、何人で泊まってくれてもいいさ。ただ、あんまり大人数だと、寝にくいだろうけどね。その点、うちの宿の大部屋なら、大の大人が10人は泊まれるよ! そうそう、食事は、朝と夜の2回。正午の鐘が鳴る前に来ないと、朝の分は取り消しになるからね。うちの飯は、美味いから食い逃すと損だよ。前もって言ってくれれば、携帯食位は用意するから言っておくれ。あ、後、大部屋には、ベッドが2つしかないからね。後は、そちらで何とかして……あ、そうさね、持ち込みは自由だから……。」

 質問したら、マシンガンのように止めどなく情報がばらまかれる事態となった。
 しかも、正に何時、息をついているんだって言う位、滞りなく口が動く。
 だが、正直、聞く前に教えてくれるのはありがたかったので、俺は女将さん(仮)の言葉に時々、相槌を打ちつつ、宿のルールを教えてもらったのだった。


「まさか、部屋の中で一緒に泊まって良いとは……良かったな、ヒビキ、クウガ、アギト。」

 俺のそんな言葉に、床で寝そべっていたティガ親子は、それぞれ嬉しそうに声を上げていた。

 そう、交渉の結果、ティガ親子も一緒に、大部屋で寝ても良いと許可を戴いたのだ。
 普段は断っているらしいのだが、部屋を汚さない……もし汚したら原状復帰に必要な経費を支払うという事で、了承を得た。
 まぁ、前金で取りあえず、20日分……銀貨2枚をポンと払ったのが大きかったのだろうか。
 俺が銀貨を出すと、目を丸くしていたしな。
 どうやら、あの様子を見るに、俺が貰った額は、かなりの大金のようである。心せねば……。

 俺はそんな女将さん(仮)の様子を思い出しながら、部屋をざっと見渡す。
 3階にあるこの部屋は、広さにして、30畳程……50平方メートルほどになるだろうか?
 部屋の隅に、並ぶようにベッドが二つ。
 今は、ルナと我が子達が、それぞれのベッドを占拠している。

 床は木で出来ており、思ったよりずっと高級感が出ている。
 勿論、ここは日本ではないので、外履きのまま、部屋へと入る仕組みだ。だが、こまめに掃除されているようで、ゴミも埃も見当たらないのは素直に好感を持てた。
 更にここは角部屋の様で、ベッドのある側と対角線上……つまり、外壁に接している2つの壁には、窓がある。
 窓のすぐ脇には、質素な机と、椅子。そして、物を置くためだろうか? 少し大きめのでっぱりが備え付けてあった。
 俺は、そんな窓の方へと足を向けると、

「リリー。そちらの窓を開けてくれないか?」

 そう言いつつ、窓を開け放つ。
 少し暗かったのと空気がこもっていたので、換気をしておきたかったのだ。

 窓を開け放った瞬間、飛び込んで来たのは、乾いた暑い空気と、強烈な日差しだった。
 そして、次に飛び込んで来たのは、俺の眼前に広がる石の街。
 眼下には、車がすれ違えそうな程、広い石畳の通りと、まばらに見える往来の人々。
 この宿の他にも、少し高めの建物がチラホラと見え、その風景は、正に異国情緒にあふれている。
 更にその視線の彼方には、要塞都市と言わしめた、城壁がそびえたっていた。
 この町は、城壁にぐるりと周囲を囲まれている。それは、檻のように見えるが、同時に、この都市の人々を守る盾なのだ。
 その中に、こじんまりと身を寄せ合うようにひしめく建物たち。
 しかし、中心部には、巨大な白亜の建造物。それは、森の中では決して見る事の出来ない風景で……

「ああ、外の世界に来たんだな。」

 思わず、ポツリと言葉が漏れる。

「そうですね。森の外は、新しい物で一杯です。」

 見ると、リリーが俺の隣に立ち、同じ風景を見ていた。
 その目は、遠くをぼんやりと見つめている。しかし、口元はわずかに柔らかく緩んでいた。
 その姿を見て、ふと思う。

「怖くは……無いのかい?」

 なんとも無しに、俺は、口を開いていた。
 そんな俺の言葉を受け、リリーは俺を見上げるように、視線を向けて来る。

「全然。それよりも、皆さんと……ツバサ様と居られなくなる事の方が、恐いです。」

 外の強烈な光を受けて、鈍く光るその金の毛並みが眩しく映る。
 それ以上に、そんな風にちょっと照れながら答えたリリーの表情を直視できなくなり、俺は視線を外した。
 この子は、本当に……一途だ。

 そんな彼女に対し、俺は外を眺めたまま、彼女の頭に手を乗せ、

「そうか。じゃあ、大丈夫だな。」

 と言うのが精いっぱいだった。
 そんな俺の言葉に、

「はい!」

 と、答えるリリーの笑顔を想像しながら、俺は外に広がる、新たな世界をいつまでも見つめていたのだった。

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