比翼の鳥

風慎

第93話 イルムガンド防衛戦 その後 (1)

「父上! あまりにも出番が少のうございます!」
「そうですわ。もっと活躍したかったですわ。」
「そもそも、殆どの敵を父上が倒してしまわれました。ずるいでござる!」
「そうですわ。もう少し、残しておいて下さっても……。お父様、意地悪ですわ。」

 いやいや、君達はいったい、どれだけ戦闘が好きなんだよ?
 俺は、此花と咲耶に詰め寄られながら、あまりの二人の剣幕に押されて、一歩後ずさる。

「ちょっと待ちなさいって。まぁ、お父さんがやりすぎたのは、否めないが……。」

「そうですわ! ……それに、なんで、ここに、戦っていた竜がいるんですの!?」
「然り。む、待て、此花よ。もしかして、これは、父上の慈悲なのではなかろうか?」
「なるほど。そうね、咲耶。こんな大物を屠れるならば……うふふふ。腕がなりますわ。」

 俺の後ろで、事態を把握できず呆然と周りを見渡していた竜が、暴走気味の獣と化した我が子達に睨まれ、体をのけぞらせる。

 そう。結局、竜の身柄を確保した俺は、竜を【ヒール】で完全に回復させた後、一旦、北へと向かい飛ばせ……その足で、方向転換。
 そのまま、ここ、地下農場へと連れて来た。

 その過程で、我が子達に、ギルドマスターへ、脅威が去った事を伝えてもらい、こちらに来てもらった訳だ。
 今頃、イルムガンドでは、戦時状態が解除されている頃だろう。

 ちなみに、余談だが、全力で【ヒール】をかけたら、何故か欠損した部位が生えて来た。もう意味が解らん。
 竜も信じられない物を見たように、言葉を失っていた。

 あ、そうそう。勇者はファミリアで掘り起こして、救出しておいた。
 なんか、体育座りしたまま、ブツブツと呟いていたが……うーむ、大丈夫なのだろうか? 
 ちょっとやりすぎた気がしないでも無いが、仲間と思われる反応も向かっていたし、とりあえずその人達に回収は任せることにした。

 さて、そうして、半ば強制的に連れてこられた竜ではあったが……どうやら、そんな竜は、本能で我が子達の強さを悟ったようで、俺の体を盾にするように、身を隠そうとしていた。
 いや、つい先刻までの俺への威勢はどこ行ったのよ。てか、あんだけフルボッコした俺を恐れないで、何故、二人を恐れる? 解せぬ。

 そして、俺の後ろの獲物を完全にロックオンした我が子達を見て、俺はため息をつく。子供が浮かべてはいけない壮絶な笑みを見て、微妙な気持ちのまま、二人の頭へとチョップを食らわせた。

「あいた!?」
「いたいですわ!?」

 頭を抱えて、涙目で俺を見上げる我が子達の視線に合わせるため、俺はしゃがみ込むと、諭すように、言葉をかける。

「こら、活躍したいと思う気持ちはわかるし、お父さんに良い所見せたい気持ちもわかる。けど、目的と手段をはき違えたら駄目だよ。特に力の使い方は気を付けよう? 力の使い方に関しては、お父さんも人の事は言えないけれど……喜んで弱い者いじめをする二人の姿は見たくないよ。」

 弱い者いじめと言う言葉を聞いて、後ろの竜が、何か言いたそうに喉を鳴らすものの、一応空気は読んでいるようで、何も語らなかった。
 逆に、俺に怒られたと思っている我が子達は、涙目で頷いている。
 そんな姿を見て、俺は、しゃがんだまま、二人を抱きしめると、

「別に此花と咲耶の事が憎くて言っているんじゃないからね? ただ、力を振るう事を、当たり前に思ってほしくないんだ。お父さんを見ていたら分かるだろ? お父さんは、手加減が苦手だから、さっきみたいに、すぐ壊しちゃう。君らも強いから、すぐに何かを壊しちゃうよ。けどね、壊れたものはね、すぐには戻らないんだよ。だから、気を付けよう。ね?」

 優しく、そう諭す。
 恐らく、本当の意味では理解していないだろうが、二人ともおずおずと、頷くと、俺の腕に抱き着いて、小さく「「ごめんなさい。」」と口にした。
 俺はそんな二人の頭を黙って撫でる。
 今回は、別にこの子達が特別悪い訳では無い。無いが、兆候としては宜しくないので、少しきつめに叱った。きつめ? きつめなのだろうか? うーむ。分からん。

 しかし、アンバランスなんだよなぁ……この子達は。何か、もっと別の形で、役に立ちたいと言う、精霊の業ともいえる衝動を解消してやれればいいんだけど。
 とりあえず、もう少し、彼女たちには具体的な指示を出して、その都度、褒めて自信をつけさせるか。
 それに、俺の愛情が、彼女らに届いていない気がする。いや、厳密にいえば、伝える努力が足りていない気がする。うん。反省。

 俺は、そう自覚した。ならば、行動だろう。
 思い立ったが吉日。俺は、二人を少し乱暴に強く抱きしめると、同じように、乱暴に髪を乱すくらいの勢いで、わしゃわしゃとかき乱す。
 いきなりの事で、訳のわからない二人は、悲鳴とも、笑いともつかない声を上げるも、俺のなすがままにされていた。
 そうして、ほんの数秒だけだが、戯れると、二人に改めて視線を合わせる。
 目の前には髪をくしゃくしゃにしながらも、どこか楽しそうにする二人の姿があった。

「此花、咲耶。実はな、お父さん、今まで隠してたことがあるんだよ。」

 そんな俺の言葉に、我が子達は、キョトンとした表情で、その円らな瞳を向けてくる。

「実はね……お父さん……な。」

 俺の少し溜めの入った言葉を聞いて、二人とも何か不安そうに、喉を鳴らす。

「お前たちの事が……もう、食べちゃいたいくらい大好きなんだよぉ!!!」

 少し大げさに、冗談めかしながら、俺は二人を唐突に抱き上げると、そのまま草地へとダイブし、一緒に転げまわる。
 正直に言うと、かなりの恥ずかしさもあって、それをごまかす意味でもあった。俺は二人をもみくちゃにしながら、楽しそうな悲鳴を聞きつつ一緒になって転げまわる。
 そうして、暫く、団子になって転げまわった後、仰向けになって川の字で倒れ込んだ俺達は、暫く息を乱しながら、農場の天井を黙って見上げる。
 そこには雲が流れ、時々、上空……いや、正確には、空ではないが、青々とした空としか言いようのない空間を、群れを成した鳥たちが滑るように飛んでいった。
 ふと、見ると、此花も咲耶も、俺の腕に抱き着いて幸せそうにすり寄っている。犬じゃないんだから、と思いつつも、やはり寂しかったのかなと、思い至った。

「ごめんな。あまり構ってやれなくて。」

 俺はそうポツリと呟くと、二人は俺の腕にしがみつきながら、答える。

「大丈夫です。父上。」
「そうですわ。こうして、ちゃんと、私達の事を思って下さいますもの。」
「某達は、幸せ者に御座りまする。」
「ですわ。」

 そんな二人の言葉を聞きながら、俺は「そうか。」と、短く呟くと、暫く流れる雲を見ながら、ゆったりとした時を過ごすのだった。

 暫く、そうしてまったりと寛いでいたのだが、突然、視界が遮られ、代わりに竜の姿が割り込んで来た。
 ああ、そうだった。いたんだった。すっかり忘れていた。
 どうやら、動きのない俺達の様子に痺れを切らして、上から覗き込んで来たようだ。

「ああ、ごめん。すっかり寛いでしまったよ。待たせたね。」

 そんな俺の言葉に、竜は喉を鳴らし、そのまま俺達を見下ろしている。
 だが、その様子を見ると、怒っている訳でも無いようだ。これはなんだろうか? 戸惑っている?
 そう考察すると同時に、竜から思念が飛んできた。

 《 あなた達を見ていたら、心の奥から暖かい何かが湧き上がって来た。だが、同時に、胸を掻きむしりたくなるような、そんな気持ちも沸き起こって来た。これは、何だろうな。 》

 それは、恐らくは……そう、俺が口にする前に、我が子達は口を開いた。

「ふむ。羨ましいのだな。」
「そうね。けど、お父様は渡しませんわよ?」
「そうですぞ。我々の父上故、我慢して頂く。」
「ああ、そうだわ、代わりに私たちのペットにしてあげましょう。」
「うむ。某らも暇では無いのでな。だが、良い子にしていれば時々、構ってしんぜよう。」

 俺もビックリの上から目線の言葉が飛んできた。
 なんか、最近、この子達の黒さが際立つのは何故だ? もしかして、これって……。
 嫌な考えが脳裏をよぎるも、我が子達が、いきなり竜に『お手』を仕込もうとしているのを見て、思考を中断し、声をかける。

「こら、一応、お客様なんだから、調子に乗らない。それに、この竜には、お父さんから課題が出てるんだから。どうせなら、それを手伝ってあげなさい。」

「はぁい。」「御意。」

 そんな気のない返事が返ってくるも、俺は、そのまま、言葉を続けて、我が子達にお願いした。

「これから、この竜は、ここで親子の関係を学ぶことになるんだよ。だから、助けてあげてね? あ、そうそう、ここに、あの子を連れて来て欲しいんだけど、頼めるかな?」

 俺のそんな言葉に、二人は目を輝かせると、途端にやる気に満ちて、

「お任せあれ!」「わかりましたわ!」

 と、元気に返事を返す。
 そして、彼女らは、同時に、口笛の様な物を吹いた……様に見えた。だが、音は無い。
 失敗? と思うも、すぐに、地平線の彼方に土煙があがり、数秒後には、突風を纏って、何かが突っ込んで来た。
 それは、何故か俺へとそのままの勢いで突っ込んできたため、思わず障壁で受け止める。
 余波で周りの草が吹きちぎれ、一部の地面は露出し、吹き飛ぶ。そして、円周上に突風が吹き荒れていく様子を、俺はどこか達観して見つめていた。
 そんな状況を引き起こした元凶を見る。そこには、ダチョウが興奮したように、俺へと障壁越しに体を擦りつけていた。

 おいおい、あんなもん、体で受け止めたら、大参事だよ!

 障壁とダチョウのタックルが引き起こす、硬質な音を聞きながら、冷や汗を流している間に、その横から、更に衝撃が加わり、同じように、大きく音を響かせる。
 見ると、鹿が同じく興奮したように跳ねていた。

 軽く残像しているが、きっと気のせいだろう。気のせいだよな? 四匹くらいに見える程度に早いけど、もう、良いよね。

 ふと見ると、竜が呆然と、その様子を見ていた。
 見開かれた目がそのまま、竜の思いを伝えてくる。

 ああ、やっぱり変ですよね? ええ、何となくそう思っていました。
 しかし、何で更に性能が上がっているだろうな? もう、ダチョウとか鹿の域を超えた何かに変貌している。

 そんな俺の軽い絶望に似た気持ちを顧みる事は無く、我が子達は、

「よし、行きますわよ!」
「突貫!」

 そう、雄々しく吼えると、ダチョウと鹿にまたがり、そのまま音速を超えると思われる速度で、彼方へと飛んで行った。
 彼女達の移動の余波が、障壁を打ち、同じく、言葉なくその様子を眺めていた竜の体を押す。

 《 なんだ……ここは……。 》

 そんな竜の言葉に、俺は、返す言葉が無かったのであった。




 とりあえず、二人が竜を連れて戻ってくる間に、再度、竜に意思の確認を再度行った。
 そう、俺の出した課題の件である。

 そもそも、宇迦之さんと会ったとき、どうするか? と言う事を考える為に、この竜はここに来た。
 そして、それには、まず、自分の子供と向き合って、もう一度、親子とは何たるかを、考えてもらう必要があるのだ。
 その事を、真の意味で理解できたとき、俺は、宇迦之さんとこの竜を何らかの方法で会わせようと考えていた。

 幸いにして、ここは外界とも隔離されているし、じっくりと物を考えるには良い場所だ。
 何より、ファミリアの監視もあるし、もし、暴れる様な事があれば、多少強引にでも対処ができる。
 まぁ、先程から、竜は何故か思った以上に従順なので、その心配はないと思っているが。

 仮に、この竜の住処で、同じことをするには、新たにファミリアを貼り付ける必要がある。更には、外部からの影響も考えなくてはならず、不確定要素が増すので、却下したのだ。

 その条件で、竜は同意をした。
 また、どの道、すぐには宇迦之さんに会わせられない事も、正直に伝えた。
 具体的には、どの位になるかはわからない物の、結界を形成している為、時間がかかる事を教えると、あっさりと承諾してくれた。
 どうやら、結界と言うのは、そう言う物らしく、それならば、仕方ないとの事だった。

「んで、先程の俺達の様子を見て、少しは何か分かったかな?」

 俺はそう、竜に問いかける。
 先程の我が子達との触れ合いは、竜への一つの指標になればと思ってやった面もある。
 勿論、必要だと思ったから、そうしたと言うのが一番の理由だが。

 《 うむ。何となく、どうすればいいのか、分かって来たぞ。フフフ、任せるが良い。 》

 見るとドヤ顔の竜。あ、これは、嫌な予感しかしない。
 そう思い、俺は、改めて言葉で説明しようとしたが、その瞬間、地平線に上がる土煙が視界の端に収まる。

 遅かった!? そう思った瞬間、先程と同等の衝撃が加わり、俺の障壁が悲鳴を上げる。
 あんたら、わざとやってるんじゃないよな!? と、思わず、心で突っ込みを入れるも、視界の端を横切った物体を見て、俺は心で悲鳴を上げる。
 視線を向けると、何故か竜の子が空を飛んでいた。

 衝突の影響で放り出されたか!? こら、我が子達は、何してんのよ!?

 そんな俺の心境を現実は加味してくれない。竜の子はどうやら目を回しているようで、そのまま物理法則に従って……親の竜へと綺麗に飛んでいく。
 だが、どうやら杞憂だったらしい。
 竜はそんな状況に驚くことも無く、冷静に飛んできた子竜を、その手に優しくキャッチした。

 ふう、良かった。最悪、俺がサポートするつもりではあったが、ちゃんと受け止めてくれた。

 俺が胸をなで下ろしている間に、目を回していた子竜が起き上がり……見下ろす親竜の視線を受けて、ガタガタと震え始めた。
 そりゃそうだよな。きっと、今までにも、色々と辛い仕打ちを受けて来たに違いない。
 恐らく、この子竜は親竜にはかなり負の感情しか持っていないはずだ。
 ここは、正念場だぞ? どうするよ?

 俺は心で、そう親竜に語り掛けるも、竜は喉を鳴らすだけで、動きは無い。
 そして、対して子竜は、正に、蛇に睨まれた蛙の様に、視線を外すことも出来ず、親竜が時々発する喉鳴りの音以外、暫く無言の時が流れる。
 だが、暫くして、親竜が口火を切った。

 《 我が子よ……聞くが良い……。我は、お前に秘密にしていたことが、ある。 》

 あれ? なんか、どっかで聞いた事のあるような?

 《 実はな……我は、お前の事を……。 》

 壮絶な笑みを浮かべて、続く思念を飛ばす。

 《 食らいたいのよ! 》

「馬鹿野郎ぉ!? 色々間違ってるよ!?」

 瞬間的に、思わず突っ込んだが、既に時遅く……。

 子竜は、その一言で、恐怖の限界を迎えたのだろう。
 ピヤァとも、ピギャァとも言いようのない、甲高い声を上げると、親竜の手から飛び降り、想像もできないほど素晴らしい速さで、地平線の彼方へと走っていった。

「あ、待ちなさい。」「これ、逃げるなど、武士の風上にも置けぬぞ!」

 そう言って、来た時と同じく、その後を追っかけて行く我が子達の姿を見送る。
 風が吹き抜け……その場に残される、竜と俺。

 《 むぅ。何故だ……。 》

 そんな寂しそうな竜の呟きを聞き、俺はため息を吐く事しか出来なかったのだ。

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