比翼の鳥
第82話 イルムガンド防衛戦 (7)
「しまった。完全に見逃してた。くそ! 勇者め!」
《 勇者は関係ないと思うなー? 》
そんなルナの冷静な突っ込みも無視して、俺は急いで状況を確認する。
勇者様は、市壁近くへと後退し、上空陣取ったまま、空中の敵に魔法の刃を飛ばして攻撃している。
だが、数匹巻き込む程度の規模なので、まさに焼け石に水と言う感じだ。
しかも、中途半端に攻撃したもんだから、完全に囲まれて逃げ場すらない。
ほら、出し惜しみしているからそんな事になるんだよ。
冒険者たちは、市壁に設置されている大型の弩弓っぽい兵器を守りながら、牽制をかけるに留まる。
先程、勇者様に言われたことが、指揮系統を混乱させているようで、弩弓の攻撃はまだない。一応、魔法や弓を持った者たちは、積極的に攻撃しているものの、数の暴力の前に、早くも劣勢に立たされていた。
だが、状況的には、まだ空を飛ぶ一部の魔物が北市壁へと接敵しただけのようだ。
よしよし、良かった、まだ間に合う。セーフ、セーーフ。
俺は、状況確認を終了し、行動を起こす。
「リリー。行けるかい?」
そんな俺の問いに、リリーは耳をピンと起立させると、力強く頷いた。
これからやるのは、行き当たりばったりの実験になる。さぁ、鬼が出るか蛇が出るか……やってみようか。
リリーの頷きを確認した俺は、まだ小さなファミリアを顕現させる。
それをリリーの前に固定して、口を開いた。
「そのファミリアに手を置いて、そう。そのまま、声を出せば良いから。手を触れている人の声しか拾わないから、聞かせたくなかったら、手を放して。一応、こちらでもチェックはしているから、やばそうならこちらで止める。安心してやってくれ。」
そんな俺の言葉に、リリーは改めて、こちらを見ると、少し緊張した面持ちで頷いた後、勇者様の映る画面へと視線を移す。
同時に、声にもならない声で、ぶつぶつと独り言を繰り返していた。それを俺は強化した耳で拾ってしまうも、聞かなかったことにする。
10秒ほど、そうして、集中していたリリーだが、何かが、がっちりとかみ合ったように、突然、雰囲気が一変する。
「いつでも行けます。」
その声を聴いて、思わず背筋にゾクリと言う寒気と共に、得も言えぬ感覚が通り過ぎた。
何か、そう……例えるなら、理解しがたいものの、直感的に凄いと思わせる芸術品目に遭遇した時のような、あの寒気のような感覚である。
これはひょっとすると、化けるかもしれん。
俺は、そんな予感を抱きつつ、そのまま頷く。その動作を確認したリリーは、ファミリアに両手を添え、勇者の映る画面を凝視すると、口を開いた。
「勇者よ……私の声が聞こえますか?」
画面の勇者に意識を映すと、そこには動きを止め、訝し気に周りの様子を伺う勇者の姿があった。
だが、気のせいかと思ったのだろう。再度、悪態をつきつつ、剣戟を飛ばし、
『勇者よ……私の声が聞こえますか?』
その瞬間、またも驚いたように、顔を上げる。
「女? 誰だ? 俺を呼んでいるのか!」
今度は苛立たし気に、声を荒げる。
対して、俺はその勇者の言葉を聞いた瞬間、賭けに勝った事を、確信した。
顔が勝手に、にやける事を止める事が出来なかった。と言うか思わず、ガッツポーズすら取ってしまう。
そんな俺の行動を、視界の端に収めたリリーは、一瞬、ホッとした表情を浮かべたものの、気を引き締めたのだろう。すぐに、真面目な顔に戻り、口を開く。
『そうです。勇者よ、私の声が聞こえていますね?』
今度は、柔らかい口調で再度、勇者へと問いかけるリリー。
その声を聞き、群がるワイバーン達を切り捨てながら、
「ったく! 誰だ! 俺は今、忙しいんだ!」
そう苛立ちも露わに、叫ぶ。
そして、それが注意を散漫にさせたのだろう。死角から、急接近するワイバーンに気づかず、その鋭い爪が無防備な後頭部へと届こうとした瞬間……硬質な音を響かせ、その爪は弾かれる。
勇者様は、その音に体をすくませ、反射的に頭を庇う。その隙を逃さず、ワイバーン達の連携攻撃が、またも勇者を襲うが、その爪が勇者の体に届く前に、透明な壁に弾かれた。
その光景を、体を縮めながら、呆然と見ていた勇者様だが、ふと何かに思い当たったのか、口を開く。
「なんだ? 護って、くれているのか? あんたか? そうなんだろ!?」
おや、なかなか良い勘をしているじゃないか。まぁ、気づいてくれなかったらこっちから、ネタばらしをしたけど。
そして、そんな問いに、リリーは答えるかどうか迷ったようで、俺に視線を寄越す。それに俺は、頷きをもって返した。
『はい。その通りですよ。勇者よ。』
少し柔らかく、微笑むような声色で、リリーはそう返した。
思わず、俺はその声に聞き入る。
目の前には、相変わらず頼りなく耳を震わせるリリーの姿がある。尻尾とか緊張で膨れ上がって、思わず掴みかかりたくなる程だ。
だが、そんな姿を見ずに、声だけ聞いていたら、絶対に勘違いする。それほど、その声には説得力があった。
「そうか。礼は言っておくわ。しかし、あんた、何もん……いや、まさか……。」
そして、勇者様は、俺の望んだ通り、
「もしかして、女神様……か?」
その答えを勝手に出してくれた。ナイスだ、リリー。そして、勇者様も一応、褒めておこう。それが正解だ。
俺は思わず、またも笑みを浮かべる。そして、リリーの視線がこちらに向かうのを確認し、大きく頷く。
『地上では、そう呼ばれることもありますね。』
耳と尻尾をプルプル震わせながらも、リリーはそう言い切った。
その様子と言動のギャップで、俺は思わず吹き出しそうになるも、グッとこらえる。
しかし、俺のそんな戦いを知る由もない勇者様は、途端に顔を綻ばせ、
「そうか! あんたが女神様か! このタイミングで出てきたって事は、あれだろ! 俺に力をくれるんだろ!?」
何とも分かっている様な、分かっていない様な事を、平気で口にする。
その言葉を聞いて、リリーは凄く嫌そうな顔をして、俺に視線を向けたが、俺が肩をすくめつつ、
《 予定通りで良いんじゃないかな。もう、その方向でさっさと終わらせよう。 》
と言う、虚空に浮かべた言葉を読んで、頷くと、口を開く。
ちなみに、俺が声に出さなかったのは、何となくでしかない。
『そうです。勇者よ、貴方に都市を護る力を授けます。この力で、都市を護って……。』
「おおおぉーー! キター! 俺の覚醒イベント! 良いね良いね!!」
リリーが言い終わらないうちに、テンションが一気に最高潮に達したであろう勇者様が、叫ぶ。
それを見て、耳と尻尾がふにゃりと萎れるのを確認し、またも色々と湧き上がる感情を、俺は必死に抑えつつ、言うべき台詞を虚空に浮かべると、そのままリリーに進めるよう、促した。
同時に、ファミリアの【ステルス】を解くと、勇者の目の前へと移動させる。
思わず、一歩退くような様子を見せる勇者であったが、それが女神に関するものだと、直感的に理解したのだろう。
興味深そうな視線を、ファミリアへと送ってくる。
『勇者よ、貴方にその子を預けます。その子は、全ての攻撃と防御を自動で行います。また、命ずれば、ある程度の事は実行してくれます。大事にしてあげてくださいね?』
そんな言葉を聞いても、勇者はどういう物なのか、いまいち理解できていないのだろうか?
考え込むと、少しして言葉を発する。
「うーん。何か地味だな。もっと、俺がバーンと強くなるものって貰えないの?」
こいつ、殴って良いかな?
一瞬、そう思うも、瞬時に俺は感情を抑制する。
リリーも、耳と尻尾を、益々、萎れさせながら、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべたまま、助けを求めるかのように、俺へと、視線を向けてきた。
うん、俺も同じ気持ちだ。しかし、勇者様には、頑張って貰わんとな。
俺は、自分を鼓舞するとともに、台詞を宙へと書き出し、リリーへと苦笑を向けつつ、その先を促す。
その台詞を読んで、一瞬、嫌な顔をするリリーだったが、ふと、気合を入れなおすと、口を開いた。
『すみません……。今の私の力では、それが精一杯なのです。いずれ、時が来たら、その時は……。』
そんな言葉を聞いた勇者様は、ため息をつくと、
「まぁ、しゃぁないか。んじゃ、これ貰っとくわ。」
何とも仕方ない感じを隠そうともせず、そう宣った。
俺は、やらねぇよ! と、心の中で叫びつつ、
『はい、この都市を……皆を、お願いしますね。』
そんなリリーの願いが籠ったとも錯覚しかねない言葉を聞いて、またも、グッとこらえる。
「はいはい。まぁ、こうやって防御してくれるだけでも、全然楽だしな。」
対して、勇者様は、指先でファミリアを突っつき、そう言いつつ、先程から、執拗に飛来するワイバーンの攻撃が全く通っていない状況を、そう評した。
ちなみに、リリーと勇者が話していた間に、完全に周囲をワイバーン達に取り囲まれて、大変なことになっている訳だが。
この勇者様、俺が防御してなきゃ、とっくに死んでいるって、理解してるんだろうな? と、不安に思いつつ、その光景を見守る。
ふと、都市全体の様子を俯瞰したが、東と西市壁が小規模戦闘に突入した。
北より市壁に沿って回り込んだワイバーンが到達したのだ。
余談だが、市壁の都市内側から上空2km程までには、勇者が接敵した際に、既に不可視の障壁が張り巡らせてある。ワイバーン達はそれに阻まれて都市上空すら通過することはできない。
まぁ、本音を言えば、俺達が見てないうちに、勇者様が市壁内部に戻ろうとしなくて本当に良かった。
勢いよくぶち当たって墜落死とかされたら、何となく寝覚めが悪そうだったし。
そんな縁起の悪い想像を一瞬、頭の端に過らせたとき、勇者が声を上げる。
「んじゃ、せっかくだし、こいつの力を見せて貰おうか。少しは役に立ってくれよ?」
お前より遥かに優秀だよ! と思いつつ、言葉には出さない。
そして、勇者は少し考え込むと、
「んじゃ、まずは、この周りの五月蠅い奴らを倒すか。おい、俺を護りながら、こいつらやれるか?」
俺はそんな傍若無人な言葉に、一瞬、否定をしかけるも、返事として、ファミリアを明滅させた。
反応があるとは思わなかったのだろう。一瞬、勇者は驚いたものの、すぐににやけると、
「そうか、じゃあ、やれ。」
そう、言い切った。
いいよ。お前の為じゃないが、やってやろうじゃないか。こちらも、どっかの誰かさんのせいで、ストレスが溜まってるんだ。
ただ、その前に、やる事があるな。
一旦、俺は、いかにも溜めていますと言う演出で、ファミリアに光を収束させ、明滅させておく。
それを見て勇者様は驚いたように、少しファミリアから離れたようだ。
そんな勇者様の行動に苦笑しつつ、俺は東西市壁で、ワイバーン達を凄い速度で屠り続ける、我が子達に声をかける。
「5秒後に攻撃を開始するよ。一旦、退避してね。」
その言葉を聞いた瞬間、此花と咲耶は、かき消えたかのような速さで、市壁上部へと移動した。
何その速さ……。ちょっと、お父さんは、君たちの力量を疑問視しちゃうよ?
俺は、戸惑いながらも、気合を入れなおすと、改めて被害が出ないように障壁を二重に張り巡らせ、準備を終える。
さぁて、これで舞台は整った。せいぜい、暴れさせてもらうぞ!!
悪いな、ワイバーン達。恨みはないが……この都市を襲ったのが運の尽きだ。
俺は舌なめずりすると、ちょっと八つ当たり気味に、ファミリアを通して、【ライトニング】を発動させる。
その瞬間、都市は閃光と轟音に包まれたのだった。
《 勇者は関係ないと思うなー? 》
そんなルナの冷静な突っ込みも無視して、俺は急いで状況を確認する。
勇者様は、市壁近くへと後退し、上空陣取ったまま、空中の敵に魔法の刃を飛ばして攻撃している。
だが、数匹巻き込む程度の規模なので、まさに焼け石に水と言う感じだ。
しかも、中途半端に攻撃したもんだから、完全に囲まれて逃げ場すらない。
ほら、出し惜しみしているからそんな事になるんだよ。
冒険者たちは、市壁に設置されている大型の弩弓っぽい兵器を守りながら、牽制をかけるに留まる。
先程、勇者様に言われたことが、指揮系統を混乱させているようで、弩弓の攻撃はまだない。一応、魔法や弓を持った者たちは、積極的に攻撃しているものの、数の暴力の前に、早くも劣勢に立たされていた。
だが、状況的には、まだ空を飛ぶ一部の魔物が北市壁へと接敵しただけのようだ。
よしよし、良かった、まだ間に合う。セーフ、セーーフ。
俺は、状況確認を終了し、行動を起こす。
「リリー。行けるかい?」
そんな俺の問いに、リリーは耳をピンと起立させると、力強く頷いた。
これからやるのは、行き当たりばったりの実験になる。さぁ、鬼が出るか蛇が出るか……やってみようか。
リリーの頷きを確認した俺は、まだ小さなファミリアを顕現させる。
それをリリーの前に固定して、口を開いた。
「そのファミリアに手を置いて、そう。そのまま、声を出せば良いから。手を触れている人の声しか拾わないから、聞かせたくなかったら、手を放して。一応、こちらでもチェックはしているから、やばそうならこちらで止める。安心してやってくれ。」
そんな俺の言葉に、リリーは改めて、こちらを見ると、少し緊張した面持ちで頷いた後、勇者様の映る画面へと視線を移す。
同時に、声にもならない声で、ぶつぶつと独り言を繰り返していた。それを俺は強化した耳で拾ってしまうも、聞かなかったことにする。
10秒ほど、そうして、集中していたリリーだが、何かが、がっちりとかみ合ったように、突然、雰囲気が一変する。
「いつでも行けます。」
その声を聴いて、思わず背筋にゾクリと言う寒気と共に、得も言えぬ感覚が通り過ぎた。
何か、そう……例えるなら、理解しがたいものの、直感的に凄いと思わせる芸術品目に遭遇した時のような、あの寒気のような感覚である。
これはひょっとすると、化けるかもしれん。
俺は、そんな予感を抱きつつ、そのまま頷く。その動作を確認したリリーは、ファミリアに両手を添え、勇者の映る画面を凝視すると、口を開いた。
「勇者よ……私の声が聞こえますか?」
画面の勇者に意識を映すと、そこには動きを止め、訝し気に周りの様子を伺う勇者の姿があった。
だが、気のせいかと思ったのだろう。再度、悪態をつきつつ、剣戟を飛ばし、
『勇者よ……私の声が聞こえますか?』
その瞬間、またも驚いたように、顔を上げる。
「女? 誰だ? 俺を呼んでいるのか!」
今度は苛立たし気に、声を荒げる。
対して、俺はその勇者の言葉を聞いた瞬間、賭けに勝った事を、確信した。
顔が勝手に、にやける事を止める事が出来なかった。と言うか思わず、ガッツポーズすら取ってしまう。
そんな俺の行動を、視界の端に収めたリリーは、一瞬、ホッとした表情を浮かべたものの、気を引き締めたのだろう。すぐに、真面目な顔に戻り、口を開く。
『そうです。勇者よ、私の声が聞こえていますね?』
今度は、柔らかい口調で再度、勇者へと問いかけるリリー。
その声を聞き、群がるワイバーン達を切り捨てながら、
「ったく! 誰だ! 俺は今、忙しいんだ!」
そう苛立ちも露わに、叫ぶ。
そして、それが注意を散漫にさせたのだろう。死角から、急接近するワイバーンに気づかず、その鋭い爪が無防備な後頭部へと届こうとした瞬間……硬質な音を響かせ、その爪は弾かれる。
勇者様は、その音に体をすくませ、反射的に頭を庇う。その隙を逃さず、ワイバーン達の連携攻撃が、またも勇者を襲うが、その爪が勇者の体に届く前に、透明な壁に弾かれた。
その光景を、体を縮めながら、呆然と見ていた勇者様だが、ふと何かに思い当たったのか、口を開く。
「なんだ? 護って、くれているのか? あんたか? そうなんだろ!?」
おや、なかなか良い勘をしているじゃないか。まぁ、気づいてくれなかったらこっちから、ネタばらしをしたけど。
そして、そんな問いに、リリーは答えるかどうか迷ったようで、俺に視線を寄越す。それに俺は、頷きをもって返した。
『はい。その通りですよ。勇者よ。』
少し柔らかく、微笑むような声色で、リリーはそう返した。
思わず、俺はその声に聞き入る。
目の前には、相変わらず頼りなく耳を震わせるリリーの姿がある。尻尾とか緊張で膨れ上がって、思わず掴みかかりたくなる程だ。
だが、そんな姿を見ずに、声だけ聞いていたら、絶対に勘違いする。それほど、その声には説得力があった。
「そうか。礼は言っておくわ。しかし、あんた、何もん……いや、まさか……。」
そして、勇者様は、俺の望んだ通り、
「もしかして、女神様……か?」
その答えを勝手に出してくれた。ナイスだ、リリー。そして、勇者様も一応、褒めておこう。それが正解だ。
俺は思わず、またも笑みを浮かべる。そして、リリーの視線がこちらに向かうのを確認し、大きく頷く。
『地上では、そう呼ばれることもありますね。』
耳と尻尾をプルプル震わせながらも、リリーはそう言い切った。
その様子と言動のギャップで、俺は思わず吹き出しそうになるも、グッとこらえる。
しかし、俺のそんな戦いを知る由もない勇者様は、途端に顔を綻ばせ、
「そうか! あんたが女神様か! このタイミングで出てきたって事は、あれだろ! 俺に力をくれるんだろ!?」
何とも分かっている様な、分かっていない様な事を、平気で口にする。
その言葉を聞いて、リリーは凄く嫌そうな顔をして、俺に視線を向けたが、俺が肩をすくめつつ、
《 予定通りで良いんじゃないかな。もう、その方向でさっさと終わらせよう。 》
と言う、虚空に浮かべた言葉を読んで、頷くと、口を開く。
ちなみに、俺が声に出さなかったのは、何となくでしかない。
『そうです。勇者よ、貴方に都市を護る力を授けます。この力で、都市を護って……。』
「おおおぉーー! キター! 俺の覚醒イベント! 良いね良いね!!」
リリーが言い終わらないうちに、テンションが一気に最高潮に達したであろう勇者様が、叫ぶ。
それを見て、耳と尻尾がふにゃりと萎れるのを確認し、またも色々と湧き上がる感情を、俺は必死に抑えつつ、言うべき台詞を虚空に浮かべると、そのままリリーに進めるよう、促した。
同時に、ファミリアの【ステルス】を解くと、勇者の目の前へと移動させる。
思わず、一歩退くような様子を見せる勇者であったが、それが女神に関するものだと、直感的に理解したのだろう。
興味深そうな視線を、ファミリアへと送ってくる。
『勇者よ、貴方にその子を預けます。その子は、全ての攻撃と防御を自動で行います。また、命ずれば、ある程度の事は実行してくれます。大事にしてあげてくださいね?』
そんな言葉を聞いても、勇者はどういう物なのか、いまいち理解できていないのだろうか?
考え込むと、少しして言葉を発する。
「うーん。何か地味だな。もっと、俺がバーンと強くなるものって貰えないの?」
こいつ、殴って良いかな?
一瞬、そう思うも、瞬時に俺は感情を抑制する。
リリーも、耳と尻尾を、益々、萎れさせながら、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべたまま、助けを求めるかのように、俺へと、視線を向けてきた。
うん、俺も同じ気持ちだ。しかし、勇者様には、頑張って貰わんとな。
俺は、自分を鼓舞するとともに、台詞を宙へと書き出し、リリーへと苦笑を向けつつ、その先を促す。
その台詞を読んで、一瞬、嫌な顔をするリリーだったが、ふと、気合を入れなおすと、口を開いた。
『すみません……。今の私の力では、それが精一杯なのです。いずれ、時が来たら、その時は……。』
そんな言葉を聞いた勇者様は、ため息をつくと、
「まぁ、しゃぁないか。んじゃ、これ貰っとくわ。」
何とも仕方ない感じを隠そうともせず、そう宣った。
俺は、やらねぇよ! と、心の中で叫びつつ、
『はい、この都市を……皆を、お願いしますね。』
そんなリリーの願いが籠ったとも錯覚しかねない言葉を聞いて、またも、グッとこらえる。
「はいはい。まぁ、こうやって防御してくれるだけでも、全然楽だしな。」
対して、勇者様は、指先でファミリアを突っつき、そう言いつつ、先程から、執拗に飛来するワイバーンの攻撃が全く通っていない状況を、そう評した。
ちなみに、リリーと勇者が話していた間に、完全に周囲をワイバーン達に取り囲まれて、大変なことになっている訳だが。
この勇者様、俺が防御してなきゃ、とっくに死んでいるって、理解してるんだろうな? と、不安に思いつつ、その光景を見守る。
ふと、都市全体の様子を俯瞰したが、東と西市壁が小規模戦闘に突入した。
北より市壁に沿って回り込んだワイバーンが到達したのだ。
余談だが、市壁の都市内側から上空2km程までには、勇者が接敵した際に、既に不可視の障壁が張り巡らせてある。ワイバーン達はそれに阻まれて都市上空すら通過することはできない。
まぁ、本音を言えば、俺達が見てないうちに、勇者様が市壁内部に戻ろうとしなくて本当に良かった。
勢いよくぶち当たって墜落死とかされたら、何となく寝覚めが悪そうだったし。
そんな縁起の悪い想像を一瞬、頭の端に過らせたとき、勇者が声を上げる。
「んじゃ、せっかくだし、こいつの力を見せて貰おうか。少しは役に立ってくれよ?」
お前より遥かに優秀だよ! と思いつつ、言葉には出さない。
そして、勇者は少し考え込むと、
「んじゃ、まずは、この周りの五月蠅い奴らを倒すか。おい、俺を護りながら、こいつらやれるか?」
俺はそんな傍若無人な言葉に、一瞬、否定をしかけるも、返事として、ファミリアを明滅させた。
反応があるとは思わなかったのだろう。一瞬、勇者は驚いたものの、すぐににやけると、
「そうか、じゃあ、やれ。」
そう、言い切った。
いいよ。お前の為じゃないが、やってやろうじゃないか。こちらも、どっかの誰かさんのせいで、ストレスが溜まってるんだ。
ただ、その前に、やる事があるな。
一旦、俺は、いかにも溜めていますと言う演出で、ファミリアに光を収束させ、明滅させておく。
それを見て勇者様は驚いたように、少しファミリアから離れたようだ。
そんな勇者様の行動に苦笑しつつ、俺は東西市壁で、ワイバーン達を凄い速度で屠り続ける、我が子達に声をかける。
「5秒後に攻撃を開始するよ。一旦、退避してね。」
その言葉を聞いた瞬間、此花と咲耶は、かき消えたかのような速さで、市壁上部へと移動した。
何その速さ……。ちょっと、お父さんは、君たちの力量を疑問視しちゃうよ?
俺は、戸惑いながらも、気合を入れなおすと、改めて被害が出ないように障壁を二重に張り巡らせ、準備を終える。
さぁて、これで舞台は整った。せいぜい、暴れさせてもらうぞ!!
悪いな、ワイバーン達。恨みはないが……この都市を襲ったのが運の尽きだ。
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