ILIAD ~幻影の彼方~

夙多史

117 テュールの使徒

 残されたセトルは暴走するテュールマターと向き合い、それに向かって両手を翳す。
「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 残っている神霊術を使う気力を振り絞り、セトルはマターに力を干渉させる。外部から止めようとするのなら、破壊するしかない。だが、それは絶対に不可能な上、もし破壊できたとしても、それでは世界は助からない。
 だから、内部から鎮圧させるしかない。
「う……ぐっ……」
 凄まじい力の反発を受ける。このままでは気力が尽きる前に身が持たない。と――
「肩の力を抜け、セルディアス」
 ありえない声が聞こえた。
「兄さん!?」
 セトルの肩に手を優しく乗せた声の主は、ボロボロの状態で立っているワース、もとい、ガルワース・レイ・ローマルケイトだった。
「兄さん、何で生きて……」
「お前がそう望んだから、だろ」
 確かに、できれば死んでほしくないとは思っていた。ワースは、たった、たった一人の肉親だから。
「勝負はお前の勝ちだ。だから、オレは全力でお前をサポートしよう」
 そう言って、ワースもマターに手を翳し、力を干渉させる。我ながら最後まで弟思いのバカ兄貴だな、と彼は思い、薄らと口元に笑みを浮かべた。
「オレたちはテュールの使徒だ。神の望まない結果を出すわけにはいかない」
 力の反発が緩む。
「いける……いけるよ、兄さん!」
「馬鹿。最後まで気を抜くな」
 ワースの言う通り、力の反発がまた増す。それも、先程よりも強く。
「一気に行くぞ、セルディアス!」
「わかったよ、兄さん!」

 辺りが真っ白な光に包まれた――。

        ✝ ✝ ✝

 しばらくして、
 地上から見える空に架かった光の橋――『神の階』が、
 上層部の方から、
 まるで幻だったかのように消えていった。

 ただ一つ、大きな輝きを放つ星だけを残して――。

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