ILIAD ~幻影の彼方~
111 行く手を阻む者たち③
止むことを知らない矢の猛攻にしぐれは苦戦していた。スラッファの矢筒は既に空。なのに矢での攻撃が止まらない。
スラッファが何もない状態から弓を引くと、そこに霊素が集まって一本の矢となる。ウェスターと同じ、いやそれ以上の能力である。ウェスターの槍は元々あったものを霊素分解してそれを再構築するだけだが、彼のはただの霊素を矢の形に凝縮しているのだ。周囲の霊素全てが矢となるのだから、攻撃は永久的に止まらない。
余裕の笑みを口元に浮かべ、彼は矢を射続ける。
「どうした? そこからでは刃は届かないぞ?」
「くっ」
矢を躱しながらしぐれは反撃の機会を窺っている。だが――
(近づけへん!)
忍刀が武器である彼女にとって間合いを詰められなければ何にもならない。舌打ちし、また飛んできた矢を躱す。
このままではこちらの体力が消耗するだけだ。そうなるといずれやられてしまう。
「――七色に輝く断罪の剣、受けよ、ブリリアントソード!!」
スラッファを中心に白く輝く霊術陣が展開される。ウェスターの術である。陣の上空に七つの光が点々と現れ、そこからそれぞれ違う色に輝く光の剣が降り注ぐ。光属性のようだが、実際は無属性の上級霊術だ。
だが、剣が突き刺さったところにスラッファの姿はなかった。彼は素早くその場から離れていたのだ。そこでウェスターの脳裏に疑問が生まれた。
「なぜ、前のよう神霊術で防がなかったのですか?」
「無駄な力の浪費を避けるためだよ」
今のスラッファが神霊術をほとんど使えないことをウェスターは知らない。スラッファもわざわざ教えるような真似はせず、いつでも使えるような口調で言葉を返した。
ウェスターのおかげで僅かに隙ができた。スラッファが矢を放つ前にしぐれは三つの手裏剣を取り出し、それらを同時に投げた。
「――忍法、桂月!!」
途端、それに火霊素が纏い、炎の巨大手裏剣となってスラッファを襲う。スラッファは素早く矢を放ちそれらをいとも簡単に撃ち落とす。が――
「!」
手裏剣に隠れるようにしぐれが迫っていた。逆袈裟切りに忍刀を振るう。スラッファは咄嗟に後ろに飛んで紙一重のところで躱す。服が僅かに裂ける。
タイミングよくウェスターが術を発動させる。スラッファの足下で小規模な爆発が起こる。
避けられない。
スラッファは仕方なく残っている神霊術の力全てで『神壁の虹』を発動、爆発を完全に防ぎきる。
もう神霊術は使えない。だが、そのことを知らない相手にとってはいい脅しになっただろう。実際、ウェスターは続けて詠唱を始めることはなく慎重に様子を窺い始めた。
そのウェスターは思考を全力で巡らせていた。
(神霊術、使えなくなったのかと思いましたが、そうではないようですね。……確か先程、無駄な力の浪費を防ぐ、とか言ってましたね。神霊術があの矢と違って霊素を使わないものだとしたら……弾数は無限ではないのかもしれません。それなら――)
ウェスターは再び霊術の詠唱にとりかかった。
(あたるまで攻撃を繰り返せばいい!)
その様子を横目で見ていたスラッファは舌打ちする。振り下ろされるしぐれの剣撃を弓で受け、その状態から霊素の矢をほぼ零距離で放つ。
矢が出現したのと同時にしぐれは体勢を低くした。一瞬後に頭上を矢が通り過ぎていく。
「い、今のは危ないわぁ」
「近いとやりにくいから離れてくれない?」
スラッファは弓を持っている手に力を入れ、組み合った状態からしぐれを突き飛ばす。
「――ロックバインド」
黄色の霊術陣が足下に広がるのを確認。スラッファはすぐさま後ろに飛んだ。さっきまでいた所に巨大な岩塊が突き上がる。ほんとうにギリギリのところだった。
(避けた? まさかもう……いや、そう考えるのは早すぎますね)
ウェスターは瞬時に次の詠唱にとりかかる。だが、前方に矢が接近。詠唱を中断してその場から離れる。
「どうやら、早急に終わらした方がよさそうだ」
スラッファは眼鏡の位置を整え、右手を天に掲げる。莫大な霊素が急速にその掌上に収束していく。
――あれはやばい。
ウェスターとしぐれは直感的にそう悟った。
スラッファは掌上に集まった霊素を矢の形に形成していく。できあがったのは虹色に強く輝く矢。それを弓にかける。
「この一撃が、僕の最大の攻撃さ。防ぐ自身があるならやってみるといい!」
☨ ☨ ☨
激しい衝突音と火花が異空間内に弾ける。
競り合うバハムートとフェイムルグ。リーチはほぼ同じ。双方共に互角――ではない。〝神槍〟と言われるフェイムルグの方が僅かに勝っているようだ。
だが、僅かに、である。
「へっ、安心したぜ。俺の新しい相棒は神槍相手に何とか戦えるようだな」
冷や汗が一滴、頬を伝う。アランは顔に不敵な笑みを貼りつけ、誰でもない自分の武器である長斧に向かって話しかけるようにそう言う。
「やるわね。わたしも本気でいかないとやられるかも」
両者は弾かれたように飛び、距離を取ったところで互いに睨み合いを開始する。時が止まったかのように動こうとしないアランとアイヴィ。次の攻撃のチャンスを探る。まず間違いなく、先に動いた方がアウトだ。
しかし、こちらには仲間がいる。
「――邪なる魔槍にて貫け、ブラッディソード!!」
シャルンの闇属性上級霊術が発動。アイヴィを囲んだ闇色の陣から無数の槍が出現し、その全てが彼女に襲いかかる。
その間にアランは彼女との間合いを詰めるために走る。
それを視界の片隅に確認し、アイヴィは襲い来る無数の槍たちの対処を考える。四方八方から来るそれに対抗するには、神霊術しかない。
迷いなくフェイムルグに神霊術を付加させ、彼女は超人的な動きで全ての槍を撃ち落とした。だが――
「――月翔烈牙閃!!」
既に間合いに入っていたアランが真上から一閃する。アイヴィはかろうじてそれを受け流すが、次は火霊素を付加させたバハムートの掬い上げるような一閃が飛んでくる。何とかそれもフェイムルグで受けるが、勢いが強すぎて彼女の体が宙に浮いてしまう。すかさずアランは飛んだ。まだ火の消えていないバハムートを三日月に一閃する。
「終わりだぁぁぁ!」
その時、アイヴィの口元が不敵に歪んだ。
「アラン!?」
シャルンが叫ぶのと同時にアランも気づいた。神槍の切っ先がアランの左胸、つまり心臓目がけて迫ってきている。こちらの攻撃が届くより速い。空中では、避けることができない。
バキン!
鎧の砕ける音、そして噴きだす鮮血。
時間がゆっくり流れていくような感覚に陥りながらアランは落下していく。何が起こったのかは、わかっている。でもどうしてそうなってしまったのかはわからない。死が近いせいか、不思議と痛みは感じない。
床に叩きつけられた。シャルンが叫びながら駆け寄ってくる。
「アラン!?」
「げほっげほっ!」
シャルンに頭を支えられ、アランは激しく咳き込んだ。まだ生きている。鎧のおかげで槍が心臓まで達してなかったのだろう。
「すぐに回復を――」
「させないわ」
やはりアイヴィが邪魔をしにくる。シャルンは詠唱をやめないままトンファーを構えた。突き出される槍を、トンファーで真上に弾く。軌道をずらされた槍の切っ先がシャルンの髪を掠り、はらりと何本か斬り落とされる。
「器用なことするわね」
治癒術を唱えながら片手で妨害を躱す。それにはアイヴィも素直に感心したようだ。
「――ヒール!!」
そして発動。眩い優しい光がアランを包み、傷をみるみる癒していく。
「サンキュー、シャルン」
術が終わり、アランは起き上がりながら一突き。アイヴィを飛び退かせる。完全回復とまではいかないものの、戦うには問題ない。
「一人ずつ倒れてもらうのは難しそうね」
アイヴィは目を閉じ、体の前でフェイムルグを立てる。何の真似かは知らないが、何か大きな攻撃を仕掛けてくる予感が二人にはした。
「やらせねえ! いくぞ、シャルン!」
「ええ!」
二人は同時に走った。何をしようとしているのか知らないが、させてはならない。疾風のごとく二人はアイヴィに迫る。だが――
「遅いわ。――ダルクロウゼン!!」
スラッファが何もない状態から弓を引くと、そこに霊素が集まって一本の矢となる。ウェスターと同じ、いやそれ以上の能力である。ウェスターの槍は元々あったものを霊素分解してそれを再構築するだけだが、彼のはただの霊素を矢の形に凝縮しているのだ。周囲の霊素全てが矢となるのだから、攻撃は永久的に止まらない。
余裕の笑みを口元に浮かべ、彼は矢を射続ける。
「どうした? そこからでは刃は届かないぞ?」
「くっ」
矢を躱しながらしぐれは反撃の機会を窺っている。だが――
(近づけへん!)
忍刀が武器である彼女にとって間合いを詰められなければ何にもならない。舌打ちし、また飛んできた矢を躱す。
このままではこちらの体力が消耗するだけだ。そうなるといずれやられてしまう。
「――七色に輝く断罪の剣、受けよ、ブリリアントソード!!」
スラッファを中心に白く輝く霊術陣が展開される。ウェスターの術である。陣の上空に七つの光が点々と現れ、そこからそれぞれ違う色に輝く光の剣が降り注ぐ。光属性のようだが、実際は無属性の上級霊術だ。
だが、剣が突き刺さったところにスラッファの姿はなかった。彼は素早くその場から離れていたのだ。そこでウェスターの脳裏に疑問が生まれた。
「なぜ、前のよう神霊術で防がなかったのですか?」
「無駄な力の浪費を避けるためだよ」
今のスラッファが神霊術をほとんど使えないことをウェスターは知らない。スラッファもわざわざ教えるような真似はせず、いつでも使えるような口調で言葉を返した。
ウェスターのおかげで僅かに隙ができた。スラッファが矢を放つ前にしぐれは三つの手裏剣を取り出し、それらを同時に投げた。
「――忍法、桂月!!」
途端、それに火霊素が纏い、炎の巨大手裏剣となってスラッファを襲う。スラッファは素早く矢を放ちそれらをいとも簡単に撃ち落とす。が――
「!」
手裏剣に隠れるようにしぐれが迫っていた。逆袈裟切りに忍刀を振るう。スラッファは咄嗟に後ろに飛んで紙一重のところで躱す。服が僅かに裂ける。
タイミングよくウェスターが術を発動させる。スラッファの足下で小規模な爆発が起こる。
避けられない。
スラッファは仕方なく残っている神霊術の力全てで『神壁の虹』を発動、爆発を完全に防ぎきる。
もう神霊術は使えない。だが、そのことを知らない相手にとってはいい脅しになっただろう。実際、ウェスターは続けて詠唱を始めることはなく慎重に様子を窺い始めた。
そのウェスターは思考を全力で巡らせていた。
(神霊術、使えなくなったのかと思いましたが、そうではないようですね。……確か先程、無駄な力の浪費を防ぐ、とか言ってましたね。神霊術があの矢と違って霊素を使わないものだとしたら……弾数は無限ではないのかもしれません。それなら――)
ウェスターは再び霊術の詠唱にとりかかった。
(あたるまで攻撃を繰り返せばいい!)
その様子を横目で見ていたスラッファは舌打ちする。振り下ろされるしぐれの剣撃を弓で受け、その状態から霊素の矢をほぼ零距離で放つ。
矢が出現したのと同時にしぐれは体勢を低くした。一瞬後に頭上を矢が通り過ぎていく。
「い、今のは危ないわぁ」
「近いとやりにくいから離れてくれない?」
スラッファは弓を持っている手に力を入れ、組み合った状態からしぐれを突き飛ばす。
「――ロックバインド」
黄色の霊術陣が足下に広がるのを確認。スラッファはすぐさま後ろに飛んだ。さっきまでいた所に巨大な岩塊が突き上がる。ほんとうにギリギリのところだった。
(避けた? まさかもう……いや、そう考えるのは早すぎますね)
ウェスターは瞬時に次の詠唱にとりかかる。だが、前方に矢が接近。詠唱を中断してその場から離れる。
「どうやら、早急に終わらした方がよさそうだ」
スラッファは眼鏡の位置を整え、右手を天に掲げる。莫大な霊素が急速にその掌上に収束していく。
――あれはやばい。
ウェスターとしぐれは直感的にそう悟った。
スラッファは掌上に集まった霊素を矢の形に形成していく。できあがったのは虹色に強く輝く矢。それを弓にかける。
「この一撃が、僕の最大の攻撃さ。防ぐ自身があるならやってみるといい!」
☨ ☨ ☨
激しい衝突音と火花が異空間内に弾ける。
競り合うバハムートとフェイムルグ。リーチはほぼ同じ。双方共に互角――ではない。〝神槍〟と言われるフェイムルグの方が僅かに勝っているようだ。
だが、僅かに、である。
「へっ、安心したぜ。俺の新しい相棒は神槍相手に何とか戦えるようだな」
冷や汗が一滴、頬を伝う。アランは顔に不敵な笑みを貼りつけ、誰でもない自分の武器である長斧に向かって話しかけるようにそう言う。
「やるわね。わたしも本気でいかないとやられるかも」
両者は弾かれたように飛び、距離を取ったところで互いに睨み合いを開始する。時が止まったかのように動こうとしないアランとアイヴィ。次の攻撃のチャンスを探る。まず間違いなく、先に動いた方がアウトだ。
しかし、こちらには仲間がいる。
「――邪なる魔槍にて貫け、ブラッディソード!!」
シャルンの闇属性上級霊術が発動。アイヴィを囲んだ闇色の陣から無数の槍が出現し、その全てが彼女に襲いかかる。
その間にアランは彼女との間合いを詰めるために走る。
それを視界の片隅に確認し、アイヴィは襲い来る無数の槍たちの対処を考える。四方八方から来るそれに対抗するには、神霊術しかない。
迷いなくフェイムルグに神霊術を付加させ、彼女は超人的な動きで全ての槍を撃ち落とした。だが――
「――月翔烈牙閃!!」
既に間合いに入っていたアランが真上から一閃する。アイヴィはかろうじてそれを受け流すが、次は火霊素を付加させたバハムートの掬い上げるような一閃が飛んでくる。何とかそれもフェイムルグで受けるが、勢いが強すぎて彼女の体が宙に浮いてしまう。すかさずアランは飛んだ。まだ火の消えていないバハムートを三日月に一閃する。
「終わりだぁぁぁ!」
その時、アイヴィの口元が不敵に歪んだ。
「アラン!?」
シャルンが叫ぶのと同時にアランも気づいた。神槍の切っ先がアランの左胸、つまり心臓目がけて迫ってきている。こちらの攻撃が届くより速い。空中では、避けることができない。
バキン!
鎧の砕ける音、そして噴きだす鮮血。
時間がゆっくり流れていくような感覚に陥りながらアランは落下していく。何が起こったのかは、わかっている。でもどうしてそうなってしまったのかはわからない。死が近いせいか、不思議と痛みは感じない。
床に叩きつけられた。シャルンが叫びながら駆け寄ってくる。
「アラン!?」
「げほっげほっ!」
シャルンに頭を支えられ、アランは激しく咳き込んだ。まだ生きている。鎧のおかげで槍が心臓まで達してなかったのだろう。
「すぐに回復を――」
「させないわ」
やはりアイヴィが邪魔をしにくる。シャルンは詠唱をやめないままトンファーを構えた。突き出される槍を、トンファーで真上に弾く。軌道をずらされた槍の切っ先がシャルンの髪を掠り、はらりと何本か斬り落とされる。
「器用なことするわね」
治癒術を唱えながら片手で妨害を躱す。それにはアイヴィも素直に感心したようだ。
「――ヒール!!」
そして発動。眩い優しい光がアランを包み、傷をみるみる癒していく。
「サンキュー、シャルン」
術が終わり、アランは起き上がりながら一突き。アイヴィを飛び退かせる。完全回復とまではいかないものの、戦うには問題ない。
「一人ずつ倒れてもらうのは難しそうね」
アイヴィは目を閉じ、体の前でフェイムルグを立てる。何の真似かは知らないが、何か大きな攻撃を仕掛けてくる予感が二人にはした。
「やらせねえ! いくぞ、シャルン!」
「ええ!」
二人は同時に走った。何をしようとしているのか知らないが、させてはならない。疾風のごとく二人はアイヴィに迫る。だが――
「遅いわ。――ダルクロウゼン!!」
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