ILIAD ~幻影の彼方~

夙多史

109 行く手を阻む者たち①

 時計台の中に入ると扉が自動的に閉じた。
 中の光景は、ゲーンズバラの言っていた通り異空間となっていて、セトルの知る時計台の内部構造は欠片も感じさせない。
 異空間。ライズポイントやイクストリームポイントのように宇宙が広がり、半透明の道が延々と上に向かって伸びている。ただ景色の色が全体的に暗く、しかも荒れた海のように渦巻き流れている。見ているだけで酔ってしまいそうだ。
 もうその風景について誰も何も言わない。ただ、引き締めた表情で目の前を睨むように見ている。そこには――
「やあ、案外遅かったじゃないか」
「スラッファさん……」
 入口先のだだっ広い床の中心に、神弓ケルクアトールを携えたスラッファ・リージェルンが先の通路を塞ぐように立っていた。
「その様子だと、俺らが生きていたと知っていたな」
 早速アランが新しい、前よりも強力になった長斧の武器――バハムートを構える。
「まあ、正直ここまで来ることも予測済みだよ。――それが二本目の神剣だね」
 スラッファはセトルがいつでも抜けるようにしている神剣を眼鏡の奥の蒼い瞳に映す。
「そこを退いてくれ――るわけないですよねぇ?」
 眼鏡を押さえたウェスターが不敵な笑みを浮かべながら言う。
「当前」
「スラッファさん、力ずくでもそこを退いてもらうよ」
 神剣を抜こうとするセトルを、しかし、しぐれが手で制した。
「待ち。セトルはまだ戦う時やあらへん。あいつはうちに任せて先に行くんや」
「しぐれ! でも……」
「大丈夫、心配せんでええ。ワースならともかく、あいつやったらうちでも何とかなるはずや」
 スラッファは肩を竦めてゆっくりと首を振る。
「僕も甘く見られたもんだ」
 呟くように言い、スラッファは神弓の矢を力一杯に引き絞る。キシキシと年季を感じさせる音がピタリと止まり、鉄色に光る矢の先端がセトルたちに狙う。
「何してるんや! セトル早よ行きぃ!」
 しぐれが忍刀を横向きに構える。彼女の武器もまた新しくなっている。アキナに戻った時に頭領から預かった忍刀『梅澤』である。
 サニーがいやいやと首を振って抗議する。
「しぐれ、やっぱり一人じゃ無理よ。みんなで戦わないと」
「ワースを止められるんはセトルだけや。ここで体力を消耗させたらあかん」
 そこにスラッファの矢が空気を貫きながら飛んでくる。
 でも、とまだ渋っているセトルを彼女は怒鳴りつけた。
「セトル、行くんや! 行けえぇぇぇ!!」
 言葉と同時に矢が床に刺さり、青白い電撃が周囲に弾け爆煙が上がる。スラッファの得意弓術『ライトニングアロー』だ。
 皆は散り散りに飛んで躱した。しぐれは爆煙の中から飛び出し、スラッファに袈裟けさ斬りを放つ。が、それは神弓で受け止められてしまう。でも、それで十分だった。
「わかった。しぐれ、ここは任せたよ!」
 セトルがそう叫んでしぐれ以外の仲間たちと組み合った二人の横を通り過ぎていく。セトルたちが抜けていった時点で、スラッファは諦めたように意識をしぐれだけに集中させる。
「不思議やな。うちなんて構ってへんで追いかけたらええやん。させへんけど」
「彼らの始末は、この先にいるアイヴィに任せることにしたんだ」
 ギリッと、少ししぐれが押される。
「そら、たいへんや、早ようちも、追いかけんと、な!」
 しぐれは大きく後ろに飛び退った。
「君一人で僕に勝てるとでも?」
「一人やあらへんよ」
「何?」
 そこでスラッファは気がついた。自分の足下に中規模の霊術陣が出現しているのを。既に発動直前。『神壁の虹ヘブンリーミュラル』を使う暇はないだろう。
「――アクアスフィア!!」
 陣から噴き上がった水の球体が一瞬にしてスラッファを包み込む。
「やれやれ、あなた一人で戦えるわけないでしょう。援護しますよ」
 晴れた爆煙の中から現れたのは、三叉の槍を構えたウェスターだった。彼はセトルたちとは行かず、ここに残って霊術を唱えていたのだ。
 水の球体が収縮し、爆散する。その勢いで中にいたスラッファが吹き飛ぶが、彼は空中で一回転して綺麗に着地した。
「まさか不意打ちとは。僕としたことが」
 何事もなかったように立っているが、やはりダメージはしっかりと残っているようだ。
「隙をつけば防げないようですね。しぐれ、簡単に作戦を言います。スラッファに神霊術を使われないように全力を叩きこんでください」
 作戦なのかどうか怪しい考えをウェスターは前に立つしぐれに告げる。
「流石ウェスターや。それめっちゃわかりやすいわ」
 口元に笑みを浮かべ、しぐれはスラッファに飛びかかった――。

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