ILIAD ~幻影の彼方~

夙多史

099 神剣の担い手

 ライズポイントと全く同じ造りの円形状の広い床、それに金色の光柱。端にある転移陣の上に六つの光が降臨し、セトルたちが上層から転移してきた。
「遅かったな」
 その瞬間を待っていたかのように声をかけられる。
「兄さん」
 セトルは光柱のまん前に立つ三人の蒼眼者たちを見、彼らの方へと歩き出す。アイヴィとスラッファを従え、ワースが腕組をした状態で言う。
「ポイント内の掃除はしておいたんだ。もう少し早く来るかと思っていた」
 確認する前にワースは自分から守護機械獣ガーディアンを一掃したことを告げる。皆は中央辺りで止まり、その理由をウェスターが訊く。
「なぜわざわざそのようなことをしたんですか?」
「待っていると言った。全力で来いとも言った。そのためにはあれらは邪魔だった。それだけだ。それに、オレはまだここを完了させていない。お前たちが来るとわかっていたからだ」
 言うと、ワースは何かを取り出した。それは剣のような形をした掌サイズのアクセサリーみたいな物だった。だが、ただのアクセサリーではないのは明白。薄ぼんやりと発光し、強大な力を秘めているのがわかる。
 ワースはそれを、セトルに向かって投げた。といっても攻撃ではない。ふわっとアーチを描き、セトルの掌の上に落ちる。
「これは……スピリチュアキー!?」
 手に取ったそれは間違いなくあのスピリチュアキーだった。セトルは驚きの視線でワースを見る。
「兄さん、まさか」
 考えを改めてくれた? そう思ってしまったセトルだが、すぐにそれは儚い夢だったことを知らされる。
「勘違いするな、セルディアス。今からの戦いはそのキーを賭けた勝負だ。お前たちが勝てば、そのままそれを持って帰るといい。だが、オレが勝った時は返してもらう。ああ、言っておくが、破壊しようとしても無駄だ。それは絶対に壊れないからな」
 く、とセトルは唸る。そして渡されたキーを大事にしまうと、剣の柄に手を置いた。
「ねえ、このまま逃げちゃうってのはどう?」
 サニーが無茶な提案を考えなしで言う。
「無駄だと思うぜ」
 アランも武器を構えつつそう言う。
「向こうには転移術があるからな。逃げてもすぐに捕まっちまう」
「せやな。うちらは戦うしかないんと思う」
 しぐれも忍刀を抜いて頷いた。
 ワースは腕を組み直す。まだ戦いを始める気はないようだ。
「まあ、そういうことだ。オレたちからは逃げられはしない。逆に、オレたちは簡単に逃げられる。それは不公平だろう? だから、キーはお前たちが持つべきだ」
「すいぶんとフェアな心持ちですね。見直しました」
 皮肉めいた笑みを浮かべるウェスター。ワースはどこか優しげな微笑みから見下すようなことを言う。
「ちなみに戦うのはオレだけだ。この二人は絶対に手を出さないと誓おう」
 ワースは目配せだけで二人を下がるように言う。アイヴィとスラッファは何も言わず、目を閉じて邪魔にならないと思われるところまで下がる。
「余裕ね。フェアが望みなら、そっちも三人でくればいいんじゃない?」
 シャルンはそう言っているが、ワース一人だけでも十分公平になることをセトルは知っていた。いや、それでもまだ彼の方が実力は上かもしれない。正直、後ろの二人が参戦しないのはありがたい。誓ったからには、たとえワースが殺されそうになっても介入してこないだろう。それが彼らなのだ。
 ワースが剣を抜く。その場面を皆は初めて見た。壮麗な輝きを放つ洗練された片刃剣、絶対的な存在感を見せつけているそれが、ワースの体の一部となったかのように軽々と一振りされる。
「オレはオレに下されたテュールの意志を遂行する。セルディアス、最後の勝負だ!」
「!?」
 ワースが消えた。
 転移ではない。目にも映らぬスピード、つまり神速の領域。セトルは剣を構え、辺りを見回すが、気配すら感じない。いや、感じている暇などなかった。刹那、セトルの眼前に剣を振るうワースが現れる。咄嗟の反応でセトルはそれを剣で受けた。
 が、それは防いだうちには入らなかった。斬られはしなかったものの、凄まじい衝撃の勢いでセトルは砲弾のように吹き飛んだ。勢いが収まらない。セトルはいつまでも床と平行に飛んでいき、転移陣の横を通り過ぎて床の外へと放り出された――かのように見えた。セトルもそう思った。しかし、見えない壁にセトルは衝突し、呻いた後その場に崩れ落ちる。
「セトル!」
 サニーが叫んでいるようだが、聞こえない。あまりのダメージに声が届かない。目がくらむ。危うく気絶しそうだった。
「この!」
 しぐれが鋭く輝く忍刀の刃を袈裟切りに振るう。だが、ワースはそれを最小限の動きで躱すと、身を低くして足払いをかける。
「なっ!?」
 ふわりと体が浮く感じがしたと思うと、下から何かの衝撃が与えられしぐれ高く打ち上げられた。
「――光輪墜刃撃こうりんついじんげき!!」
 恐らく蹴り上げられたしぐれに、高速で回転する光の円盤が追い打ちをかけるように飛んでくる。刀を立てて受け止める。火花が散り、しぐれはさらに弾き飛ばされ、何メートルもの高さから落下する。
 その間、ワースと組み合いになっていたアランが、彼女を助けに向かおうとするも、ワースに押し返され背中から倒れる。
 しぐれが床に叩きつけられる。呻いたあと気絶したのだろう、彼女は動かなくなった。
「――紅蓮の神火にて穢れし魂を浄化せよ、パイロクラズム!!」
 ワースを中心に捉えてウェスターの火属性の上級霊術が発動する。逃げ場のない巨大な赤い霊術陣。その中で吹き荒れる業火がこの場を紅蓮地獄と化せる。もちろん、味方には効果がないようになっている。
 炎が完全にワースを呑みこんだ――はずだったが、一瞬で広がった虹色の輝きにより、ウェスターの術はあっけなく消し飛んだ。
「ウェスター、この程度の霊術がオレに効かないことくらいもうわかっているだろ?」
 輝きを収め、その中央にいたワースが嘲るようにそう言う。だが、ワースが視線の先にウェスターの姿はなかった。
 術発動中の移動。具現招霊術士スペルシェイパーと呼ばれるウェスターだからこそ成せる業。そのウェスターはワースの後ろを取っていた。
「当り前です。僅かな間の目くらましとして使っただけですよ」
 構築した槍を、敵の脳天目がけて思い切り突き出す。
 それが、後ろを見ないままのワースに、ひょいっと首だけの動きで躱された。空気を貫いた槍を左手で掴まれる。次の瞬間、彼の左手が青白く輝いたかと思うと、ウェスターの槍は霊素スピリクルの粒子となって飛散した。
「フ、オレの力の前では無駄なことだったようだな」
「――ッ!?」
 驚愕するウェスター。これも神霊術なのだろうか?
 ワースが反撃しようとする前に、アランが体を90度回転させて長斧を振るう。
「よくわからねえ術使うけどよ。だからって俺らは負けねえ!」
 大きく一閃。遠心力を味方にしたそれがスパッとワースの胴体を、ではなく、アランの長斧の方が真っ二つになった。
「嘘だろ……」
 アランの表情が絶望に染まる。ワースは剣を振り上げてアランの長斧を簡単に両断したのだ。切断された長斧がもの凄く回転しながら飛んでいく。
 ワースは床に剣を突き立てた。そして体を横に向け、呆然とする右のアランと左のウェスターにそれぞれ掌を向ける。その掌に青白い光が集中し、半秒としない間に光線となって発射された。
「しまっ!」
「くそっ!」
 二人は同時に光線の直撃を受ける。
「がああぁぁぁぁああぁぁぁぁあぁ!?」
 アランが悲鳴を上げながら光に呑み込まれる。ウェスターは咄嗟のところで防御陣を張るが、すぐに破られ、光に呑み込まれた。
 焦げたような煙を上げて二人は床に転がった。
「アラン! はあああ! ―― 魔皇昇礫破まこうしょうれっぱ!!」
 動かないアランを見たシャルンがトンファーを振り回してワースに飛びかかる。しかし、技を出す前に腕を掴まれた。
「加減したから死んではいないはずだ。とりあえずは安心していい」
 その言葉はつまり、これでも手加減しているということだった。シャルンは掴まれてない方の腕でトンファーを叩きつける。が、やはりワースはそれを受けることなくシャルンを投げ飛ばした。背中を強打して彼女は床を転がる。
「……」
 ワースは剣を取って後ろで立てる。すると、剣と剣がぶつかる衝撃音が響き渡る。
「セルディアス、オレに対して一度でも背後からの攻撃が成功したことがあったか?」
「ない」
 そこにはサニーの治癒を受けて回復したセトルがいた。
「サニー、みんなを頼む!」
 セトルは振り向かずに叫ぶと、彼女は大きく頷いてまず治癒霊術の詠唱を始める。
 剣同士が弾き合い、兄弟は互いに向き合い対峙する。
「はああぁぁぁぁ!」
 セトルは走った。霊剣レーヴァテインを刺突の構えに取り、兄に向って突進する。だが、既にワースはそこにはいなかった。いつの間にかセトルの背後に回っている。それに気づいたセトルは体を回転させて剣を薙ぐ。ワースはかがんでそれを躱すと、握り拳を下からセトル顎を突き上げるように打ち放つ。
「がはっ!?」
 セトルが宙を舞う。ワースの追撃は来ない。空中で体勢を立て直し、綺麗に着地を決めて膝をつく。殴られた顎を押さえ、兄を睨みつける。
「――万物に宿る生命の輝き、リスタレイション!!」
 その時、サニーの霊術が完成する。床面全体を覆う青光の霊術陣が、輝きと共にセトルたちの怪我や痛みを治していく。
 セトルがぐらつきながら立ち上がる。
「これ以上、みんな傷つけるわけにはいかない」
 レーヴァテインを中段に構え、それに力を込める。すると、レーヴァテインはアルヴァレス戦の時のように強く輝き始めた。
「これで、終わりにする!」
 セトルは足の裏を爆発させたような勢いで疾走した。
 今度はワースも避けようとはしない。避けられないのかもしれない。
 走りながら霊剣を下段に構える。掬い上げた後、目にもとまらぬ連続斬撃。それがセトルの秘奥義――
「――光龍滅牙閃こうりゅうめつがせん!!」
 である。
「――甘い!」
 その時、ワースの剣が紅く輝いた。明らかにセトルよりも強大な輝きを放つその剣が掬い上げられるレーヴァテインとぶつかり合う。セトルの輝きは蒼、ワースは紅。その両者が激しく衝突する。
 周囲の景色が変わった。青い宇宙だった背景が暗くなり、戦場となっている床が赤くぼんやりと輝きだす。
 ワースの影響だ。
 そして半秒。
 セトルのレーヴァテインに異常が発生した。
「な!? まさか……」
 パキン、とできれば聞きたくない音がセトルの手の先から鳴る。ありえないことだ。こんなことが起こるはずがないと思っていた。
 霊剣レーヴァテインが、折られた。
 打ち負けたセトルは吹き飛び、ワースはその場で高く飛び上がる。飛んだ先で剣を天に掲げ、その輝きを何倍にも膨れ上がらせる。
「セルディアス、オレの剣の名を覚えているか?」
 言われ、仰向けに倒れているセトルはハッとした。上半身を起こし、恐らくは神霊術で宙に浮いている兄・ガルワースを見る。
「……〝神剣〟デュランダル」
 別名『テュールの剣』とも呼ばれるそれが、ワースの持つ剣である。
 神剣。
 霊剣で打ち勝てる物ではなかった。
「その通り。今度は加減はなしだ。この一撃で全ての決着をつけよう」
 ワースは掲げた剣を下に向ける。そのまま紅い光に包まれたワースは隕石のような勢いで降下する。
「――流星燦煌斬りゅうせいさんこうざん!!」
 セトルはすぐさま『神壁の虹ヘブンリーミュラル』を発動させる。だが、紅い流星が着弾した瞬間、それを呑み込むほどの大爆発が起こった。辺りが真っ赤に染め上げられる。
 その光を浴びながら、アイヴィとスラッファは眉一つ動かさずに戦いの顛末を見届け、そして結果を口にする。
「ワースの勝ちだな」
「そうみたいね。わかってたことだけど、彼が負けるはずがないわ。わたしたち二人がセルディアス君についたとしても勝てないでしょうから」
 爆光が晴れると、そこにはやはりワースしか立っていなかった。セトルを含め、皆は倒れたまま動かない。
 ワースがセトルに歩み寄る。
「く……」
「まだ生きているようだな」
 引き攣ったセトルの顔をワースは悲しそうに撫で、スピリチュアキーを抜き取った。
 彼はしばらくセトルを眺めた後、アイヴィとスラッファの方を向く。
「ポイントの切断を開始する」

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