ILIAD ~幻影の彼方~

夙多史

089 ウェスターの頼み

 ――セイントカラカスブルグ。
 壮麗なシルティスラント城を頂上にして階段状に建物が並ぶその都市は、先の事件の混乱も薄く、事件前となんら変わらない活気を見せている。
 薬屋は街のほぼ中腹のやや西寄りにあった。今はサニーたち女性陣で薬を買っているところだ。
 セトルとアランは店の外で、辺りを警戒しながら待っている。どういうわけか、この街に独立特務騎士団の姿は見当たらない。
(王都を離れたのか?)
 それしか考えられない。恐らく、ワースたちは秘密裏に動いているはずだ。王にも伝えてはいないだろう。だから、この街にいない。
 ワースたちのやろうとしていることは知られるとまずい、というわけではないはず。パニックになるのを避けるため、ワースはあえて秘密に行っているのだ。それが彼、ガルワース・レイ・ローマルケイト――セトルの兄のやり方である。
 企んでいることは世界の滅亡や征服ではなく、世界の維持・救済である。
(だけど、世界を分けるやりかたは間違ってる)
 必ず止める。もし記憶を失わず、セトルとして旅をしなかったらそんな風には考えなかったかもしれない。ただ兄の言うことに従い、何の疑問も持たなかっただろう。
 しかし、止めるといっても肝心のワースたちの行方がわからない。今はひさめの情報を待つしかないだろう。
 何だかんだ考えていると、三人が薬を買って店から出てきた。シャルンが大事そうに薬の入った紙袋を抱えている。
(そういえば、シャルンと一緒に王都に来たのは初めてかな)
「お待たせ。薬の在庫がこれで最後やってん、ホンマ危ないところやったわ」
 店を出てセトルたちを見るなりしぐれは、運がよかった、とでも言いたげな笑みを浮かべる。
「うん、よかった。それじゃあ、戻ろうか」
 セトルも微笑むと、そう言って皆が頷くのを確認する。その時――
「おや、皆さんこんなところに集まって何をしているのですか?」
 何となく会うような気がしていた人物の声が、通りの向こうから聞こえた。
「あ、ウェスターだ」
 サニーがそこに落ちてあった物のように彼の名を口にする。青みがかったグレーの長髪を後ろで結ったその男――ウェスター・トウェーン。顔立ちが整っており、歳は二十代のように見えるが実は四捨五入すると四十歳になる。
 彼は青緑色のロングコートを翻し、眼鏡の奥のノルティアンの瞳でセトルたちを面白いものを見つけたように見ている。
「酷いですねぇ。もっと感動してくれてもいいじゃないですか」
「いや、おっさんに会っても別に感動とかないから」
 アランに軽く否定されるが、それはいつも通りの皮肉めいた笑みで受け流し、
「おや、アランもいたのですか」
「いた! さっきからいた、ここに!」
「いやぁ、私はてっきり、シャルンの後を追って行方不明になっているのかと思っていました」
 軽い冗談で反撃する。
「そんなわけないだろ! って、それじゃ俺がシャルンのストーカーでもしてたような言い方じゃねぇか!」
「違うの?」
 サニーがいたずらな顔で小首を傾げる。
「最低ね」
 シャルンは彼から顔を背けた。
「だからちがーう!」
 周囲(主にサニー)から言葉でつつかれまくるアランは放っておいて、セトルがまじめな話を進める。
「ウェスターこそ、どうしてここにいるんですか」
「?」
 今のセトルの言葉に、ウェスターは僅かな違和感を覚えた。そして、すぐにその正体がわかり、眼鏡の位置を直して口元に笑みを浮かべる。
「今まで〝ウェスターさん〟と言っていたのに、変わりましたね、セトル。記憶が戻ったからでしょうか?」
「え、まあ、そんなところです」
「そのマントはワースからの贈り物ですね。意外と似合ってますよ」
 ウェスターが言うと、それはお世辞にしか聞こえない。しかし、この様子からして、ワースのことはまだ知らないようだ。
「私はただ通りかかっただけですよ。ここは裁判所に続く道ですからね」
 ウェスター・トウェーンは一人で様々な肩書きを持っている。『弁護士』を始め、『王の相談役』『元将軍』『具現招霊術士スペルシェイパー』『霊導技術者』『サンデルク大学霊導学部学部長』、たぶん他にもいろいろ。とても一度の人生とは思えない生き方をしている。
 先の蒼霊砲事件も、彼の霊術と召喚術がなければ勝利できなかったことだろう。
「ふむ、ここでシャルンと会ったことはある意味幸運でしたね」
 と、彼は突然意味ありげなことを言い出す。
「わたしに何か用?」
「ええ、実は会ってもらいたい人がいるのですが」
 すると、シャルンがピクリと反応した。直感的に何かを感じたようだ。シャルンは頭の中でその人物のことを予想しつつ、「誰?」とそっけなく訊いてみる。
「あなたの、本当の父親と母親です」
「!?」
 驚いたのは、セトルたちの方だった。シャルンの何となくの予想があたってしまった。
「そう……」
 彼女は慌てることなく、どこか悲しそうな表情のまま顔を伏せた。
「シャルンの家族ってエリエンタール家の人やなかったん?」
 恐らく、皆が思っているだろう疑問をしぐれが言うと、それに答えたのはウェスターではなくなぜかセトルだった。
「たぶん、エリエンタール家の人たちは本当の家族じゃないんだ。ハーフ同士が結ばれても、必ず子はハーフってわけじゃない。寧ろアルヴィディアンとノルティアンの場合と同じで、ハーフが生まれる確率はゼロに近いんだ。だから、いろんなところから集まって家族のようなものを作ってたんだと思う」
 少し長々と言ったが、皆はそれをポカンとして聞いていた。それはセルディアスの記憶が戻ったことによる知識だが、皆にとってはありえない光景だったようだ。
 ただ一人、ウェスターだけは特に驚いた様子も見せず、その通りです、と相槌を入れる。
「セトルが頭良くなったように見える!?」
 サニーが悔しがるように頭を抱えた。
「ふむ、元々バカではなかったのでしょう」
 どこか馬鹿にしているようなウェスターの言葉にセトルはむっとするも、言い返すことはしなかった。たぶん、負けるから。
「なあ、会うのって今じゃねえとだめか?」
 未だに顔を伏せているシャルンに代わってアランが言う。今は薬を届ける方を優先させないといけない。
「いえ、実は彼女を捜す依頼はもう何年も継続中でして、こちらとしては早く会ってもらいたいのですが、まあ、言わなければまだ待ってくれるでしょう。何かあるんですか?」
「うん。実はこの薬を――」
 サニーがウェスターに事情を話す。ウェスターがシャルンに対して何かを思い入れがあるように見えたのはそういうことだったのだろうと、セトルは納得した。
 彼は一通り聞き終わると、ふむ、と呟き、顎に手をあててシャルンの方を見る。
「わかりました。そういうことなら先にそれを済ましてください。といっても、会うかどうかはあなた次第です。会いたくなければ無理に会うことも――」
「会うわ」
 シャルンはウェスターが言い終わらない間に力強く答えた。
「会って文句を言ってやるわ。わたしをこんな目にあわした人に、わたしがこれまで感じてきたことを全部言ってあげる」
「はは、ええ、それがいいでしょう。どうせなら他に誰もいないところで一発ぶん殴ってもいいかもしれませんね♪」
 すごく物騒なことを言っているウェスターに、シャルンは、そうね、と頷いて見せた。
「そのために、一度村に戻らないと」
 セトルたちも頷き、一行は一度ハーフの隠れ里に戻る。
 そして、再びここへと戻ってくる。シャルンの本当の両親というものに会いに――。

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