ILIAD ~幻影の彼方~

夙多史

059 災厄の始まり

 明星の塔から出たあとも、セトルはまだレーヴァテインを鞘に納めず眺めていた。例の力については塔を下りる時にアランがだいたい説明した。
「セトル、ちょっとうちにも持たせてぇな♪」
 しぐれがそう言って霊剣を受取ろうと手を差し出すが、セトルに反応はなかった。ただぼんやりと剣を見詰めている。
 しぐれはムッとしてセトルの額を指で思いっきり弾いた。けっこう痛かったのか、びっくりしたのか、セトルは我に帰った途端剣を落とした。そして額を手で押さえてしぐれを見る。
「どうしたの、しぐれ?」
「それ貸してって言ったんや!」
 怒った口調でしぐれは落ちているレーヴァテインを拾う。すると――
「うっ……」
 彼女は顔を引き攣らせて呻いた。
(なんやこれ……力が……あかん、呑み込まれそうやわ)
「せ、セトル、返すわ……」
 しぐれは押しつけるようにそれをセトルに渡した。
「もういいの? 一回も振ってないけど?」
 セトルは怪訝そうにしながら霊剣を鞘に収める。
「たぶんそれはセトルしか持てへんわ」
 手をぶらぶらさせて彼女は溜息をついた。
「ところでセトル、『あれ』って何なの?」
「え?」
 唐突にサニーが訊いてきて、セトルは何のことかわからなかった。
「その剣もらったとき何か呟いてたでしょ?」
 そんなこと言ったっけ、とか思いつつ、セトルは一生懸命思い出そうとした。なぜか塔を下りるときの記憶がなかった。またぼーとしていたのかもしれない。だけど、何とかその時のことを思い出した。
「えっと、あのことかな? あれは新しい技を――!?」
 その時、ガタン、という音がしたと思うと、大地がまた大きく揺れ始めた。サニーが尻餅をつく。
「きゃっ、また地震!?」
「いえ、何かおかしいです!」
 ウェスターも立っていられず、傍の岩に凭れた。今回の揺れは今までの比ではない。星全体が揺れているような、そんな感じを思わせる大きさだ。
 どのくらい揺れていただろう。長いようでそうではないのか、その辺の間隔も狂っている。
 長斧を杖にてアランが立ち上がる。
「おい、もしかしてこれは……」
「蒼霊砲が……」
 シャルンも深刻な顔をする。
「嫌な予感がします。早くサンデルクに戻りましょう!」
 ウェスターに言われ、皆はすぐさまセイルクラフトに乗り込んだ。
 不安に思う中、セトルたちは最高速度でサンデルクへ向い、中央大陸セントラルが見えた時、皆は驚愕した。
 シグルズ山岳の向こう、アスハラ平原付近に超巨大な白い塔のようなものが見えた。ここからでも見えるということは一体どのくらいの大きさなのだろう。明星の塔なんか比べものにならない。
(あれが、蒼霊砲……?)
 セトルは呆然と遠くに見える塔を見ていたが、サニーが悲鳴に近い声を上げたので彼女に振り返る。
「みんな見て! サンデルクが!」
 言われ、セトルたちはサンデルクが見えてくる方角を向く。目を瞠り、セトルは呟いた。
「町が……燃えてる……」

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