ILIAD ~幻影の彼方~

夙多史

020 廃坑探索

 爆発があったのはシルシド鉄山第一坑道。
 幸い既にそこは廃坑になっていて、今は魔物が棲みついているだけのただの洞窟であった。中に人はいないはずなので、爆発に巻き込まれた人はいないだろう。坑道も崩れてはいない。
 しかし、爆発に驚いた魔物たちが外に飛び出し、集まった人々を襲っている。武器を持った者は戦えるが、そうでない者はひとたまりもない。既に怪我人も出ている。
「――蒼き地象の輝き、アクアスフィア!!」
 突如地面に霊術陣が出現し、水が螺旋状に噴出、陣の中にいる魔物だけを呑み込んで青い球体を形成する。
「皆さん、早く避難してください!」
 その術を唱えたのはウェスターだった。彼は人々に避難するよう促すと、右手を挙げる。するとそこに周囲の霊素スピリクルが集まり、三叉の槍のようなものが構築される。
 ウェスターはそれを使い、次々と魔物を斬り捨てていった。魔物は主に蝙蝠や岩のゴーレムといったものである。
「ふむ、全員避難できたようですね。さて……」
 目だけで周りを見回し、ウェスターはまだたくさんいる魔物たちに槍を突きつけた。
「――飛刃衝ひじんしょう!!」
 その時、そう叫ぶ声が聞こえたと思うと、凄まじい烈風が魔物たちを斬り裂きながら吹き飛ばした。これは――セトルだ!
「加勢しますよ、ウェスターさん!」
「皆さん……」
 ウェスターは、まったく、といいたげな顔をして呟いた。
「話はあと! 今はここを片づけよ!」
 ウェスターにそれ以上何も言わせないようにサニーが前に出て、舞うように扇子を振るう。すると彼女の肩に乗っていたザンフィが、まるで指示を受けたかのように蝙蝠の魔物へ飛びかかった。
 アランとしぐれも、次々と魔物を斬り倒していく。
 そしてようやく全て片付けることができた。何体か坑道内に逃げて行ったが、とりあえずそれは追わなかった。
「ふぅ、終わった終わった♪ どうぞウェスター、何か言いたければ言っていいぜ?」
 斧を肩に担ぎ、アランは皮肉っぽくそう言った。
「今さら何も言いませんよ」ウェスターは眼鏡の位置を直す。「さて、私はこれから坑道の中を調べますが、あなたたちはどうします?」
「何や、うちらも入ってええの?」
 しぐれが不思議そうに首を傾げる。さっきはあれだけ断っておいて、なぜ今になってそう言ってきたのか、セトルにも不思議だった。今の戦いで認めてくれたのだろうか?
 だが、そうではなかった。
「――もう既にサニーが入っちゃいましたからねぇ……」
「!?」

        ✝ ✝ ✝

 薄暗い坑道、まばゆい光を放つ光球がその中を広く照らした。並べられた枕木の上に古びたレールが縦横に走っている。その光を放つ光球はサニーの掌の上に浮かんでいる。これも光霊術の一つなのだろう。
「サニー!」
 セトルの呼ぶ声が聞こえ、彼女は立ち止った。
「勝手に入らないでよ、心配するじゃないか……」
 そう言ったセトルの後からアランたちもやって来る。サニーは、ヘヘへ、と舌を出して笑った。
「笑いごとではありませんよ。中にはまだ魔物がいるのですから」
 人差し指で眼鏡のブリッジを押さえ、ウェスターがそう言う。
「だって……頼んでも入らせてくれそうになかったから……」
 サニーは珍しく反省した顔を見せる。すると、ウェスターは小さく息をつき、あの含みを感じる笑みを浮かべた。
「――とりあえず、先に進みましょう。サニーのそれは役に立ちますからそのまま照らしていてください」
 顔を輝かせ、サニーは頷く。
 ウェスターを先頭に、セトルたちはレールに沿って坑道の奥へと進んで行く。
 そして爆発のあったと思われる場所を見つけた。焦げ臭く、周りの土は黒焦げになっていて、まだ熱を持っていた。ここは行き止まりだったのだろうが、その爆発のせいで坑道内が崩れ、大きな穴が口を開いていた。
 そこから先へ進めそうだ。
「ふむ」辺りを調べていたウェスターが何かの破片みたいなものを拾ってそう呟いた。「これは火霊素爆弾フレアスピリクルボムの破片ですね。このマーク……恐らく盗まれたものでしょう」
「せやったら、まだ犯人が居るんとちゃう?」
「まあ、居るとしたらこの奥だろうな」
 アランは親指で後ろ向きにあの穴を差した。何十にも道があったとはいえ、ここに来る間誰とも会ってはいない。それに、この場所を見つけるのにもそんなに時間はかかっていない。この奥に犯人が居る可能性は高いだろう。
 サニーは息を呑んだ。
「行きましょう」
 ウェスターは拾った破片を布に包み、軍服のようなローブのポケットにそれをしまった。
 人一人が楽に通れるほどの穴をくぐると、そこには別の道が続いていた。その道は今までのとは違い、レールも無く一本道のようで、坑道と言うよりは遺跡と言った方がいい、何かの鉱石で造られた通路だった。
「さっきまでと全然雰囲気違うな……」
 歩きながらアランは周囲を観察する。
「恐らく」とウェスター。「かなり昔の遺跡でしょう。この壁に使われている鉱石……私は見たことがありません、できれば調べておきたいですね」
「昔って、どのくらい昔なの?」
 壁を擦り、残念そうに息をついているウェスターにサニーが訊いた。
「何百年、いえ、何千年と昔なのかもしれませんね」
「何千年! そんなんまだ星が一つになってないんやないの?」
 しぐれは驚いたようにそう言う。するとサニーが嘲るように笑った。
「アハハ、しぐれそれ御伽噺じゃない」
「そうかな?」
 とセトルが首を傾げる。
「僕は単なる御伽噺じゃない気がするんだけど……」
「まあ、『星』とまではいかないだろうが、この世界でアルヴィディアンとノルティアンは分かれてたんじゃないか?」
 ハハハ、とアランが笑い、頭の後ろで手を組んだ。
「ふむ、確かにその説もあるでしょう。しかし、一概にそうとは言えませんよ」
 ウェスターは口元に意味ありげな笑みを浮かべた。そして――
「――ここは……」
 通路を抜け、教会のような広い部屋にセトルたちは出た。まだ鉱山の中なのだろうが、どこからか光が差し、サニーの光球はここでは必要ないくらい明るかった。
「……誰かいますね」
 ウェスターが目を眇めて見た先には、不気味な光を放つ、巨大で複雑な模様が描かれている壁があった。何かの紋章にも見える。そしてその下、二つの悪魔を模ったと思われる石像に挟まれるようにして一人の少女が立っていた。
 青色の変わった服装で赤毛のポニーテール――いや、どちらかと言うとしぐれのようなアキナ風の結い方に似ている。まさか――
「ひさめ!」
 しぐれの顔が一変する。その声に少女は振り返り、しぐれの姿を認めると、微かに舌打ちをした。
 すかさずウェスターが前に出る。
「あなたですね、火霊素爆弾フレアスピリクルボムを盗み、この騒動を起こした犯人は!」
「…………」
 少女は何も言わず、感情を殺したような目でセトルたちを見据えていた。
「あの人……もしかして王城で――」
「――ええ、エリエンタール家を名乗り、盗みを働いた犯人で間違いないでしょう」
 セトルに引き継ぎ、ウェスターが断言した。すると、少女は懐から円筒状の物体を取り出す。
「いけません! 火霊素爆弾フレアスピリクルボムです!」
 ウェスターが叫んだのも虚しく、少女はそれを投げ、空中で爆発する。爆音と共に黒煙と熱が煙幕のように部屋を包みこむ。
 しかし火霊素フレアスピリクルが少なかったのか、爆発は小規模で、部屋は煙が蔓延しただけで済んだ。
 だがそれは、少女が逃走するのには十分だった。
「ま、待て!」
 煙で噎せ返りながらアランが叫んだ。
「煙を吹き飛ばすよ、飛刃衝ひじんしょう!」
 セトルの烈風で、前方の煙が晴れた。
「早く追おうよ!」
 サニーがそう言い、皆は走った。――が、
「キシャアァァァァァァァ!」
 何かが煙から飛び出し、セトルたちの前に立ち塞がった。
「『ガーゴイル』ですか、しかも二体……」
 ウェスターは眼鏡の端を押さえ、石の槍を持ち、石の翼を羽ばたかして宙に浮いている魔物を見上げた。
「んもう、邪魔よ!」サニーが扇子を開く。
「さっさと倒しちまおうぜ!」
「せや、早うあの子追わんと!」
 アランと、それに続いてしぐれが飛びかかった。それぞれのガーゴイルを二人の刃が捉える。
 ――ガキーン!! 
 金属音が響く。二人は着地し、アランがガーゴイルを見上げて舌を打った。
「くそっ! 何て硬さだ!」
「こんどは僕が!」
 セトルが飛び、剣を掬いあげるように一閃する。が、やはり効いていない。
「これならどうだ! 驟雨斬しゅううざん!!」
 セトルは高速の斬撃を何度も繰り出す。無数の金属音が鳴り、ガーゴイルの岩のような肌に僅かだが傷がついた。しかし、それと同時にセトルの剣も刃毀れし、彼はガーゴイルに蹴り飛ばされ、壁に叩きつけられた。口を切ったのか、血の味が広がる。
「セトル! 今助けるわ!」
 サニーが叫び、術を唱える。
「――癒しの輝き、ヒール!!」
 セトルの体が温かな光に包まれる。痛みや痺れが消え、傷がどんどん治っていく。
「――蒼き地象の輝き、アクアスフィア!!」
 水流が駆け巡る球体にガーゴイルの一体が呑み込まれ、それが消えたときにはガーゴイルは光の粒子となっていた。
「なるほど、術はよく効くようですね」
 そう呟くように言ったウェスターに、もう一体のガーゴイルが石の槍を構え襲いかかっ
てくる。そこに――
「忍法、強東風つよごち!!」
 しぐれは自身が風の矢となるような勢いの突きで、ダメージはないものの、ガーゴイルを遠く吹き飛ばす。だが、ガーゴイルは途中で体勢を立て直し、足もとに霊術陣を出現させる。
「危ない、サニー!」
 咄嗟にセトルがサニーを庇うように突き飛ばした。彼がそうしなければ、破裂する霊素スピリクルの光がサニーを襲っていただろう。
「――斬り刻む真空の刃、おしおきです! スラッシュガスト!」
 ウェスターがそう言い終わったあと、ガーゴイルの周囲に無数の風刃が吹き荒れ、その体をいとも簡単に斬り裂いた。
「やったー!」
 両手を挙げてサニーは喜ぶように叫んだ。
「早く追おうぜ!」
「もう遅いでしょう、アラン。今から追ったところで、とても追いつけませんよ」
 ウェスターはあの紋章の壁に向き直り、それを指差した。既に煙は完全に晴れている。
「それより、あれを――」
「あ! 光が消えてる……」
 サニーが驚いて言った通り、あの少女が居たときまで不気味に光っていた紋章のような模様が、その光を失っていた。
「ウェスターさん、これは一体……」
 セトルは訊くが、ウェスターは、ふむ、と呟いて眼鏡の位置を直した。
「何かわかるの?」
 覗き込むようにしてサニーが訊くが、ウェスターは首を横に振った。
「残念ながらまだ何もわかりません……ただ――」
「ただ、何ですか?」
 セトルは首を傾げる。
「恐らく――いえ、今はやめておきましょう」
 言いかけた矢先でウェスターはそれをやめた。その顔はわかっているような、そうでないようなつかめない顔をしている。
「とりあえず、ここを出ようぜ!」
 アランはこれ以上問い詰めることなくそう言った。
 皆は頷き、セトルは後ろを数度振り返り、どこか嫌な予感を感じながらこの部屋を去った。
 壁に刻まれた紋章だけをそこに残して――。

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